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来訪者と襲撃者と通りがかりのあの人と

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第2章 ホテルの廊下で


「何故、ずっと黙っていたのだ?」
 藍澤 黎(あいざわ・れい)はソルウェーグ・ヤルル・ヴュイヤールに言った。
 ソルヴェーグとサラディハールが各校の生徒たち5名を連れて廊下に出たところだった。
 ソルヴェーグは立ち尽くす黎の姿を捉えた。
 黎は薔薇の学舎に相応しく、聡明で美しい若者だ。長い銀髪を高く結い上げた姿はエルフのようで、地上の街に近い空京においても、独特のオーラを放っているかのようだ。
 黎はソルウェーグがルシェールを探しに出る前にと思い、今、意を決して話しかけたのだった。
 廊下で待ち伏せされ、ソルヴェーグは困った雰囲気も無く、そちらを振り返る。
「僕に何の用かな?」
 黎を見て微笑む姿も美しく、優雅だった。
 ソルヴェーグの口元から乱杭歯が覗いている。
 吸血鬼。
 黎の脳裏にその言葉が浮かぶ。
 地上では幻想の生物とされていた吸血鬼は、パラミタにおいては常識の一部だ。
 夢のように美しく、貴公子然としたソルヴェーグの姿に儚げな雰囲気は無い。二十歳を過ぎた青年の姿をしたソルヴェーグに、黎はなにか言い知れぬものを感じて次の言葉を失っていた。
 そして、ようよう口にできたのは、「話をしながら一緒に探しに行きたい」という趣旨の言葉だった。
 黎は相手の雰囲気に飲まれてはならないと思い起こし、ソルヴェーグを見つめ返した。
「我は……ソルヴェーグ殿の真意を知りたい。退屈しのぎに命を張る勝負師や伯爵貴族でなし、このパラミタでパートナーがまだ幼少ならなおさらの筈であろう。もし……」
「もし?」
 面白いものを見るように見ていたが、ふと、ソルヴェーグは相好を崩して言った。
 黎は唇を噛んで相手を見たが、少し視線を反らして続けた。
「本当に面白そうだからと……思っているのなら、パートナーをハイエナの群れの中へ放す様な真似をする輩なら、ルシェール殿を任せられるはずもない。我はそう貴殿に申し上げたいのだ」
「では、どうするというのかな?」
 ソルヴェーグは笑みを浮かべているが、本当にそうなのか、内心は怒っているのかわからなかった。煙る深き森の色をした瞳を、静かに黎に向けるだけだ。
「どうするも、何もない。我にはその権限はない。誰にも……」
「そうだね。誰にもないね」
「ソルヴェーグ殿。もしや、パートナーに付き纏う火種を、一網打尽にするつもりか?」
「あぁ……ああ、そうだ。それも面白そうだね」
「また、そんな風にっ」
「怒らないで欲しいな、美しい人よ。僕は君をからかっているわけではないんだよ?」
「ルシェール殿が大事ではないのか!」
「いいや、そういうことじゃない。身も心も綺麗な、君。僕には女王が唯一絶対なる君主なのだから、それ以上は無いのさ。ルシェールには、女王のために戦える強い人間になって欲しいと思わないでもないよ。でもね、まだあの子は幼いし。君のようには強くないよ」
「わッ、我のことはどうでもよい! 言いたいのはだな、面白いと言った意味が知りたいと……」
「人生さ」
「え?」
「人生ほど面白いものはない。そう言うことだよ。君はまるで、僕に告白の言葉でも言わせたいようだね?」
 ソルヴェーグが言った瞬間、下の方から声が聞こえた。
 そこには睨んでいるテディがいた。
 小さい体を怒らせて、ソルヴェーグに向かって力いっぱい叫ぶ。
「ああ、聞きたいなッ! オマエには自分のヨメを守ろうっていう気概はないのかよ!?」
 小鼻を膨らませて言い放つ姿に、ソルヴェーグは我慢できなくなったのか、笑みを浮かべた。
「また、【ヨメ】かい? おかしな子だね」
「むっきー! オマエ、超ウルトラスーパーやっつけるし!」
「僕は戦う気はないよ。告白の言葉が聞きたいなんてね、変な人だ。僕はね、ルシェールに愛の言葉なんて囁いたことはない。ただ……」
「ただ――何だよ」
「秘密だよ」
「なんだよ! 言えって」
「覗き見は、イケナイ子のすることだよ」
 ソルヴェーグはそう言うと、廊下の先で待っているサラディハールの所へと歩いていった。


「早く見付け出さなくてはね」
 サラディハールは言った。
「もうすぐ昼の時間ですね。はぁ……人が多い時間帯になる前に捕まえたいのですけどねえ」
 北都の提案で、にぎやかな駅前からブティックなどのある区画へと移動しているのだが、お昼に近付くほど人も増え、ブティック街に近付くほど更に人は増えた。
「ねぇ、ルシェールくんって、お金……ちゃんと持ってる? 財閥の御曹司ってことは世間知らずなんだろうって……ご、ごめんなさい。ありそうで怖いんだけど」
 北都はソルヴェーグとサラディハールの方をそっと見た。
 二人は一向に気にしていないようだった。ほっとため息を吐く。
「ブラックカードも持ってるみたいですし、問題ないでしょう。ああ見えても、日本では下町育ちですからね」
「あ、そうなの?」
 財閥の子息では一人で出歩けたことも無いのではないかと考えていた皆川 陽は毒気を抜かれて溜息を吐いた。
 ルシェールのためにわざとゆっくり歩いては、サラディハールにちらちらと見られていたのだ。
「何だ、そっか……じゃあ、小銭とかも持ってるよね」
 こちらも毒気を抜かれてしまったようで、北都も小さな溜息を吐いていた。
 そして、気を取り直してソルヴェーグに訊ねた。
「そういえばさ、何でソルヴェーグさんは直ぐに探しにいかなかったの?」
「約束場所はさっきのホテルだからね。駅から5分も歩かないところで、まさか迷子になるわけないだろうと思っていたよ」
「え? じゃあ、目算を誤ったってことだよね」
「そうとも言うね。よく迷子になるなとは思っていたんだけどね、ほとんど目の前だというのに……」
 ソルヴェーグは溜息を吐いた。
 北都は思わず同情したくなった。
 確かに、新幹線の発着する場所からそう遠くないし、駅内のどこにでも置いてある地方誌の空京案内地図にも、あのビルの名前はある。
 どうやったら迷子になれるのか知りたくなった。
 北都のパートナーもよく迷子になる。
 ふと、北都はパートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が見当たらないことに気が付いた。辺りを見ても見当たらない。多分、皆から逸れ、気ままな一人歩きを続行なのだろう。
 しかたなく、北都はソルヴェーグの後をついて行った。