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リアクション
3.陰路
「玄武甲の情報提供者って、お前だな。ちょっと話を聞かせてもらうよ」
メルティナ・伊達(めるてぃな・だて)は、空京の裏通りにたむろしていた男にそう声をかけた。
「なんだ。話が聞きたいのなら、金出しな」
ポケットに手を突っ込んだまま、男がすごんだ。
「確認に追加料金もないだろ。それとも、話すとまずいことでもあるのかい」
「気にくわない野郎だ」
言うなり、男がポケットからナイフを持った手を突き出してメルティナ・伊達にむかってきた。彼女が怯んだ隙に逃げ出そうとでも思ったのだろう。
だが、先の先を読んでいたメルティナ・伊達は、素早く手にしたセスタスでナイフを弾いた。もう片方の手で、男の手首をつかんで動きを封じる。
「女性にむかって野郎とは、酷い口の利き方だ」
「くそっ!」
暴れようとした男が、ふいに力を抜いてその場にくずおれた。
「まったく、そんなに真正面から挑発するなんて、マスターにも困ったものですわ。おかげで、こんなムサい男の首筋に唇を這わすはめに……」
口許をぬぐいながら、屍枕 椿姫(しまくら・つばき)が言った。吸精幻夜を終えたばかりの目が、怪しく細められる。
「主として命ずる。我らが質問に答えよ!」
屍枕椿姫が張りのある声で命じると、男がゆっくりとうなずいた。
「どうぞ、マスター」
屍枕椿姫に言われて、メルティナ・伊達は男の前に仁王立ちになった。
「まず、本当に玄武甲を発見したのかどうか聞きたい」
「俺は見てない……」
「なんだ、やっぱりガセだったのか」
男の答えに、思わずメルティナ・伊達は屍枕椿姫と顔を見合わせた。
「俺はただ、金をもらってそう伝えるように頼まれただけだ」
「それは誰だ?」
「黒いスーツの男。サングラスで顔はよく分からなかった。空京じゃ見かけたことのない顔だった。あっちこっちの奴に、玄武甲のことを言って回っていたんで、俺や他にもたくさんの奴らが噂を聞いて……」
この男が空京で見かけていなかっただけでは、謎の男の素性についてはなんとも言えない。だが、少なくとも意図的に玄武甲の情報が流された疑いは強まった。直接クイーン・ヴァンガードから情報料がもらえそうなことなのに、自分から申し出ないということは、それができないわけがあるのだろう。だが、女王器の情報は、表向き公にはされていない。詳しいことを知っているのはクイーン・ヴァンガードの上位の者たちだけだ。普通の隊員たちは、その都度必要な情報だけが与えられている。玄武甲という名前ですら、メルティナ・伊達たちも今回初めて知らされたという状況だった。それを、謎の男は知っていたことになる。
とはいえ、五〇〇〇年前の王家にあった重要な女王器であるし、そのときから生きてきた者や記憶を持って蘇生した者たちの中には、名前を知っている者もいたかもしれない。あるいは秘宝とされていて誰も知らなかった可能性もあるが、それはそれでいろいろと矛盾がでる。まあ、長い年月があっていきなりクローズアップされた物であるから、情報が錯綜していてもしかたがないとも言えるが。むしろ、古くからの伝承などより、最近探索に出たクイーン・ヴァンガードの隊員によって噂が増長されている感があることの方が問題であるとも言えた。
もしかすると、それをよく思わない者たちが、意図的に手に入れた情報をリークして回っているのだろうか。
「結局、単なる愉快犯なのか、何か悪巧みをしている一味なのか、よく分からないですね」
表通りに戻りながら、屍枕椿姫がメルティナ・伊達に言った。
「けれど、玄武甲という名前を知っていたところが怪しいじゃないか。罠にしろ結局確かめるしかないだろ」
そういう意味では、直接出かけていったココ・カンパーニュの行動は正しいとも言えるし、無謀であるとも言えた。
「それにしても、ここに辿り着くまで時間をとられすぎた」
今からツァンダまでむかったとしても、追いつけるかどうか。こんなとき、同行しているメンバーに知り合いがいないというのが悔やまれる。どのみち、最初からガセであることは予想の中の一つであるから、まったく警戒していないということはないだろう。後は、遺跡に行った者たちの無事を祈るだけであった。
★ ★ ★
「やあ、こんなとこにいたいた」
ジャワ・ディンブラを追いかけてきた雪国ベアが、肩に担いだ悠久ノカナタや狭山珠樹とともに彼女に近づいていった。
「おや、わざわざこんな所にくるなんて、物好きもいたものだ」
のんびりと寝そべりながら、ジャワ・ディンブラが言った。
「物好きだなんてとんでもないですわ。我も今度メイドに転職しましたので、修行の一環としていろいろお世話させていただきたいと思って参りました」
手首に黒いリボンを巻いた狭山珠樹が、そうジャワ・ディンブラに言った。
「ひとまず、ここまで飛んできてお疲れになったでしょうから、お背中でもお拭きいたしましょう」
「ああ、すまないねえ」
あまり気にもとめず、ジャワ・ディンブラは狭山珠樹の好きにさせた。この姿で町中に降りると結構な騒ぎになるため、たいていはいつもひとりぼっちだ。ドラゴンに近づいたドラゴニュートとしては、それはたいした問題でもないし慣れっこではあるが、だからといって、いろいろと誰かと接することが楽しくないわけではない。
「まあ、遺跡はケイたちに任せるとして、わらわたちはここでのんびりと結果を待つとするかの」
肩の上から降ろしてもらった悠久ノカナタが、雪国ベアの持ってきたサンタ服を緋毛氈(ひもうせん)代わりにして、魔女の薬草箱から取り出した抹茶をたて始めた。
「ところで、ココさんのパートナーって、ジャワさんだけなんですか?」
布巾で丁寧にジャワ・ディンブラの青銅色の鱗を拭きながら狭山珠樹が訊ねた。
「どうしてそんなことを聞く?」
「光条兵器を持ってたからな。あんた以外のパートナーがいるって考えるのが自然だよな」
訊ね返すジャワ・ディンブラに、サンタ服の上にちょこんと正座した雪国ベアが言った。
「さあ、そのへんのことはよく分からんが。本人が話したがらないことを聞くのは失礼というものだろう」
「その通りではあるが、知りたいのも人間の性(さが)というもの。知ってどうなるというものでもないと同時に、知りたればこそ、力になれることもあろう」
できあがったお茶を、雪国ベアの方にさし出しながら悠久ノカナタが言った。そのまま、雪国ベアがお茶をジャワ・ディンブラに持っていく。
「名は、シェリル・アルカヤというらしい。ココが地上に残してきたパートナーだ。なぜ残してきたかは知らぬぞ。我は会ったこともないのでな。まあ、ココがパラミタにやってこられたのは、彼女との契約のおかげであろう。だが、なんと言っても、パラミタにおける彼女のパートナーは、我しかおらぬ」
器用にお茶を飲みながら、ジャワ・ディンブラが答えた。
★ ★ ★
「なんだか、出遅れてしまったようだよね。遺跡の周りにはもう人影がいるよ」
かなりの高空から遺跡を見下ろしながら、鷹野 栗(たかの・まろん)は同じ魔法の箒でそばを飛ぶ羽入 綾香(はにゅう・あやか)に声をかけた。
「見たところ、学生には見えぬが。噂の蛮族かのう。どれ、降りていって話を聞いてみようかの」
「待って、うかつに近づいちゃだめだよ。怖い敵だったらどうするのよ。ここは、偵察して、噂の強いドラゴンさんに相談しようよ」
するする通りいてきそうになる羽入綾香を、鷹野栗はあわてて引き留めた。とりあえず証拠写真をと、携帯で遺跡の全体を撮り始める。
深い森の中にぽっかりと現れた広場のような場所に、その石造りの遺跡は姿を現していた。
遺跡としてはそんなに大きくは見えないが、その大半は地下にあるようだ。地上には、八角形(オクタゴン)型の建物が見えるだけである。大きい割にはいびつな建物で、あちこちが崩れ、進入口は四方にありそうだった。それでも、正面らしい部分のある入り口が、一番大きくてちゃんとしている。だが、そのそばには、海賊らしい人影がいくつもたむろしていた。すでに、中にも入り込んでいるかもしれない。同時に、学生らしい人影も遺跡の裏側に見えたが、その少人数の集団は、すぐに姿が見えなくなってしまった。隠れ身などで姿を隠したのか、外壁の亀裂などから中へと入っていったのかもしれない。
「遺跡が見えてきたのである」
「何か、人がたくさんいますよ」
しゃんしゃんと鈴の音をたてて、サンタのトナカイ橇に乗ったマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)とシャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)がそこへやってきた。鷹野栗たちからは少し低空を飛んできている。
「たぶん敵なのである。クロセルのために、排除するのだぁ」
「わっかりましたあ、マナ様!」
何が楽しいのか、ノリノリでシャーミアン・ロウが橇に設置しておいた機関銃を地上にむけた。後ろ向きに設置してあるので、射界を確保するためにマナ・ウィンスレットが橇を反転させる。
「何をしようとしているのです!」
それを見た鷹野栗たちがあわててストンと橇の中に落ちてきてシャーミアン・ロウを止めた。
「何者なのであるか!?」
「うかつに攻撃しては、私たちがここに到着していると教えてしまうじゃろうが」
先ほど自分が突入しかけたことは棚にあげて、羽入綾香が言った。
「あんな奴は、みんなやっつけてしまえばいいのである」
「マナ様の言う通りです」
「だから、それはうかつです。まずは、みんなに報告を……」
反転したために遺跡からは離れていきながら、橇の上で四人がどたばたする。
そのとき、マナ・ウィンスレットの携帯が鳴った。
「もしもし……」
『何をしているんだ、墜落してるぞ!』
マナ・ウィンスレットのパートナーのクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)からであった。
「ああ、ちょうど誰かいます……って、ドラゴンさんです」
シャーミアン・ロウが地上を見て言った。
「何か落ちてくるぜ」
雪国ベアが言う間にも、マナ・ウィンスレットたちの乗った橇がすぐそばに墜落した。
「大変ですわ、助けに行かないと……」
狭山珠樹が、あわてて墜落現場に駆けつける。彼女のヒールで事なきを得たマナ・ウィンスレットたちが、ジャワ・ディンブラたちと合流した。
「すでに、遺跡は敵の手に落ちているようであるな。さて、どう突き崩すか」(V)
悠久ノカナタが、鷹野栗の撮った写真の中に見覚えのあるスーツ姿の男を見つけて言った。
「突然じゃが予言しよう。後数分もせぬうちにあそこの遺跡が吹き飛ぶぞ」
唐突に羽入綾香が叫んだが、ジャワ・ディンブラと悠久ノカナタと雪国ベアは反論しなかった。
「ココがいるのだから、当然だろう」
「ケイたちがいれば、わらわたちが手伝う必要もあるまい」
「御主人の仇は俺が取るぜ」
「ということらしいぞ」
マナ・ウィンスレットがクロセル・ラインツァートに告げた。
『よく分からないが、任せろ』
携帯の向こうからは、そうクロセル・ラインツァートの言葉が返ってきた。
★ ★ ★
ぱからん、ぱからん、ぱからん。
軽快な蹄の音をたてながら、一頭の駿馬がココ・カンパーニュたちの方にむかって駆けてきた。
こんなこともあろうかと、なにやら自前のナレーションが聞こえてくる。
「ミルザム・ツァンダがまだ踊り子シリウスだった頃、ヴァイシャリー湖の南に鏖殺寺院という怪しい宗教が流行っていた。それを信じない者は恐ろしい祟りに見舞われると言う。その正体は何か? シリウスは鏖殺寺院の秘密を探るため、地球から仮面の男を呼んだ。その名は……。クロセル・ラインツァート参上!」
クロセル・ラインツァートは、あっけにとられるココ・カンパーニュたちの前で、手綱を引いて駿馬を止めた。
「遺跡はすでに、謎の一団の手に落ちているようです」
馬上から、クロセル・ラインツァートが言った。
「少しのんびりしすぎましたね」
困ったものだという顔で、ペコ・フラワリーが言う。
「いいじゃないか。ちまちま探し物をするよりも楽しくなりそうだ」
パシンと両手を打ち鳴らして、ココ・カンパーニュが言った。
「よろしければ、俺が先導しましょう。少々の敵など、この駿馬の突撃力で蹴散らしてくれましょう!」
「それはいい、ようし、みんな行くぞ!」
意気揚々と、ココ・カンパーニュがみんなに言った。
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