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月夜に咲くは赤い花!?

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月夜に咲くは赤い花!?
月夜に咲くは赤い花!? 月夜に咲くは赤い花!?

リアクション


『月下の逢瀬・2』

 月に近い、三階の部屋。
 開け放たれた窓から、冷たい青色の月光が降り注いでいた。
 月の明かりが強い分、暗い闇色に沈んだザンスカールの森では、風の音か、はたまた生き物の鳴き声か、まるで判然としない気味の悪いばかりの雑音が、ざわざわとざわめいている。
 窓から顔を出し、冷えた夜気を感じている如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が、森から音がしてくるたびに、ぴくりと肩を跳ねさせていることに、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は気づいていた。
「――きっと綺麗な満月なんでしょーねぇ」
 月の明かりを身体に浴びながら、日奈々が恋い焦がれるように言った。
 千百合は、光を映さない日奈々の目の代わりに、眩しいほどの満月を見据える。
「うん。綺麗だよ。見たことないくらい、おっきくてまあるい月だ」
「そうでしょー? 空気が澄んでるから、きっとすうっごく綺麗だろうなって、思ってましたー」
 やはり、どこか焦がれるようにそう言った日奈々を、千百合はそっと、後ろから抱き締めた。
「でも、寒いんじゃない?」
「んー? どして?」
「さっきから震えてる」
 千百合が言ったのとほとんど同時に、階下で重たいものが落ちるような音がした。
 それだけではなく、よく耳をすませば、人々の怒声や悲鳴のようなものがひっきりなしに聞こえてくる。
 千百合がこれでは、より聴覚に頼っている日奈々はもっと鮮明にこの声を聞いているだろう。
「……怖い?」
 千百合が耳元で囁くと、日奈々は「えへへ」と笑った。
「……ちょっと、ねー。ほら、慣れない場所ですしぃ」
「じゃあ、ベッドにきなよ。窓しめてさ。そうしたら、音もだいぶ静かになるよ」
「でもぉ……せっかくの月夜ですしぃ……んっ」
 千百合は日奈々の肩を引き寄せて、優しく唇を合わせた。
「あたしは……月、見たくないな」
「んあ……どうして、ですかぁ?」
「だって、二人で見られない」
 千百合は日奈々を抱きしめて、闇に浮き上がるような、白く滑らかな首筋に口づけた。
「ふあっ……どっ、どしたの? 千百合ちゃん?」
「あたしは……月よりもっと、二人で一緒に感じられるのがいいな」
 すぐ耳元で千百合が熱く囁く。日奈々はびくりと肩を跳ねさせて、千百合にすがりついた。
「う……あう、もー。千百合ちゃんのえっちー。月は見えないけど、夜風なら……一緒に感じられるよ?」
「ああ、そっか」
「ふやっ……!」
 千百合は指で、日奈々の太ももをすうとなぞり上げた。
 そのまま、千百合の手が、日奈々のスカートの中に吸い込まれていく。
「千百合ちゃっ……やんっ!? あう……そこ……っ」
「それじゃあ、あとで一緒に、夜風浴びようか?」
「あっ……はっ、はあっ……ッ」
 スカートの奥に優しく触れられながら、耳元で熱く囁かれて、日奈々の身体が弓なりに仰け反る。
「もっと火照ってからの方が……夜風もきっと気持ちいいよ……?」
「ふあ……うっ、らめ、だめ……千百合……ちゃんッ」
「どうして?」
 ぷつぷつと鳥肌の立ってきた日奈々の喉元に、千百合はすうと舌を這わせた。
 下から上へ、舌が動くのに合わせて、日奈々のあごが震えながら持ちあがっていく。
「ら……らって……んっ」
 力ない両手で、ぎゅっと千百合を抱きしめて、日奈々はふるふるとかぶりを振った。
「ここじゃ、あっ、外から見えちゃうよ……んっ」
「……ふふ」
 千百合は笑って、仰け反った日奈々の身体を抱き起した。
「……ベッド行こうか?」
「……ん」
 痙攣するように何度も頷いた日奈々のおでこに、千百合は優しくキスをした。

 ※

「不要だと思うけどもう一度だけ確認しておくわよ?」
 伊吹 九十九(いぶき・つくも)は、けだるげに腕を組んだ霧島 玖朔(きりしま・くざく)をビシリと指さした。
 妖艶なチャイナドレスを着こみ、腕や足を無防備に露出させた九十九は、その格好とは対照的に油断の欠片もない眼差しで、パートナーであるはずの玖朔を睨む。
「私とあなたが今回別々の部屋を予約したのは……」
「わかっている。お互い干渉しないためだろう?」
 玖朔は、ぴしりとした薔薇の学舎の制服に身を包み、エメラルドグリーンの髪の毛をきちんとオールバックに撫でつけた真面目そうな身なりに、まるで似合わないうんざりした表情を浮かべた。
「いいから、さっさと部屋へ引っ込んでくれ。伊吹にそんな布面積の狭い服で前に立たれると、悪い意味で目に毒だ」
「あんたこそ、なにその昔の二枚目みたいなカッコ! 冷血な本性が隠れてないわよ!」
「余計な御世話だ。……じゃあな、せいぜい熱い夜を」
 ひらひらと手を振って、玖朔は三階の空き部屋に消えた。
「……ふん」
 九十九も鼻息荒く、玖朔の隣の部屋の扉に手をかけ、
「ああ、そうだ。あまりでかい声を出すなよ? 俺はできれば聞きたくないからな、伊吹のあえぎご」
 玖朔の部屋のドアを、思いきり蹴っ飛ばした。

 ※

 こんこん、と乾いたノックの音が響いた。
 九十九は部屋の照明を消し、甘い香りのするアロマキャンドルに火をつけてから、ベッドに腰かけた。
「あの、ワインをお持ちしました」
 どこか舌っ足らずなかわいらしい女性の声が、ドアの向こうから響く。
 九十九は、ほとんどむき出しの足を組んで、豊満なバストを誇示するように胸の下で腕も組んでから。
「お入りなさい」
 と言った。
「しっ……失礼します……」
 メイド服の女性従業員が、ひどく難儀しながらドアを開け、部屋の中に入ってくる。
 従業員が下げたバケツのような容器の中には、アルコール度数の高いワインが五本ほど、詰め込まれるように入っていた。
 そのワインのせいで、本来容器に大量に入っているはずの氷がほとんどない。
「よいしょっ、よいしょっ」
 両手で持った容器を、どすんとテーブルの上に置いて、
「はあ、はあ……では、失礼いたします」
 薄く汗をかいた従業員は、ぺこりと頭を下げた。
「ああ、ちょっと待って」
 きびすを返しかけた従業員を、九十九は呼びとめた。
「はい?」
 と振り返った従業員に、九十九はグラスを一つ持ちあげて見せる。
「部屋をとったはいいけれど、一人っきりでどうにもつまらないのよね。よかったら、ちょっとお酌して行ってくれない?」
「あ―……申し訳ないのですが、今日は従業員も時間がなくて……」
 愛想笑いを浮かべた従業員に、九十九は、
「じゃあ、こういうのは?」
 もうひとつグラスを持ち上げて見せた。
 従業員の営業スマイルが、少しだけ揺らぐ。
「これ、結構お高いワインなんだけれど……一人じゃ飲みきれないかもしれないわ。困ったわねぇ?」
 その一言で、従業員の営業スマイルが、いたずらっぽい笑顔に変わった。
「あっ……あははは、なんだか、今日はわたし、超ヒマだったような気がしてきました」
 従業員は後ろ手にガチャリと鍵を閉めてから、ワインボトルに飛びついた。
「お開けしますねっ! どれから飲みますか?」
「あなたの好きなのでいいわよ」
「ほんとですかっ!?」
 おもちゃ箱をあさる子供のように、従業員は清んだ白ワインを一本取り出した。
 慣れた手つきでコルクの栓を抜きながら、従業員が言う。
「それにしても、よくわたしがお酒好きだって気がつきましたねえ?」
「ええ、まあね。昼間、ちょっとあなたの姿を見かけたから」
「見ただけで分かるんですか?」
「まあ、同類は大体ね」
 九十九と従業員はいたずらっぽく微笑みあって、白ワインを満たしたグラスをかちんとぶつけた。

 ※

「ふにゃあー」
 メイド服姿の女性従業員が、九十九の太ももで猫のように丸くなった。
 五本もあったワインボトルはもう四本が空になっており、最後に残った一本を、今まさに九十九が直に飲みほした所だった。
「おねーさま、お酒お強いですねぇー」
「そりゃそうよ、【酒呑童子】が私の真名だもの。でも、あなたも人間にしては結構やる方よ?」
「えへへー、ほみられた」
 無邪気に微笑みながら、従業員は襟のリボンをほどいて放り捨てた。
 九十九が妖艶に微笑む。
「どうしたの? 暑いのかしら?」
「ちょー、あついれすー」
「じゃ、脱がせてあげましょっか?」
「ええー?」
 きょとん、と首をかしげた女性従業員の、真っ赤になった耳元に、九十九は口を寄せた。
「だって、暑いでしょ? 暑いから、服を脱ぐのは当たり前。そうでしょ?」
「うーん……」
 従業員はひとしきり、愛らしく眉根にしわを寄せて、
「うん、なんだかそんな気がしてきました」
「よかったわ。じゃ、楽にして」
 九十九は、ベッドの上で大の字になった従業員から、メイド服をゆっくりと脱がしていった。
「あなたは酔っ払って自分では脱げないんだから、私が脱がせるのは当たり前……そうでしょ?」
「うーん……」
 従業員はまた額にしわを寄せて考えて、
「……そんな気がしてきました!」
「そうね。いい子よ」
 暗い部屋の中、ろうそくの明かりだけがちらちらと揺れる中で、従業員は一糸まとわぬ姿になった。
 白い肌にはお酒のせいで、ほんのり赤みが差している。
「んー……」
 従業員はまた眉根にしわを寄せて、ベッドの布団を引き寄せた。
「今度は寒い?」
「さむいれすねえ」
「じゃあ、私が暖めてあげましょうか?」
 九十九は従業員に覆いかぶさって、囁くように聞いた。
「うーん……」
「だって、寒いんでしょう? 寒いなら、肌を合わせて温め合うのは当たり前。……そうでしょ?」
「んー……そんな気がしてきました!」
「いい子ね」
 九十九は女性従業員の黒髪をさらさらと撫でて、そのまま抱き寄せた。
 唇を合わせて舌を絡ませ、九十九は長いキスをする。
「ぷあ……」
 唾液の糸を引かせながら九十九が顔を放すと、今度は従業員のほうから、九十九にしがみついてきた。
「おねーさま」
「なあに?」
「なんで、わらしがおんにゃのこ好きだってわかったんれすか?」
 従業員の言葉に、九十九は妖艶に微笑んで、
「最初に言ったでしょ? 同類は分かるのよ」
 もう一度、唇を合わせた。

 ※

「ああ……もう」
 玖朔が唇を放すと、メイド服に身を包んだ女性従業員は、困ったように微笑んだ。
「困っちゃうわねぇ……まったく」
「何がだい?」
 従業員の豊満なバストにキスをしながら、玖朔は上目づかいに従業員を見た。
「薔薇の学舎の生徒さんって、もっと紳士なのかと思ってたわ」
「紳士だよ?」
 玖朔は、きざなしぐさで女性従業員の栗色い巻き髪の匂いをかいだ。
「ちゃんと優しくするから」
「あらあら……ふふふ」
 微笑んだ従業員の肩をそっと押して、玖朔はベッドに押し倒した。
「せっかくコーヒー持ってきたのに、冷めちゃうわよ?」
「……そうだな、それはもったいない」
 玖朔は、すでにぬるくなったコーヒーを一口、口に含んだ。
 そのまま、横たわった女性従業員にキスをする。
「んっ……ふっ」
 従業員の白い喉が、艶めかしくこくん、こくんと跳ねた。
 玖朔はゆっくりと唇を離し、従業員に微笑みかける。
「冷めてたか?」
「ふふ……まだ熱いわね」
「そうかい」
 玖朔は従業員に首元に顔をよせ、襟のリボンを口で引いて解いた。
「まだ熱いなら、もうしばらく……コーヒーは放っておいてもいいな」
「ええ……ふふ、そうね」
 艶めかしく微笑んで、従業員は、口の端に付いたコーヒーの滴を、ピンクの舌でちろりと舐めた。
「優しくしてくださるの?」
「ああ、もちろんだ。紳士だからな……ただ」
 豊満な胸にするすると指を這わせながら、玖朔はにやりと妖しく微笑んだ。
「優しくしてても、泣かせてしまうかもしれないけどな」
「まあ、とんだ紳士ね」
 くすくすと笑った従業員の首筋に、玖朔は薄い唇を這わせた。

 ※

「はうう……お姉さまの胸、とってもふかふかで気持ちいいですぅ……」
 月明かりの差しこむ三階の空き部屋で、姫野 香苗(ひめの・かなえ)は一人きり、ベッドの上で甘い声を上げていた。
「ええ? リングの光が香苗とつながってない? なら、今から香苗と繋げましょ……? 大丈夫、身体がつながれば、きっと運命だって……むにゃ……」
 ごろん、と香苗は寝返りを打って、
「――はっ!?」
 と、目を覚ました。
 上半身を起こし、きょろきょろと周囲を見渡す。
「あっ……危ない……危うく妄想補完だけで一日が終わっちゃうところだった……」
 香苗はごしごしとまぶたをこすり、勢いつけてベッドから立ち上がった。
「いよし! 張り切って、かわいい女の子を探しに行こう! お部屋で待ってたって、女の子は降っては来ないもんね!」
 ――かたん。
 乾いた音と共に、天井の一部がぱかっ、と開いた。
「うん?」
 香苗が、突然穴のあいた天井を見上げたのと、
「おっと」
 霧島 春美が、天井に空いた穴から落ちて来たのが、ほとんど同時だった。
「びっくりしました、まるで落とし穴ですね。……あれ、ディオネアは?」
 きょろきょろ、と春美が周囲に放った視線と、目をキラキラと輝かせた香苗の視線が、ばちっ、とぶつかった。
「おっ……女の子が、降ってきたぁ!」
「えっと、なにか変なところに出てしまったようなので、春美はこれで帰りますねあうっ!?」
 部屋の出口へ向かってダッシュした春美は、横からがしっ、と香苗につかまった。
「ねえねえ香苗と遊んでこう? ちょっと香苗と遊んでこう?」
「春美は大事なマッピング作業がぁー」
「香苗と未来をマッピングしようよー」
「春美の未来には難事件だけが横たわっているんです―っ!」
「じゃあ、香苗が春美の行く先々で恋の難事件を引き起こすから!」
「なんだか言葉が通じませんーっ!」
 春美はなんとか出口にたどり着こうとしたが、香苗に後ろから抱きすくめられてあと一歩届かない。
「ねえ春美ー。あそぼ?」
「なんでいつの間にか呼び捨てひゃあああっ!? 耳はやめて耳はっ!」
 ――かたん。
 壁の一部が突然くるんと回転して、白銀の長髪をなびかせたミラが部屋に現われた。
「……!!」
 香苗がふと振り返って、突然現れたミラを見つめる。
 ミラも、きょとんとした血色の瞳で香苗を見返した。
 香苗の腕の力が弱まって、春美は何とか拘束から抜け出した。
 出口に飛びついた春美は、
「あうう……」
 ミラと、部屋の出口を、三度ほど交互に見比べて、
「もしホームズなら……」
 勢いよく扉を開けて、部屋から抜け出した。
「ここは戦略的撤退を選ぶでしょうさよならっ!」
 どたどたと遠ざかっていく春美の足音をBGMにして、香苗とミラが見つめ合う。
 長い沈黙を、先に破ったのは香苗だった。
「おっ……お姉さま! 香苗と赤い糸を繋いでくださいませんか!?」
 香苗の愛の告白に、ミラは柔らかく微笑んで、
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいまし」
 ――かたん。
 再び、壁に隠された回転扉の向こうへ消えた。
「あーん! 待って待ってお姉さまぁ―!」

 ※

 おちょこに満たした日本酒に、硝子色の満月が浮かんでいた。
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は、水面に映った満月を落とさないように、そっとおちょこに口を近づけた。
「わあ、透乃ちゃん風流ですね」
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が、ぱちぱちと拍手した。
 楽しげな笑みの浮かんだ陽子の頬は、ほんのり桜色に色づいている。
「私もやってみようかなー」
 陽子はにこにこしながらとっくりを持ち上げて、新しい日本酒を透乃のおちょこに満たした。
「じゃあ、陽子ちゃんにも飲ませてあげようか?」
「え? どうやって?」
「決まってるじゃん、く・ち・う・つ・し」
「あう……」
 桜色だった陽子の頬が、ぽっと椿のような赤に染まった。
 透乃はいたずらっぽく笑う。
「冗談だよ。そんなことしたら、陽子ちゃんフセーミャク起しちゃうもんねー?」
「おっ……起こしませんよ、そんなの!」
「ほんとかなぁ?」
 まだくすくすと笑いながら、透乃は陽子に、自分のおちょこを差し出した。
「この位置かな……よし。はいっ、陽子ちゃん飲んで」
「え?」
 陽子は中腰になって、月の光を遮らないようおちょこの中を覗き込んだ。
 見事な満月が、水面に揺らめいていた。
「ほら、早く飲まなきゃ陽子ちゃん。お月さま逃げちゃうよ?」
「にっ……逃げませんよ、お月さまは!」
 頬をまだ椿色に紅潮させたまま、陽子はそっと、おちょこに口を近づけた。
 透乃の持ったおちょこにまるで口づけるように、陽子は唇を触れさせ、中のお酒を「ちゅっ」と吸い込んだ。
「……おいしい?」
 透乃がいたずらっぽく笑った。
「はい。とってもおいしいです」
「私との間接キス」
「げほっ、ごほっ!」
 途端にむせかえった陽子を見て、透乃はけらけらと笑った。
「そっかー、私との間接キスはそんなにおいしかったかー。なるほどねー?」
「けほっ……もう、からかうのやめてくださいよ!」
「だって陽子ちゃん、いじめられるの好きでしょ?」
「あう……」
 ぴたりと口ごもった陽子を、透乃は優しく引き寄せた。
「キスするより、いじめてあげた方がフセーミャク起しちゃうかな?」
「おっ……起こしません……そんなの」
「嘘。すごくドキドキしてるよ?」
 陽子は透乃の腕の中でぴくりと肩を震わせて、うつむいた。
「私は、いじめられてドキドキしちゃう陽子ちゃん、好きだよ?」
「……うう」
「陽子ちゃんは? 陽子ちゃんは、私のことどう思ってるの?」
「そんなこと……言わなくっても……」
「言ってほしいな」
 おずおずと顔をあげた陽子に、透乃は笑いかけた。
「私は、ブラッドルビーの力なんていらない。たとえ手元にあったって、使いたいなんて思わない。道具が導く赤い糸より、本人の言葉の方が、私はずっと欲しいもん」
 まっすぐな透乃の視線と、ふるふると揺らぐ陽子の視線が、絡む。
「気持ちを伝えるのって勇気いるよね。私もちょっとフセーミャクおこしそう。……でも、そうやって勇気を出して伝えてくれる言葉こそ、意味があるって、私は思う」
「……あう」
 陽子は透乃の腕の中で、またうつむいた。
 けれど今度は大きく深呼吸をして、意を決したように顔を上げる。
 まっすぐな透乃の視線を、まっすぐな陽子の視線が見返した。
「私も……っ」
 陽子が、もう一度深呼吸した。
「……私も、好きだよ。透乃ちゃんの……こと……」
「へへ」
 またふるふると震えだした陽子の瞳を、透乃は微笑んで見つめ返した。
「嬉しいな、陽子ちゃん」
「あう……」
「ねえ、陽子ちゃんは私とキスするの、イヤ?」
「いやじゃ……ないけど……」
 椿色に紅潮した顔で、不安げな上目づかいに、陽子は透乃を見ていた。
「フセーミャク起しちゃいます……」
「平気だよ」
 陽子の肩を抱いたまま、透乃はそっと顔を近づけた。
「一瞬だからね」