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●第9章 真夏のおじょ〜ぉさんっ♪

 志位 大地(しい・だいち)は朝起きたら獣耳女だった。
 たぶん、このパラミタの中で、大地と同じ状況になった人間は数知れずいただろう。とはいえ、大地にとってそんなことは関係が無い。
 今が一番なのである。
 女性化など、こんな楽しいことはない。大地はこの状況を結構面白がっていた。
 これは是非にプールにでも行って楽しむべきだろう。
「獣耳ですかぁ……犬耳まで生えてても入れましたかねぇ。たしか、ペット同伴OKな愛犬家用のプールがあったはず〜」
 大地はとネットで調べた。
「あ、けっこうありますね…って、パラミタには獣人がいるんですよねえ。じゃぁ、大丈夫ですかね」
「ねぇねぇ! 大地っ! 僕、女の子に…」
 ドアを思いっきり開けて入ってきたのは、薄青 諒(うすあお・まこと)
 大地は何事もなかったかのように、軽く朝の挨拶をした。
「あ、おはよう、諒さん。大丈夫、俺もですから」
「えっ!!!」
「どういうことなんでしょうねえ」
「さぁ、知らないよー。って、大地もなの? 身に覚えは無いの?」
「俺ですか? 無いですよ…なんでこうなったのか…」
 そんなことを話していると、いきなりドアが開いて黒髪の少年が入ってきた。
 メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)である。勿論、性別は変わっていた。
「…こっ、これは何なの、でござる! …って、どうしたのかしらなのでござッ……くぅっ!」
 青い鳥――氷月千雨は、男性化したショックを受けつつも、大地の姿を見て言った。
 獣人の諒がいるので、獣耳には違和感をさほど感じなかったが、みんなで性別が変わってしまうのは衝撃だ。
 それに、男になったはずなのに、自分の服が(特に胸が)ぴったりなことにも絶望を隠せない。もっと、ショックなのは、語尾。何を言っても、ござる。
「え? 何? 今、ござるって言わなかったですか?」
 大地は笑いを堪えて相手を見た。
 ふつふつと笑いがこみ上げてくる。
「…プッ…………あははは…!」
「ぅ゛〜〜〜〜!」
 千雨は唇を噛み締め、大笑いをしている大地を睨んだ。

 
 さて、一時間ほど経って。
 大地たちは空京のデパート街にいた。
 みんなと相談した結果、面白そうだし、暑いし、プールに行こうということになって、プール用品を買いに来ているのだった。
「えーっと、最近の流行はビキニに短パンなんですかぁ…妙に色気がないですね」
 大地は物色しながら呟いた。
 カラフルな水着はビキニタイプばかり並んでいる。
 そのタイプの水着は可愛いといえば可愛いのだが、それは女の目から見た可愛さであって、男から見たセクシーとか可愛いの定義は、女のそれとは違う。
「何かイイのないですかねえ…」
「あ、あのっ…そ、それなら…。…ワンピースタイプはあっちに、ありましたよ?」 
 不意に聞こえた、聞きなれた声。
「え?」
 大地は振り返った。

「あ」 「ぁ」

 二人は異口同音に言った。
 ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)だ。
 大地は、これは運命だと思った。
 ティエリーティアは恋人にいた女性が振り返ったので、びっくりして目を瞬いている。
 そこにフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)がやって来た。
 プラチナブロンド×ナイスバディグラビア体型×身長169センチ。
 『なんかもう俺様ってば、無敵で最強?』な心境で、足取りも軽く歩いてくる。世の中よ、自分の美しさの前に平伏せ。世界はあたくしのためにあるのよ、を〜〜〜ほほッ☆
 そんな心境でいた。
「ねぇ、ティエルー♪ これって、わたくしに似合ってると思いませんことー♪ …あら?」

(これは……面白いことになってるぜ…)

 勘の鋭いフリードリヒは、大地を見誤ることはない。すぐに見抜いたが口にせず、むしろトラブル上等とばかりに優雅に微笑んだ。
「お初にお目もじ仕りますわ。あたくしはフリーデリーケ。ティエルのお知り合いかしら? さっきから見つめ合ってますけれど?」
「あ、すみません」
 大地は言った。
 フリードリヒだとは思っていないようだ。
「あの…知ってる人に似てて…ごめんなさいっ!」
 ティエリーティアは何度も何度も頭を下げた。
 自分の好きな人に似ているから、すごく恥ずかしくて、穴があったら入りたい。むしろ、出たい。
 走って逃げられたらいいのにとティエリーティアは思った。
「あーら、知ってる人ねぇ。ティエルったら、知ってるなんて…相手が聞いたらかわいそうですわ。はっきり、す…」
「だっ、ダメ! もう…他の人に言うことじゃ…」
「そーお〜?」
「ははは…そ、そんなに似てますか」
「おーい! だい……ぅっ」

 ギロリ☆

 大地はメガネを外して、大声で呼ぼうとした諒を睨んだ。
「…ひッ!」
 諒はその眼力にたじろぐ。
 今までで一番だったかもしれない。
 スッとメガネをかけ直したフリをした大地は、ちょっとティエリーティアの方を見て微笑んだ。
「友達が来たみたいです♪」
「あ、お友達ですか? あの人知り合いなんです」
 ああ、無垢なるかな。ティエリーティア。
 今いる大地が女の人だと信じて疑っていなかった。
「ティエルさん、こんにちは…」
 諒は緊張しながら言った。
 
(ここでしくじったら……僕、ヤバいかも…)

 悲しいかな、神様と言うやつは意地悪なもので、更に諒を奈落に突き落とす状況に追い込んでくれる。
「この方はどなたですか? 大地さんに…よく似てらっしゃいますが…」
「そっ、その人はですね…だ、大地の…お、お姉さんです」
「え! お姉さんなんですか!? 挨拶もちゃんとできなくって、すみません!」
「いえいえ」
 大地は笑った。
「諒さん、早く言って下さい…はぁ…恥ずかしいです。…そうです、お名前は何て仰るのでしょう?」
「いッ!? な、名前??」
 答えなくていいのに、諒は墓穴を掘った。
「名前は、だ…じゃなかった。たっ、鯛子さんですッ!!!!」
 諒は思わず目の端に映ったファンシーショップのポスターを見て答えてしまった。
 それは、たい焼き模様のグッズ販促用ポスターだった。
 大地は溜息を吐いた。
 少し俯く。
 大地のメガネの隙間から、鋭い眼光が諒を捕らえた。
「ひッ…あはっ…あはは…」
 諒は乾いた笑いしか出ない。
「そうですか…お姉さんもお買い物ですか?
「…えぇ、プールにでも行こうと思って」
「本当ですか? 楽しそうですね」
「良かったら、あなたもどうですか」
「え、僕たちもですか。でも、お邪魔じゃないですか?」
「そんなことありませんよ」
「そうですねぇ…この後は洋服を買うぐらいしか用事はないし〜」
「じゃぁ、行きましょうよ」
「でもぉ…水着が」
「そんなものはここで買えばいいじゃないですか」
「そうですけど……」
「じゃぁ、行きましょう♪」
 大地は笑った。


 ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

「ティエルさん、可愛いですね…そんなに照れて♪」
 大地はティエルを後ろから抱きしめて言った。
「ひゃぁ!」
 飛び上がって驚くティエリーティアの様子が可愛くて、大地は楽しくなっていた。
 女子更衣室での、きゃっきゃウフフしながらのお着替えは至福の時間☆
「お胸が【控えめ】で可愛いわー♪」

 ぷすっ☆

 心に何かが刺さる。
 でも、それを癒すかのように、ソフトタッチで大地は触れてくる。
「…っ…そんな…だ、だめ…」
 掌サイズの胸を大地に触られて、ティエリーティアは真っ赤になった。
「そ…そんなに…」
「え?」
 大地、楽しそうである。
 ちなみに――メガネは、無い。
 大事なことだから、もう一度言おう。
 無い。
「そんなにって? はっきり言って下さいね、はっきり」
「何でもないですぅぅ〜〜〜!」
「あッ!」
 きゅっと揉んでみた。
「そうねぇ〜、揉んだら大きくなるわよ♪」
 …と、フリードリヒ。
 こちらも鬼畜なことを言った。
「大人になったら、もっと大きくなるわよ」
 そう言って、大地は自分の胸にティエリーティアの手を持ってくる。
 ほにゅん☆と揺れる
「はわわっ…」
「ね? もぅ、ティエルさん可愛いから抱きしめちゃいますよー☆」
「あ、お手伝いしますわぁ♪」
「きゃーーーわ!」
 ティエリーティアは叫んだ。
「はぁ……」
 諒は二人の楽しそうな…特に楽しそうな大地の様子に、次はわが身と、恐怖を隠せない。
 フリードリヒは、楽しげにティエリーティアと大地の間に入り込んでいる。
 そして、例外なくターゲットはこっちに回ってくるのだった。
「諒さぁーん♪ あなたもこっちに、い・らっ・しゃ・い♪」
「ひいィ〜〜〜〜〜〜!!」
 諒は叫んだ。

 反対に、『青い鳥』は男子更衣室で幼なエロの雰囲気を放出しつつ着替えていた。
 黒髪長髪の清楚で可愛い少年が着替えていれば、否応なく目立つ。
「ねぇ、男だよねー?」
 軽薄そうなヤツが声をかけてきた。
 もちろん、誰に声をかけられても口を開こうとしない。
 口を開けば、【ござる】が飛び出すのだ。
「ぺったんな女の子みたいだねー♪」
 男は言った。

(……凍ればいいんだわ)

 『青い鳥』は周囲の温度を急激に下げながら、恥辱に震えるのだった。

 その後、男子更衣室は使用不能になった。