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月夜に咲くは赤い花!?

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月夜に咲くは赤い花!?
月夜に咲くは赤い花!? 月夜に咲くは赤い花!?

リアクション


『オバケがでるぞ』

「お邪魔いたす」
 エミリー・オルコット(えみりー・おるこっと)が、返事も待たずにワインセラーの扉を蹴りあけた。
「失礼つかまつる」
 エドガー・オルコット(えどがー・おるこっと)もエミリーに続いてワインセラーに入り、辺りをきょろきょろ、覗った。
「誰もいないな」
 無表情な顔でエミリーが言った。
「誰かいる気がしたんだけどな」
 にこにこした顔でエドガーが言った。
「さむい」
 エミリーはラックから年代物のワインを一本取り出した。
「かびくさい」
 エドガーはもう一本ワインを取り出して、エミリーの持ったワインにぶつけた。
 がちゃん、とワインボトルが割れて、中のワインがこぼれだす。
 よく熟成された年代物の高級ワインを、
「すっぱいにおいだ」
「くさっているね」
 二人は惜し気もなく床にこぼして、そのまま放り捨てた。
「くさったぶどうジュースばかりか?」
 無表情のままエミリーが聞いた。
「奥でなにかがぐおんぐおん言ってるよ」
 笑顔でエドガーが答えた。
 エミリーとエドガーは、かくれんぼをしながらワインラックの間をすり抜けて、ワインセラーの奥へと向かった。
 二人が目的地にたどり着くまでに、計三十二本のワインが床にこぼれた。
「冷蔵庫だな」
「冷蔵庫だね」
 ワインセラーの奥には、巨大な冷蔵庫が一つあった。
 ぐおんぐおんと唸りをあげて、冷蔵庫はいまだに稼働している。
「お菓子あるかな」
 エミリーが言って、
「誰ががいるよ」
 とエドガーが言った。
 冷蔵庫の扉は薄く開けられていた。
 冷蔵庫の中からは稼働音のほかに、何かをひっくり返すような音が響いている。
「オバケかな」
 エミリーが言った。
「吸血鬼かも」
 エドガーが言った。
「行ってみよう」
 エミリーが言って、そろりそろりと冷蔵庫に近づいた。
「捕まえよう」
 エドガーも、そろりそろりとエミリーに続いた。
 二人は一緒に冷蔵庫の扉に手をかけ、息を合わせて扉を開いた。

 ※

「おーい。誰かいるか―?」
 あけっぱなしの扉からワインセラーに足を踏み入れて、大野木 市井(おおのぎ・いちい)は声を張り上げた。
 しかし、大声はワインセラーの中をむなしく木霊しただけで、誰からも返事は返ってこない。
 地下室特有のひんやりしたかび臭い空気だけが、やってきた市井を出迎えた。
「気味悪いな……帰ろうかな……」
 奈落のように薄暗いワインセラーを前にして、腰の引けていた市井は、けれどすぐに「いいや」とかぶりを振って、全身に緊張を走らせた。
「俺は確かにここから誰かの声がするのを聞いた! ついでに、ここは前オーナーの妻の部屋から近いと来てる。前オーナー夫妻にゆかりの深そうなミラなら、立ち寄りそうな場所だ。……ぜったい、ここになんかある!」
 一人高らかにそう宣言して、市井はワインセラーに足を踏み入れた。
 ――こつ。こつ。
 ひとり分の足音が、不気味なほど大きく響く。
 ――ぴしゃん。
 と足元に水音を感じて、市井はばっと飛び退いた。
「血か!?」
 薄暗いワインセラーの床に、どす黒い液体がぶちまけられていた。
 市井はおそるおそる床に顔を近づけて、液体のにおいをかぐ。
「こりゃあ……ワインか」
 液体の正体を悟るや、市井は「ははっ」と笑った。
「いやいや、実際俺ビビリすぎだろ! ワインセラーなんだからワインくらいあるっつーの! あははは……」
 周囲の床に視線を放った市井の口から、笑い声が消えた。
 ワインラックから落ちたらしいボトルが、そこかしこで、砕けて中身をこぼしていた。
 未だに、どぼどぼと中身をこぼし続けているものも少なくない。
 まるで台風でも過ぎて行ったかのように、ワインセラーには、不可解な破壊の爪痕が残っていた。
「……なんだ、何がいたのか、ここに」
 ――キャハハッ。
 びくりと、市井は垂直に飛び上がった。
 市井が笑うのをやめた代わりのように、ワインセラーの奥から、
 ――キャハハハッ。
 あどけない子供の笑い声が、微かに聞こえてきていた。
「誰か……いるのかよ?」
 返事はない。
 代わりにまた、
 ――キャハハッ。
 笑い声だけが響いてきた。
 市井はぐっと息をのんで、手近なワインボトルを一本、棍棒のように持ち上げた。
「畜生……オバケでもなんでも来てみろよ……」
 ワインボトルを青眼に構えた市井は、しかしすぐにはっとして、ボトルを元のラックに戻した。
「いいや、何やってんだ俺は。たとえお化けと言えど、話し合えばわかりあえるかも知れねえ! だってえのに武器なんか持ったら、話し合いの機会を永久に失っちまうじゃねえか! 闘争だけしかない関わり方なんて、騎士道に反する!」
 市井は、自分のほっぺたをばちんと叩いた。
「もっと……もっと、相手に警戒心を解いてもらわなきゃいけねえ。あんなに楽しそうに笑ってるお化けなんだ、きっと根はいいやつさ!」
 そう言うや、市井はいそいそとシャツのボタンを外し始めた。
「そうと決まれば武装解除だ。たとえお化けだろうと丸腰の相手を襲うような外道はしねえはず! 騎士道をもって接すれば、向こうも礼を返すってもんだ!」
 市井はパンツ以外のすべてを脱いで、「よしっ」と自分に気合を入れた。
「これだ、これだよ! 真の騎士の鎧とは丸腰と見つけたり! 敵意なし害意なし羞恥心なし! 博愛の心ひとつを持って未知の相手に挑む! いざ!」
 パンツ一丁の市井は、そのままずんずんとワインセラーの奥へ突き進んでいった。
 やがて、扉が半開きになった業務用冷蔵庫が見えてくる。
「そこか! そこに誰かいるんだな! 博愛の騎士がいま行くぜ!」
 パンツの騎士が勇ましく言って、
 ――ばしゃっ。
 市井の頭から、冷たい何かが流れおちた。
 どろりとしたそれは、口に入ると強烈な鉄の味がする。
「なっ……」
 垂れてきた液体をぬぐった市井の手が、真っ赤に染まった。
「なんじゃこりゃあ……」
 市井は、がくりとその場に膝をついた。
 そんな市井に、
「それ喰らえ!」
「やれ喰らえ!」
「キャハハハー」
「キャハハー」
 エミリーとエドガーが放り投げた、血液が満載された袋が降り注ぐ。
 袋は市井の身体に当たるや、大量の血液を吹きだす。あっという間に、市井は重傷者も真っ青なくらい血まみれになった。
「ゾンビだー!」
「ゾンビだー!」
 エミリーとエドガーが、きゃあきゃあ騒ぎながら市井の脇をすり抜けて、ワインセラーから駆けだしていく。
「……おいおい、冗談きついぜクレイジーキッズ」
 パンツ一丁で血にまみれた騎士であるところの市井は、血に濡れた顔を拭って視界を確保し、ワインセラーの出口を振り返った。
 エミリーが無表情に、市井のほうをうかがっていた。
 エドガーが楽しそうに、市井のほうをうかがっていた。
「おいお前ら、ちょっといたずらが……」
 張り上げかけた市井の声を、
「吸血鬼が出るぞ」
「吸血鬼が出るね」
 緊張した二人の声が、塗りつぶした。
 ――ばくん。
 冷蔵庫の扉が、ひとりでに開く音がする。
 びくっ、と肩を跳ねさせて、市井は冷蔵庫のほうを振り返った。
 扉の開いた冷蔵庫の中から、まっ白い冷気と一緒に、小さな人影が歩み出てくる。
 冷気より白い長髪と、雪のように白い肌を持ち、両の瞳と左手の小指を、血の色に光らせた人影。
「あらあら、もったいのうございますね」
 ミラはまっすぐ市井を見て、にやりと、牙を見せながら笑った。
「せっかくの食べ物を」
 牙をのぞかせたミラの口元から、つうっ……と、目の覚めるほど真っ赤な血液が滴り落ちた。
「おっおおお俺は食べもんじゃねえ―――ッ!」
 ワインセラーいっぱいに反響する声で叫んで、市井は駆けだした。
 ケタケタと笑い転げるエミリーとエドガーには目もくれず、一目散にワインセラーをかけだしてゆく。
 残されたミラは、先ほどまで市井がへたり込んでいた場所に歩み寄り、奇跡的に破裂せず残っていた輸血パックを一つ、持ちあげた。
 本来点滴のチューブを刺すべきところにストローを刺し、ミラはパックの中の血液をちゅうちゅうと吸い始める。
 一息で輸血パック半分ほどの血液を吸い終えて、
「――ふう。なかなかどうして、一年寝かせた血液と言うのもイケるものでございますね」
 ミラは、口の端からたらりと垂れた血液を、指でそっとぬぐった。