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カノン大戦

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カノン大戦

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第16章 カノン、ボスに興奮する

 海中で、生徒たちとゴーストイコンたちとの闘いは続いている。
「みなさん、がんばって下さい! ここで負けちゃダメなんです! 私もいっぱい斬り裂きますよ!! アハハハハハ!」
 カノンは各隊員に檄を飛ばしながら、自分もまた周囲の敵に機体を向け、大鉈で次々に首をはね飛ばしていった。

「よし、海中のザコを蹴散らし、親玉へ一直線だ!」
 和泉直哉(いずみ・なおや)は自機を積極的に前へ、というより海底の方へ下降させ、迫りくるゴーストイコンの首を次々に大鉈ではね飛ばす操作を行う。
 直哉と和泉結奈(いずみ・ゆいな)の搭乗するイコン、イーグリット【スプリング】は、ゴーストイコンの血(オイルであろうか?)に染まった大鉈を振りかざして、どのような敵を打ち砕く勢いであった。
「キリキリキリキリ! 威勢のいいガキだな! ここで海の藻屑と消えて、魚の餌になって、最後は魚の糞になって海底に沈んじまえよ!」
 巨大な銛を構えたゴーストイコンが、【スプリング】に襲いかかってくる。
「きゃあ! 兄さん!!」
 結奈が悲鳴をあげた。
「結奈、落ち着け。大丈夫だ! 俺は絶対に負けない!」
 直哉は、そのゴーストイコンが八将軍の1体であると悟った。
 ガキッ!!
 巨大な銛と、【スプリング】の大鉈がぶつかり合い、海中に火花を散らした。
「キリキリ!! ほーら、女の方が、泣きそうになってるぞ!!! いい女の匂いがするからのう!!! 男の方を殺した後、女の方は素裸にして嬲りものにしてから食ってやるわい!!!」
「ほざけ!! お前が銛で突いて殺せるのはトロいトロだけだ!!!」
 直哉は激昂するにつれ、自分の感覚が研ぎすまされていくのを感じた。
 一瞬、直哉の視界が暗くなり、深い海の底の光景が脳裏に広がる。
「そうだ、俺はあのとき、海人によって力に目覚めた!! 俺の運命は、闘いの道に生きること!! もし俺にも幸せがあるなら、闘いに生き、闘いの中で何かをつかみとっていく果てにあると信じたい!!! いいな、結奈!!!」
「うん! 兄さんはここで死ぬつもりないんだもん、私も死なない!! 兄さんと一緒に、がんばる!!!」
 直哉と結奈。
 いま、兄妹の心がひとつになった。
「どあー!!」
 直哉の【スプリング】の大鉈が指揮官のゴーストイコンを襲う。
 鉈は敵機の首に一瞬食いこんだが、切断まではいかない。
「くっ、水中だから、攻撃の出力をもう少し上げなきゃいけないのか!? 一般のゴーストイコンなら何とか切断できても、指揮官クラスは無理ということか。だが、潜航継続のため確保しているエネルギーを使うわけには!!!」
 直哉は呻いた。
 扱いにくい大鉈を使わなければよいのだが、そのときはそういう発想が出てこない。
 直哉は無意識のうちに、大鉈を使いたいと思っているようだった。
「キリキリキリ!! 何だ、口だけかよ!! やっぱりガキだな。これ以上生き恥さらすよりも、ここで死んだ方がいいってことよ!!」
 中ボスクラスの敵機は直哉を嘲笑うと、巨大な銛を何度も突き出して、【スプリング】の防御を崩しにかかった。
 がしーん!
 がしーん!
「う、うわああああああ!!」
 コクピットに伝わる激しい振動の中で、直哉は悲鳴をあげた。
 そんな直哉の耳に、学院の授業として模擬戦闘に従事していたとき、教官たちからかかった励ましの声が再現されて聞こえてくる。
「直哉、どうした? それで終わりか? 立て、立つんだー!!!」
「直哉、負けるなー!!! 立て、直哉!! 立てー!!」
(うう。これは、幻聴か!? 俺は、ここで死ぬのか。いままでの出来事を想い出しながら!!)
 直哉は、意識が薄くなっていくのを感じた。
「なにやってんだ、バカ野郎! そんなことで、実戦を生き残れるのか!!」
「実戦では、自分しか頼れるものはいないんだ! 自分を信じて闘えない者に明日はない!!」
 かつて教官たちからもらった、厳しい叱責の声がよみがえる。
(そうだ。俺は、負けちゃいけない。結奈もいるんだ。俺は、俺の信念を貫いていくんだ! 闘いの中で明日をつかみとる!!!)
 直哉は力を振り絞って、意識を眼前の戦闘に振り戻す。
 そんな直哉の脳裏に、何者かの言葉が囁かれる。
(そうだ。和泉直哉。自分の力でやってみせるんだ。この危機を乗り超えてみせろ!!)
「な、いまのは! 海人、きているのか? どこに?」
 直哉は愕然としたが、ライバルである強化人間 海人(きょうかにんげん・かいと)がどこかでこの闘いをみていると知ったとき、全身の血が沸騰するほどの興奮を覚えた。
「そういうことなら、絶対に負けられないな、ここは!!!」
 ぐわしっ
 傷だらけの【スプリング】は腕を伸ばすと、敵機から繰り出される巨大な銛の先端を強くつかんだ。
「キリキリキリ! 何だと!? ワシの攻撃を見切ったか!!」
 ゴーストイコンは、驚愕の声をあげた。
「バカ野郎! ノロノロ突いてんじゃねえよ! みえみえなんだよ!!」
 直哉は怒鳴った。
 ぐぐぐ、ぐきっ!
 【スプリング】は、つかんだ銛をすさまじい圧力でへし折ってしまう。
「キリ? この力は、機体性能から考えてありえない! 貴様、サイコキネシスを併用しているのか!!!」
「汚い銛使ってんじゃねえよ! 当たってやったのがバカらしくなるじゃねえかよ!! うおおー!!!」
 直哉は絶叫して、【スプリング】の大鉈をもう1度、敵の首に斬り込ませる。
 ぐわきっ!!!
 大鉈に、直哉のサイコキネシスの力がかかり、恐るべき圧力がゴーストイコンの首を斬り裂いていく。
「これは、生命を賭けた勝負! 死んだら負けだ。俺は必ず勝って、生き残ってみせるぜ! おら、さっさと逝け!! 武人なら、潔く散れ!! この勝負、悪いけど俺の勝ちだ! なぜなら、お前は弱いからだー!!!」
「キリキリキリキリ!! おのれー!!! 地獄で待ってるからなー!!!」
 ついにゴーストイコンの首ははね飛び、海中にオイルがまき散らしながら遥かな深みへと沈んでいった。
 ちゅどーん!
 首を失った身体が爆発を起こす。
「兄さん、浸水が始まってるわ」
 結奈がいった。
「わかった。海上へ向かうぜ。後は、他の隊員に任せよう。いま、わかったんだ。重要なのは、ひとつひとつの勝負に、各自が必ず勝つことなんだってな! エネルギーのことなんか気にして負けたんじゃダメなんだ!!」
 直哉は、たったいまの死闘の中で、自分がまたひとつ成長したと感じていた。
「みてろよ、海人!! 俺は、お前との闘いにも必ず決着をつけるからな!!」

 ゴーストイコン八将軍の7機目を撃墜! 残る将軍は1機!
 
「いいね、いいねぇ、この緊張感。さあ飛ばしていくよ!!」
 鳴神裁(なるかみ・さい)もまた、自機を敵の大群に突っ込ませ、襲いくるゴーストイコンを次々に大鉈で斬り裂いていった。
 鳴神とドール・ゴールド(どーる・ごーるど)がともに操縦するイコン、イーグリット【ゴッドサンダー】は、潜航可能時間ぎりぎりまで死闘を継続する覚悟で突き進んでいた。
「おら、いくらでもかかってこいよ! 全部ブッ倒してやる!!!」
 慣れない海中での最終決戦にも関わらず、鳴神のテンションは上がる一方だ。
「しゅぱしゅぱしゅぱ! いい度胸だ。だが、ここから先は、誰も通さん! どうしてもというなら、ワシを倒してみせろ!!!」
 全身から巨大な触手を伸ばしているゴーストイコンが、【ゴッドサンダー】の前に立ち塞がる。
「裁。気をつけて! ゴーストイコン八将軍の1体だよ!!!」
 ドールが叫んだ。
「なるほど。じゃ、こいつが最後の1体か。面白い。完膚なきまでに叩きのめしてやる!!」
 鳴神はますますテンションを上げた。
「しゅぱー、しゅぱー! 何ぴとたりとも、偉大なる『主』のもとへは行かせん!」
 ゴーストイコンは触手を伸ばして、【ゴッドサンダー】を絡め取る。
「う、うおお! 出力をあげるんだー!!」
 鳴神は、触手の拘束から逃れようと必死だ。
 ピピピピピ
 通信が入る。
「裁。がんばって! アリスも応援してるんだもん!!!」
 アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)の声が鳴神に呼びかけた。
「アリス! イコンに乗れなかった君の分もがんばるよ!!」
 鳴神は声援にこたえた。
「裁。ここで死んだら承知しないぞ。てめぇの葬式なんかやりたくねえからな!」
 後藤 山田(ごとう・さんだ)の声も通信に入ってきた。
「バカいうない! 帰ったら、ボクの凱旋祝いをやるんだろ? 葬式は百年後ってことで! そんなに生きるかどうか知らないけど!」
 鳴神は後藤の乱暴な言葉に同じように乱暴に答えると、ニヤッと笑った。
 アリスと後藤もコームラントでの出撃を希望していたが、パラミタの種族のみでイコンを動かすことはできず、断念せざるをえなかったのである。
「しゅぱー! お前、ナメテるのか? 戦闘中に仲間とおしゃべりしやがって! きー、ムカつく!」
 ゴーストイコンは激怒して、触手の締めつけを強化する。
「おおっと、そうだったな。こいつを何とかしなきゃ!」
 鳴神は通信を切って操縦に意識を戻すが、仲間と話せて気持ちに少し余裕ができたようだった。
「後藤に『やっぱり葬式かよ!』っていわれたくないもん。何が何でも凱旋祝いをやってもらうんだ!」
 【ゴッドサンダー】は、カノン印の大鉈を振り上げると、海中に思いきり強く放り投げた。
 ひゅるひゅるひゅる
 海水を斬り裂いて泡を吹き上げながら、大鉈は弧を描いて移動し、ゴーストイコンの首に食い込んだ。
「しゅぱ? サイコキネシスで操作したか。だが、みえない力だけで首を斬れるものか!」
 ゴーストイコンは叫んで、【ゴッドサンダー】を触手でいよいよ強く締めあげて、その機体を折り曲げようとした。
「よし、勝負だ! 想いの力でお前の首が斬られるのが先か、ボクたちがお前の触手に潰されるのが先か!」
 鳴神は叫んだ。
「もう、決まりだね! ボクたちの勝ちだもん!」
 ドールは、鳴神への絶対の信頼から、勝利を確信した。
「ほざけ、口だけ一人前の若造がー!!!」
「口だけじゃないぞ! さあ、ドール、君も!」
 鳴神は促した。
「え?」
 ドールはぽかんとする。
「2人のサイコキネシスで、鉈を力いっぱい動かすんだ!!」
「あっ、そうか。そうだね!」
 鳴神の言葉に、ドールもまた念を凝らし始めた。
 鳴神とドール。
 2人のサイコキネシスの力が、ゴーストイコンの首に食い込んだ大鉈を深く深く分け入らせていく。
「しゅ、しゅぱああ!」
 激痛の中で、ゴーストイコンは、ぶしゅっとオイルを吐き出した。
 触手によるダメージで、【ゴッドサンダー】のコクピットにも浸水が始まる。
「ドール、勝利を信じて! 下らない闘いもこれで終わりにしてやる!! カノン隊長だけじゃない、隊員たちの意地をみせてやろう! いっけー!!」
「うー! 斬り裂くんだもん! 死んじゃえー!!」
 鳴神とドールのサイコキネシスは、怯むことなく力を強めた。
「しゅぱしゅぱしゅぱ、未来永劫まで呪われるがいい、愚かな破壊者の人類よ!!」
 絶叫と同時に、ゴーストイコンの首が切断された。
 ちゅどーん!!
 首を失った敵機が爆発する。
 触手が力を失い、【ゴッドサンダー】を解放する。
「さあ、今度は別の闘いだ! コクピットに完全に浸水されるまで、海上にいけるかどうか!」
 鳴神は、全速で浮上を指示した。
「それも、もう、決まりだね! ボクたちの勝ちだもん!」
 ドールは、今度もまた、勝利を確信しているようだった。

 ゴーストイコン八将軍の8機目を撃墜! これで八将軍は全機撃墜! やったぞ、撫子小隊!!
 
「アハハハハハハ! みなさん、よくやりました! 隊員の力だけで八将軍全滅ですか! これは素晴らしいです! 中ボスクラスがいなくなれば、後は親玉が出てくるしかないですね!!」
 カノンは上機嫌になって、海底への潜航を続けた。
 そこに、通信が入った。
「カノン! こちら【ゲイ・ボルグ アサルト】。大ボスと思われる巨大な敵に取りつき、サイコダイブを開始したぞ!」
 御剣紫音(みつるぎ・しおん)が緊迫した声でいった。
「御剣さん! 私より先に親玉に接触したんですね。ちょっと悔しいですけど、それで、サイコダイブってことは、いま身動きできないんですか?」
 カノンはちっと舌打ちしていった。
「カノンさん、紫音はカノンさんの闘いがやりやすくなるようにって、その想いで生命賭けのサイコダイブを行ってるんどすえ。そのことをわかって欲しいんやけど」
 御剣とともにイコン、イーグリット【ゲイ・ボルグ アサルト】を操縦する綾小路風花(あやのこうじ・ふうか)がいった。
「ああ、サイコダイブ中は確かに動けないが、敵の攻撃方法や正体についてわかるだろうし、浄化の手がかりもつかめると思う。なるべく短時間で終えるようにするぜ」
 御剣はそういって、自分の精神を直接相手の中に送り込む作業を続行する。
 と。
「ああっ、気をつけろ。大ボスはこれから浮上するつもりだ!!」
 御剣が通信で声を送ることができたのはそれが最後で、以後は無言のままサイコダイブに従事することになる。
 サイコダイブ中、御剣たちのイコンは大ボスの身体にしがみついたまま離れられなくなるが、その間の機体の制御は全て綾小路が行うこととなっていた。
「紫音、あのカノンいう女は、あんたがそこまでしてやるに値する人間やろか。私は疑問やわ」
 綾小路は、コクピットで仮死状態のようになって横たわっている御剣の姿を気遣わしげにみて、ため息をついた。

「みなさん、御剣さんの通信は聞いてましたね? これから親玉が浮上してきます。自信がなくて他の人の足を引っ張りそうな人は、早めに退避して下さい!! 私は、1人でもここに残って闘います!!」
 カノンは、海中に特攻している全機に通信を送った。
 だが、潜航に限界が来た機体を除けば、海上への撤退を選択した機体はいなかった。
 どの生徒も、コリマ校長の呼びかけもあり、カノンを1人にするつもりはなかったのである。
「カノンさん、私たちの側を離れないで下さい。何かあればこの身を呈してでもカノンさんを守ります!!」
 火村加夜(ひむら・かや)がカノンに呼びかけた。
 カノンが寄ってこないので、火村は、ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)とともに搭乗するイコン、イーグリット・アサルト【アクア・スノー】をカノンの機体に近づけていく。
「火村さん、護衛役はありがたいですけど、私は激しく闘うタイプですから、攻撃に巻き込まれるかもしれませんよ?」
 カノンが、火村を睨んでいう。
「緊張しているようですね。大丈夫です。自分の身は自分で守りますし、足手まといになるようなことはしませんから」
 火村は、心からの言葉を述べた。
「カノン、ボクも同じ強化人間だし、カノンを守るためにできる限りのことをさせてもらうよ! もしものときは盾になるし、利用していいからね! グッドラック、カノン!!」
 ノアもまた、カノンに誠意ある言葉を述べる。
「カノン、わいもやらせてもらうよ。せっかく潜ったんだしねえ」
 七刀切(しちとう・きり)も、自分一人で何とか操縦して海中への特攻を果たしたイーグリットから声をかける。
「みなさん、覚悟はわかりましたけど、これから現れる敵は本当に強そうですよ? 私はもちろん勝利するつもりではいますが、 実戦だし、絶対安全ということもなく、生命を落とす危険も十分あります。でも、私は、こういうのが本当に楽しいので、くれぐれも、興をそぐようなことはしないで下さいね?」
 カノンは、どこかすねたような口調でいった。
「カノンさん!」
 真面目な火村は、カノンの物言いに思わず感情的になってしまった。
「聞いて下さい。カノンさんが死んだら涼司くんがどれほど悲しむかわかってないんですか? 仲間がどれほど大切に思っているのかわからない人は、簡単に死なせてあげません! 天命まっとうの刑ですよ!」
 火村の言葉に、周囲の生徒は、同感だとでもいうようにうなずく。
 カノンは、肩をすくめた。
「別に、護衛役の意義を否定したわけではないですよ。『私の涼司くん』のためにも死んじゃいけないなんて、わかってますからね。でも、でも! 死闘に臨む戦士の心境は、恐怖と不安と同時に、いいようもなく胸が躍って、とってもミステリアスなものなんですよ! ほら、聞いて下さい! 親玉接近したことで、探知機から警報が鳴ってきました! 表示をみて下さい。UNKNOWNですよ! UNKNOWNだから、機械も慌ててるんです! アハハハハハ、最高ですよね!!」
 言葉の途中で、カノンは狂気を思わせる近い笑い声をあげ始めた。
 ブー、ブー!
 カノンのいったとおり、各機の探知機からは警報が鳴り響き、赤文字のUNKNOWNという表示がひっきりなしに点滅する。
「やれやれ。まっ、気合だけは一人前のつもり。せいぜいがんばるから、わいの活躍を少しは印象に残して欲しいねぇ」
 七刀は、嘆息していった。