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【2020授業風景】少年探偵と死者のいる教室

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【2020授業風景】少年探偵と死者のいる教室

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第八章 教室事変

第五十八話 禁書

 研究室に先輩たちの幽霊がでるとの噂を聞いて、葛葉翔はすぐに原因の予想がついた。
「本当は、推理は、クタートの担当なんだがな。そういう設定なら、俺がピンときた、という話にしておくか。で、幽霊になった先輩たちは、みんなこの本を研究していた、と」
 青のカラーグラス越しに、翔は問題の古書を眺めた。もろくなっている紙を傷めないように、気をつけながら和綴じのページをめくる。
「江戸時代の百物語の本か」
 終りまでざっと目を通したが、翔のまわりに怪異は起こらない。
「もっと深く研究しないとだめなのか。それとも」
 翔は、研究室の棚から、亡くなった先輩たちが残したファイルをすべて取りだし、今度はそれを調べた。
 かなりの量の研究資料である。
「小僧。まともに見ていたら、この講義が終わるぞ。各人の資料の共通項を見つけて、そこだけ調べればいいのじゃ」
 ステージ下から、パートナーのクタート・アクアディンゲンが、翔にアドバイスした。
「サンキュー。となると、話は意外と単純で、先輩たちは、全員、この「百物語」を自分なりに翻訳、解釈したテキスト、つまり研究用の自己流の写本を作っていた」
 先輩たちの資料の写本の部分のみを翔は、テーブルに並べた。
「同じ本を読み下したわけだから、大筋はおんなじなんだろうが、この行為がひょっとして、オリジナルの本についている霊かなにかの怒りにふれたのか?」
 ドサドサドサ。
 YES、と答えるように、研究室の書棚から本、書類がすべて、一斉に床に落ちた。

提出者 佐々良縁
「いまの話にでてくるオリジナルの本、著者・編者不詳 『諸国百物語』が、私のパートナーかもしれないんだよねぇ〜。ウチの百(もも)ちゃんには、噂話、因縁話がいっぱいあるから、せっかくだし、東洋民俗学が専門のフライシャー教授に、百ちゃんの本体ををみて欲しいなぁ」

五十八 怪談は、閲覧禁止です。 ミスカトニック大学図書館。

第五十九話 バラの名前

 崩れ落ちた本もそのままに、翔は、先輩たちの写本と、原本とでもっとも解釈の違う説話を探した。
「いちいち本文をみずに、目録で、題名の差異から調べるのじゃ」
 また、クタートの指示が飛ぶ。
「了解。ああ、たぶん、これだな」
 該当すると思われる説話を翔は、原本から朗読した。
「今は昔、とある通りに夜な夜なアヤカシがいるといふ〜」

提出者 著者・編者不詳『諸国百物語』
「ひうっ・・・怖いのは・・・いやなのですが。それは、私の内容の中でも特にタチの悪いお話です。勝手に解釈されたり、訳されると祟るかもしれません」

「教授。これが百の本体です。原本ですか。写本ですかねえ。古いのは、たしかですよねぇ〜」
 パートナーの百の本体である著者・編者不詳 『諸国百物語』の魔道書を佐々良縁は、フライシャー教授のもとへ持っていった。
 教授が、古書を手に取り、眺める。
 幼い少女の姿をした百も、背伸びして自分の本体を覗きこもうとしたが、よろけてしまい、教授の傍らに置かれているトランクケースに足があたってしまった。
「それに、ふれるな!」
 途端、教授は怒りの形相で、叫ぶ。
 教授の剣幕に、教室がしんした。
「教授。これ、そんなに大切なものなら、どこかへ移動させときますか」
 ケースを持とうと手をのばした翔の体を、教授は押しのけた。
「なにもしなくていい。このケースは禁書だと思ってくれ、かの有名な修道院なあった悪魔の書と同じような。ふれるものには、死がもたらされる」
 ギラギラとした目で、教授は翔をにらみつける。
 少しさわっただけだけど、このケース、とんでもなく重かったぞ。なにが入ってるんだ?
 あえて疑問を口にはださず、翔は席へ戻る。

五十九 せめて死ぬ前に、一目、怪談に会わせてくれ。

第六十話 煙幕

「これを使って頂戴」
 ステージのクタート・アクアディンゲンに、レポートの提出者、雷霆リナリエッタが、葉巻とライターを投げてよこした。
「吸わなくても、火をつけるだけでいいわよ。臨場感って大事じゃなぁい。怪奇現象は、立体映像でフォローしてくださるんでしょ。教授ぅ」
「ともかく、我は、この葉巻を吸うフリをすればいいのじゃな」
 立体映像で再現された応接間で、クタートは葉巻に火をつけた。
 葉巻からは煙があがり、流れていかず、クタートの周囲にとどまって、ぐるぐると渦を巻いている。

提出者 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)
「あらら。どうしたのかしらぁ。火事だわぁ。きゃー。怖い。怖い」
 ステージの煙と混じって目立たなかったが、いつの間にか、教室内には煙が立ちこめ、焦げくさいにおいもしている。
 リナリエッタは、パートナーのベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)に、教室の壁に火をつけさせただけでなく、自分で立てた作戦通り、煙幕ファンデーションを使い、さらに煙を濃くし、白煙で生徒たちの視界をふさいだ。

六十 注意! 「消防署の方からきました」と怪談を売りにくるセールスマンは、当消防署の人間ではありません。

第六十一話 しょうし

 混乱に乗じ、白煙にまぎれて、講義準備室にむかおうとしたベファーナ・ディ・カルボーネの手首を、春日井 茜(かすがい・あかね)がつかんだ。
 正義感の強い茜は、今日の模擬講義の暗闇や混乱の中で、不埒な行為を働くものがいないか、ずっと警戒していたのである。
「きみの行動は不審すぎるな。教室に火をつけたのも、きみじゃないのか」
 問い詰める茜の背中に手をまわし、ベファーナは茜を抱きよせ、伊達眼鏡をした男装の麗人は、ポニーテールの少女に優しく口づけをした。
(狙っていた相手とは違いますが、リナのための時間稼ぎです。少女相手のキスは久しぶりだ)
 誰にも聞こえない、ベファーナの心のつぶやき。
「な、なにをするんだ!」
 顔を真っ赤にして、茜がベファーナを突き放す。
「あいさつです」
「例え、同性相手でも、これは、痴漢行為だぞ。刀を持ってきていたら、私は、きみを斬り捨てていた」
「私に興味がおありのご様子なので、少し親しげなあいさつをさせていただきました。今後とも、ぜひ、仲良くしていただきたい」
「なにをいい加減なことを言っている。きみの目的は、なんだ」
「春日井茜くん。あなたですよ」
 真剣に怒り狂う茜と、からかうような笑みを浮かべたベファーナ。
 二人がむきあっている間に、白煙は消え、ベファーナのパートナー、雷霆リナリエッタがフライシャー教授と並んで、講義準備室からでてきた。
 顔を紅潮させ、興奮した様子のリナエッタは、再現ステージの中央で、教授の首にしがみつき、他の参加者たち全員の視線の中、教授と濃厚な口づけをはじめた。
「おや。いけませんね。リナがあれ以上、先まで進まないように、私がとめてあげないと。それでは、茜くん。私たちの続きは、またにしましょう」
 ベファーナは言葉とは反対に、あわてたふうでもなく、ステージへと歩いていった。
「パートナーがパートナーなら、契約者も契約者だ」
 ステージで痴態を演じているリナリエッタに、茜は怒りに燃える瞳をむける。

解説者 ベファーナ・ディ・カルボーネ
「あー。あー。マイクは生きていますね。ボヤはすぐに消火されたようで、本当によかった。リナ。もう煙はどこにもありません。教授をレイプするつもりですか。あなたの素敵な姿をみんなが見ていますよ」
 ベファーナに指摘され、リナエッタはようやく教授から離れ、悪びれたふうもなく、自分で椅子を持ってきて、講義準備室の前、緋柱陽子の隣に座った。
「講義準備室が、火事で燃えていないか心配だったんで、教授と様子をみにいってたのよ。教授の大事な書類が無事でよかったわ。はは。うれしくて、私たち、つい抱き合ってしまったの。血の匂いのする殿方は、好きですわぁ。教授。私もここで、この部屋をお守りしますわね」
 やれやれといった感じで、ベファーナは両手の平を上にし、首を振った。
「申しわけありません。彼女は、いつもあんな調子ですから。先ほどの怪談の解説は、私がさせていただきます。リナの家には、少々、複雑な事情がありましてねぇ。一家に害をなした人間と火を使った遊びを、応接間でするのが、恒例なのです。気がつけば、応接間では怪異が起こるようになっていた。なぜ、ですかねぇ。火は怖いですね」

六十一 怪談をきちんと始末しておかないと、火事になるよ。

第六十二話 山姥

 尊敬、怒り、後悔、己のあらゆる感情が複雑に入り混じっていた。
 神野永太は剣を一閃し、領地を治める殿様を切り伏せた。
「すいません」
 謝る義理はないような気もした。永太の背後では、一揆で一緒に城に乗り込んだ仲間たちが、歓声をあげている。
 永太は仲間とともに、よろこびにひたる気にもなれない。
 だが、殿の気まぐれな命令によって、山奥に捨てられ、朽ちてきた、この領地の老人たち。いま、永太のまわりにいる、半透明の老婆たちの笑顔だけは、永太の心にいくらかの安らぎを与えてくれた。

提出者 リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)
「日本の和歌で語られている姥捨山の話だよ。六十歳以上の年寄りは、山に捨てるべし。この法令をだした殿様が最期にどうなったのかは、諸説があって本当のところはよくわかってないんだ。
 僕は空京大学に興味があったんで、この講義に参加した。大学を散歩したかったんだ。レポートの再現も終わったし、散歩してきますね」
 リアトリスの姿は、闇に溶けるように消えた。
 参加者たちから悲鳴があがる。

六十二 私は子供の頃、怪談っ子で、お風呂も寝るのも怪談と一緒でした。

第六十三話 遅刻

 威勢よく教室のドアが開いた。
「なにか、あったんですか?」
 尋ねながら、入ってきたのは、いま、姿を消したばかりのリアトリス・ウィリアムズだ。
「すいません。レポートは提出したんだけど、怖い話は苦手なんで、キャンパスを散歩してたんだ。そしたら、この教室からの窓から煙がでてて、心配になって、見にきたんだけど」
「リアトリスくん。あいている席に着きなさい」
「は、はい。ね、みんな、どうしたの」
 教授に指示され、リアトリスは席につく。
「物の怪が一つ消えて、人間が一人増えてだけの話ですよ。遙遠は気づいていましたが、みなさん、ご存知なかったですか」
 緋桜遙遠の平然とした言葉が響いた。
「さっきまでのリアトリス・ウィリアムズは生霊だ。害をなすものではないから、放っておいた」
 鬼桜刃が説明をする。
「途中で帰らなくても、終りまでいればいいのにさ。本体がきたから、逃げちゃったよね。他にもいるからいいけど」
 ニコ・オールドワンドは、相も変わらず楽しそうだ。

六十三 遅刻しそうなので、代理の怪談を行かせます。

第六十四話 真昼の星

「次はハティ・ライト(はてぃ・らいと)くんのレポートだが、彼のは・・・。再現も、解説も一人でやってくれたまえ」
 フライシャー教授は、冷たく告げた。
「わかりました。どなたか、女性の方に協力していただきたいのですが」
 怪異体験を再現するために、ハティが協力者をつのると、雷霆リナリエッタが手をあげた。
「品のいい、さわやかスマイルのお兄さん。私でよかったら、お手伝いしてあげてもいいわよ。お望みはなにかしら」
「ご協力、感謝します。さっそくですが、きみのスカートをめくらせていただきたい」
 一片の曇りもない笑顔で、とんでもない申し出をするハティに、リナエッタは笑い返す。
「ははは。おもしろいねえ。いいわよう。なにが怪談なんだかわからないけど、こっちへいらっしゃい」
 挑発的に脚を組み替え、リナエッタはハティを誘う。
「私のパートナーの渋井誠治に、女性と仲良くなるための日本のあいさつ作法、スカートめくりを教えてもらったのですが、今朝、古森あまねに、三度、それをしたら、三度めになぜか頬を叩かれ、昼間なのに、星がみえました。理解できません」
 ハティは、まじめに言った。
「ふうん。なにも知らないのね。かわいいわあ。めくる前に教えてあげる。私、下にはなにもはいてないわよ。どうする。それでも、めくりたいのかい」
 リナエッタの制服のスカートのはしを持ち、ハティは動きをとめた。
「さあさあ。坊や。早くしてくださいな」
「本当にはいていないんですか」
「はは。どうだろうねぇ。めくればわかる、お楽しみ」
 そして、ハティは、リナリエッタのスカートから手を離した。
「すいません。やめておきます。間違っている気がします」
「あらー。残念ね。星はみえなくてもいいのかしら。ははは」

六十四 怪談は、ぼくを照らす太陽だ。

第六十五話 通行人

 ステージには、柵で囲われた小さな庭が再現されている。
 教室のドアが開き、パラ実卒業生にして、現空大生、モヒカン刈りの青年、王大鋸が入ってきた。
 ひさびさにチェーンソウを手にした王は、柵をまたいで庭に入り、うろうろとしていたが、参加者たちの方をむき、
「お呼びじゃない。こりゃまた、失礼いたしました」
 なぜか、七十年近く前に日本で流行したギャグを言うと、教室からでていった。

提出者 戦部小次郎
「シャンバラ教導団歩兵科少尉の戦部小次郎です。我の体験は、休日に、自宅の庭を体操着姿の小さなアーデルハイト(子ババ様)が、横切っていくのを目撃したというものなのですが、ここは空大なので、再現では王大鋸になっていました。どちらにしても、謎です」

六十五 日本一の怪談男。

第六十六話 エンドレス

 ステージの神代明日香は、怪異の再現よりも、フライシャー教授の体調が気になってしかたがなかった。
「さっき、治療魔法をかけてあげましたけど、やっぱり顔色が悪いですぅ。シャツも血まみれですよう。医務室に行ったほうがいいと思います」
「神代くん。私ばかり見ていないで、再現に集中しなさい」
 教授に言われ、しぶしぶ、テーブルに置かれたオルゴールに手をのばす。
「これを鳴らせばいいんですね」
 明日香がネジ巻くと、オルゴールはしばらく曲を奏でてとまった。明日香は、またネジを巻く。曲が流れとまる。
 何回か繰り返した後、オルゴールはとまらなくなった。
 巻いたネジの分は、動ききったはずなのに、鳴り止まない。
「きゃー。きゃー。どういう仕掛けですか。これは」
 かわいらしく黄色い悲鳴をあげ、明日香は、オルゴールを持ち上げたり、叩いたりしたが、曲はとまらなかった。
 結局、わけがわからないので、明日香はオルゴールから興味を失い、教授の方へと行こうとした、が。
「神代くん。私の心配はいいから、席へ戻りなさい」

提出者 ジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)
「僕の家にあった古いオルゴールが、こうなったことがあるんだ。そのオルゴールはいつの間にかなくなってしまって、いまもなんだったのかよくわからない。昔の機械は、構造が単純な分、人の気持ちが宿りやすいのかもしれないな」

六十六 ビックバンから怪談は膨張を続けている。

第六十七話 よげんの書

 蔵書のぎっしり詰まった書庫で、ニコ・オールドワンドは幼い少女と、本をみていた。
 きれいな金髪の利発そうな少女である。
「これ、私だ」
 少女が本を開いたまま、声をあげる。
「どれどれ。たしかによく似てるよね」
 ニコがみてみると、絵本には、おそらくこの少女が成長したと思われる女の子が描かれ、彼女の人生が語られていた。
「これは、見てはいけない本かもしれないね。僕がもらってあげようか。この少女と本にでてくる女の子は、きみ自身かな」 
 ニコは、レポート提出者の水橋エリスに尋ねた。

提出者 水橋 エリス(みずばし・えりす)
「はい。怖い話というよりは、不思議な話なのですが、私の父の生家には、書庫があり、様々な書物がありました。
 幼い頃、私はそこで不思議な本を見つけたのです。
 絵本でした。
 金髪の長い髪を三つ編みにした少女が、空に浮かぶ大陸に渡り、そこで魔法を学ぶという内容でした。
 十二星華をつかさどる者たちや、空を覆う黒い龍もでてきたと思います。
 その本の中に、壊れた木偶人形の横たわる隣の部屋で、主人公の少女が、大勢の人と授業を受けている絵があったのですが、あれは、いまのこの講義の場面なのでしょうか。
 不思議な絵本は、私が物心つく頃には、どこかへ消えてしまいました。
 ご清聴ありがとうございました。(エリスは、深く頭をさげた)でも、壊れた木偶人形は、本当にこの隣の部屋にあるのでしょうか」

六十七 理論上、怪談の制作は可能だ。ただ、未来にしか行けないが。

第六十八話 自動念写

 ガラの悪い黒猫のゆる族、ナイン・ブラックが、手にした写真をにらみつけている。
「しばらく見つめてろ、って、もったいぶるほど、たいしたもんかよ。こいつにゃ、なんにも写ってねぇじゃん。真っ黒だしぃ。現像失敗だな。お生憎様。キシャシャシャシャ」

提出者 ニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)
「さっきのエリスの話の絵本は、エリスのパートナーの魔道書のあたしと、一緒だよ。きっと、エリスのことが大好きな魔道書なんだよ。エリスになにか伝えたかったんだと思うな。黒ネコくん、その写真はね、あたしが空京の街角にいた占い師の人お婆ちゃんにもらった、真実を写す写真なんだ。いつもは真っ黒だけれど、たまに、その場所に隠された真実の姿が、浮かびあがるんだって。ねえ、なんかでてきた」
「うん? おー。浮かんできたぜぃ。この、やべぇハメんなって人生、詰んでんのは。ニコ。みろよ。どうだい。これ」
 ナインは、パートナーのニコ・オールドワンドを呼んだ。
 二人は並んで写真を見ていたが、突然、写真から火がふきだし、あっ、という間に燃え尽きてしまった。
「ニコ、やりやがったな。いいのかよ。このまんま講義が進むと、いまの写真みたいに」
 ニコはナインの口に、人差し指をおしつけ、おしゃべりを封じこめた。
「自然発火だよ。僕はなんにもしてない。ごめんね。フェアリーテイルズ。写真、燃えちゃったよ。もし欲しいんなら、僕もこれと同じようなの何枚か持ってるから、今度、プレゼントするよ」

六十八 念じれば怪談は叶う。必ず。

第六十九話 警戒

「ニコくん。いまの写真には、なにが写っていたのだね」
「うー、ピンぼけでよくわかりませんでしたあ」
 教授に尋ねられ、ニコは視線を宙に泳がせた。
「信じられないな。講義開始から、怪異が相次いでいるし、きみの言動には、物騒なものを感じる」
「教授。ギバだよ」
 教室から追いだされては困ると、ニコは弁解をはじめた。
「馬のたてがみなんかにとりついて、殺してしまう光の怪異。教授もご存知の研究資料「民族怪異篇」にでてくるよ。女の姿をしてるって伝説もある。さっきの写真は、ギバに燃やされたんだ」
「あくまで、心霊現象だと言い張るのかね。まったく、私は、敵にかこまれて講義をしている気分だ。きみは、ずいぶん心霊現象に興味があるようだね」
「ええ。まあ」
「・・・・・・・・」
 教授がニコの耳元に口をよせ、ささやく。
 パン。
 銃声が響いた。
 教室中の視線が、音がした方、戦部小次郎(いくさべ・こじろう)にむけられた。
 戦部は小銃を手に立っていた。銃口から煙があがっている。天井へ発砲したのだ。
 周囲があ然とする中、戦部は教授に近づき、銃を手渡した。
「武器の持ち込みをお許しください。あくまで護身用です。我は、教授と意見を同じにする者です。ここには教授にとって信用できないものが多すぎる。いざという時のために、この銃をお持ちください。教授が、我を処罰するといわれるなら、教室から退場します」
「処罰はしない。感謝する。戦部くん。ありがとう。銃は、必要になったら使わせてもらうよ」
 教授と戦部は、かたく握手をかわす。

六十九 一発の怪談が歴史を変えた。