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枕返しをする妖怪座敷わらしを捕まえろ!

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枕返しをする妖怪座敷わらしを捕まえろ!

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第5章 心の死の悪夢

「こ、これは・・・どうした・・・?」
 枕返しされてしまい悪夢の中にいるグランは、手入れのされていないボロボロの墓石だらけの墓地にいる。
 日頃の感謝にパートナーたちから、温泉旅行をプレゼントされた彼は、なぜこんなところにいるのかまったく分からずオロオロとする。
「むっ、誰か来る・・・。とりあえず、ここがどこなのか聞かねば」
 そこが悪夢の中だと分からない彼は、足音が聞こえてくる方へ歩く。
「おぉおーい!そこに誰かいるのかのぅー?」
 ガサガサと足音が聞こえる林へ、大声で声をかける。
「イマ、コエ・・・キコエタ」
「(ななな何じゃ!?この声、人や他の種族のものではない!)」
 正体を確かめようとグランは墓石の陰へ隠れる。
「ニンゲン、ニンゲンノニオイ・・・スル」
 声の主はは鼻をひくつかせ、ペタッペタと彼が隠れている周辺をうろつく。
「そんな探し方しちゃ、せっかくのご馳走が逃げてしまうわよ鬼婆」
 鬼女がクスクスと笑いながら言う。
「ジャアドウスル?」
「ばっかねぇ〜。この匂いはきっとオ・ト・コ♪だったらぁー・・・誘いだすなら方法は1つしかないじゃないわよぉ〜」
 飛縁魔は妖艶な笑みを浮かべ、ペロリと舌なめずりをする。
「おいおい、あちきにも残しておいておくれよ」
 鋭い牙を剥き出し、磯女は早く生き血を吸いたいとニヤつく。
「え〜!?いい男だったら原型残しておいて私にちょうだい!本当は生きたままがいいんだからねっ」
 亡骸を自分のコレクションにしようと雪女が磯女を睨む。
「ウッフフフ、みーっつけたぁ♪ねぇ、私たちと遊ばなぁいー?」
 隠れている場所を飛縁魔に見つかってしまい、グランは餌にされてしまうと察知し、顔中から汗を流す。
「いやじゃぁああ!」
「あ〜らつれない人ー。皆で捕まえちゃえー♪」
「わしを喰らっても上手くないぞっ」
 妖怪の彼女たちの背後に、さらに他の妖怪がいるのを見たグランは必死に逃げ回る。
「メシ、ニゲル、イケナイッ」
 口からダラダラとよだれを流しながら、磯女がズンズンと追いかけてくる。
「なぁんだ。お爺ちゃんか」
「おのれぇっ、わしを爺さんと呼ぶな!」
 爺さん呼ばわりされたグランが、残念そうに言う雪女へ振り返り怒鳴る。
「こっちに来てぇ〜、かっこいいお兄さん〜♪」
「そんな見え透いたトラップにかかるわしではないわっ」
「大人しくご飯になってくれればぁ〜。皆が優しく食べてくれるかもしれないわよぉ?」
「はいそうですかって、妖怪どもの餌にされるわけないじゃろうが!」
「―・・・ちっ。喉がからからだから、仕方なくお世辞まで言って誘ってやってるのに。このクソジジイを一片残らず喰らい尽くせぇえ!」
 素直に餌食にならないグランに苛立ち、豹変した飛縁魔が妖怪たちに言う。
「誰がクソジジイじゃあぁああ!」
「こちとら腹空かせてるからお前で我慢してやるんだ。感謝しなっ」
「・・・勘弁してくれい・・・」
 百鬼夜行の群れに、飯にされてたまるかとグランは、ぜぇぜぇと息を切らせながら走り続ける。



「いい湯だったね、ねーちゃん」
 家族風呂がなかったため、七那 夏菜(ななな・なな)は温泉を分けてもらい、七那 禰子(ななな・ねね)と2人だけで民家の風呂を借りて入った。
 ずっと引きこもっていた彼女を、禰子が気分転換しに行こうと言われ、温泉へ入りにやってきた。
「あぁそうだなー。ふぅさっぱりした」
 禰子はタオルで髪を拭く。
「―・・・え、それって・・・お化けにさらわれちゃう、ってことですか・・・?」
 風呂を借りた民家に住んでいる村人の話し声を耳にし、夏菜が恐る恐る襖を開けて聞く。
「お化けじゃなくて妖怪だべ。それに攫われるわけじゃねぇだ。座敷わらしに枕を返された者は皆、悪夢の中へ送られちまうんさ」
「え・・・・・・、ど、どうしよう。ねーちゃんっ」
「座敷童が枕をひっくり返す? 意味わかんねぇよ」
 それがどうしたと禰子は、フンッと鼻で笑い飛ばす。
「んー、分かった分かった。だったらあたしが腕枕してやんよ。あたしごとひっくり返すなんて無理だろ?だから、キミは安心して寝な」
 先に敷いてもらった布団に入って、夏菜に自分の腕を枕代わりするように言う。
「ありがとう」
 やっと外へ出られるようになり、気づかってくれる禰子に感謝しながら目を閉じる。
 2人が眠った数分後、枕返しをする子供の姿を妖怪、座敷わらしが眠っている禰子の枕元へやってくる。
 彼女の枕をくるりと返してニヤッと笑う。
「腕枕をしてる子をひっくり返して、頭を乗せてやればいいんだけどねぇ。わらしをバカにした罰として、もーっと悲しくてこわぁーい夢を見てやるもんね!」
 妖怪が立ち去ってしばらくすると、“うぅーっ、ぅう〜・・・”という呻き声が耳元に聞こえ、夏菜が目を覚ます。
「なに・・・この声。わっ、ね・・・ねーちゃん!だいじょ・・・え・・・・・・き・・・、消え・・・。え・・・?」
 顔を顰めて呻いている禰子の身体を揺すり、呼びかけながら起こそうとする。
 突然、目の前で起こった出来ない彼女は、状況を把握出来ず混乱する。
「え・・・。ね、ねーちゃんっ!?」
 やっと理解した時には姉と呼ぶ存在の姿はどこにもなく、すでに悪夢に送られた後だ。
「何だこれ・・・」
 身体ごと悪夢の中へ送られた禰子は、鉄が錆びたような異臭を放つ真っ赤な水溜りを見下ろす。
 その中に3つ、ぷっかりと何かが浮いてる。
「夏菜の家族か!」
 目を凝らして見るとパートナーの家族の父親と母親、さらに姉まで殺されてしまっている。
 水溜りだと思ったのは、3人から流れ出た血黙りだったのだ。
「―・・・主、主どこだ!どこにいる!?返事をしろーっ!!」
 どこかに隠れているのか、姿が見えない彼女の名前を必死に呼ぶ。
「ねーちゃぁあんっ」
「そこにいるのか?今行くから待ってろっ」
 自分を呼ぶ声が聞こえた方へ、息を切らせながら力いっぱい走る。
「―・・・ねえちゃんっ」
「動くなよ、私が助けてやるから」
 今にも泣きそうになっている夏菜に、禰子が優しく微笑みかける。
「この野郎、よくも!」
 禰子は夏菜から殺そうとする黒い影へ視線を移し、憎しみを込め目つきを鋭くしてギロリと睨む。
「動くなよ、私が助けてやるから。(これか、悪夢ってのは)」
 前に夏菜を助けたことを思い出し、それが悪夢として再現されてしまったのだとようやく理解する。
「現実だろうと夢だろうと、何回でも助けてやるよ・・・って!?腕が・・・、腕が動かねぇ・・・・・・!」
 だが現実の夏菜に腕枕してやっていたせいで、腕が痺れた影響で動かすことが出来ない。
 彼女の腕が動かないことが分かると影はニヤッと笑い、夏菜の首元へ刃物を向ける。
「おいっ、やめろ。やめてくれ・・・お願いだから・・・っ」
 禰子の目の前で主の首へ刃がズブリッと刺さる。
 刃を抜かれた瞬間、傷口から大量の鮮血を吹きだし、凄まじい激痛に夏菜は悲鳴を上げる間もなく死んでしまう。
 崩れるように床へ倒れた夏菜の元へ、禰子は力なくふらふらと歩き、ぺたんっと座り込む。
 主に触れた瞬間、刺されてしまった彼女の口から、血がツゥーッと流れ出る。
 殺されそうになっている夏菜を目の前に、何も出来なかった禰子は悪夢の中で涙を流した。



 座敷わらしにお菓子だけ奪われ、寝たふりのつもりが透玻と璃央は本当に眠ってしまい、枕返しされてしまう。
「火が・・・助けなければ・・・」
 璃央はうわ言のように呟き、脂汗をかき顔面を蒼白させてうなされている。
 2人は悪夢の中へ送られてしまった。
「―・・・ここは私がパラミタへ来る前のところか?」
 透玻は西洋の屋敷の中を1人で歩いている。
 大小様々の人影に通路を阻まれ、無理やり通ろうとするが通してくれない。
 影たちは彼女を囲み、勝手に話し始めた。
「あぁっ面倒くさがりのやつがいるー」
 人影は透玻を指差し、小さな虫でも見つけたかのように言う。
「面倒くさいがりのくせに、なんで部屋から出てきてるの?」
 他の人影が彼女を指差しているヤツに話しかける。
「ていうか変だよねぇ、引きこもりなのにさ」
「そもそも何で引きこもっているの?」
「さぁ〜?」
「分からないー。じゃあ皆で聞いてみようかぁ」
 今度は別のやつが話し始める。
「ねぇー、何で引きこもっているの?何か楽しいことでもあるのー?」
「外に出るのが面倒だからじゃないのかなー」
「それじゃあやっぱりただの引きこもりだよ〜」
「やーいっ!ひっきー、ひっきー、引きこもりんりんりん♪」
「うるさい、どけ!」
 自分を囲む人影を押しのけるように廊下を進む。
「夢ならとっとと覚めろ、鬱陶しい!」
 悪夢から脱出方法はないか、階段を駆け下りる。
「ドア?・・・入ってみるか」
 どこかへ通じているかもしれないとドアノブに手をかける。
「部屋に戻るの、ねぇーひっきー♪」
 追いかけてきた人影が彼女を見上げて笑う。
「黙れ!」
 ドアを開けると窓のない部屋がある。
「他の道に通じているわけじゃなさそうだ」
 パタンッとドアを閉めて廊下へ戻る。
「うわぁ〜ひっきーが出てきた!」
「(一々構ってられん。シカトだ、シカト)」
 人影の言葉を無視し、階段を降りる。
「どういうことだ。脱出どころか屋敷からすら出られないぞ」
 座敷わらしから開放されないと、悪夢から出ることが出来ないということに気づかない透玻は、出口のない道を進み続ける。
 一方、璃央の方は数千年前に起こったかもしれない、悪夢の中にいる。
 かもしれないというのは現実では起こっても、誰も分からない歴史に記されることのない、小さな名も無き建物が全焼してしまった事件のことだ。
 そこで燃えている外から、死にそうな誰かを助けようとしているのか分からない。
 自分はまだ無事なのか、燃え死にかけているのかというとすら分からない。
「この火はもう消せない・・・。あぁっ、火が!」
 火を消しきれず建物を燃やし尽くそうとする火の勢いが増し、消火に使って空っぽになったバケツを手から滑り落とす。
 助けようとしていたらしい人影が火達磨になってしまう。
「目の前に・・・こんな近くにいるのに、そんな・・・。えっ?この場所は・・・」
 火達磨が塵になり消え去ったかと思うと、璃央は燃え尽きた者がいたらしき場所にいる。
「―・・・きゃあぁあ、私の身体が!?」
 身体がゴォオウッと燃える。
 しかしそれは燃え始めたのではなく、すでに燃えている。
 燃え尽きた者は悪夢の中の璃央自身で、もう起こっていることなのだ。
 悲鳴を上げながら火を消そうと地面を転がり、死ぬことなく燃え続ける。



「どうして?私はただ皆と仲良くしたいと思っただけ・・・それなのに酷いよ」
 夜遅く葦原の長屋についたため、うっかり眠ってしまい悪夢の中へ送られた芦原 郁乃(あはら・いくの)は、蒼空学園の教室にいる友達に罵られ泣きそうになる。
 蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)の方はというと、小さな蔵のようなところにある書物を見させてもらっているため、眠っている彼女の傍にはない。
「誰とでも仲良くなれると思ってるわけ?超うっざーい!」
「何かしつこく話しかけてきて可哀想で哀れだから、そう見えるようにしてやっただけなのにさぁ〜」
 友達だと思っていた生徒が、はぁっと嘆息する。
「私こいつと友達やめるー」
「何でよ!あんなに仲良かったじゃない」
「本当のこと言っていい?」
「えっ・・・本当のことって・・・」
 冷たい態度をとる相手に、郁乃は小さな声音で言う。
「だって・・・べたべたと馴れ馴れしいヤツって大嫌い!」
「私・・・そんなつもりじゃ・・・」
 嫌いだときっぱり言い離れた言葉が彼女の心に刺さる。
「でもそれも今日でお終いだ。二度と話しかけんなよ!」
「正直、傍にいるだけ鬱陶しかったんだよね。あ〜しんどかった」
「皆〜、今日暇かな?カラオケでも行こうよ」
 罵るだけ罵ると何事もなかったかのように、遊びに行ってしまう。
「ねぇみんな帰ってきて!みんなと食べようとチョコも持ってきたのに・・・」
 引きとめようとする彼女を無視して、生徒たちは会話しながら教室から出て行く。
 恋人の郁乃に目の前で別れを告げ、彼女の電話番号を着信拒否する。
「行かないで、やだ・・・私を1人にしないでー!戻ってきてよ・・・ねぇ戻ってきてよ・・・。うわぁあーん!!」
 教室の床に座り込んで膝を抱え、大声で泣き叫んだ。



「私・・・眠っちゃったと思うんだけど・・・ここはどこなの?」
 うっかり眠ってしまい枕を返された、遠野 歌菜(とおの・かな)はどこだかまったく分からない悪夢の中にいる。
「何もないわね・・・」
 そこは一面灰色の殺風景な雰囲気だ。
「うぅ・・・寒い・・・」
 自分を抱きしめるようにぎゅっとし、ひんやりとした空気に震える。
「誰かー・・・誰かいませんかーっ!?」
 他に誰かいないか大声で叫ぶ。
「うーん・・・・・・いないのかな・・・」
 彼女の声音は虚しく響くだけで、急に心細くなった。
「本当に誰もいないみたい」
 しばらく歩き回って見るが、人影らしきものがどこにも見えない。
「私しかいない、私・・・独りなんだ。独りぼっちってこんなに怖いのね」
 独りという孤独感に怖くなり、地面へしゃがんで顔を伏せ、膝を抱えて震える。
「知らなかった・・・。ていうか気づかなかったのかも。いつもはカガチ先輩やリーズちゃんたちと一緒にいるし・・・」
 伏せていた顔を上げて灰色の空間をぼーっと眺める。
「会いたいよ、皆が傍にいないと寂しいよ・・・」
 今まで一緒にいた存在が回りからいなくなり、沈んだ顔をして伏せる。
 隔離されたような空間で、ぽつんと座り込み、いつもの明るい表情から暗い表情になる。
「そういえば・・・羽純くん、ずっと独りで眠ってたのよね。それで目を覚ました時にはもう、知ってる人がいなかったとか・・・」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)から聞いた話を思い出し、彼のその話では目が覚めたら知っている者はいなくなっていたようだ。
「今まで知っている人が回りにいたのに、たった独りぼっちになっちゃうって・・・こんな気持ちだったのかな?」
 彼がこんなにも酷く辛い思いをしたのかと思うと、青色の瞳に涙を浮かべる。
「もう会えないのかな、皆と・・・。そんなの・・・嫌っ。縁姉さんや百ちゃんたちに会えなくなるなんて嫌!羽純くんと会えなくなるなんて、そんなの絶対嫌!」
 会えないかもしれないと思ったとたん、手で涙を拭い叫ぶように大声で仲間たちの名前を呼ぶ。
「皆と会いたい・・・、会いたいよ・・・」
 しかしそんな歌菜の希望も虚しく、彼女の声は冷たい空気に呑まれて消えていってしまった。



「座敷わらしって、子供だよね?友達になれるかな?」
 他の生徒たちが妖怪を追いかけている中、榊 花梨(さかき・かりん)はウキウキとポジティブな考えをする。
「座敷わらしですか?言い伝えだと住みつけば、繁栄をもたらす。じゃなかったでしょうか?」
 翡翠は布団に入りながらそう呟く。
「―・・・ふぁあ・・・なんだか眠いですね」
 前日徹夜で仕事をしていたため眠気に襲われ、翡翠はウトウトとし始め眠ってしまう。
「うーん・・・兄さん・・・・・・。死ぬなんてそんな・・・」
 そっと忍び込んだ座敷わらしに枕返しをされた彼はうなされ初める。
「ねえ翡翠ちゃん、大丈夫だよね?すぐ起きるよね」
 心配そうに花梨が彼の顔を覗き込む。
「ひっ・・・翡翠ちゃんが消えた!?」
 悪夢の中へ送られたパートナーを見て、驚いた花梨はペタンッと畳の上に尻餅をつく。
「どうして死ぬ道を選ぶんですか兄さんっ!」
 大声を出した瞬間、見慣れた光景が現れた。
「たしか俺は・・・葦原の民家の寝室にいたはずですけど・・・。それにここって・・・。誰ですか!?」
 ガタガタッと台所の方から音が聞こえ、警戒しながら慎重にそこへ近づく。
「兄さん・・・!?」
 悪霊に憑かれた兄の姿を見た翡翠は驚愕の声を上げる。
 彼の兄は拾った死んだ獣の腸を、ガブガブと貪っている。
「何やってるんですか、やめてください兄さん!いったいどうしたというんですか」
 人間の行動とかけはなれた明らかに様子がおかしい兄の手から、死骸を奪い取り翡翠が袋へ放り込む。
「食わせてくれ、腹が減ってたまらないんだ!」
「いけませんやめてくださいっ」
 翡翠は死骸を入れた袋を捨ててしまおうと玄関へ走る。
「返せぇえ、じゃないとお前を食ってやるぞっ」
 包丁を握り翡翠に襲いかかる。
「うわぁああっ」
「やめてよ兄さん!」
 翡翠の双子の弟が彼の悲鳴を聞き、包丁を持つ兄を止めようと叫ぶ。
「俺は・・・ついに翡翠まで・・・。もう無理だ・・・この悪霊はどこに行っても祓い出来ない。自殺するしか・・・」
「どうして・・・そんな死ぬ道を選ぶんですか、兄さんっ!その悪霊を御祓いしてくれる人はきっとどこかにいるはずです」
「気休めはよしてくれ。もう耐えられないんだ。このままじゃ俺はただの外道の獣に成り果てて、どんどん人間じゃなくなっていく。死なせてくれ・・・」
「―・・・分かりました兄さん」
 しばらく考え込み、まだ人であるうちにという兄の願いを聞き入れる。
 また悪霊が兄の人格を乗っ取り暴れないように彼の両手足を縛りロープを柱に縛りつけ、ダンボール箱を支え代わりにしようと、蓋の裏側から包丁を刺して固定する。
 柱のロープを解いたら、包丁に心臓が刺さるという仕組みだ。
「(さよなら・・・兄さん)」
 心の中で別れを告げロープを解く。
 刃はブシィイッと刺さり、彼は動かなくなった。
 そう思いきや突然、獣のようなうなり声を上げ、ズルズルと這いながら翡翠に迫る。
 もう人としての意識がなくなってしまった兄が、彼を喰らおうとしているのだ。
「うぁっ!」
 ゴトッと椅子に躓いてしまい、物音を立てた翡翠の弟の方へギョロリと視線を移す。
 弟を助けようと彼の身体に刺さっている包丁を、翡翠が引き抜く。
 ブシィイイッ。
「兄さんごめんなさい!」
 泣きながら刃を引き抜いてもう一度刺した瞬間、全身に返り血を浴びる。
「―・・・これでよかったんでしょうか」
「非常ベルが鳴ってるよ・・・。今日って避難訓練あった?」
「いえ、ないはずです。―・・・てことはっ」
 ドアを開けると建物全体が火に囲まれている。
 翡翠は弟を庇いながら炎に包まれている階段を降りる。
 1階までたどり着くと、彼らは両親に救出された。
 弟は軽傷で済んだが翡翠の方は彼を庇って大火傷を負ってしまい、きっと兄ならこうすると無我夢中で弟を守ったが、兄を刺してから救出まではほとんど覚えていなかった。