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リアクション
第7章 ぶつかる刃と傾く天秤
目前で炸裂した光精の指輪による閃光にひとつ舌打ち。
リュシエンヌ・ウェンライト(りゅしえんぬ・うぇんらいと)は回避行動を取るのと一緒に散弾をばらまいた。
闇雲に散らばるそれを、空飛ぶ箒の上の愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)は、弧を描いてかわしてみせる。
「邪魔をする気?」
「するよ」
頭を振って、今度は照準を合わせるリュシエンヌの銃口に、ミサは力を込めた視線を叩きつけた。
「怖い目。あなたもそうやってティセラを悪者と決めつけるのね」
「……」
リュシエンヌの言葉に、わずかにミサの瞳が動揺で揺れた。
「あら? もしかして迷ってるの? 可愛そうなティセラ。自分の気持ちまでよくわからないままの人たちにまで悪者って追い立てられて」
リュシエンヌはそう言って、目尻を拭う仕草をしてみせた。
ミサはグッと唇を引き結ぶ。
「わ、わかんないけどっ! カンバスは消されちゃったしっ! 誰が悪いとかよくわかんないけどっ! 誰だって、勝手に身近な人を傷つけられたらあったまくるよっ! ほんとはこれで――」
突然。
ミサはワルプルギスの書を取り出し、ぶんぶんと振ってみせた。
「あんたが通してくれればこれの角でティセラのおでこにガツーンってやりたいところだけどね。目、覚めるんじゃないかな? 少なくと誰かを操る人形遊びなんて間違ってるってわかるくらいにはさ」
ミサの言葉にリュシエンヌはトーンの高い笑い声を上げた。
「あっはっはそれは大変。ルーシーの大事なティセラの柔肌に、傷なんかつけられたんじゃたまらないものねっ! その想い、あなたの命ごと刈り取らせてもらうわ」
リュシエンヌはその手の中の獲物を黒い大鎌状の光条兵器に一瞬で持ち替え、ミサに向かって跳躍した。
キレのあるターンでミサはそれをかわすと、今度はお返しとばかりに雷術を放って見せた。
「いいよ――ああ、もちろんやられたりしてあげないけど。俺はあんたを止める。俺がひとりでも――例えばこうやってあんたを足止め出来れば、きっと誰かがティセラを殴ってくれる。殴って止めてくれるもんね」
「ど、どういうことなのです?」
「いやいや、ごめんなさいねぇ」
パートナーのティア・アーミルトリングス(てぃあ・あーみるとりんぐす)をいきなり殴りつけた、ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)に、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は困惑したつぶやきをもらした。
「なんせしつけがなってなくて」
ロザリアスはさらに二度、三度とティアを小突く。
「その方は、パートナーさんではありませんのっ!?」
「そうそう。あたしとお姉ちゃんの所有物だよ。そのくせにさあ、あっさり洗脳なんかされて人様にめーわくかけるんだから困るよね」
「……」
「別に不思議でもあるまい?」
ロザリアスの言葉に黙り込むユーベルの耳元で、ベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)がボソリと呟いた。
「契約の形など人の数だけある……かつての僕とお前のようにさ」
「過去の話は聞きたくありません……」
ブルブルと、ユーベルは頭を振るった。
「ねえ、人形さん?」
ことさら耳元で響くベスティエの声。
視線の先ではロザリアスが以前ぽこぽことティアを小突いている。
「人形――物などではありませんっ!」
剣の花嫁や機晶姫を物扱いするロザリアス、ベスティエの言葉と、目の前のティアと自分が重なったのか。
ユーベルは光条兵器を展開すると、ロザリアスに斬りかかった。
「もお。放っておいて欲しいなぁ……あたしのおもちゃにごちゃごちゃ言うの…そういうの、なんかイライラするからさっ!」
ロザリアスは煙幕ファンデーションをぶちまける。
ユーベルが目と鼻を覆うその先で、一瞬。
光条兵器の赤黒い光がはじけた。
「……っ!」
煙の中に浮かび上がった姿に、ユーベルは言葉を詰まらせる。
ロザリアスを背後にかばい、光条兵器を構えるティアの姿があった。
「ね? 余計な感情など、お前を苦しませる物でしかない」
くっくっくと楽しそうに、ベスティエがのどの奥で笑った。
「リネンっ! ダメっ! ユーベル使い物にならないわよっ! むしろあのうっさんくさいベスティエが邪魔してるしっ!」
ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の声に、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は真正面に据えた視線はそらさず声を張った。
「ヘイリー、ユーベルの側に行ってあげて。ベスティエはこっちへっ! 私をサポートして」
リネンの声に、ヘイリーはコクリと頷いてみせた。リネンはその背中に声を投げる
「方法は任せるけど、あの剣の花嫁の洗脳も解いてあげて」
ヘイリーはさらに頷き、野生の蹂躙を発動。
目くらまし用の鳥を集めはじめる。
「……もっとも、洗脳を解いたところで解放されそうにないのだけれど」
やや鋭さを増したリネンの視線の先では、メニエス・レイン(めにえす・れいん)がうっすらと笑いを浮かべていた。
「なかなか面白いパートナーを引き連れているのね、あなた。少し興味があるわ。あたしに譲る気はないかしら?」
「お生憎だわ。手を焼いているのは事実だけど、あなたに渡したら何が起こるか読めないわ。私のあずかり知らぬところで起こる面倒ごとの罪悪感まで背負い込むなんて……ごめんだわ」
その言葉に、メニエスは笑みの深さを強めた。
「それより、引いてもらえないかしら。私は剣の花嫁を元に戻せればいいの。無駄な時間と無駄な弾丸の消費は、少ないほうがいい」
「それはお生憎。ティセラの目標なんかには賛同する気はないけど、人となりはとても気に入ってるのよ。おまけにティアに面白いものまでくれたから、護衛をしてあげるつもりでいるのよね。あたしは義理堅いの、これでも」
「仕方ないわね……なら、通してもらうわよっ!」
リネンは、相変わらず微笑むことを止めないメニエスに向かって、星輝銃の引鉄を絞った。
小型飛空艇からバーストダッシュで飛び出した天城 一輝(あまぎ・いっき)はその目にティセラの姿を捕らえ、全力で投網を放り投げた。
空に舞った白い網は、ぶわさっと広り、ティセラとその周りを固める剣の花嫁達を包んだ。
「くらえっ! 『大魔術サンダーウェブ』」
一輝の手で呼び出された雷は、宙を駆け、剣の花嫁達の額飾りに食らいついた。
感情を宿さない瞳は相変わらずだが、まとわりつく網の分を差し引いても、それと判るくらいに剣の花嫁達の動きが鈍るのは判った。
「ちっ、これじゃ足りないか」
一輝はさらに追撃のために構える。
ぷ。
小さな音と共に投網に裂け目が空いた。
さらにちぎれ飛ぶ網を振り払いながら、姿を現したティセラは、一輝を眺めてビックディッパーを振り上げた。
ぶぉん。
飛んでくるソニックブーム。
それを辛くもかわし、一輝の姿は空に釣り上げられた。
「駄目でしたわね……『大魔術サンダーウェブ』……」
小型飛空艇から一輝を釣っていたワイヤーを引っ張り上げ、ティセラの射程圏外に逃れながら、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)はポツリとつぶやいた。
「油断させるためのかけ声だぜ? わかってんだろっ!?」
恥ずかしそうに若干、顔を赤らめながら、一輝が言い返す。
「結構楽しそうに叫んでいた気がするのですが?」
「あー行く行くっ! 俺もう一遍行って決着付けてくるわ!」
「ま、待ってっ! 落ち着いて、落ち着いてっ!」
飛空艇から飛び降りようとする一輝に、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が取りすがった。
「離せっ! 離してくれっ! このままじゃ恥ずかし死にそうだっ!」
「こ、こらっ! 重量オーバーなんですから暴れないでくださいなっ! 大丈夫ですわっ! 投網もからまってますっ! 剣の花嫁達はほぼ無力化しましたわっ!」
ガタガタと揺れる飛空艇を操りながら、ローザが一蹴する。
「ううう、それはいいけど……怪我をしてる人たち助けたいなぁ……」
飛空艇から下を眺めたコレットは、倒れたままになっている剣の花嫁や負傷した生徒達がいるのを見て顔を曇らせた。
「ティセラを撃退させたら嫌でもフル稼働ですわ。信じて、お待ち下さいな」
「いよいよ一人ですね。一曲踊っていただけますか、クソ女っ」
オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)が放ったバニッシュの光を背負って、八神 誠一(やがみ・せいいち)は銀の鎖を投擲する。
「申し込みの作法が、なってませんわよ」
鎖はかわしておいて、ティセラはビックディッパーを下から振り煽る。
誠一が目くらましに放ったブラックコートは、二つに裂かれて風に舞った。
「せ〜ちゃん、圧されてるのだよっ! ほら、これでもかけてあげるから頑張るのだよっ!」
言って、オフィーリアは誠一に向かってパワーブレスを発動させた。
「そりゃ圧されるよ……まったく、少しは心配してもよさそうなもんなんだけどな……それより、周囲の警戒は怠らないでよっ! 後ろから誰かにばっさりなんて、僕はごめんだからねっ!」
首だけ回してオフィーリアに答える誠一。
そこへ殺気。
「ダンスのパートナーの顔は、しっかり見るものですわ」
誠一の胴を狙った重威力の突きから横薙ぎ。
体をねじって頭を下げて、無理矢理にビックディッパーを捌く。
フッと、ティセラがビックディッパーを振り上げた。
縦斬り――そう読んだ誠一が横に飛ぶために体をしずみこませる。
が。
ニッ。
笑ったティセラはそのまま垂直に、誠一に向かって柄から振り下ろした。
柄に展開した刃が、かわしきれない速度で迫る。
「せ〜ちゃんっ!」
オフィーリアの叫び声が鼓膜を叩く。
「くっ」
誠一は、一瞬で、相打ち覚悟の刺突を放つことを選択する、しかし――
ボウムっ。
突然の爆風に、そのまま宙を舞った。
「じゃじゃーん! 今週のビックリドッキリ人間大災害でありますよっ! って、わわわわっ、また誤爆なのでありますっ! やってしまったのでありますっ! マスターにポイされてしまうのでありますよっ!」
六連ミサイルポッドを全弾撃ち尽くし、ジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)はわたわたと頭を抱える。
それからちらりとファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)の方に目をやった。
「いや……」
当然怒鳴り声をあげると思われていたファタはしかし、ジェーンのさらに先に目をこらしている。超感覚により出現した猫の耳が、我知らずファタの興奮を伝えるようにひょこひょこと動いていた。
ファタの瞳には、飛来したミサイルの一発二発は撃ち落としたものの、しかし残りは捌ききれず、誠一と共に爆風に煽られるティセラの姿があった。
「これはこれは……なかなか面白いではないか……ティセラ。十二星華を相手取るのは面倒じゃと思っておったが……ジェーン、おぬし、遠距離攻撃は得意じゃな?」
「は、はいでありますっ、マスターっ! 『機関銃』に『シャープシューター』に『スプレーショット』に『弾幕援護』に……えーとえーと、属性攻撃もできるでありますよっ、『爆炎波』に『轟雷閃』……ひ、必要ならSPリチャージ増幅パーツ使ってどこまでも撃ち尽くす所存でありますよっ!」
「なんでもよい、片っ端からありったけばらまいてやるのじゃ。ティセラをはり付けにしてやるのじゃ」
そう言ってファタ自身はファイアストームの発動準備を始める。
「りょ、了解なのでありますっ!」
ジェーンは頭のてっぺんの髪の毛をパタパタと嬉しそうに振るうと、手にした機関銃から、景気よく銃弾をばら撒いた。
「弾幕はパワー! ジェーンさん頑張るでありますっ!」
「女性に銃を向けるのは忍びないが……おぬしさすがに十五歳以下ということはあるまい? すまんのじゃ、ティセラ」
ファタは目を細めて、少し残念そうにティセラのいる方を眺めた。
「ジェーンさん0歳の乙女でありますよ? ぴっちぴちであります」
「うん、おぬしは少し黙っておるのじゃ」
「そうかっ!」
ファタとジェーンの様子を見て、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)を振り仰いだ。
「カルキノスっ! 魔法攻撃だ。連続で叩き込むっ」
「ああ? んなもんさっきからやってるじゃねぇか。氷術に雷術に火術に……ダリルはもっと派手なもんまでばらまいてたろう? 寝ぼけてんのか?」
カルキノスの返事に、ダリルはがりがりと頭をかいた。
「だからっ、連続でと言っているっ。種類は構わない。とにかく遠距離からの攻撃を途切れることなく仕掛けるんだ。SPが続く限り、間断無く、だ」
「だから、なんでだよ?」
「遠距離攻撃がティセラの弱点だからだ」
カルキノスはポカンとした表情を浮かべた。
「おいおい、んな訳あるかよ……んな簡単な……」
半信半疑の声をあげたカルキノスにダリルはティセラがいる方を指差してみせる。
爆炎やら土埃やらで何やら見えづらいが、ファタとジェーンの波状攻撃に、忌々しそうな顔をしたティセラがビックディッパーを振り続けているのが見える。ソニックブームの攻撃も、射程が足りないのか、明らかに足を止められている様子だった。
「マジかよ……」
「倒せるのかどうか知らんが、少なくとも、これでルカ達がティセラに近づける」
グッと眉間に皺を寄せて、ダリルは魔法を発動させる姿勢をとった。
カルキノスはふん、と笑って、
それから一声、空に向かって気合を込めた雄叫びを上げた。
「ぜってぇモノにしてこいよ、ルカっ!」
「せっかくの有利な状況を、有利に利用できないのは愚かですわ。のこのこと近づいてくるなどと」
艶やかな髪をところどころ爆風に焦がし。
その装束は土埃にくすみ。
皮膚のそこかしこには擦り傷を負い。
頬に切り傷まで作り。
しかしティセラは艶然と微笑んだ。
「イリーナさんっ!」
キッとばかりにティセラに飛びかかろうとするトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)を、肩にビックディッパーの切っ先を受けたイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が制す。
「構わない。古来より女王様への直訴となれば命懸けなわけだから、これくらいの犠牲はお時間を頂く代償と思って甘んじて受けよう」
イリーナは半ばまで赤く染まった手で、ティセラの腕を掴んだ。
トゥルペはそんなイリーナの様子をハラハラした様子で眺めながら、しかし足を退くことなく、ぎゅっとイリーナにしがみついた。
「パラミタでは国家の神の数がイコール軍事力だったな。地球人は軍事国家=兵器と考えるが、パラミタでは違う。現状、神がドージェくらいのシャンバラでは、ティセラの言う通りどこよりも脆い国だろう。あなたが恐れに満ちた国にするというのは、人々を恐れさせ、神となる物を崇めさせ、シャンバラに神を増やし、強くする――そういうことではないのか?」
「怖れるのは勝手ですが……怯えてばかりの国民を作り出すつもりなどありません――パラミタの国には強者が必要なのですわ。強き存在を束ね国家神を多く有すれば、他国と交渉ができます。そうすれば国々の力を借りてこの地を復興、繁栄できる。それをするのにあんなお人形のミルザムとわたくし。どちらが相応しいかしら?」
「なるほど、それが真意。少なくとも一端というわけだな」
イリーナは満足した様子で、口元に小さな笑みを作った。
「さて、おしゃべりはおしまい。始まってしまったこのダンスを、終わらせなくてはなりませんわ」
イリーナの肩口からティセラはビックディパーを引き抜いた。
ガクリと崩れるイリーナを、トゥルペが慌てた様子で支えた。
『それ以上はさせないよっ!』
攻撃の構えをとるティセラを、二つの声が遮った。
「ティセラ、お前のやってることはクィーン・ヴァンガードとして……いや、ボク個人としても許すわけにはいかないっ! ここで止まってもらうよっ!」
水上 光(みなかみ・ひかる)は至近距離から爆炎波を発動。
無理矢理ティセラを後退させて距離をとった。
「さぁほら早く、下がって下がって」
その隙に、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)はトゥルペと一緒に、半ば引きずるようにしてイリーナを下がらせた。二人が自分の背後に隠れるのを確認して、ガードラインのスキルを発動させる。
直後。
赤い爆発を切り裂くようにしてビックディッパーの刃が伸びた。
「うわわわっ!」
光がぐるりと体をねじって回避。
両剣型の光条兵器を展開させた正悟が全体重をかけてビックディッパーの軌道を逸らした。
「足を止めないで足止めを狙うんだっ!」
「ん? ん? んー?」
正悟のセリフに大量の疑問符をまき散らかしながらも、光は回避行動から振り返り、ティセラに向かって今度は轟雷閃を見舞う。
「一歩でも……半歩でも、ティセラを止めるんだっ! 一分でも……一秒でも、ティセラを捕まえるんだっ! そうすればそれだけ勝てる可能性は増えるっ! 人を操るようなふざけた手段、まかり通すわけにはいかないっ!」
光の轟雷閃に重ねるようにして、正悟は爆炎波を発動させた。
――と。
「引き継ぎぐわっ!」
正悟と光の背後から、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が飛び出した。
爆炎の熱が残る中、ティセラに一気に接近して右から左、刺突を挟んでからの逆袈裟。
機敏な足運びから繰り出されるルカルカの攻撃に、ティセラはビックディッパーを軽々と操り、軽快なステップを踏みながら型どおりの形で合わせてみせる。
「まだ輪舞曲に――斬り合いに付き合うつもり? 死ぬ気?」
「どうかしら。例えばもし、ここから戦局がひっくり返ったらあなたたちは絶望する。わたくしの力を実感する……違いますかしら?」
ルカルカはクッと歯を食いしばって、心の中に溜めていた疑問をぶつけた。
「ティセラ、あなたが起こす事件はその騒動そのものが目的。そして――事件を起こすことで、私達に乗越えさせる為の試練になるつもり。そうではなくて?」
「もちろん。わたくしの目的は事件そのものですわ。もっとも……乗越えていただく必要などありませんけれど。誰が女王か……しっかり痛感していただけましたら、ねっ」
その呼吸で、ティセラはルカルカの光条兵器をはじき飛ばす。
「逃すかっ!」
しかし、今度はすかさず、風祭 隼人(かざまつり・はやと)がティセラに向かって斬撃を打ち込んだ。
「ティセラ、軍事国家を理想とし築こうと考えるのはお前の自由だ。けどな、カンバス・ウォーカーを殺した事、仲間を傷つけた事……その他諸々の悪事で皆を苦しめ続けている事、……何よりアイナを悲しませた事……だからってそれが理由になるわけじゃないっ!俺は許すわけにはいかないぜ!」
一条、二条ティセラは隼人の斬撃を受け流す。
「ふふふ。ではあなたが、輪舞曲の最後のお相手ですわね」
「最後?」
ティセラの声に不穏な物を感じ、隼人は疑問の声をもらした。
「はい。ここからは、全員、斬り捨てて差し上げます」
サッと、ビックディッパーがたたえる光がその輝度を増す。
「っ!?」
しかし、緊張を色に変えた隼人の顔色に反してティセラがとったのは、その手に鋭い痛みを感じて、ビックディッパーを取り落としかけるというちょっと信じられない行動だった。
見れば、ティセラの親指の付け根に、小鞄から飛び出た小人が全力で噛みついている。
少し離れたところでそれを認めたアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)は小さく、だが会心のガッツポーズを作った。
その機を逃さず、ルカルカはヒロイックアサルトを、隼人はバーストダッシュを発動。
防御はかなぐり捨てた二人は光条兵器を振りかぶり、揃って全身全霊を込めた一撃を叩き込んだ。
無理矢理にビックディッパーを構え直し、ティセラは二筋の力の奔流を受け止める。
まばゆい光が交錯。
グッ。
自分に向かって押し込まれる力に、
ティセラの顔は驚愕に彩られ、もはや余裕の表情は消えた。
ルカルカと隼人は、光条兵器の柄をさらに強く握りしめた。
――!
僅かに風を切る音だけを残して、ビックディッパーが宙に舞った。
「くっ……」
その手から力の象徴を失い、さすがに上体を崩したティセラがティセラが膝をついた。
「……人の意志を甘く見すぎたなティセラ。お前の野望もここまでだ」
隼人が、ティセラの眼前に光条兵器を突きつける。
「――っ!」
ティセラは未だ熱の消えない瞳に憎悪を宿らせ、隼人を睨め上げた。
そこへ。
「さあて、まあここまでだな。お嬢さん」
軽身功による身軽な動きで飛ぶように現れた呂布 奉先(りょふ・ほうせん)は、ティセラを横抱きに抱えると、唖然とする隼人に構わず一気に駆け出した。
「下ろすのですわっ。その手もどけなさいっ。どこへ行こうといいますの?」
奉先の腕の中で、ティセラは手足を振るい激しく抵抗する。
「逃げるのさ」
「やはり下ろすのですわっ!」
「いやいや……戦闘の様子は一部始終拝見させてもらいましたが」
「ワタシは記録させてもらったわ」
追走してきたのはシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)と霧雪 六花(きりゆき・りっか)。
「いつでも投影できるわよ」
六花はメモリープロジェクターをぽんぽんと叩いてみせた。
「わたくしが膝をつく様子を? 最悪の趣味ですわね」
ティセラは燃える双眸で六花を睨み付けた。
「いやなに。勘違いをなさらないように。別に負けたところなど利用しようとは考えていません。むしろイメージアップのためですよ。いつかキミのイメージ映像として使おうと思っただけです」
心外とばかりに身を硬くする六花の頭を軽くなでながら、シャーロットはティセラを落ち着かせた。
「しかし――今回は退くべきではありませんか。私の頭脳は、そう告げていますが」
「少し遊び――輪舞曲に付き合いすぎただけですわ。今度は、全員、思い知らせて差し上げます。下ろしなさい」
「そうさ、おまえはなめすぎたのさ。ま、おとなしくしてろって子猫ちゃん」
「……下ろしなさいと言っているのですわ。まずは、あなたから切り捨てましょうか?」
一瞬で、ティセラの気配が内圧を上げる。
さすがに奉先も、びくりとその手を震わせた。
「我が君、これ以上は危険です。わたくしと一緒に、お逃げください。不肖、貴女様より弱い私ですが、貴女様をお慕いし、お守りします」
ナナリー・プレアデス(ななりー・ぷれあです)は乗ってきた馬から飛び下りると、そう言ってティセラの前に跪いた。
「知ったことではありません。逃げるなら、あなた一人で逃げるといいですわ」
奉先の手を振りほどいて、立ち上がったティセラは、冷たい目でナナリーを見下ろした。
「愛する貴女様を置き去る事は致しません」
ナナリーはそれに向かって「どうか」とただ必死に頭を下げる。
「聞こえなかったのかしら? それとも何かしら。あなた達は寄ってたかってわたくしに敗残者になれと言うつもり?」
「しかしっ! クイーン・ヴァンガードをはじめ、遠距離攻撃を準備した者どもが空京に集まってきておりますっ!」
ナナリーの「遠距離攻撃」の言葉に、少し前の光景を思い出したティセラは、悔しそうな顔で唇を噛みしめた。
「馬鹿なことを……像の胴部を奪われたままで、おめおめと逃げ帰れと……? そんなこと……」
「像の胴部ならここに」
ほとんど足音も立てずには現れたのは雄軒とバルト。
ティセラに向かって恭しく、布にくるまれた像の胴部を差し出した。
「……」
ティセラは、なぜここにそれがあるのかをほとんど疑うような目を雄軒に向けた。
「なに、テティスやクイーン・ヴァンガードが甘い連中だったということです。あなた様からお借りした剣の花嫁、大変有効に使用させていただきました」
雄軒はニイーと笑ってみせる。
何かを振り切るように、ティセラはフッとため息をつき。
それからくるりと、空京の市街に背中を向けた。
「その馬に乗せなさい。空京を出ますわ」
ティセラの言葉に、ナナリーが全力で頷いた。
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