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リアクション
開店 1時間半経過
「ただ今より、紳士服売り場でタイムセールを行ないます。」
デパート全体に放送が流れた。
その後に、続けてインフォメーションが流れる。
「迷子の連絡です。三階、ヤングファッション売り場で『サハギン』ちゃんがお待ちです。至急……」
「うふふ〜、来ましたですの〜♪」
放送を聞いて、エメネアが嬉しそうに笑う。
「エメネアちゃん、どうしたの?」
不思議そうに首をかしげるセシリア。
「仲間からの暗号ですの〜。じゃあ、行くですの〜」
そう言って、エメネアが階段を降り始める。
「どこに行くんですの? 紳士服はこの階ですわ」
フィリッパがそう言うと、エメネアが満面の笑顔で答える。
「暗号ですのよ〜。本当は、3階でタイムセールがあるってことですの〜」
ルンルンと階段を降りていく、エメネアと、戸惑いながらも着いていく、メイベルたち。
「……おかしいであろう?」
「そうですな」
放送を聞いたイングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)のつぶやきに、うなづく玲。
「確か、この時間はヤングファッションの階でのタイムセールのはずなのだよ」
「また、情報かく乱のたぐいでしょうな」
「うむ……。梅琳の奴が同じ手に引っ掛かるとは思えんのだよ」
そう言うと、イングリッドは無線を入れる。
まずは翔子につなぎ、そこから梅琳へと繋いでもらう。
「どうなっているのだ?」
「こっちの手が完全に読まれてるわ」
悲痛な声をあげる梅琳。
「……というと?」
「恐らく、こちら側にスパイがいるわ」
「……スパイ?」
「何とか、探そうと思うんだけど……」
「この混乱と、警備の人数も考えると、そう簡単にはいかないのであろう」
「そうなのよ。……手詰まりだわ」
「我輩も、信用のおける者と一緒に、捜してみよう」
「お願いするわ」
いい終わると、梅琳が無線を切った。
「……スパイ、か」
唸り声をあげるイングリッドだった。
1階、化粧品売り場。
5歳くらいの男の子が不安そうに、キョロキョロと辺りを見渡している。
「どうしたの?」
男の子に優しく声をかけるクロス・クロノス(くろす・くろのす)。
「迷子になっちゃったの?」
すると、男の子はブンブンと首を横に振る。
「迷子じゃないもん」
「君、お名前は?」
「……たくや」
「たくや。じゃあ、近くにお母さん、いるのかな?」
「……」
しょんぼりとするたくや。
「一緒に、お母さん、捜そっか?」
「……別に、一人で大丈夫だもん」
クロスはニコリと笑って、たくやの頭を撫でる。
「たくやくんは、強い子だね。でも、ここはお姉ちゃんに手伝わせてくれないかな?」
「……」
「お母さん、心配してるかもしれないし。ね? 二人で探せばすぐに見つかるよ」
その言葉を聞いて、たくやがすすり泣きを始め、クロスの足にしがみ付いてくる。
「大丈夫。心配ないからね」
優しく、たくやの背をポンポンと撫でるクロス。
そして、手を繋ぎながら、たくやの母親を探しはじめた。
2階、婦人服売り場。
フロアの片隅で、一人の男の子が大声をあげて泣いている。
「……」
そんな子供を、どうしていいのか分からずに、ただ見下ろしているだけのジャジラッド。
「何をしているのだ」
スッと、隣にやってくるゲシュタール。
「迷子の子供だ。保護した」
「そんなのは、見れば分かるのだよ。そうではなく、どうして泣き止ませない?」
「色々やってるが、どうしても泣き止まんのだ」
「子供の声は、良く通る。さっきから他のお客が、チラチラとこちらを見ているのだよ」
「むぅ……」
「この構図……、どう見てもお前は、人攫いか人売りにしか見えんのだよ」
「じゃあ、お前が、やってみろよ」
「仕方ないな……」
やれやれと、肩をすくめ、男の子の前に立つゲシュタール。
「子供。これを見るのだよ」
布袋と包帯で素顔を隠しているゲシュタール。
それをおもむろに、取る。そして……。
「がぁっ!」
男の子を脅すフリをする。
「……」
ピタリと泣き止んだ男の子。
同時にポテリとその場に倒れ、気絶する。
「どうだ? 泣き止んだであろう?」
「うむ。見事だ」
腕を組んで、うなづくジャジラッド。
「こらー、何やってるの!」
シア・メリシャルア(しあ・めりしゃるあ)が駆け寄ってくる。
「……子供をなだめていたのだよ」
「嘘! トラウマを植えつけてるだけじゃない」
「……その言葉は、オレのトラウマになりそうなのだよ」
「ボク、大丈夫?」
シアが、気絶した男の子を揺すって起こす。
「う、うーん」
目を覚ます男の子。
「大丈夫? どこか痛いところない? 変なことされてない?」
「……ひどい、言われようだな」
ジャジラッドが、ポツリと言った。
「ねえ、わたしと一緒にお菓子、作りに行こうか?」
シアが微笑むと、男の子は顔を赤らめて「う、うん」とうなづく。
「じゃあ、行こう」
男の子と手を繋いで、行ってしまうシア。
「……さて、オレは母親でも探すか。説教してやるぜ」
「オレも手伝うのだよ」
ジャジラッドとゲシュタールは、母親にもトラウマを植え付けようと動き始めたのだった。
2階の階段のところで、愛は逃げていた男の子に追いついた。
「どうして逃げるの? 迷子なんでしょ?」
「違う! ボクは迷子なんかじゃない!」
「じゃあ、お母さんはどこ?」
「え? それは、えっと……」
「やっぱり、迷子なんじゃない」
「うえーん。お母さんに怒られるぅ〜」
「大丈夫よ。きっと心配してるよ」
「本当?」
「うん。絶対。じゃあ、お母さん呼び出すから、名前教えてくれるかな?」
「……実」
愛はトランシーバーを出して、翔子に連絡を入れる。
「あのぅ。迷子の男の子ですぅ」
愛はちょっと、オドオドした口調で、翔子に説明する。
「そっか。こっちも、今はちょっと手が放せないんだ。ちょっとだけ、そっちでなんとかならないかな?」
「ええ。大丈夫ですけど……」
「ありがとう。落ち着いたら、放送をいれるよ。じゃあ」
そう言って、翔子は忙しそうに無線を切った。
愛は、男の子を見てニコリと笑う。
「お姉さんの友達が探してくれるから、それまでどこかで待とうか?」
「うん」
「今ね、6階にヒーローがいるんだよ」
そう言って、男の子と歩き出す愛。
地下1階、食品売り場。
「どうやら、うまくいったようだ」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、フロアを見回しながら満足そうにうなづく。
食品売り場を仕切っていたクレーメックは、前もって商品の配置を代えていたのだ。
目の前では、詰め放題のイモを、はちきれんばかりに入れている水神樹がいる。
その流れるような腕の動きは、素人のそれを超越したなにかだった。
軽く、引いているクレーメック。
「……」
「そっちの様子はどう?」
翔子から無線が入る。クレーメックは、無線のスイッチを入れて答える。
「ああ。順調だ」
「良かったわ。やっぱり、バーゲン品を数箇所に分けたのが良かったみたいだね」
「戦力を分散させるのは、戦闘においての初歩の初歩だ」
「そっちは、情報かく乱とかされてない?」
「それも、問題ない。私が直接指示する以外は、放送しないようにしているんだ」
「そっか。それなら大丈夫だね。……って、あれ?」
「どうした?」
「うん。今ね、店内の監視カメラ見てるんだけど……」
「万引きか?」
「確か、トイレットペーパーって、一人一個だったよね」
「その通りだ」
「五個、持ってってる人がいるよ」
「……すぐに向う」
クレーメックは、無線を切り、トイレットペーパー売り場へと向う。
その場につくと、両手に五個のトイレットペーパーを持ったヨヤがいた。
「……お客さま、トイレットペーパーは、一人一個です」
クレーメックが、ヨヤに言う。
「あん? ケチケチすんなよ!」
すっかり、戦闘モードに入り、口調が乱暴になっているヨヤ。
「……ケチケチとかいう問題ではない」
「ちっ、一人、一個だな……。わかった。ウィルネスト!」
ヨヤの隣には、両手にかごを持ったウィルネストがいる。
ウィルネストは、戸惑ったように、ヨヤに言う。
「い、いや、魔法を使うなって言ったのは、ヨヤ様……」
「非常事態だ!」
「わ、分かったよ」
ウィルネストが魔法を唱え始める。
「……?」
一体何をするつもりだと、クレーメックが思った瞬間だった。
「きゃー」
入り口付近から、悲鳴が聞こえる。
現れたのは、大量のアンデットだった。
「一人、一個だったな」
勝ち誇ったように言うヨヤ。
「一人というのは、人間だ。アンデットはカウントされない」
「どこに、そんなこと書いてあるんだよ!」
「いや、大体……」
こうして、大勢のアンデットに囲まれたヨヤとクレーメックは口論を始めた。
「……」
「……」
5階。
クレア・シュミットの提案により、インテリア売り場もそれなりに、壮絶なものになった。
いつもであれば、それほど人がいないフロアであったが、タイムサービスにより先ほどまで人がごったがえしていた。
もし、その人たちが婦人服売り場に行っていたとしたら、恐らく収拾がつかなくなっていただろう。
客を分散させるという作戦が見事に成功したと言えた。
「……」
「……」
分散されていたといっても、それなりの人がこのフロアに来ていた。
もちろん、子供連れの客も多かった。
「……迷子ですか?」
「……」
つまり、はぐれる子供がいるということだった。
橘 恭司(たちばな・きょうじ)のズボンの裾をギュッと握っている、8歳くらいの女の子。
「お母さんは、どこにいるか分かりませんか?」
「……」
女の子は、目に涙を浮かべて黙っている。
「名前は、なんていうんです?」
「……」
「困りましたね。そうだ。では迷子センターに行きましょうか?」
女の子はブンブンと首を横に振る。
「ふむ……。それなら、ヒーローでも観に行きますか?」
女の子は、「え?」とばかりに恭司の顔を見る。
「6階で、なにやらショーをやってるらしいんですよ。見たいですか?」
大きくうなづく、女の子。
「……それでは、行きましょうか」
恭司が女の子に手を差し伸べる。女の子は、ズボンの裾を放して、恭司の手を握る。
「俺は橘恭司というんです。君は?」
歩きながら、恭司は女の子に問いかける。
「……琥珀」
「へえ、琥珀ですか。良い名前ですね。琥珀色は、好きな色です」
「……ホント?」
「ええ。君にピッタリですよ」
「私は、この名前嫌い……」
「どうしてです?」
「クラスで、自分の名前を漢字で書けないの、私だけだから」
「……なるほど。確かに大人でも書けない人が多いですからね」
「……」
「ですが、逆にチャンスですよ」
「え?」
「一度、覚えてしまえば忘れません。自分の名前ですから何度も書きますからね」
「……?」
「つまり、大人でも書けない漢字を自然に覚えれるってことです」
「うん。私、いっぱい練習する」
琥珀の頭を撫でて、微笑む恭司。
「それにしても、どうして俺なんです?」
「え?」
「他にもたくさん、係員がいたはずです。どうして俺を?」
「恭司お兄ちゃん、かっこ良かったから」
「容姿を褒められたのは、久しぶりですよ。特に顔をね」
「?」
恭司は顔の傷を指差す。
「大抵の人は、この傷を見ると、不快な顔をするか哀れむのもなんですけどね」
「よく分からないけど、その傷もカッコイイよ」
「そうですか? そう言ってくれる人はとても少ないですよ」
「じゃあ、私が恭司お兄ちゃんのお嫁さんになってあげる」
琥珀の言葉を聞いて、笑みを浮かべる恭司。
「ありがとうございます。もし、貰い手がいなかったら、琥珀ちゃんに頼むことにしましょう」
「はい!」
階段を登り、6階の玩具売り場にやってきた二人。
そこでは、ヒーローのお面を被った神代 正義(かみしろ・まさよし)が、大勢の子供に襲われている。
「待て、俺は一回殴られただけで、死ぬから……。そんなに殴られたら、マジで死ぬって……」
正義が逃げようとするが、多勢に無勢。
あっさりと取り囲まれる。
子供たちの手には、バットのような凶器が握られている。
プラスチック製だと信じたいところだ。
「ヒーローが子供に襲われるなんて……、シュールな絵ですね」
恭司がぽつりとつぶやく。
「あはは」
その光景を見て、琥珀が笑う。
その笑顔を見て、ホッとする恭司だった。
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