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黒い悪魔をやっつけろ!

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黒い悪魔をやっつけろ!

リアクション

「……女の子が1人、寮から逃げ出てきましたね。怖い目に遭ったのでしょうね」
 優希は転びそうになりながら、どたどた走り去るヴィオレッテの背を哀れみの目で見つめた。
「そ、そちらのハウスの方の焼却も協力しますね」
 Gが怖くてビクビクしながらも優希はイリスに協力を申し出る。
 自分の方は中を見ないで焼却炉に持っていき、すでに焼き終えている。
「お願いしますわね。それともここで燃やしてしまいましょうか」
 イリスは辺りを見回して相変わらず姿の見えない薫を探しながら、段ボールハウスに近付き……。
「イリスどのぉ……」
 息も絶え絶えで、Big・G3匹に圧し掛かられているの姿を見た。
「……覗きをしようとした罰ですわ」
「た……す、けて、欲しい……でござ、る……」
 覗きなんてしていない。今回はしていないのだけれど、反論する力は薫にはなかった……っ。

「確かに、確かにコイツらは害虫だし、日本でも嫌われてたけど……」
 寮の外へ飛び出してくるGを、塀の外で撃退していた羽高 魅世瑠(はだか・みせる)は、百合園生達の悲鳴や嫌悪する数々の声を耳にし、なんだか複雑な感情が芽生えていた。
「……まあ、そうだな」
 パートナーのフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)も魅世瑠と同じ感覚に陥っていた。
「魅世瑠、コレ食べてもイイか?」
 もう一人のパートナーのラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)は、倒したGの死骸を手に真顔でそう言った。
「バッチいからダメ!」
 と、魅世瑠、フローレンスはラズの手からGを払い落とす。
「命奪ったら、ムダにしない! これ森のオキテ!」
 そう言い出すラズの言葉に、魅世瑠、フローレンスはますます複雑な気持ちになる。

「は、うぅ……」
 姫野 香苗(ひめの・かなえ)は、響き渡るお姉様方の悲鳴や、時々揺れる寮にびくびくしながら、そろりと部屋の中を歩く。
 ここは寮の中にある会議室。茶菓子を食べながら、お姉様方が会議に使っている部屋だ。
「た、退治すれば、きっと、お、お姉さま達に……」
 可憐にさっと退治できれば、G嫌いなお姉様達の見る目が変わるはず。モテモテになれるはずだと信じて、香苗は会議室の椅子を引いて、その下を覗き込んだ。
 サササッと動く黒い影。
「う、ううう……」
 普通のGだって気持ちが悪いのに、今見た影の大きさといったら、大きさといったら。
 それでも、頑張って影が向かった先の椅子を引いて、転ばせた。途端。
 羽を広げて飛び立ったBig・Gが香苗の方に向かってくる。
「きゃーーーーーーーー!」
 香苗は持っていたスリッパを投げて、布団たたきをがむしゃらに振り回す。
「やーっ」
 大きな黒い悪魔の姿に山田 晃代(やまだ・あきよ)も悲鳴を上げて、壁に張り付いた。
「2人とも、大丈夫じゃ、大丈夫じゃぞ!」
 イルミンスールから援護にやってきたラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)が2人に声をかけて、前へと出る。
 飛び立ったBig・Gは、壁の上部に張り付いた。
「そう、大丈夫ですわ。大丈夫ですわよ。わたくし達が来ましたから」
 ラムールのパートナーである佐倉 留美(さくら・るみ)は、香苗と晃代両方に腕を伸ばして、2人をぎゅっと抱きしめる。安心させようと……いう気持ちもちょっとはあるけれど、主にどさくさに紛れて可愛い女の子とキャッキャウフフ狙いだ。
「香苗、香苗お姉さま達のお役に立ちたくて……うっ、留美お姉さまっ」
 布団たたきを放り投げて香苗は留美の大きな胸に顔を埋める。
「あ、ありがと。でも、だ、大丈夫。が、頑張る」
 晃代は大きく息をついて留美から離れて、ゴム手袋を嵌め沢山用意した食器用洗剤を袋から取り出す。
「……さ、流石に『ぷちっ』とか『ぐちゃっ』って言うのは……あんまり見たいくない……よね」
 ビクビクしながら、晃代はランドリーを発動する。
「う……っ」
 Gが洗濯機の中でぐるぐるし、羽や手足がもぎ取られていく様子に、晃代は眩暈を覚える。
「食らえ、氷術じゃ!」
 ラムールが氷術でGを凍らせる。
「か、片付けなくちゃ、片付け……」
 倒した後は小さな姿に戻るのだと思った。目を瞑ってどうにか掴んで袋に入れようと思っていたけれど……。
「お、大きいまま……!?」
 晃代は泣き出しそうになりながらも、凍ったBig・Gを掴んで、袋の中に入れていく。融けたあとまた動き出したら、晃代の背筋が凍りそうだ。
「あ、ここにも、ここにもおるぞ」
 ラムールが次々に椅子を引き、潜むGを暴き出していく。
「あ、あと1匹、あと1匹しか袋に入らない……っ」
 晃代は悲壮な声を上げる。
「あら……皆さん、そんなに昆虫が苦手なのですか?」
 その場におっとり現れたのはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。
「ロザリンドお姉さま……っ。香苗が、お姉さま達をお守り……やーっ!」
 振り向いた香苗は、ガサガサ動き回る数匹のGを目撃し、再び留美の胸の中に現実逃避する。
「大丈夫ですわ。これはイルミンスールの不祥事ですものーっ」
 留美は香苗をぎゅぅうっと抱きしめて頭をなでなでし続ける。
「餌を持ってきましたから、部屋の中にも置いておきましょう」
 ロザリンドは蜂蜜を入れた皿を廊下の隅に仕掛けていた。
「集まってきたら、氷術で氷の中に閉じ込めて、容器の中に入れてしまえばいいんです。こんなに沢山いるのなら、もっと大きなお皿も必要そうですね」
 ロザリンドは余裕の微笑みを浮かべながら、皿を部屋の隅に置いた。
「こちらも使って下さいー」
 顔を出したのはアルシェだ。
 完成したハート型や、様々な花の形のホウ酸ダンゴを配って回っていた。
「ありがとうございます。……甘いものではないのですね?」
 強いにおいを不思議に思いながら、ロザリンドはホウ酸ダンゴを受け取って部屋の隅に持っていく。
「っと、この部屋にも沢山いるんですねー」
 アルシェは机を揺すって、Gを飛び立たせるとメイスを思い切り叩き込んだ。
「こ、これ……も、ひぃっ」
 ミカン箱を使って作ったホウ酸ダンゴ入りのBig・G捕獲器を持って、共に訪れたリアクライスは潰れたGの姿に、小さな悲鳴を上げた。
 部屋の隅において、すぐさまその場から去るリアクライスに変わって、シュテファーニエが捕獲器に近付く。
「ふぅん」
 ラムールの氷術の攻撃により、動きが弱まっていたBig・Gをシュテファーニエは手を伸ばして両手で掴んだ。
「な、な、なに……!?」
 リアクライスはパートナーの突然の行動に後退りする。
 シュテファーニエはにやりと笑うと、Gの触覚を握り締めて、リアクライスの方へと突進する。
「いやーッ、こっちこないでー!!」
「くふふふ、若いおなごの悲鳴……可愛いのう……なんと耳に心地良い音色じゃろ」
 振り回しながら、シュテファーニエはリアクライスに迫る。
「きゃああああああ!!!」
「もう少しわっちを楽しませてくりゃれ?」
「やめ、やめ……やめてっ」
 追いかけまわるシュテファーニエの姿に、晃代も半泣きになる。
「お姉さまーっ」
「大丈夫ですわ。こうしていれば何も見えません」
 香苗は留美の胸で視界を塞いでもらう。恐怖と心地よさで変になりそうだった。
「きゃーっ」
「やめてーっ」
 廊下からも少女達の悲鳴が響いてくる――。
「さーて」
 散々追い掛け回した後、ぽいっとGを捨てたシュテファーニエは、リアクライスの顔に手を伸ばす。
「可愛い顔が涙で台無しじゃ、どれ、拭いてやろう」
「その手……さっき、G掴んでた手でしょ……」
 青ざめながら、手を払い、リアクライスは顔を覆って走り出す。
「ステフなんか嫌いだわ……! もう傍に寄らないで!」
「こんな物が怖いなどと……可愛いのう……」
 シュテファーニエは笑みを浮かべながら、リアクライスの後を追う。
「んー、怖い生き物ではないのですが……」
 ロザリンドは寮から走り出ていく2人と、廊下で泣いている百合園生達を見ながら、困ったように眉を寄せた。

「よしっ! 寮壊そう!」
 事態を見聞きしたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)はきっぱりと言った。
「Gが出ただけで、それは大袈裟だよ。で、でもホントおっきいよね……」
 遠鳴 真希(とおなり・まき)は、廊下を過ぎった黒き影に息を飲んだ。
「大丈夫ですよ。モンスターではありませんから、攻撃したりはしてきませんしー!」
 2人から少し離れた位置で、偶然迷い込んだイルミンスールのルーナ・フィリクス(るーな・ふぃりくす)が、怖がる百合園生を後に、借りたモップを振り回してGを叩き落していく。
「ん〜〜〜〜っ」
 ミルディアは落ちた黒い塊を見て、言葉にならない声を上げる。とても近付くことはできない。
「寮中でくん煙タイプの駆除剤使えないかって寮長に相談したんだけど、効果は薄いだろうって……」
 とりあえず駆除の手伝いをしようとここまで来たミルディアだったが、仕込み竹箒は持っているものの、先に進めずにいた。
「ユズが作った魔法薬があるの。これを使えばなんとかなるんだよね?」
 真希が振り向くと、後ろに立っていたユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)が自信あり気に頷いた。
「ええ、対象物に直接振り掛けください」
 言われたとおり、真希は廊下の隅――黒い悪魔が潜む場所に近付いてユズが作った液体を振り掛ける――。
「『黒い悪魔』という言葉が示しますとおり、わたくしは常々その鈍い光沢をもつ黒い外観こそが、嫌悪感と忌避感をもたらす最たる要因と考えておりました……」
「え? な、なに、これ……?」
 真希が足を後に引く。
 Gは滅びなかった。
 煙が上がった後、なんと黒き悪魔Big・Gは、桃色の小悪魔Pink・Gに進化したのだった!
「それならばきっとその外観を少しでも不快感を和らげるものに変更すれば、従前のようなおぞましさも感じなくなるのではないでしょうか? そう例えばピンク色に!」
「って、ちょ、ちょっと! これ、余計に気持ち悪いよっ!!」
「そ、そういう問題じゃなぁぁぁぁぁいーっ」
 ユズの真面目な解説に、真希は勿論、見守っていたミルディアも思わず叫んだ。
 途端。
 そのピンクの塊が羽を広げ、空へと飛び立った。
「え、やだ、や、やああああああっ」
 テカテカ光るピンク色の物体はミルディアの方に一直線で飛びかかっていく。
 ミルディアはしっかりとその顔を見た。触角を見た。広げられた羽も――。
「う……」
 その強烈なインパクトにミルディアの脳が思考を停止し、彼女はその場にぱたりと倒れた。
「だ、大丈夫ですか……っ!」
 ルーナが急いで駆けつけて、倒れたミルディアを介抱する。
「しっかりしてください。い、色が変わっただけで、狂暴化はしていないようですから」
 変なところはぶつけていないようだが、ルーナはミルディアに一応ヒールをかけておく。
「……やはり、思い切って花柄にしておくべきでしたでしょうか……?」
「そんなのどっちでもいいから! こっちきて手伝って!!」
 真希が振りかけた場所にはその1匹だけではなく、数匹のGが潜んでおり、すべて桃色の小悪魔Pink・Gに変貌を遂げていた。
 真希はタワーシールドを振り上げて、Gへと叩き下ろしていく。
「いえ、どうやらわたくしの考えが甘かったようですので、出直して参ります。真希様、どうぞ御武運を」
 そう言葉を残すと、ユズは足早に自室へと戻っていき、部屋に入り込むとガチャリと鍵までかけた。……真希には内緒だが、実はGがかなり苦手なのだ。
「えー!? ユズ〜っ!」
 叩き潰せばやっぱりGはGであり、体液がぐちゃりと飛び出る。
 ピンクに変わっても、気持ちが悪いことに変わりはない。
「きゃあああああー、ピンク色の虫ぃぃぃぃ」
 遠くの方で悲鳴があがる。
「2匹ほど、あちらの部屋に逃げてしまったようです」
 ミルディアの腕を自分の肩に回して担ぎながらルーナは廊下の先を指差した。
「え!? ごめんねーっ!」
 真希は慌てて駆けていく。
「不気味ではあるけれど、確かにイメージは随分と違うわよね……エリザベート校長がプレゼントされた薬も、こういう効果なら、まだ良かったのだろうけれど……」
 ピンクのGの死骸を見ながらルーナは呟き、ミルディアを医務室へと運んでいく。