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リアクション
不安定な枝の上で女数人による乱闘が勃発している中、どこからともなく地響きが聞こえてくる。いや、それは地響きというには非常に小規模で、どちらかといえば地面の「上」から聞こえていた。
だんだん「それ」が近づいてくるのが誰の目にも分かる。そこからやってきたのは、地面を踏みしめる音を立て、蹴った勢いで砂煙を生み出し、腰の辺りに何かがくっつけて、全力疾走してくる「人」であった。その正体はシャンバラ教導団所属の機晶姫天海 北斗(あまみ・ほくと)、腰にくっついているのはそのパートナーの天海 護(あまみ・まもる)であった。
彼らが、いや特に北斗がここに来た理由はおそらく誰もが想像できるだろう。愛するレオンが貞操の危機にあると聞いた彼はいてもたってもいられず、次の瞬間にはレオンの救出のために飛び出していた。そして護の方はそんな北斗が何をしでかすか分かったものではないため、彼を止めようとしてその腰にしがみついていたのだ。病弱な体質の彼が全力疾走する男の腰にしがみついたままでいられたのは、偶然か、それともギャグという名の奇跡か。
「オレの――!」
北斗は迷い無く1本の木を目がけて走る。間違いない、この上にあいつがいる!
「レオンに――!」
飛行手段は持ち合わせていない。それなら木を登ればいい。ちょうどいいところに手ごろなツタがぶら下がっている。急がなければレオンの貞操が危ない!
「手を出すなああああぁぁぁぁ!!」
叫んだ北斗はその勢いのまま、目の前のツタを握り締め全力でそれを上り始めた。腰にパートナーをくっつけたまま、である。
「ナ、何ヨ、アノ雄ハ!?」
「猿ナンテれべるジャナイワ! ムシロ超人!?」
それを見ていたハルピュイアから驚きの声が沸き起こる。確かに「契約者」となった者は地球人・パラミタ人を問わず、その身体能力と頭脳は飛躍的上昇を見せることが多いが、目の前で展開される光景は異常ともいえる。これもひとえに「愛」ゆえのパワーということなのだろうか。
「うおりゃあ!!」
ツタを上り終えた北斗が枝の上で両足を踏みしめ、彼の腰にしがみついていた護は、ついに力尽きたのか腰から手を離し、枝の上に投げ出された。それから北斗はレオンの姿を確認し、彼に最も近い位置にいるハルピュイアに目を向ける。間違いない、奴だ! 根拠は無いが奴がレオンを――!
「この野郎!」
怒りに任せ、北斗はそのハルピュイアに殴りかかる。問答無用の右ストレート、まっすぐ行ってぶっ飛ばす気だ。
「だめだ……、北斗……!」
息も絶え絶えに、護が北斗を制止しようと声をあげる。その声は奇跡にも北斗に届いた。そして気づく、自分に向けられるレオンの視線。彼はこの瞬間が長く感じられただろう、兄貴と愛する彼の目の前で暴力を振るうわけにはいかない……!
だが一度出してしまった手は勢いがつきすぎて止められない。このままでは目の前のハルピュイアに直撃する!
そう思った瞬間だった……。
「なっ……!?」
拳を繰り出した北斗の目の前に、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が立ちふさがったのだ。その姿はまさに、後ろのハルピュイアを護衛するといった感じだ。確かにこの立ち位置であればハルピュイアに北斗の拳は届かない。だが変わりにソニアの方に届いてしまう。殴られる者が変わっただけで、状況が変わったわけではない。
「しまっ……!?」
当たる。そう北斗が思った瞬間だった。
殴られそうになったソニアの体から「何か」が飛び出してきた。全身を炎に包まれた、人とも塊ともつかないそれは、ソニアを守るべく北斗の眼前に飛び出してきた「炎の精霊」である。攻撃される術者――ソニアの危機を感知し、攻撃者にカウンターを叩き込むために自動的に生み出される炎の守護者は、そのまま北斗に向かって左の拳を放つ。クロスカウンター気味に繰り出されたその拳は、北斗の顔面に吸い込まれ、彼の顔に火傷と打撃を負わせ、そのまま彼が向かってきたのと逆方向にぶっ飛ばした。
「ごふうっ!?」
炎の精霊が消滅した頃には、北斗は枝の上に転がっていた。炎の精霊、クロスカウンターによりKO勝ちである。
「ぐ、ぞ……、レオン……!」
「……そのまま大人しく寝ていろ」
まだ起き上がろうとする北斗に近づき、ソニアのパートナーのグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)がヒプノシスの眠りを彼に与える。
「うう……、真っ白に、燃え尽き、た……」
炎の腕で殴られたショックが残っているのか、よくわからないことを言い残し、そのまま北斗は眠りについた。
「北斗……」
一部始終を見ていた護がうめく。
レオンを守りたいがために暴走した北斗、そんな彼を何が何でも止めて、その後で平和的にハルピュイアと交渉することを考えていた。護にとって幸運だったのは、ハルピュイアと交渉することを考えているのは彼以外にも何人といること。彼にとって不運だったといえるのは、パートナーの北斗が自分ではない別の誰かに、しかも物理的に止められたということだろう。自分の呼びかけは通じたのだ。だからあの腕が止まってさえいれば……。
そう思いながら、それまでの疲れが一気に来たのか、護も意識を手放した。
「悪いな……、俺は最初から彼女たちを守ると決めていたんだ……」
気絶した護と北斗を並べて寝かせながら、グレンがつぶやく。
「彼女たちは確かに人を攫った……。その理由はわからないが……、別に、人殺しをしたというわけではない……。だから……、人攫いというだけで彼女たちを傷つける理由にはならない……」
元々彼は、これからやってくるであろうパラ実生たちの手からハルピュイアを守るために、瑛菜たちについてきたのだ。まさか同じ教導団の者がハルピュイアに攻撃してくるとは思っていなかったが。
その思いはパートナーのソニアも同じであった。人攫い自体には反対だ。子供を作るのであれば、やはり好きな者同士で行うべきだ。だが種族の違いを気にしないこと、他種族との子作りそれ自体は悪いことではない。だから自分も彼女たちを守るのだ。
(私は、子作りができる彼女たちがうらやましい……。自分は機晶姫。自分は機械だからどうしても子を為すことができません。だからこそ、なのでしょうか。彼女たちを守りたいと思うのは……)
自分の後ろで呆然とした表情をするハルピュイアを見ながら、彼女はそんなことを思う。
「ところで……」
少し落ち着いたところでグレンが周囲に問いかけた。
「知り合いが攫われただけにしては、皆、騒ぎ過ぎだと思うが……、何かあるのか……?」
「……は!?」
その場にいる全員の声が重なった。この男は一体何を言っているんだ!?
「? 何だ? みんな、どうかしたのか……?」
彼がこう言うのも無理は無い。実はグレンという男は、戦い以外の知識について非常に疎く、まして「貞操の危機」などといった性的な知識など皆無なのだ。何しろ、ソニアと初めてキスした後に3日間眠れなかったほどなのだから……。
「えっと、これは……、どう言えばいいんでしょうか?」
「……後でじっくり教えてあげた方が良さそうよ?」
コメントに困るソニアに祥子が同意し、ひとまず話はそこで終わった。
「さて、ひと騒動終わったところで、俺からちょっと提案があるんだが……」
そういって垂はハルピュイアの方を向く。
「こいつは大事な後輩なんだ。代わりに別の人間を連れてくるからさ、返してくれないか?」
「別ノ人間?」
垂の言う「別の人間」とは、この後襲撃に来る予定のパラ実生のことである。ハルピュイアに害を為すということが分かっているのだから、こちらとしては連中を哀れに思うことが無い。だから今捕まっている者の代わりにパラ実生を差し出せば、人質は無事に済むし、ハルピュイアは繁殖ができて一石二鳥である。
「ナルホド。ソレハイイ考エネ。ケド……」
「けど?」
この好条件を前にして、ハルピュイアは渋るような態度を見せた。
「ヤッパリ、今イル雄モ捨テガタイ……」
「おいおい……」
欲張りかこいつらは。垂はそう思わずにはいられなかった。
結局、完全に解放されるのは後の話になりそうである。
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