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少年探偵と蒼空の密室 A編

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少年探偵と蒼空の密室 A編

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ANSWER 15 ・・・ モラルの問題 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー) 影野陽太(かげの・ようた)

 さながら老若男女の痴態の見本市を前にして、リリ・スノーウォーカーと影野陽太は、選択を迫られていた。
「で、どうするつもりなのだ」
「リリさんは、どうなんですか」
 リリは無言で、陽太をにらんだ。
「じ、女性に、失礼なことを聞いてすいません。俺は、あの、俺には、夢があるんです。だから」
「この状況で、急になんの話をしておるのだ。陽太の夢が性魔術と関係があるというのか」
「俺、だから、そういうことは、したい人が、そ、その、決まってるんです。その人は、どう思っているのか、わからないけど、俺は、その人と、って決めてて。それは俺にとって絶対、譲れないすごく大事な夢なんです」
「それが陽太の夢なのなら、人前ではあまり語らぬほうがいい夢なのだよ」
「ですよね。だから、俺は、ここでは、協力できません。すいません。脱出させてもらいます」
 煙幕ファンデーションを使って陽太は煙の中に姿を隠す。煙が消えた頃、陽太は、部屋から消えていた。
「かわいい夢よのう。どんな恋も、ふれたら終りだというのに」
 リリのパートナーのロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)がつぶやく。

V:リリ・スノーウォーカーだ。貴重な経験をしているので撮影しておく。
天御柱学院の教員にして、マジェスティックの支配者、メロン・ブラック。無理矢理に和訳すると、瓜黒、ウリ・クロ。和名として考えると上下が逆になって、ブラック・メロン。黒瓜。クロウリーとなるわけだよ。もともと彼は数々の名前を持っておるからな。魔術を研究する者の一人として、彼の偽名の一つメロン・ブラックも、リリはどこかできいた記憶があったのだ。

 スノーウォーカー探偵事務所所長、少女オカルト探偵リリ・スノーウォーカーは、メロン・ブラックこと二十世紀最大の魔術師アレイスター・クロウリーの居城、ロンドン塔にいる。
 彼と同好の士と思われ? 性魔術の場に案内されたのである。
 薄暗い広間には催淫作用のある香が焚かれ、数十人の男女がひたすら、獣のように喘ぎ、うごめいていた。
「貴重な魔術の実践なのだ。例え、自分の手で壊すにしろ、後の研究のために、この光景を映像に残しておくのだ。しかし、影野陽太が脱出してくれて、本当によかったのだよ」
 リリは危うく、一緒にこの部屋に案内された陽太と、うごめく男女の一団に加わるかもしれないところだったのだ。
 そうならなかったのは、リリと陽太の自制心と、陽太の夢を信じる力のおかげである。
「法の書。トートの書。魔術日記。霊視と幻聴。彼の著書にふれたことのない魔術研究家はいないのだ。リリは、著書を通じて彼を知っている。彼はかって、性魔術により、悪魔コロンゾンを己の身に降ろしたことがあるのだ。今回の儀式の目的はなんだ」
 パートナーのララ サーズデイ(らら・さーずでい)とロゼを従え、リリは部屋の中央にある祭壇に上った。
 祭壇には、六芒星の印が描かれ、印の中央には、ヤギ頭で翼を持つ悪魔バフォメットの像が置かれている。
 バフォメットに見下ろされるようにして、全裸の少女が意識を失って横たわっていた。彼女の手には、かってクロウリーがデザインしたトートタロットの七つ首の獣にまたがった大淫婦バビロンが描かれた『欲望』のカードが握られている。
「この子は、眠っているだけじゃ」
 ロゼが少女の呼吸と脈をたしかめた。
「ララ。この像をどけてくれ」
 リリに頼まれ、ララはバフォメットを剣で一閃し、真っ二つに叩き割った。像の残骸の下には、三つ目のバフォメットが描かれた『悪魔』のカードが。
「言われるままに斬りはしたが、どういうことだ」
「おそらく、アレイスター・クロウリーは、悪魔バフォメットの元で儀式を行い、黙示録の獣の乗り手、大淫婦バビロンをこの娘に降ろす気なのだよ」
「とめれれないのか」
「乱交者たちの絶頂がこの儀式の力の源だ。ここにいる者たちが、ぜ、絶頂を迎えるたびに、術は完成に近づく。薬で意識が朦朧とし、ただ行為を繰り返しているだけの連中を正気に戻すのは難しい。術はすでに完成間近なのだ」
「ここにいる者を皆殺しにするか」
「好きものの集まりじゃ、剣で斬られて悦ぶものもおるでごじゃろう」
 ロゼに言われ、ララは剣を鞘に収める。

V:そう言えば、リリもオカルティストとして、トートタロットを常に持っているのだよ。占いなどをすることもあるしな。やり方しだいでは、どうにか、できるかもしれないのだ。

「ロゼ。服を脱ぐのだ。そこに横になれ、娘のかわりに、ここの術でロゼに悪魔でなく神をおろす。術自体を止めるのは、無理にしても、降ろすものを変更するのは、可能かもしれないのだよ」
「止められぬのなら、中身を変えるわけじゃな。所詮、神も悪魔もコインの裏表。降ろす労力に大差はなかろうて」
 ロゼは服を脱ぎ、祭壇に横たわった。
「リリ。ロゼ。私には、なにをしているのか、理解できないのだが」
「悩む必要はないのだよ、ララ。難しく考えるとリリにも、わけがわからなくなるのだ。ただ、カードを換えるだけだ。『欲望』を『永劫』に、『悪魔』を『魔術師』に」

V:『魔術師』の力で、『永劫』のカードに描かれた太陽の神、ホルスをロゼに降ろすのだよ。アレイスター・クロウリーが、獣の乗り手、緋色の女バビロンを降ろし、どんな獣を手なずけさせようとしたかは知らぬが、そのたくらみ、ホルスにすべて焼きつくしてもらうのだよ。

 男女の叫びを聞きながら、リリは時がすぎるのを待った。そして、ロゼの体に手をのせ、
「DAT ROSA MEL APIBUS (薔薇よ、その蜜を蜂に与え給え!)」
 ロゼはまぶたを開く、金色の瞳はどこかうつろだ。まとめていた髪が解け、ひろがっている。
「ララ。剣にロゼの口づけを」
 ロゼは、ララのさしだした剣の刃に接吻をした。
 白刃が緋色にきらめきだす。
「私流に解釈させてもらうと、穢れをその身に受け入れる淫婦も、穢れの炎から無垢を生みだす者も、元は、どちらもただの女だと言うことだな。終末ではなく、永劫の浄化の炎を宿したこの刃を受け取れ。クロウリー!」
 ララが祭壇に剣を突き立てると、六芒星の印は燃え上がり消え去った。
 とたん、室内の男女の声が一瞬にして絶えた。
「術は終わったのだ。みな、解放され、疲れはてて眠りについたのだよ」
「わらわは、緋薔薇の妖女ロゼ・・・」
「ロゼの様子がおかしいぞ。なんだか、いろいろ、混ざってないか」
「間に合わせの術では、こんなものなのだよ。さて、行こう」
「どこへだ」
「アレイスターいやマスターセリオンの目的は、バビロンに操らせようとした黙示録の獣の召喚に違いない。獣を使い、なにをしようとしておるのか知りたいのだ」
 リリの携帯が鳴った。SW探偵事務所で留守番しているはずのユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)からだ。
「お忙しいところすみません。行方不明者のでた蒼空の絆から見つかった、サイコ粒子の検査結果がでたのです。検査したメーカーによれば、あの粒子は、通常の粒子と異なり、瞬間移動を補助する能力があるそうです」
「ほう。それは、興味深いのだよ」
「お役に立てばなによりです。こちらは、特に異常はありません。リリさんたちは、どうですか」
「乱交に参加させられそうになったり、ロゼに太陽神が降りたりしているのだ」
「だ、大丈夫、きっとうまくいくのですよ。何もかもうまくいくのです」
「だといいのだよ」
 ユリからの電話を切った後、リリは事件の情報交換のために、古森あまねの携帯に電話したのだった。


 V:影野陽太です。事件の鍵は、巷の噂通り地底人が握っているんじゃないかと思って、儀式の部屋をでた後、俺は地下へ地下へとむかっています。塔内にあった松明の光を頼りに、俺は天然の洞窟を探検中です。

 塔の地下通路を歩きまわったあげく、陽太は、広大な地下湖にたどりついた。
 湖面に浮かんでいる、いや沈みかけているのは、何機もの大破した巨大人型兵器だ。
 洞窟内の中空を高速で飛ぶ、古の騎士のような形の超巨大兵器に、生身のまま、戦いを挑んでいるのは、レン・オズワルトとメティス・ボルト。
 毒虫の群れが騎士の頭部を覆い、レンは弓で対イコン用の爆弾矢を次々と騎士に撃ち込んでいる。
「お、俺もレンさんを手伝うべきでしょうか」
 陽太は慌てて、レンたちの方へ駆けてゆく。