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来訪者と襲撃者と通りがかりのあの人と

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第5章 漢(おとこ)の戦い?


「うわあああ!」
 男は叫んだ。
 だが、目の前にいる巨漢の男は攻撃を止めなかった。
 蹴り上げられた足に鈍痛が走る。避けたつもりが足を掬われ、体のバランスを崩して膝をついた。容赦なく飛んできた拳は転んだ男の腹にめり込んだ。
「ぐ……あ……」
「とっとと吐け、この野郎! 産業スパイはてめぇか!」
「し、知らねえよォ! 何のことだよ」
「しらばっくれるんじゃねえッ!」
 巨漢の男――ラルクは無造作に足を挙げ、そのまま、そいつの足を踏みしだいた。
「ぎゃああ!」
「正直に言えば、お目溢しぐらいくれてやってもいいぜ」
「お、お……俺はカツアゲしようとしてただけだよォ!」
 男は涙を流しながら叫んだ。
「本当だって! 上納金ならくれてやるからよ、頼むよ。殺さないでくれ!」
「殺すか、馬鹿」
 カツアゲと聞いて、ラルクは逡巡したが、試しにその男のポケットを弄った。
 入っていたのはガムの包み紙と総長ドージェを称える文章が書かれたプロマイドが一枚入っていた。
「なあなあ、俺たちにとって課外活動なんだからよ〜」
「確かにそうだろうよ……パラ実生か。くそッ! 紛らわしいことしやがって」
「なあ、アンタ。スパイって何だよ? それって、マジパねえ? 俺も仲間に入れてく……ぎゃぁッ!」
「寝言は寝て言え!」
 ラルクは腹立ち紛れに蹴りをお見舞いする。
 当たり所が悪かったのか、スパイと間違えられたパラ実生は口から泡を吹いて倒れた。
 そして、地面に小さな水溜りができ始め、ラルクの足元近くを濡らした。
「あ、糞ッ! 失禁しやがったな」
 ラルクは一歩後ろに下がった。
 パラ実生を見下ろし、溜息を吐く。
 研ぎ澄まされた自慢の超感覚で捕らえたのだが、完全に勘違いだったらしい。倒れているパラ実生は珍しくインテリ然としているせいか、超感覚にヒットしたようだ。
 先ほどから、ラルクは怪しい人物を手当たり次第にボコにしていたのだが、こうも大ハズレを掴まされると八つ当たりもしたくなるというものであろう。
 これで何度目だろうか。早く、強い敵をボコボコにしてやりたい。滾る拳をぶつけ合って、血反吐を吐くまで戦ってみたい。
「糞ォ!」
 拳を握り締め、狭い道を歩き始める。しばらく行った所で妖しい人物を発見した。
「ん?」
 ラルクは首を傾げた。
 ビルとビルの隙間に隠れ、端末を操る男が見える。
 細い体つきと、さほど身長は高くなさそうな男はひ弱そうで、産業スパイには見えにくい。しかし、良く見ると、ビルの外にむき出しになった太いコードと自分の端末を繋げているように見えた。太いコードはケーブルテレビのネット回線に見えなくもない。
 ラルクは思い直した。武闘派の人間のみが産業スパイなのではない。もしかしたら、あの男は他人の家の回線をハッキングして情報交換しているのかもしれない。
 ラルクの瞳に再び光が灯った。
 ぶっ潰してやる。背骨がねじ折れるまで、この拳をお見舞いしてやる。
 ラルクはそっと男に近付いた。
 小石一個も踏むこともなく、軽い身のこなしで進んだ。もう、ほとんど真後ろにいた。ラルクより少し低い男の耳に口を近づけて、恐怖がその男を掴んで離さないように、低く、重い声で言った。
「ご苦労だな、産業スパイさんよぅ」
「ひッ! す、す、スパイ?」
「お前のことだよ」
 言った瞬間、ラルクは電光石火の勢いでパンチをお見舞いする。
 男の手から端末が飛んだ。転がってコンクリートの上を横滑りしていった。男の中に、端末が壊れることへの恐怖は起こらなかった。それよりも、天地がひっくり返ってわけがわからない。気が付いたら地面とディープキスしている自分がいた。
「げふぅ……ッ」
 男は肺の中の空気を全部吐き出した。
「さあ、目的を言ってもらおうか、スパイさんよ」
「なに……を」
「しらばっくれるなよ。こっちも忙しいんだ。これから迷子を捜さなきゃいけねーしよ。お前、リノイエ財閥のお坊ちゃんを狙ってるヤツだろう?」
「ち、違い……ます」
「じゃあ、なんだってケーブル繋げてたんだ!」
「は、はひィッ! お、怒らないでっ!」
 男は頭を抱えて縮こまった。
「たッ、対抗店の……」
「対抗店? なんだそりゃ」
「アイスクリームショップですよォ! うちも……そうなんで。データ盗めないかなって思って」
「はあ? ここがそうなのか」
「違います。この端末使えば盗めるって、これ買った店で聞いたから、試しにやってみようって思ってたんです」
「ば、ばっかやろう! そっちも犯罪だ!」
「はひィ! もうしません! お願いです、留置所だけは勘弁してください。せっかく、副店長になれたんです」
「副店長がそんなことするなよ」
「わぁぁん! もう終わりだぁ」
「チッ……知ったことか」
 ラルクは溜息を吐いた。
 店長だと言った男は、まだ一人勝手に悲劇に浸っている。
 男の扱いに困ったラルクは、とりあえず、対抗店のアイスクリームショップとやらに連れて行くことにした。