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月夜に咲くは赤い花!?

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月夜に咲くは赤い花!?
月夜に咲くは赤い花!? 月夜に咲くは赤い花!?

リアクション


『転換点』

「いててて……いい蹴り貰っちゃったわ、これ」
 美羽に蹴り上げられた右手をぷらぷらさせながら、千代が中央階段を下りてきた。
「大丈夫ですか? 私に回復魔法が使えればよかったのですが……」
 ミュリエルが、千代の顔を心配そうにのぞきこむ。
「ああ、いーのよこれくらい。これでも教導団の生徒なんだから。身体のつくりが違うからね」
 千代が笑いかけて見せると、ミュリエルの不安げな顔にもぱっと笑顔が灯った。
「――大丈夫かい?」
 千代はミュリエルから視線を外し、がらんとしたロビーに目をやった。
 空のガラスケースの前で、オーナーが千代達を見上げている。
「私自身は何ともないよ。ただ、戦況の方は……かなり悪いね」
 階段を降り切って、千代達はガラスケースを囲むように立った。
「なんかわからないけど、ここにきてミラ派の生徒が増えてきてる。それに比べて、こっちは味方のスタッフがおおかた戦闘不能。正直、私らだけでミラを止めるのはもう無理ね」
「そうか……」
 あごに手を当てて、オーナーはうつむいた。
「ねえ、いっそ本当のことをみんなに話しちゃわない?」
 千代の言葉に、オーナーはぱっと顔を上げる。
「それはできない。もしどこからか、その話が義姉さんに届いたら……」
「平気よ。ミラ派の生徒が増えてるってことは、それだけ、ミラのために動いてる生徒が多いってことでしょ? だったら、本当のことを話したって、それを不用意にミラに知らせるわけないわよ。だって、それを聞いたせいで不幸になるのはミラだもの」
 千代はそれだけ言った後「まあ」と言葉をつないだ。
「それ以前に、たとえ真実を知ったところで、今のミラがすんなり信じるはずもないと思うけどね」
「……そうだね」
 オーナーは小さく頷いた。
「わかった。皆がロビーに集まってきたら、そこで全員に真実を話そう。君たちに話したのと同じ真実を」
「……全員がここに? ほとんどがミラの追っかけやってるのに、どうやって集めるの?」
「これを見てほしい」
 オーナーは、足元に置いてあった包みを、ガラスケースの上に乗せた。
 包みを解くと、血色の光があふれだす。
 百個を超えるピンキーリングが、ガラスケースの上にじゃらじゃらと広がった。
「これは……フェイクリング?」
 優が指輪の一つを持ち上げて、月の光にかざした。
「ああ。どこかのいたずら好きな生徒さんが、義姉さんの敵をかく乱するために作ったものらしい。素晴らしく精巧な代物だよ。本物のような効果はないがね」
「……で? これがどうしたんだ」
 エヴァルトが焦れたようにうながした。
「言った通り、このリングは非常に精巧なフェイクだ。ひと目見ただけでは、誰にも本物と見分けがつかない。本物とフェイクを見分けられるのは、実際にこのリングの設計図を見たことのある人間だけさ」
 オーナーはポケットに手を突っ込んで、血色のルビーをはめ込んだピンキーリングをもう一つ、とりだした。
 月の光を浴びて輝くそれは、ほかのリングよりも微かに血の色が濃い。
「この指輪の設計図を見たことがあるのは、盗み見た人間を除けば、僕と兄さんだけさ。さすがの義姉さんでも、この精巧なフェイクには騙されたってわけさ」
 千代も、優と零も、エヴァルトもミュリエルも、目を丸くした。
 オーナーはいたずらっぽく笑い、ポケットから取り出した指輪をガラスケースに収める。
「リングが取り返されたと知れば、ミラ派の生徒たちもここへ来るだろう。そうしたら、君らに話したのと同じ真実を話して、生徒たちを味方につける。……おそらく、義姉さんもリングを取り返しに来るだろうから、こんどこそ力を合わせて、義姉さんを保護するんだ。……それで、この騒ぎは終わる」

 ※

 ――かつん。
 ミラのかかとが、屋上の床を打った。
 鋭い響きが、月明かりに照らされた夜空に吸い込まれていく。
 屋上に中央に設けられた天窓のガラスは砕け散っていて、今や吹き抜けのように、三階と屋上をつないでいた。
 ミラは屋上を囲む欄干に右手をついて、体重を預けた。
 手すりがみるみる、血で真っ赤に染まっていく。
 ミラは月を見上げた。すぐ真上で輝く、まん丸い満月。
 それは、暗い夜空と輝かしい別の世界をつなぐ、大きな穴のようだった。
 ミラは、小刻みに震える左手を、月に向かって持ち上げた。
 血で真っ赤の染まった白い左手、その小指に、血よりも赤いルビーが、きらり、輝く。
「一年も……一年もかかりました……。こんなにさみしかったのは、あなたに出会う前以来でございます……」
 弱々しく震える、湿った声でミラが言う。
 月明かりを受けて、血を吸いこんだブラッドルビーが、ひときわ赤く輝いて……。
「あら?」
 ミラが眉を跳ねさせたのと、ミラの小指から指輪が消えたのが、ほとんど同時だった。
 ――たんっ。
 ほとんど足音を立てず、白銀の影が屋上に降り立つ。
「悪く思わないでくれよ。僕だっていろいろと必死なんだ」
 満月をバックにピンクの髪をなびかせて、リアが珠輝の背中から降りた。
 闇に浮かび上がるようなリアの白い指には、目の覚めるような真紅の指輪が握られている。
「この指輪、しばし借り受けさせてもらう」
「すみません、今日のリアさん、だいぶSっ気強いもので」
 白虎の姿で頭を下げた珠輝を、リアはぱしりとひっぱたいた。
「ああっ、もう一発どうぞ!」
「うるさい。さっさと人の姿に戻れ。その肉球じゃあ、指輪がつけられないだろ」
 リアは、きちんとたたまれたスーツを、珠輝に背を向けたまま差し出した。
「おや、私が指輪をつけるのですか?」
「そうだ。何にも言わずにさっさと元の姿に戻れ」
「別に、むこうなど向いていなくてもよろしいのに。私とリアさんの仲ではないですか」
「べっ、別段特別な関係になった覚えなんか微塵もない! さっさと戻って服着ないと、スッパダカのまま欄干から逆さ吊りにするぞ!」
「ああリアさん……今日のリアさんは実に舌鋒冴えわたっておられる。素晴らしい才能を感じますよ!」
「何の才能だ! なんの! ……いいや、言わなくっていいから黙ってさっさと服着ろ」
 はあ、とため息をつきながら、リアはふとミラの様子をうかがった。
 まっ白い着物の大半を、帯と同じ赤色に染め上げたミラは、着物の白を吸い取ったかのように血の気のない顔に、やわらかな微笑みを浮かべていた。
「……えっと、僕が言えた義理じゃないかもしれないけど、平気?」
「ええ。ぜんぜん。もっともっと、死ぬほど死んでしまいたいほど痛い痛い思いをしたことがありますから、これくらいは別に。身体なんていくら痛くても、なんとか耐えられるものでございますよ」
「……」
 ごくりと、リアは無意識に息をのんだ。
「お待たせしましたリアさん」
 珠輝の声に肩を跳ねさせ、リアは振り返った。
 いつもの人間の姿に、ぴしりとスーツを纏った珠輝が、振り返ったリアに微笑む。
「んじゃ、ちょっとこれはめて。……それと」
 リアは珠輝に指輪を渡し、スーツの襟に手を伸ばした。
「襟、曲がってるぞ」
 珠輝からちょっと視線をそむけ、襟もとに集中しながら、リアが言った。
「おお。あれだけのドS発言の後にこの優しさ。これが世に言うツ」
「よーしわかった、もうお前には金輪際優しくしない! さっさと指輪をはめろピンク脳が!」
 リアに噛みつくように促されて、珠輝はこくりと頷いた。
 受け取った血濡れの指輪を、左手小指の先にちょんと触れさせる。
 リアはじっとその様子を見据えて、するすると指にはまっていく指輪を穴があくほど見つめて……。
「――ストップ!」
 指輪が珠輝の第二関節に触れたあたりで、突然ストップをかけた。
「なぜです?」
「いいからストップなんだ! ちょっとそのままでいろ、ばか!」
 リアは、冷えた夜の空気を胸一杯に吸い込んで、ゆっくり吐きだした。
 おんなじことを三度やって、自分の左胸に触れる。
「……っ、おさまらない」
「何がです?」
「うるさい!」
 リアは左胸に手をあてたままその場にしゃがみこんだ。
 両ひざに額をつけて、荒くなっていく呼吸を押し殺しながら、
「どうせ僕に光は向かない、どうせ僕に光は向かない、どうせ僕に光は向かない、だから安心しろ僕! 安心……」
 連呼した呪文が、途中で途切れた。
「安心……なのか、僕は。珠輝の想いが、別の誰かに向いてたら……僕は……?」
 リアは恐る恐る顔をあげた。冷え冷えとした夜気の中、リアの頬は薄赤く染まっていた。
「たっ……珠輝……。指輪は、やっぱり……ちゅ」
「よいしょ」
 珠輝は、指輪を一息に小指へ押し込んだ。
 リアの目が、月より丸く見開かれる。
「あっ……あああああっ! お前ばかやろうっ!」
 悲鳴のようなリアの声もむなしく、月明かりを受けたルビーから、赤い光がこぼれ出る。
「あ……うっ……」
 リアが目を離せない中、赤い光の糸はまるで滝のような本数がこぼれ出て……、
 ちょうど柳の枝のように、すべての光がへろへろと、屋上の床にこぼれて消えた。
「えっ……えええっ……?」
「おやおや」
 リアと珠輝は、光が吸い込まれた固い床を、ただじっと見下ろした。
「おっ……お前人間には誰かれ構わず手ぇだしてたけど、まさか無機物まで愛せるのか?!」
「落ち付いてくださいリアさん。これはおかしい。この指輪は故障しています」
「故障してるって何だ? お前にはこの屋上の床以外に愛している建物があるってことか!?」
「おっと……いえ、失言でした。今のは忘れてください」
「――気は済おみになりましたか?」
 珍しくあわてた様子の珠輝から、ミラは指輪を奪い去った。
 きょとんとした顔の珠輝と、涙目のリアが、ミラの摘み上げた指輪を見据える。
「おっしゃる通り、この指輪は正しい効果を発揮しておりせん。なぜなら、偽物だからでございます」
 人差し指と親指で指輪を弄びながら、ミラが平坦な声で言う。
「困りました……本当に困りました……もう時間がありませんのに……」
 ミラが、人差し指と親指に力を込めた。
 金色のリングがくしゃっと潰れ、ニセのブラッドルビーが爆ぜるように砕け散る。
 びくっと立ち上がったリアが、後ずさりして珠輝の後ろに隠れた。
「そうです。お二方」
 ミラの血色の瞳がリアと珠輝を見た。リアが珠輝の肩をきつく握って縮こまる。
「ここでお会いしたのも何かの縁。よろしければ、わたくしの指輪を取り戻す手伝いをしていただけませんでしょうか。……ねえ?」
 牙をむき出して笑ったミラに、
「……!!」
 リアは何も言わないまま、こくこくと頷いた。