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リアクション
開店 10分経過
二階、婦人服売り場。
それは、まるで地鳴りのようであった。
振動と、軍があげる勝ち鬨のような声が、徐々に近づいてくる。
「な、何の音だ?」
冬哉が不安げな声で言う。
「冬哉。そんなビクビクすんなって、イザとなれば俺が何とでもするからよ」
冬哉の隣で、男らしく言う久。腕に力瘤を作り、その力瘤をバンと叩く。
そんな時だった。
コップから溢れ出す水ように、一気に群衆が階段から押し寄せてきた。
「っ……」
久の顔から、一気に強気の表情が消える。
先頭の婦人の目は血走り、まるで久のことが見えていないように向ってくる。
久の隣の冬哉は、軍隊蟻のごとく押し寄せるご婦人たちが迫るのを見ながら、昔の事を思い出していた。
子供の頃。小学校、……中学校。そしてイルミンスール魔法学校での日々。
……つまりは、走馬灯だった。
「俺が何をした? 平穏な日常はどこに消えたって言うんだ……」
つぶやくように言った冬哉のセリフは、婦人の奇声によって掻き消える。
波。
大海をうねる、巨大な波。
船の上で見たら、船員は命を諦めるであろう波。
そんな、凶悪な波に匹敵するほどの、人波。
冬哉と久は、なすすべなく、あっさりと飲み込まれる。
二人は気がつくと、地に伏していた。
自分の上を、多くの人たちが通っていくのがわかる。
「ぬわーーっっ!!」
久のあげた悲鳴は、やはり群衆の壮絶な足音にかき消されていった。
三階、ヤングファッション売り場。
湯島 茜(ゆしま・あかね)は、混乱していた。
周りは人だらけ。
ギュウギュウに押されている。
電車の中、もう限界だというのに、さらに人が乗り込んでくる。
そんな状況に似ていた。
「え? なんで? 婦人服は下だよ?」
茜自身、誰に向けて言ったのか分らない。
周りにいるおばちゃんたち、もしくは、『この階なら人がいないんじゃないかな』って思っていた自分に言ったのかもしれない。
「きゃー、安いわ」
「ちょっと、これ、先に私が取ったのよ」
市場の競りのような活気のある……、いや、殺気がある声が周りで響いている。
「ううっ……、どうしよう」
茜がおばちゃんたちに押されながら、途方にくれている。
それでも、気を取り直して顔をあげる。
可愛い、ワンピースが目に入った。
「あ、可愛い。欲しいな」
茜が、その商品に手を伸ばした瞬間だった。
「奥で、セールが始まったみたいよ!」
そんな声が、響いた。
流れ、うねりが生れた。
おばちゃんたちが、奥に向って歩き始める。
その流れに流される茜。
「きゃぁぁー……」
ワンピースを目で追いかけながら、茜は売り場の、奥の方に流されていった。
「ここは、通さないもん!」
おばさんたちの前に立ち、両手を広げるブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)。
「ボクは、朔ッチの護り刀だもん! 朔ッチの買い物の邪魔はさせないんだもん!」
しかし、猪のように押し寄せるおばさんたちの勢いは止まらなかった。
あっさりと、跳ね飛ばされるカリン。
「きゃぁっ!」
「大丈夫ですか?」
鬼崎 朔(きざき・さく)が、カリンに駆け寄る。
「だから言ったのに、朔ッチはバーゲンセールの恐ろしさをわかってないってさ」
「そうですね。ちょっと、甘く見てました。ですが……」
朔がおばさんたちを見る。
「作戦があります」
朔は懐から袋を出す。袋の中には粉のような物が入っている。
その粉を一握り取り、人波に向って吹きかける。
「ああ……」
「え? な、なに?」
粉を吸い込んだ人たちが、ヘナヘナとその場にへたり込む。
粉は……しびれ粉だった。
「では、服を選んできます」
朔はカリンにそう言って、へたり込んでいる人を飛び越していく。
そんな朔を追い越していったのは、ラルクだった。
「嬢ちゃん気に入ったぜ。目的のためには、手段を選ばないところがな」
ラルクが笑みを浮かべながら走る。
そして走りながら、革のジャケットを見つけて、手を伸ばす。
ジャケットを掴もうとした瞬間、ラルクは殺気を感じ取り、手を引いた。
ラルクとジャケットの間を、朔の足が通過する。
朔が蹴りを放ったのだ。
「自分の邪魔をするな!」
朔がラルクを睨み、言い放つ。
「へえ……、ますます、気に入ったぜ」
ラルクは朔を見据えて、口元をグッとあげる。
「紗月に、似合うような服を買うんだ」
「俺も譲る気はねえ。それに……、女だからって差別をする気もねえ」
「自分も、手加減する気はない」
ラルクと朔が、同時に床を蹴った。
ラルクと朔の様子を見ている、タキシード服の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)。
小次郎は警備員ではなく、体調を崩したりと何か調子が悪そうな人を介抱する係りだったのだ。
小次郎は、二人が戦っている様子を見て、ポツリとつぶやく。
「買い物って、そんなノリでするものなんですか……?」
「これもいいですー。あ、これもいいですねー」
特売品と札がついたワゴンの前で、次々と服をカゴに入れていく広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)。
「ファイは、日本でもバーゲンセールの戦いを経験しているのですっ! おばさんたちには負けません!」
ワゴンの中の服を、ザッと見渡し無駄のない動きで、値段を見てからカゴに入れる。
「シャンバラのバーゲンの戦い、制して見せるのです〜っ!!」
ファイリアは、生き生きしてバーゲンを満喫していた。
そんなファイリアの様子を、かなり遠くで見ているウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)。
「うわ〜!? 大混雑している〜!? いざとなったらファイリアさんをかばおうと思ったんですけど……は、入れる隙が無い」
若干、引き気味のウィルヘルミーナ。
「これはファイが先に、取ったんですー」
ファイリアが叫んでいるのが聞こえる。
「ファイリアさん、楽しんでますね」
フフッと、笑みを浮かべるウィルヘルミーナだった。
「こっ、これがバーゲン……! すごい人だねっ」
壁際で呆然としている鳥丘 ヨル(とりおか・よる)。
「おばさん達、目が血走ってる、猪の群みたいに一直線に突撃して……」
その時、ヨルの目の前をカティ・レイ(かてぃ・れい)が、物凄いスピードで通過していく。
「カティまで!?」
カティはバッファローのごとく、おばさん達の群れの中を突き進んでいた。
「いいねぇ、この荒々しい空気……」
不敵に笑い、Tシャツコーナーへと向う。
「シャンバラ大荒野で、昔の仲間達と喧嘩に明け暮れていた頃を思い出すよ……ふふっふふふふ」
カティの血は、滾っていた。
Tシャツコーナーの前に立つ、カティ。
そこで、ハッと気付く。
「あれ、ヨルがいない」
キョロキョロと辺りを見渡すが、ヨルの姿は見えない。
「あいつ、あれでもお嬢だからな。はじき出されたかな。ま、いいか。自分で何とかするだろ」
そう言いながら、Tシャツに手を伸ばす。
そのTシャツが、スッと視線から消える。隣のおばちゃんがTシャツを取っていったのだ。
「そこのババァ、それはあたしが狙ってたTシャツだ!」
カティが叫ぶ。だが、おばちゃんは、「ふん」と鼻で笑い、次のTシャツに手を伸ばす。
「……おもしれぇ。あたしと勝負するんだな? 受けてたつぜ」
カティとおばちゃんの腕が、残像が生み出されるほどのスピードでTシャツ争奪戦を始めた。
「困ったわねぇ」
子供連れのおばちゃんが、争奪戦を繰り広げている戦場を見てつぶやいていた。
「この子から、目を離すわけにもいかないし……」
セールのワゴンをウズウズとした目で見ているおばちゃん。
「えぇと……あのー……買い物が終わるまで子供……教導団が預かりましょうか?」
オドオドとして、そう言ったのは大神 愛(おおかみ・あい)だった。
「あら、そう? 見ててくれるの?」
「はい。私が責任もって預かります」
「助かるわ。じゃあ、お願い」
「じゃあ6Fの玩具売り場にいますので」
愛はそう言って、子供の手を握り、階段のほうへと歩いていった。
「大変危険です! 走るな! 止まれぇ!」
「危険ですので走らないでください」
カセイノとリリィの悲痛な声は、しかし、誰の耳にも届く事はなかった。
「だぁ、ちょっと待ってって! 押すな!」
押し寄せてくるおばちゃんたちから、自分をガードするように、クォータースタッフ(ただの棒)を構える。
が、すぐに鈍い音が、カセイノの腕を通じて、耳に入ってくる。
あっさりと、真っ二つに折れているクォータースタッフ。
「ああっ、4500Gが! 今日のバイト代が!」
慌てるカセイノを気にするわけもなく、おばちゃんたちが、押し寄せてくる。
「ちっ、ここはもう駄目だ。リリィ、にげろ!」
そう言って、リリィの方を見る。すると、すでにリリィは安全な壁際まで下がっていた。
「あなたの死は無駄にはしません」
壁際から叫ぶ、リリィ。
「……」
「あっ、お客さんに怪我がないように、配慮を忘れないようにですわ」
「……」
リリィの言葉を聞いて、遠い目になるカセイノ。
「……変わった人ですね」
カセイノの隣で、笑みを浮かべながら、人波をちゃんと整理している神野 永太(じんの・えいた)。
「……まあ、ああいう奴だって、分ってるんだけどな」
「へえ、そう言いながら、信頼してるって目をしてますよ」
「うるせぇ! ……っていうより、なんでそんなに楽しそうなんだよ?」
もみくちゃにされながら、カセイノが永太に問いかける。
「体、動かすの、キライじゃないんで。結構、楽しくないですか?」
「どこがだよ……」
うんざりとして、人混みを見下ろすカセイノ。
「よくこんな、激戦区に志願したよな」
「え? だって、混んでた方が、警備しがいがあるじゃないですか」
嬉々としていう永太に、「大した奴だよ」とつぶやいたカセイノだった。
五階。インテリア売り場。
「暇!」
メイド姿の騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は腕を組み、仁王立ちをして、口を尖らせていた。
詩穂は、五階の警備担当だ。
「……警備、飽きた」
「10分で!?」
「だって、人、来ないじゃん!」
隣にいる、青年店員を睨む詩穂。
「あ、あの……やっぱり、あの迷路がいけないんじゃないですか?」
店員は、おずおずと出口と書かれた扉を指差す。
「そう? いいアイディアだと思うんだけどね……」
詩穂はサービスと称して、五階全体を使った『巨大迷路』を作成していたのだ。
そんな時だった、ギギギと、迷路の出口のドアが開いた。
「こちら5F、インテリア売り場です☆」
詩穂が笑顔で出迎える。
出口から出てきたのは、イーハブだった。
「な、何じゃ、この樹海のような迷路は……」
ぐったりと、その場に倒れるイーハブ。
そんなイーハブに駆け寄る詩穂。
「お客さま、大丈夫ですか……って、あれ?」
詩穂は、イーハブの腕に付いている『警備員』の腕章を見てため息をつく。
「なんだ、お客さんじゃないのか」
詩穂は、油断していた。その隙を見逃すイーハブではなかった。
「チャンスじゃ!」
イーハブはガバッと起き上がり、詩穂の胸を触った。
「……」
「む? 何じゃ、ノーリアクションか?」
詩穂はニコリと笑みを浮かべて、イーハブの腕を掴む。
そして、腕十字を決める。
「ぎゃぁぁぁー。な、なにするんじゃ」
「どのサブミッションがいいですか、ご主人様☆」
「もう、腕十字に決定してるではないか! なぜ疑問系なのじゃ!」
「当店のサービスです☆」
「そんなサービスがあるか!」
「今なら、漏れなく三角締めが付いてきます☆」
「いらんわい!」
「遠慮はいりませんよ☆」
「おぬしこそ、腕に込める力を遠慮せんか!」
「それでは、天国……、いえ、地獄にご案内します☆」
「ぎゃいあああぁぁー」
鈍い音と、イーハブの断末魔が五階フロアに響き渡った。
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