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リアクション
第五章 開錠準備
第三十一話 想い
肩で風を切るような妙にふてぶてしい態度で、ステージに上がった、ラーメン伝道師こと渋井 誠治(しぶい・せいじ)は、なんの立体映像もない舞台で、フライシャー教授に不満を訴えた。
「教授。どういうことですか。オレは怪談とか全然、怖くないんで一番、怖ろしい話をあててくれって、お願いしましたよね。それがこれですか? なにもないじゃないですか? 無ですか。まいっちゃうなあ〜。さすが、オレも逆の意味でこいつは怖ろしいですよ。オレにはお手上げなんで、なんにもなしですか。いやいや買いかぶりっうか」
実は、心霊現象が弱点で、故に強気な態度を演じている渋井にとっては、まさにラッキーな展開に思えた。
今回は、ハッタリ勝ちってことで。へへ。
いい気になってしゃべり続ける。
「教授。顔色悪いですねえ。オレの元気あげましょうか。さっきから時計、気にしてますけど、講義の後、これ、っすか」
小指を立てて、ニカッと笑う。
「やだなあ、このインテリは。なんっつてえ」
「渋井くん。おしゃべりはやめて、鬼桜くんのところへ行きなさい」
「は。やっぱ。なんか、あるんすかあ。またあ。オレにゃ無駄無駄無駄ってもんですよ。はいはい」
威勢のいい口調とは反対に、おそるおそる、渋井は鬼桜月桃へ近づいていく。
提出者 鬼桜 月桃(きざくら・げっとう)
「そう心配しないでください。なにも言わなくても、きみの心はわかります。
きみには、少しだけ、私たち、巫女の力、きみ流に言う霊能力を体験してもらいます。なにが見えても、聞こえても、騒がないで落ち着いてくださいね」
月桃は、ほんのしばらく渋井の手を両手で包みこんだ。渋井の顔は、引きつった笑みで歪んでいる。
「痛くないです。怖くないです。少しの間だけ。さまよう霊たちの想いをみて、聞いてあげて」
「へ、平気に決まってるぜ。こんなの」
月桃から離れた渋井は、参加者たちの座席を眺めた。
「ギ、ギ、ギイヤヤヤヤヤヤヤ」
怪鳥めいた悲鳴をあげて、渋井は月桃の方をむき、準備室前の透乃たちをむき、そして、フライシャー教授をみて、
「ア、ア、ア、あ、あ、あ、あ、あ、ああああ」
教授を指さしたまま、尻餅をついて、両手で耳をふさぎ、頭を抱えると、這ってステージから逃げだした。
「ごめんなさい。きみの、それは、一分間だけのなのよ。我慢して」
渋井の後を月桃が追いかけていく。
三十一 怪談は見た目は派手だけど、燃費が悪くって。
第三十二話 肉体の悪魔
両手、両足をばたつかせ、抵抗する機晶姫クロシェット・レーゲンボーゲン(くろしぇっと・れーげんぼーげん)をむりやり引っ張って、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)はステージに登場した。
「待て。待て。待て。ジュンジ・イナガワが最大の敵の自分が、こんなところに用はない。帰る。断固として帰るぞ!」
「ふん。見慣れた、おぬしの嫌がる顔も、こんな場所で見ると、いつもよりもそそるのう」
「なんだ、その悪代官みたいなセリフは。自分は、つい、いまさっきまで、今日は、キャンパス恋バナ百連発なのに、なにかがおかしいな、と思っていたのだ! みんな、オカルト話ばかりだし、最近の恋愛事情は複雑すぎるな、と」
「おぬしを自由にしてよいと、ベスから許可は得ておる。もっと、ちこうに寄らぬか」
校舎の廊下でじゃれあう二人に、悪魔の影が忍びよる。
「胸カエセー。胸カエセー」
「おあつらいむきに、いやらしい魔物がでてきたようじゃのう。クロ、おぬしをいけにえに差しだすとするか」
ファタは、半狂乱状態のクロシェットの背後に回ると、彼女を影の方へと押しだした。
「魔物? 怪談? 自分は、なにも怖くないのだ。その証拠に、この講義はすべて録音している。恋のテクニックを学ぶつもりで、だ、だ、だ、だから、自分を襲っても、おもしろくないから、どこかへ行くのだ」
「ムネー。ムネー。胸カエセー。・・・・・・」
影だけの魔物は、クロシェットの前でしばらく動きをとめ、くるりと背をむけた。
「オマエは、ワタシの仲間だ。トルモノガナイ。胸のあるやつ、胸カエセー」
魔物は、行ってしまった。
「待て。待て。待て。怪物、戻ってこい。名誉毀損だ。どういうつもりだ。公衆の面前で辱めを受けたぞ」
「んふふふふ。ないのなら、わしが大きくしてやろう。簡単じゃ、もめばいいのじゃよ。わしに任せろ」
「そ、それは、本当か。だが、しかし、ここでやる気か、ファタは魔物か。おいおいおい」
ステージは暗転し、うごめく小さな影が二つ。
提出者 エル・ウィンド(える・うぃんど)
「イルミンスールには、胸のサイズを吸い取る魔物が、夜な夜なでるらしいんだ。魔物には尻尾があるそうだ。あー、ボクの話が悪かったのか、ステージがすごいことになってるんだが、終わりそうもないぞ。誰か、女の子が止めに行ってやってくれないか」
三十二 通販の矯正怪談。一つ買うと二個ついてくる。
第三十三話 精神の牢獄
ファタ・オルガナが意気洋々とステージを去り、乱れた服装、いくぶん疲れた様子のクロシェット・レーゲンボーゲンだけが残った。
そこへクロシェットのパートナーで、ファタの悪友であるベスことヴェッセル・ハーミットフィールドがやってきた。
「だましたな。自分は、身も心もボロボロになったのだ」
「クロ子。落ちこんでるヒマはないぜ。次の魔物がお待ちかねだ!」
「クロ子と呼ぶな。帰る。帰るしかない」
「ほら。きたぞ。黒い影だ。どうするクロ。はっはは」
じゃれあう二人の前に、黒い影があらわれ、クロシェットの胸を覗きこむような仕草をし、すぐに、背をむけた。
「な、な、なんだ。あれは。またか。またなのかー」
提出者 咲夜 由宇(さくや・ゆう)
「お友達の赤羽美央さんやヴァーナー・ヴォネガットちゃんを怖がらせようと思って、たくさん怖い話を持ってきましたですぅ! バストサイズを吸い取る魔物のお話は、エル・ウィンドくんとダブっちゃいましたけど、クロシェットちゃんが楽しんでくれたみたいなんでよかったです。まだ、他にも持ってきましたから、期待して待っててほしいです!」
三十三 あんまり怪談が大きいと牛みたいだ。おい。それは差別発言だぞ。
第三十四話 永遠の地獄
一人残された、クロシェット・レーゲンボーゲンは、ぼんやりと立ち尽くした。
「なぜ。自分だけが連続三回なのか、納得が行かんのだ。ベスとファタの陰謀なのか、教授、あなたもグルなのか」
精神はパニックを超えて、疑心暗鬼に陥っている。
「やあ。オラとクロちゃんは、お友達だよー」
「ぬおっ」
お友達を増やす目的で今回の講義に参加した童子華花は、いじめられているように見えたクロシェットを助けに、呼ばれてもいないのに、ステージにあがってきた。
「し、信じていいんだな。本当に味方なのだな」
「うん。オラは、華花だよ。仲良くしようね」
「おおっ。友よ。自分は、ここで虐げられて」
「よしよし、だね」
手と手を取り合い友情を深める、幼い少女二人。
「そろそろ、また怪物がくるのだ。だが、今回はハナの方が自分よりもさらに・・・だからな」
「えー。なんのこと。オラがクロを助けてやるから、安心しろよ」
怪物の来襲を待ち構えていた少女たちは、一瞬後、原因不明の金縛りにあい、気を失って倒れた。
提出者 ジョセフ・テイラー
「ミーのレポートは、オッパイクレオバケではありまセーン。残念デシタ。急に金縛りになって、意識を失う友達がいるのデス。ナゼでしょうか。ワカリマセーン。それだけデース」
三十四 いくら怪談がいても、結局、人間、自分一人なんだ。
第三十五話 アリスのドロワーズ
ごくごく普通の部屋だった。
家具も、調度品もなにもかも。
床下モニターの指示に従って、春夏秋冬真都里は、ベットに横になり目を閉じた。
舞台は暗転し、すぐにまた明るくなる。
真都里は、ベットから起きてステージに立った。
くすくすくすくす。
かわいいよね。
お似合いだ。
「お、俺は男だぞ。かわいいとか言うな。なにを笑っているんだ」
自分が置かれた状況が理解できない真都里は、姿見の前に立ち、絶句した。
上半身は寝る前と同じイルミンスールの制服を着ているが、下半身のズボンは気づかぬ間に脱がされて、真都里はドロワーズだけをはいていた。
教室にいる参加者の大半が知っている、アリスのドロワーズだ。
「笑うな! もなか。俺をそんな目で見るな。俺は、人よりちょっと、いや、だいぶ、運が悪いだけなんだっ」
真っ赤になった真都里は、床にたたんで置かれていた、下着とズボンを手に、立体映像のバスルームへと姿を消した。
ズボンをはいて戻ってきた真都里は、モニターの指示通りに、もう一度、ベットへ。舞台は暗転。
明るくなると、真都里はまたアリスのドロワーズだけをはいている。ズボンを手にバスルームへ。そして、またまたまた。
提出者 鬼桜刃著 桜花徒然日記帳(きざくらじんちょ・おうかつれづれにっきちょう)
「僕は毎日、こんな目に会ってるんだよ。かなしくなるよ。アリスは、僕や、真都里ちゃんや、くるとちゃんみたいな小さな男が、きっとキライないんだよ。だから、いやがらせをするんだ。お母さん。怖いよう」
幼い少年の姿をした桜花は、鬼桜月桃の席へと走っていった。
三十五 怪談の値打ちは、外見じゃねえんだよ。
第三十六話 死臭
真都里の次に舞台に立ったのは、彼のパートナーの魔道書、小豆沢 もなか(あずさわ・もなか)だった。
もなかの本体は男の娘系ライトノベルで、もなかはその小説のメインヒロインの外見をしている。
ポニーテールの似合う優しげな少女だ。
「まつりんの時は、セットがあったけど、もなかちゃんはなんにもなしですか。あるるん教授、もなかちゃんは、どうすればいいんですか?」
「小豆沢さん。私は、あるるん、ですか。提出者のところへ行きなさい」
アルフレッド・フライシャー教授は、犬塚 銀(いぬづか・ぎん)を指さす。
「はーい」
提出者 犬塚銀
「わざわざ、すまないですね。では、一緒にこちらへ」
銀は、フライシャー教授の前へもなかを連れて行った。
「ぎんぎん。彼は、あるるんだよ」
「教授。もなかさん。私のレポートは、あるにおいについてです。私は、それを嗅ぎわけることができる。もなかさんは、教授からなにか感じませんか」
「くん。くん。くん」
もなかは、教授の体に顔を寄せて、犬みたいににおいをかいだ。
「うーん。あるるん。これって、血のにおいだよね。かなり濃厚」
教授は黙っている。
「くるるん。事件発生だよ。こっちへきてー」
もなかは、手招きして弓月くるとを呼ぼうとした。
「弓月くん。席を離れないでくれ。きみは、お呼びじゃない」
今日、講義中に発した中で、一番、厳しい声で、教授はくるとを制した。
「教授。私のレポートは、お読みになりましたね。私が言いたいのは、血のにおいではなく、死臭です。私は死者や、死者に憑かれた生者から死臭をかぐことができるのです。教授、あなたからも、講義準備室の中からも猛烈に死臭がします。私は、間違っていますか」
「犬塚くん。私には、さっぱりわけがわからないよ」
教授は、銀から目をそらす。
「わかりました。それでは、私はこの教室をでて、別の入り口から講義準備室に入るなり、大学の職員の方に事情をお話して、講義準備室を調べてもらうなりします。刃様。行ってまいります」
「きみは、この講義をつぶす気か? 誰か私の味方になってくれる人は、いないのかね。そうだ。霧雨くん。彼女を説得してくれ」
さっさと教室をでて行こうとする銀を霧雨透乃のパートナー、月美芽美が呼びとめた。
「犬塚さん。私が御一緒するわ。あなたのしようとしているのは、授業妨害よ。私は、教授に従って講義を進行させたいと思うから、あなたにこの講義をつぶさせたくないの」
「ついてくるなら、ご自由に」
「ええ。とことん議論でもしましょうか」
銀と芽美は、教室をでていった。
「フン。フン。フフン」
ハンカチを鼻にあてたフライシャー教授が、大きな、大きすぎる音を立てて鼻をかんでいる。鼻をかむ、というよりも、両手の平で、自分の鼻を叩いているようにみえた。
教授の鼻から、血がこぼれ落ちる。
「失礼。鼻血がでてしまった。ああ。手にも、服にも、ズボンにも、あちこちについてしまったよ。まいったなあ」
教室の血のにおいは、一層、濃くなった。
三十六 私の怪談はシャネルの五番。
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