校長室
学生たちの休日4
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「そうそう。せっかく『宿り樹に果実』の一部を借り切ったんだから、プレゼントも渡さなくちゃね」 カレン・クレスティアが、ごそごそと綺麗に包装した袋の山を取り出して言った。彼女は今回の歓迎会の主催者の一人だが、少し前からゴチメイたちが世界樹で温泉療養をしていると聞きつけて同じことを考えていた者は多く、便乗する形でどんどん参加者が雪だるま式に増えてしまっていたのだ。 「何かな?」 少し嬉しそうに、ココ・カンパーニュがつつみを開けた。プレゼントをもらうなんてことは、ひさしぶりだ。 「えーっと、これは……」 中から出てきた真っ赤なブラジャーとショーツを見て、ココ・カンパーニュがちょっと困惑する。各人のシンボルカラーに合わせているのだろうが、これではココ・カンパーニュだけひどく派手だ。 「前に、男の子がたっゆんになった事件のときに一山あてようと思ったんだけど、大量に売れ残っちゃって……。一応、上だけだとなんなんで、下とセットでね。ああ、サイズは、おっぱいハンターの人に聞いたから、多分合っているかと……」 「異議あり!!」 カレン・クレスティアの言葉に、リン・ダージが即座に異議を唱えた。 「これ、あたしにはちっちゃすぎるもん!」 「そんなに見栄をはらなくったって。おっきくったって、肩が凝るだけらしいぞ」 マサラ・アッサムが、他のゴチメイたちの胸をチラリと見ながら言った。 あらあらと、困ったようにチャイ・セイロンが、振るとカラカラと音のするペンダントが載っかった自分の胸に視線を落としながら苦笑した。 「ははははは、東シャンバラの商人(あきんど)、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、御注文うかがいにあがりました」 クロセル・ラインツァートが童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)と共に、ココ・カンパーニュとアルディミアク・ミトゥナの前に進み出てきて言った。 「まったく、商売というものは、もっとうまくやるものです。そこで、なんでも吸い込む星剣の特性を利用して、商売の御提案があるのですが……」 「なんでも吸い込む?」 ココ・カンパーニュとアルディミアク・ミトゥナが顔を見合わせた。 「輝睡蓮の花を吸い込んだではありませんか」 「ああ、あれは、ジャワに話を聞いていたからできるかなと思ったら、できちゃったんで……」 ちょっと言いにくそうに答えるココ・カンパーニュであった。一応の予感はあったようだが、ほとんどその場ののりでやったらしい。 「輝睡蓮と黒蓮は、魔法によって突然変異を起こした、いわゆる魔花ですから。その効果も、半分以上魔法的な物なのです。だから、私が使っていた魔法石のように星拳で吸収することができたのでしょう」 アルディミアク・ミトゥナが、丁寧に解説してくれた。ちなみに、アルディミアク・ミトゥナが使っていた宝石は、普通の石ではなく、魔力を秘めた特別な結晶体だ。海賊たちと一緒のときは補充もできたが、今はそれも叶わないので、現在、アルディミアク・ミトゥナは一つも魔法石を保持してはいない。 「なんと、それでは、産業廃棄物を取り込んで、電気エネルギーに変換して発電で稼ぐという我が騎士団の財政計画が……」 「なんですって!!」 思わずそうもらした童話スノーマンに、ココ・カンパーニュとアルディミアク・ミトゥナの二人が勢いよく立ちあがった。 「人の大事な星拳をゴミ焼却炉みたいに言って!!」 声を揃えて、ココ・カンパーニュとアルディミアク・ミトゥナが叫ぶ。この雰囲気はちょっとやばい。 肩をくっつけ合うようにして仲良く立った二人が、それぞれの右手と左手をゆっくりと握りしめた。 「ひー。クレジットが走馬燈のごとく……」(V) クロセル・ラインツァートと童話スノーマンが、だきあって縮みあがった。 「よみがえれ、双星拳……」 「はーい、クレープシュゼットできあがりましたー」 まさにココ・カンパーニュたちが双星拳スター・ブレーカーを召喚しようとしたところに、本郷涼介がスイーツを持って割って入った。 おおと、甘い香りにココ・カンパーニュたちの手が止まる。熱いクレープの上で、冷たいアイスクリームが、とろりととろけていた。 「一つ貸しだ」 本郷涼介が、クロセル・ラインツァートに軽く目配せした。 「さすがに、双星拳は強力すぎますから、引っ込めましょうね」 「ええ。ちょっと大人げなかったですね」 安芸宮 稔(あきみや・みのる)に言われて、アルディミアク・ミトゥナがクレープシュゼットにむかう。ココ・カンパーニュの方は、とっくに半分ほど平らげて御満悦だった。 「それにしても、どうしてそんなに双星拳は強力なんですか」 安芸宮稔が訊ねる。 「そうですね。おかげで、今ひとつ私たちは役立たずでしたから」 ちょっぴり反省を込めて安芸宮 和輝(あきみや・かずき)が言った。 「そんなことはないですよ。双星拳は、使い方次第では最強かもしれませんが、ただ使うだけでは最弱に近い星剣ですから。単純に破壊力だけでいえば、ホイップ・ノーン(ほいっぷ・のーん)さんのシナモンスティックが最強でしょう」 アルディミアク・ミトゥナが、意外に聞こえることを口にした。 確かに、台風を封印できるシナモンスティックの力で、都市の中心でいきなりそれを解放すれば壊滅的な破壊をもたらすことができるだろう。 「私たちの星拳は、本来は光条を基本としたエネルギー波を吸収反射するものです。ですから、非常に特殊な状況下であれば最強かもしれませんね。たとえば、強力な光条兵器が相手であれば、ふいを突かれない限りは相手の兵器を消滅させることも可能ですから。それゆえの、スター・ブレーカーの名ですので」 アルディミアク・ミトゥナの説明の本当の意味は、いったいその場にいた何人が理解したことだろう。 「結局、星剣があろうと、光条砲があろうと、協力してくれる力と心がなければ、意味すらなかったと思っています。それゆえ、私は、あらためてありがとうと言いたいです」 アルディミアク・ミトゥナが静かに頭を下げた。 「えっと、私も?」 同調しないとまずいかなと、ココ・カンパーニュもぺこりと頭を下げる。 「それで、これからはどうするつもりなのですか?」 クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)が、ココ・カンパーニュたちに訊ねた。 「このまま、ここに居着いちゃうっていうのもありかもですね」 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が、ゴチメイたちを誘った。 「それはいいかも」 ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が相づちを打つ。 「出戻りはあ、ちょっとお。ねえ」 「ねー」 チャイ・セイロンとリン・ダージが、思わず顔を見合わせて言った。 「でも、イルミンスールはまだあの仮面の男たちに狙われていると思うのです。ヒラニプラの闇市で姿が目撃されていましたし、海賊たちとも何かと接触があったようですし。シェリルさんは、黒い仮面を被った黒衣の男に見覚えはありませんか? あるいは、銀髪のイケメンのお兄さんだったかもしれませんが」 「光条砲の修理をしてくれた人ですか? 直接は、頭領が対応していたようですので、詳しいことは……。ただ、いろいろな機械を雲海の方へ運ぶ仕事を依頼していたようですが。地球製なのか、私には見覚えのない機械ばかりでしたので詳細は……」 あまり役にたてないでごめんなさいねと、アルディミアク・ミトゥナは謝った。 「まったく、今ひとつよく分からない奴らだったよね、海賊たちって」 ズィーベン・ズューデンが、いろいろな出来事を思い出しながら言った。 「シェリルさんは、海賊の中にいたときはどうしてたの。あ、差し支えのない範囲でいいですけれど」 ナナ・ノルデンが、ずっと気にしていたことを訊ねてみた。 「ええと、空京で迷子になっていたところを、シニストラさんに声をかけられて、最初はお姉ちゃんを捜してあげるという話だったんですが、そのままどこかに売り飛ばされそうになりまして……」 ちょっと恥ずかしそうに、アルディミアク・ミトゥナが話し始めた。 「なんて奴だ。それでどうしたのよ」 ちょっと怒りながら、ココ・カンパーニュが話の先を催促した。 「見張りの人を、そのー、叩きのめしちゃいまして。そのまま、頭領に気に入られて、なし崩しに仲間に……」 なんだか、予想していたのとずいぶん話が違いそうだ。それを敏感に察知してか、アルディミアク・ミトゥナもちょっと話しにくそうではある。けれども、このあたりの話は、いつかはちゃんとココ・カンパーニュに報告しなければいけないくだりだ。 「もちろん、海賊ですから、完全な善人というわけではなかったのですけれど、あの人たちにも、いろいろと事情はあったみたいです」 そのへんは、古城で何人かが見た若きゾブラク・ザーディアの姿が理由を語っているのだろうが、はたしてそれがどの程度真実かは今は確かめる術がなかった。 「それで、お姉ちゃんを捜してくれるという話は本当だったんですね。けれども、依頼で、物資を搬入しに行った先が運悪くマ・メール・ロアで、そこでシャムシエルとティセラに私が十二星華であるということがばれてしまって、捕まった上に洗脳されてしまうという……。それ以降は、記憶も曖昧で……。ごめんなさい、お姉ちゃん」 あらためて、アルディミアク・ミトゥナがココ・カンパーニュに謝る。 「だからそれはもういいって。そっちに謝られると、また私の方も謝らなくちゃいけなくなるじゃない。まあ、そういうことなら、そのシャムシエルっていうのがいなければ、ここまで話がこじれることもなかったんだ。よし、今度会ったら、ぶっ飛ばす」 物騒な誓いをたてるココ・カンパーニュだったが、今のところ、マ・メール・ロアの戦い以後のシャムシエル・サビクの行方は不明のままだ。もちろん、その生死もはっきりとは分かっていない。 「ああ、やはりここにいましたね」 遅ればせに、マリル・システルースが漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を伴って現れた。 その姿を見て、アルディミアク・ミトゥナは静かに一礼した。マリル・システルースは、シャンバラ離宮を守護していた六騎士の一人だ。表舞台に立つ華々しい騎士のことを、もしかしたらアルディミアク・ミトゥナは覚えているのかもしれない。だが、彼女はそれは口にださなかった。逆に、歴史の陰に隠れていた十二星華のことは、さすがにマリル・システルースも詳しくは聞かされていないのだろう。 立場も境遇も違う二人だが、古王国と女王という言葉が二人を不器用に結びつけているのかもしれない。 「そういえば、タシガンの古城では、多くの人が様々な幻を霧の中に見たとか。あれは、本当のことだったのでしょうか」 「さあ、私たちは見ていないから、それはなんとも……。でも、みんなの話じゃ、だいたいはあってたみたいだけど。でも、どうにも今と昔がごっちゃに混じっていたようで、わけ分かんないんだよね。私がシェリルと契約したときはモンスターなんかに襲われていなくて、町のチンピラに見つかっちゃったんだけど。ジャワのときだって、別に私がまっこう勝負したんじゃなくて、変態中のジャワをハンターから助けた後に誤解でちょっと戦った程度だったわけだし……。だいたい、女王様の石像とかも、全部姿形が違ってたんでしょ。いいかげんなのよ、あの城は」 さすがに一番ひどい目に遭ったので、ココ・カンパーニュはちょっと苦々しい顔で説明した。 「そうですね。ストゥ家というのも、確かに古王国時代にあったようですが、私たちが見た伯爵が当時の当主そのままであったかは私にも分かりませんから」 遥か五千年前を思うように、マリル・システルースは語った。 「あの……、いいでしょうか」 おずおずと、漆髪月夜が言った。 「アルディミアクさんにお願いがあるのですが」 そう言って、漆髪月夜はパラミタ内海近くの丘で、追悼式が行われていることを告げた。 「いいでしょうか、お姉ちゃん」 「なら、一緒に行こう」 許可を求めるアルディミアク・ミトゥナに、ココ・カンパーニュはそう答えた。 「私も……」 ノア・セイブレムが、アルディミアク・ミトゥナにくっつくようにして言う。他にも、行きたそうな者がいるようだ。 「今からだと、みんなで行っても夜になってしまう。ここは、私たちがジャワで送ってもらうよ。三人なら、夜までに帰ってこられるし。みんなでは、また後日行こう」 ココ・カンパーニュがきっぱりと言った。 「あなたは、また風邪がぶり返すといけませんから、お留守番です」 アルディミアク・ミトゥナが、ノア・セイブレムの頭を撫でて言った。 「じゃあ、ちょっと行ってくる」 そう言うと、ココ・カンパーニュとアルディミアク・ミトゥナは、漆髪月夜と共にカフェテラスを抜け出した。