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第二章 追跡!謎の女性徒!

 イルミンスール図書室の脇。
「ん?」
 退屈そうに歩いていた比賀一(ひが・はじめ)は、耳に入れたイヤホンを通して尚、喧噪を聞いた気がして、空を振り仰いだ。
 
 むぎゅう。
 
 その顔に小さな靴がめり込む。
 それほどの重量を感じたわけではなかったが、不意の出来事に、一は仰向けにひっくり返った。一を踏みつけた人影はそのままとてとてと逃げていく。
「お、おい一。大丈夫か」
「……ハーヴェイン、ここに来てやっと面白そうなことを見つけたよ」
 相棒のハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)の手を借りながら、一はゆらりと立ち上がった。
「鬼ごっこて訳だ……面白いじゃな――おわっ」
 今度はうつぶせに崩れ落ちる一。
「コラ! 唯! しっかり支えておくのだわ!」
 図書室から一に向かって振ってきた少女、九条院京(くじょういん・みやこ)が図書室の窓に向かって叫んだ。
「ごめんごめん、手が滑っちゃって……」
 図書室の窓では京のパートナー文月唯(ふみづき・ゆい)が頭をかいている。
「それに――」
 京は、今度は無言で立ち上がった一を頭の先からつま先まで眺める。
 一の体からはどす黒いオーラが立ち上っていたのだが、それには一切気がつかない。
「この人、イルミンスールの人じゃないのだわ。役に立たないのだ……わっ! 何するのだわっ!?」
「『何』だ!? そっちこそどういうつもりだ、次々に人の頭踏み台にしやがってこの!?」
「し、知らないのだわ!? 離すのだわ!?」
 京を羽交い締めにする一。京はバタバタと暴れている。
「ああ、すみません、悪い子じゃないんです! ごめんなさい!」
 騒ぎになりそうな予感を察知、慌てて図書室から飛び出してきた唯が一に取りすがる。
「そうなのだわ! 眠そうな顔して歩いてるのが行けないのだわっ! この眠り男!」
「……悪意しか感じないが?」
 一はよく、少し気にしていたことを指摘され、その表情に青筋を浮かべた。
「わー、ごめんなさいごめんなさい!」
 唯がひたすら恐縮していく。
「落ち着け、その――全員だ。逃げてった奴を追うのが、目的じゃないのか?」
「……ああ、そうだったな」
 ハーヴェインの静かな声に一も手を緩める。
「そ、そうだ、うん。そっちが先決だ!」
 
 スタンッ!
 
 唯の声で駆け出そうとした一行の後ろで華麗な着地音。
 振り返るとツンツン頭の男子生徒。葉月ショウ(はづき・しょう)だった。
 一がツカツカとショウに歩み寄る。
「ん?」
「お前今俺を踏もうとしたな? そうだな?」
「はっ? な、何言ってんだ、俺はあそこの窓から逃げてったちっこい影をだな――!」 一の殺気だった様子に若干戸惑うショウ。
「どっちに逃げていったか、上から見えなかったか?」
 一との間に割って入ったハーヴェインがショウに聞いた。
「ん? ああ、見えたぜ。あっちの、食堂とかある方じゃないのか?」
「おまえ、ここの地理には詳しいのか?」
「いや、旅慣れてるだけ。勘だよ、勘。でも、なんだ、目的は同じかよ。なら一緒に行こうぜ。ちょうど一人じゃ心許ないと思ってたとこだ」

「さて、とりあえず飛び出してきたものの……師匠、この騒ぎの原因は何でござろう」
 ゴザルザゲッコー(ござるざ・げっこー)が背伸びでその長身をさらに伸ばして辺りをうかがう。図書館から飛び出した女性徒の姿は見えない。
「ズバリ、幽霊と女の子と先生の禁断の恋! 恋の病!」
イリスキュスティス・ルーフェンムーン(いりすきゅすてぃす・るーふぇんむーん)の陽気な声。
「なんなのその顔は〜」
 ゲッコーの反応があまり芳しくなかったので、イリスキュスティスは頬を膨らませた。
「この季節に怪談なんてあまりにもベタでござる」
「じゃあキミの予想は〜?」
「呪いの失敗。モテモテ先生を独占したいがために恋の魔法の暴走――はどうでござろう?」
「それでゴーレム騒動〜? え〜、ロマンが足りないよ〜」
「師匠の方こそ捻りがないでござる!」

「あっちだっ! いたぞっ!」
 言い争いの熱を上げ始めるゲッコーとイリスキュスティスのすぐ脇を、けたたましい足音とともに、女性徒を追う一団が駆け抜けた。

「ふふふ、ナイスタイミング。じゃあ勝負だよ、ゲッコー!」
「む?」
「推理勝負! 負けた方が勝った方に夕飯オゴリ!」
「承知!受けて立つでござる!」
「負けないよ!」

 皆の注目を独占しているその女性徒は、ひとつの脅威をくぐり抜け、やっと校舎の影から逃げ出し、少しだけホッとしたところで、新たな驚異の前に足を止めることになった。 ズラリと並んだ追っ手の一団に。

「な、な、そこのおんにゃのこ。そっちは危険なんやって。あんたの戻ってくるところはここやぞ〜。あたしの胸ん中やぞ〜」
 校舎の影からおいでおいでと招く第一の脅威、御槻沙耶(みつき・さや)の砂糖菓子よりも甘い声に、女性徒は「フニーっ!」と猛抗議。
 背中の毛まで逆立てたネコのようであった。
 沙耶の服は何故か所々が焦げている。
「やめなさい。燃やされそうになったのにまだ懲りないんですか?」
パートナー嵩乃宮美咲(たかのみや・みさき)が呆れ顔で沙耶の首根っこを掴んだ。
「かあいいんやもん! かあいいんやもん! もうっあんたさえ邪魔せんかったら今頃はめくるめくカンノーの世界やったのに!」
 美咲はため息をついた。
「そこでや、我々はここから彼女を奪回する。具体的には隙あらばいつでもあの子をかっさらって物陰にゴー――つかまさに今その時!」

 沙耶のボルテージが上がる中、また違ったボルテージも上昇していた。
 女性徒を追う一団が、魔法攻撃を警戒しながらそれぞれに攻撃の準備。
 女性徒も四方八方をにらみ据えた後で魔法を唱える準備。
 釣り合った天秤のごとく均衡していた状況は少しずつ振幅の幅を増やし、辺りの空気の密度が上がっていく。
 そしてついに――
 ドパパパパパ。
 硬直しきった時間が動き出そうとしたその瞬間に銃声、辺りを白煙が包んだ。
 「おわっ、何だ!?」「うぎゃ!」「おいっ! 足踏むな」
 悲鳴。そして目標を見失った攻撃が耳障りな音を立て、閃光が散る。

「まぁこんなところか」
 女性徒への弾幕援護。
 硝煙の立ち上る銃を手に片膝の態勢から立ち上がったのはごくごく小柄な少女だった。
 黒色とフリルから構成されたドレスに、白い顔は狐のお面で覆っている。
「あっさり片付いたな、マスター」
「そうねぇ。お面、いらなかったかしらねぇ」
 桐生円(きりゅう・まどか)の膝の汚れを払ってやりながら、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がのんびりした声を上げた。
「でも、あの女の子も巻き込んじゃってなぃ〜? 大丈夫かしら〜?」
 それほど心配そうでもないオリヴィアの声が聞こえたわけでもないだろうが、いまだ視界の霞む騒ぎの元から女性徒が飛び出し、勢いよく駆けていくのが見えた。
「あらあら。元気元気。そうでなくっちゃ楽しめないわ〜」
 嬉しそうなオリヴィア。
「マスター」
「な〜に〜?」
「では、楽しいついでにもう一騒ぎどうだろう」
「そうね〜。もう少し時間稼ぎをしてあげましょうかしら」
 円の酷薄な薄い笑みに答え、オリヴィアが満面の笑みを浮かべる。
 そして、氷術攻撃の準備を始めた。

「アメリア、上、頼む」
「まかせて!」
 パートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が上空に飛び上がり、剣を振るって氷術をたたき落とすのを確認、高月芳樹(たかつき・よしき)は飛来した弾幕援護の混乱が尾を引く一団に向かって声を張り上げた。
「みんな聞こえるか! とりあえず攻撃をおさめてくれ。このままだと同士討ちになる」 冷静な芳樹の声。状況を理解したことで、興奮状態だった一団の空気がゆるむ。
「ああ、でも攻撃の態勢は解かないで。誰かがまだこっちを狙ってる。とりあえず迎撃といかないか」
 それが合図であったかのように魔法の攻撃が飛来してきた。どことなく楽しげな軌道を描いて、面白がっているように見える。
 一団はそれを落としにかかった。芳樹とアメリアも身構える。
「ふう。時間稼ぎってとこだろたぶんこれ。この攻撃しのぎきれば抜けられそうだな」
「でも、女の子、逃げちゃったわよ」
「どっちに行った?」
「向こうが食堂だから……あっち……教師寮よね」