空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~

リアクション公開中!

魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~
魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~ 魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~ 魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~ 魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~

リアクション

 序の七 邂逅

 特技の捜索でファーシーを探していた影野 陽太(かげの・ようた)は、開拓大路へと続く細道で彼女を見つけた。
「ファーシーさん!」
 声を掛けると、ファーシーは振り向く。
「陽太さん……」
 駆け寄って気付く。彼女の頬には涙の跡があった。しかし、最初に言われたのは。
「あれ? どうしたの? 何か目の下に隈があるけど……」
「え? あ、そうですか?」
 自分の方を気にされ、陽太は少し慌てた。
「ナラカについて調べていたので……」
 隈が出来ていたとしても仕方無い。彼は今日も、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)を復活させる為、蒼空学園に詰めていた。ナラカへ行く列車に乗り環菜の魂を取り戻して現世で甦らせる。その微かな希望に縋って、自分の持てる全てを費やして打ち込んでいた。
 不眠不休、自身の事柄は全て度外視して無尽蔵の気力と努力でもって臨んでいる。たとえ情報が出てこなくても、決して諦めず――
 そんな中でファーシーの件を聞いた陽太は、たまたま出来た少しの待機時間を利用して空京を訪れたのだ。
「ナラカ……。そっか、環菜さん……。あんまり、無理しないでね?」
「は、はい……。それよりファーシーさん、何かあったんですか? 泣いてしまうようなことが、何か……」
「うん……ちょっとね」
 ファーシーは下を向いた。そこには、悔しさと悲しさが混じりあったような表情がある。
(やっぱり、脚の事を……)
 動かない事を気にするのは、動いて、何かを為したいからだ。そこに、先に進みたいという意思があるからこそ、動かないのが悔しい。
 以前、陽太はファーシーに対し、『生きると決めたのなら、どんな苦難が待っていても“生きる”ことをあきらめて欲しくない』と、そう思っていた。だが……
 陽太は最愛の女性を殺された。彼女の死ぬ場面に直接立ち会うことすら、出来なかった。
「ファーシーさん、俺は、知りませんでした。誰かを失うということを、まだ、実感してませんでした。でも、環菜を殺されて……最愛の人を失うことが、こんなに絶望的で、こんなに辛くて、こんなに痛いことだったんだって、分かったんです……。だから、俺は、ファーシーさんはすごいと思います」
「すごい……? わたしが?」
「はい。ルヴィさんのことをちゃんと受け止めて、前向きに生きようとしているファーシーさんは……すごいです」
 尊敬し、応援し、力を貸したくなる。だから、今日もここまで来た。
「ファーシーさんの力になりたいんです。脚は、きっと、治ります。俺も、R&Dや先端テクノロジーを使って機晶技術の研究をしますから。勉強して、動かせるように頑張りますから。だから……元気を出してください」
「うん……ありがとう」
 ファーシーは陽太に微笑みを向けた。
「でも、わたし、陽太さんもすごいと思うよ。だって、環菜さんを助けようと頑張ってるじゃない。その中で来てくれて……本当にありがとう」
「はい……」
「ねえ、連絡先聞いてもいいかな。何か分かったら、連絡したいし」
「あ、も、もちろんです!」
 そして、2人は電話番号を交換しあった。

 開拓大路にある、落ち着いた雰囲気の喫茶店。そこで、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)橘 舞(たちばな・まい)は、直近で起こった事についてファーシーから聞いていた。後から来るというティエリーティア達が同席出来るよう、店のマスターにテーブルを繋げてもらっていた。窓際の、外の光が入ってくる席だった。
「……さっきは、途中で電話切って、ごめんね」
 ファーシーはそう言うと、先程、銃声を聞いた後の事を2人に話す。
「それで……動くと思ったの。ううん、実際……動いたはず。だけど、ダメだった。立てなかったの……」
 また涙が滲んできて、バッグからハンカチを取り出す。1度仕舞った手紙が目に止まり、ファーシーはもう片方の手でそれをぎゅっと握った。
「そんな、いきなり歩けるわけないって、分かってたのに。何だかショックで……」
「……ねえファーシー」
 ブリジットは彼女と目を合わせて言った。
「足のことは……確かに不便だと思うし、五体満足な私が言っても説得力ないかもだけどさ……足が動かなくても、あんたには、まだ自由に動く手や口があるじゃない? 役立たないとか何も出来ないないってことはないでしょう」
「でも……」
「世の中には、口にペン喰わせて絵を描いている人もいるし、車椅子でバスケしている人もいるんだから。諦めたらそこでゲームセットって偉い人も言っていたわ」
「偉い人……?」
「そう、その人はバスケの監督で、いつもはのほほんとしてるんだけどね、すごい人なのよ」
「…………」
 ファーシーは俯き、じっ、とカップを見詰めている。
(こ、これじゃあ……アドバイスというよりお説教じゃ……)
 その様子に少し心配になった舞は、遠慮がちに声を掛けた。
「ブリジットの発言は……もしファーシーさんが傷ついたようなら謝ります」
「え?」
 ファーシーは、驚いたように顔を上げた。思ってもみなかった、という表情だ。
「ブリジットは、ツンデレさんだから言い方はキツいですけど、悪気はないんですよ。ファーシーさんのこと心配しているから言ってるんです」
「ちょっと舞、ツンデレって何よ私ほどストレートな人間いないわよ!」
 不本意そうに抗議するブリジット。そんな2人を見て、ファーシーは小さく笑う。少しだけ、安心した。
「何か……相変わらずだなあ……」
 お茶を1口飲んで、ファーシーは言った。
「大丈夫……。そっか、ブリジットさんはツンデレさんなのね。覚えておくわ」
「覚えなくていいから。ツンデレじゃないから」
「こうやって認めないのもツンデレさんの特徴ですよね」
「……舞?」
 からんからん……
 その時、喫茶店のドアが開いて上部の鐘が来客を告げる。店内に入ってきたティエリーティアは、ファーシーに一直線に駆け寄ってきた。
「ファーシーさん! 会えて良かったです〜!!」
 2人は、そうして抱き合った。
「ティエルさん、来てくれてありがとう……」
 彼の身体は暖かくて、いつもいつも、心も温かくて、ファーシーはとても澄んだ気持ちになれた。何かあると、こうして必ず来てくれる。今なら、きっと……。
 ばん! からんからんからん……!
 そこでまた、喫茶店のドアが開く。ルイ・フリード(るい・ふりーど)が勢い良く入ってきた。
「ファーシーさん、見つけましたぁ!」
「ルイさん!」
 ルイは彼女の元まで来ると、嬉しそうに言った。
「本当にお久しぶりです。ずっとお会いしたいと思っていました」
「うん……わたしも、会いたかった……」
「あ、そうだ、一緒に探していた方々がいるのです。今、連絡しますから……」
 携帯電話を出して、ルイはそこではたと止まった。
「せっかくですからファーシーさんが話してください。私ですと場所の説明が出来ませんしね! はっはっはっ!」
 ファーシーは示された番号――風森 望(かぜもり・のぞみ)神野 永太(じんの・えいた)に連絡を取った。
『ファーシー様、良かった、無事だったのですね』
『ファーシー! 大丈夫? 見つかってよかった。あの、それで、車椅子の調子とか、生活とか、すごくしんぱ……』
『そういうことは会ってから言いなさいよ! ほら行くわよ』
「ふふ……」
 友人達の声に、ファーシーははにかむように笑った。そして携帯をルイに返す。
「はい、これ……もしかして、空京の中、ずっと探してくれてたの……?」
「はい! それはもう!」
「そっか……。あ! ごめん、わたし、皆に番号教えてなかったかも……!」
「いえいえいいんですよ、それよりファーシーさん、何か悩みがあるのでしょう?」
 言われて、ファーシーは少し俯いた。
「うん……」
「どうぞ何でも話してください! 何なら、今まで溜め込んでいた気持ちをぶちまけるのも有りですよ?」
「ルイさん……うん、話すよ、話す……。でも、その前に番号……」
 2人が電話番号を交換して暫くすると、喫茶店に望と永太、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)ミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)が入ってきた。
「あ、皆……まずは番号を交換しましょう!」
「「「「!?」」」」
 と、いうことで番号交換会が行われた。明るくしようとしているようだが、やはりおかしい。ちょっとした時に、その表情に影が落ちる。
(どうやら、ラス様に言われた事だけではなさそうですね……何を思い悩んでいるのでしょうか)
 望は携帯を仕舞い、ファーシーに尋ねる。
「何かお悩みですか? ファーシー様?」
「……そうね、何か悩んでるみたい」
 彼女はそう答えると、少しだけ笑った。
「でも、これだけ皆が集まってくれて……考えてくれて、私も、話そうって気になれたわ。全部、話すつもり」

「久方ぶりですね、ファーシー様」
「永太さん、ザイエンデさん、元気だった?」
「え、えーと、私は元気だったよ……それよりも、ファーシー……」
「先に言われたわね、永太」
「?」
 ミニスが言うと、ファーシーは不思議そうに首を傾げた。永太は、彼女に向き直る。
「ファーシー、結婚式以降、私達と顔を会わせる機会は無かったけど……私は、いや多分ザインも、ファーシーのことがずっと気がかりで、今頃彼女はどうしてるんだろう? 笑顔で幸せな毎日を謳歌できてるんだろうかって、気にしてたんだよ」
「永太さん……」
 すとん、と胸に入ってきて、素直に嬉しいと感じられる、彼の言葉。ファーシーはザイエンデに目を移す。
「ザイエンデさんも……そうだ。ねえ、わたしも、ザインさんって呼んでもいいかな?」
「……はい、もちろんです」
 ザイエンデは微笑んだ。
「永太さんもザインさんもありがとう。わたし……、あれからちゃんと幸せだったよ」
「何か、その……生活とかで困ってる事とかはない? 今は1人暮らしなのかな」
「1人暮らしっていうか、寮は1人部屋もらってるけど、あそこは設備がちゃんとしてるから。エレベーターも付いてるしね。食事は、食堂で取ってるから大丈夫。これでも、たまには料理もするんだよ」
「せ、生活費とか……」
「……環菜さんが補助してくれてたから。ちょっと多いくらいよ。うん、まあ……これからはどうなるかわからないし、そしたら、アルバイトでもしようかな…………出来たら、だけど。でも、当分は大丈夫だと思うわ」
「アルバイト……」
 心配そうにする永太の耳をミニスが引っ張る。
「ほら、その辺にしときなさいよ」
「う、うん……」
 後ろ髪引かれるような表情をする彼の隣で、ザイエンデが丁寧に聞く。
「……ファーシー様、何かお悩み事があるとお聞きしたのですが」
「あ、うん……ちょっと、ね」
「同じ機晶姫である私ですので、何の気兼ねなくご相談ください。口の堅さは保障いたします」
「……うん……ありがとう」
「……そして機会が有れば私の相談も聞いていただけると嬉しいです……」
 そう言われて、ファーシーは目をぱちくりとした。それから、うんうんと頷いた。
「うん、変な話だけど、私もすごく嬉しいと思う……!」
 その時、三度喫茶店のドアが開いた。同じくファーシーを探していたクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)である。彼は中に入るなり、高らかにこう言った。
「あっはっはっはっ! どうやらイルミン随一の紳士的ヒーローと名高い俺の出番のようですね。どれ、深い人生経験に裏打ちされたオニーサンが、悲しみに暮れるファーシーさんを御救いいたしましょう!」
「「「「「「「「……………………」」」」」」」」
「ん? なんでしょうか皆さん、俺、変なこと言いました?」
「えっと……ううん、面白かったわ!」
「面白い……?」