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リアクション
第15章 カノン、海に潜る
「アッハッハ! 柊さん、いまの気合、素晴らしいです!! すっかり感動してしまいましたよ。それじゃ、敵さんが大量に浮かびあがってくるようですから、私がお出迎えにいくとしましょう!」
柊の勇猛な攻撃を目にしたカノンは、すっかり上機嫌になり、笑顔を取り戻していた。
だが、その笑顔は、残虐さをも示すものだ。
カノンは、再び機体を傾け、海中への特攻を開始しようとする。
「カノンさん、まだです! 食堂での作戦会議で話したとおり、まずわたくしたちが囮役になって、敵が海上に出るまで十分引きつけますわ!」
オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)が叫んで、エカチェリーナ・アレクセーエヴナ(えかちぇりーな・あれくせーえうな)とともに搭乗するイコン、イーグリット【クラースナヤ】で海面スレスレの飛行を始めた。
「センゴク島付近の海底図を入手しておいてよかったわ。これで敵の進路を予想しましょう」
エカチェリーナがオリガにいった。
「はーい! それじゃ、【イロドリ】も作戦開始! バズーカやグレネード、海にばら撒きゃ鬼が釣れる、かな?」
天貴彩羽(あまむち・あやは)と天貴彩華(あまむち・あやか)が搭乗するイコン、イーグリット【イロドリ】もまた、オリガとともに海面スレスレを飛行して、次々に爆雷を海中に投げ入れ始める。
「何だか彩羽はカノンちゃんを助けたいみたいですぅ! 彩華もがんばるですぅ!」
彩華はノリノリだった。
ちゅどーん!
ちゅどーん!
海中で次々に爆発が起こり、そのたびに、水柱が天高くせりあがる。
「はい、みなさんも大騒ぎ、ご苦労様です! 素晴らしいと思いますよ! でも、私はもう待てません! 闘いが呼んでいます! 生と死の境目のぎりぎりの闘いが! 私はいきます! 行って、戦果を出してきます!」
カノンは、ニコニコ笑いながら、海面上の特攻ポイントを探り始めた。
「カノン、待って! あともう少しだよ。せっかく隊員たちが自分の発案した戦術を実行しているんだから、やり遂げさせてあげたら? 何でもかんでも隊長が突出すればいいというもんじゃないよ。隊長が自分から、隊全体の動きを乱していいの?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がいった。
「うーん。でも、もう、待てないんですよねー。少しは待つといいましたけど。タイムリミットですよねー。何ていうか、みんな、案は悪くないけど、遅いんですよね!」
カノンは、笑って首を振る。
だが、最後の詰めの段階であり、ルカルカとしては、どうしてもあともう少し引き止めたかった。
「カノン、涼司は、ルカの親友なんだよ。だから、カノンは、彼の大切な子なんだし、死なせたくないんだ」
ルカルカのその言葉は、カノンの注意をそらすことに成功した。
「『私の涼司くん』の友達だったんですか? それ、先にいって欲しかったです!! 涼司くんのこと、話してもらえますか?」
戦闘中にも関わらず、カノンは別のことに興味を持ち出していた。
「いいよ。ね、カノン。ルカとも友達になって欲しいな」
ルカルカのその言葉に、カノンは力強くうなずく。
「なります! 『私の涼司くん』の友達なら!!」
カノンは、さっきまでの頑固さが嘘のような反応をみせていた。
「この段階で、とっておきのカードを切り出す。妥当だな。もっとも、ルカは、本気でカノンと親しくなりたいと思っているようだな。嘘をついていないという点でも妥当だ。しかし、カノンの関心のブレ方はやや問題だな」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がうなずきながらいう。
こうして、ルカルカの思惑どおり、カノンは敵が海上に浮上する段階まで特攻を控えるかに思われた。
だが!
「はーい、それじゃ、カノンよりもお先に、特攻させてもらうわね!!」
茅野茉莉(ちの・まつり)の意気揚々とした通信が、カノンに入る。
「茅野さん?」
ルカルカと話しこんでいたカノンの顔が曇る。
「まっ、海中には入るけど、あたしもまず敵を誘い出すつもりよ。カノンがオススメする鉈も、持っていくわね。でも、こんなのはじめて使うわ。これでゴーストイコンのナニでも切り落とすの? もう腐っちゃってるかもしれないけど。アハハ!」
茅野は笑いながら、ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)とともに搭乗するイコン、イーグリット【ウィッチ】をダッシュさせて、ざぶんと海中に特攻してしまった。
茅野だけではない。
「おお、やるな! よし、俺たちも!」
茅野に刺激されて、他の生徒たちも次々に特攻を始めてしまった。
カノンより先に特攻を仕掛けようとする動機としては、カノンより先にボスを倒して戦果をおさめたいということもあれば、また、海中の敵に先に攻撃したり誘い出したりして、カノンが特攻しやすいようにしたいということもあっただろう。
ともかく、カノンの特攻を引き止めようと生徒たちが努力する傍で、他の生徒たちが先に特攻を始めてしまったのは事実だった。
このことを、カノンがどう思うか。
「ああ、もう。しょうがないな」
ルカルカは頭を抱えた。
「何でしょう? ものすごく悔しいですね。この気持ち、私は指揮官に向かないんでしょうか?」
案の定、カノンの関心は再び特攻に向き始めた。
そして。
「どうした、カノン! てめぇは行かないのか?」
天空寺鬼羅(てんくうじ・きら)が豪快な口調でカノンに語りかける。
「天空寺さん! イコンシミュレーターでの活躍、みてましたよ」
カノンは、鬼羅をみて胸が躍るものを感じた。
「ルカルカ、もういいんじゃないか? 敵を誘い出す動きと特攻を同時進行で進めても構わねえだろ。これ以上間を持たせると、かえってテンポが悪くなるぜ。誘い出してすぐ撃墜するには、半ば同時にやらなきゃ間に合わないのさ。それこそ、カノンのいってたスピードが重要だ!」
鬼羅は、ルカルカにいった。
「わかったよ。隊の中である程度の議論があってそういう合意に達するなら、文句はない。重要なのは、カノンが一人で突出しすぎないことだからね。でも、カノンと、涼司の話、したかったな」
ルカルカも、ついに了承する。
「アッハッハ! それじゃ、何だかとてもいいかたちで、特攻が決まりましたね。ルカさん、後で、たっぷりお話しましょうね。それじゃ! 設楽カノン! 特攻します!」
カノンは、機体をいっきに降下させ、海中にダイブさせた。
「さあカノン! てめぇの好きにしやがれ! 死ぬかもしれない? ああ、心配するな。オレがしっかり守ってやるからな! 一緒に親玉をぶっ殺そうぜ!」
鬼羅もまた、天空寺サキ(てんくうじ・さき)とともに搭乗するイコン、イーグリット【アモン】を降下させ、カノンとほぼ同時に海中に特攻していた。
「少なくとも、長距離射撃を先に撃ち込むことはできた。これで、運命は変わったのかな? カノンより先に特攻した生徒たちに、流れを変える可能性があるのは事実だね」
ルカルカは、呟きながら、【レイ】を傾ける。
「俺たちも特攻か?」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が尋ねる。
「そうだよ。コリマ校長の指令どおり、海中でも監視して、カノンを守らなきゃ! いくよ!」
ルカルカはそう答えて、
「うむ。鬼羅の意見も妥当といえばそうだが、俺たちの場合は、事前にコリマ校長との協議があったからな。コリマほどの人物に、カノンの海中への特攻がそのまま死へとつながりかねないといわれたら、配慮するしかないだろう。まあ、鬼羅はそのこともわかっていったのかもしれないが。では、任務を続行するとしよう」
ダリルは了承した。
【レイ】が海中へ特攻。
そして、他の生徒たちも、カノンの後を追って次々に特攻していった。
「みんな、隊長を守るんだ!」
「おう!!」
囮役として敵を誘い出す作戦を海面スレスレで実行していたオリガたちは、ぽかんとする。
「あらあら? みんなで特攻してしまいましたか。まあ、カノンさんが単機で突っ走るよりはいい展開ですわ。わたくしは予定どおり、何とか海上まで敵が出てくるようにやってみましょう。どう状況が変わろうと、誰も死なせませんわ」
オリガはいった。
こうして、ついに、センゴク島での闘いは海中へと舞台を移し、いよいよ終盤に入っていったのである。
そして、カノンの恐るべき運命もまた、間近に迫っていた。
どぼーん
ぶくぶくぶく
「さーて、率先して飛び込んだのはいいけれど! いったいどんな敵が待ち受けているのかしらね?」
茅野は、慣れない水中での活動に戸惑いながら、【ウィッチ】のレーダーとモニターで敵機の様子を確認しようとする。
と。
「うひょひょひょひょひょ! 飛んで火にいる夏の虫ならぬ、飛んで水にいる女の虫だな! ハグしてサバ折ってくれよう! ひょー! ひょー! ひょー!」
すさまじい笑い声とともに、ゴーストイコンの大群が現れ、リーダー格と思われる機体が、両腕に装着された巨大なカニのハサミようなものを打ち鳴らして襲いかかってきた。
「きゃあ! なによ!? 女の虫、ってひどくない? 適当な表現してんじゃないわよ!」
茅野はパニクった。
「魔女よ。気をつけるのだ。この敵は中ボスクラス、つまり、ゴーストイコン八将軍の1体と思われる」
ダミアンがいった。
「ええっ、やっぱり、八将軍って8機いるの? 残りは海中にいたってわけ? やん、もう、あたしは大ボスに特攻するんだから!」
茅野は【ウィッチ】に襲いかかる攻撃を回避し、大鉈を振りまわして牽制しながら大ボスの姿を探し求めるが、既に敵機の大群に包囲されてしまっていた。
「うひょひょひょひょ! 死ーね、死ーね、切り裂き、切り裂きー!」
中ボスクラスの機体が巨大なハサミで【ウィッチ】をとらえ、各部を切り裂こうとする。
「機体、小破。が、致命的なため、浮上を推奨する」
ダミアンがいった。
「えっ、何で? 小破なんでしょ?」
「ここが水中であることを忘れたか。防水対策は施しておいたが、いまの攻撃で機体の内部に浸水が始まった。10秒以内に海上に出なければ、沈没する。もともとイーグリットは水中向きではないのだ」
ダミアンは恐るべき計算結果を示した。
「じゅ、10秒以内ですって!? もう、いいわよ! こいつらを引きつけて、陸に上がるから!」
茅野は舌打ちすると、全速で機体を浮上させた。
「うひょひょひょひょ! 待てー! 姉ちゃーん!」
中ボスクラスに率いられた敵機の大群が、茅野を追って浮上し、海面近くにまで誘い出されてくる。
「茅野、早く海上へ出るのだ! ここは私に任せろ!」
綺雲菜織(あやくも・なおり)の機体が、海上へ向かう茅野と、茅野を追う敵機の大群との間に割り込んで、叫ぶ。
「わー! サンキュー! それじゃ、陸で待ってるわね!」
茅野は礼をいって、【ウィッチ】を海上へ撤退させる。
綺雲は、有栖川美幸(ありすがわ・みゆき)とともに搭乗するイコン、イーグリット【ファング】を海の底の方へと潜水させ、抜き払ったビームサーベルを構えて、斬り捨て御免の態勢に入った。
出力を全開にしたビームサーベルの刃の付近で次々に海水が沸騰して蒸気に変わり、それらの蒸気の泡が、遥か上方の海面へとのぼってゆく。
「私は海京を守る! 大ボスを誘い出すのにまずこの敵を倒さねばならぬというなら、やってやろう!」
綺雲は、決死の覚悟を固めると、迫りくる敵機に次々に斬りつけ、爆散させてゆく。
「うひょひょひょひょひょ! また姉ちゃんだ! いいねえ!」
ゴーストイコン八将軍の1体が、巨大なハサミのついた腕を伸ばして、【ファング】の胴体を挟もうとした。
ハサミの刃が【ファング】の機体に食い込み、危険な浸水をもたらそうとする。
「……」
綺雲は、目を閉じて、何かを探るような顔つきになる。
「ひょー! ひょー! 観念したか? パイロットの身体もズタズタにしてから、おいしく頂くとしようか!」
指揮官のゴーストイコンは綺雲を嘲笑いながら、ハサミの圧力を高め、いっきに切断しようとした。
「な、菜織様!!」
有栖川が悲鳴をあげた。
そして。
綺雲はかっと目を見開いた。
「みえたぞ。お前の『核』がどこにあるかが!」
「なに!?」
「マイナスエネルギーによって活性化されたお前たちの体内には、マイナスエネルギーが凝り固まった『核』が必ず存在する。その『核』をみいだし、『核』を斬ることにのみ専念すれば、恐れることは何もない。そして、お前の『核』は、ここにある!!」
巨大なハサミに胴体をつかまれた状態で、【ファング】がビームサーベルを思いきり振り上げた。
「たかが、妄念。斬って捨てることが出来ぬで、何ゆえの人生か! この一刀に、全気力と全てを賭ける! 滅びるがよい、人の持つ爛れた欲と、統率を失った情念が乱れるままに絡みあった果ての鉄クズよ!! 斬られて、散れ! この世で最後の華を咲かせるがよい!! 破!!!!」
綺雲は裂帛の気合を放ち、【ファング】があまりにも鋭い斬撃を放つ。
しゅぱっ
勝負は一瞬だった。
ビームサーベルによって、巨大なハサミの持ち主であるゴーストイコンの首は、ばっさり斬り落とされていた。
「ひょ、ひょー! ひょー! このプレイは、グロすぎるー! きー!」
斬り落とされた首からしばらく聞こえていた声も、じきに消えた。
【ファング】をとらえていたハサミから圧力が抜けて、首を失ったゴーストイコンの身体が、海底へと沈んでいく。
「潜航、限界に達しました。浮上します」
「……」
有栖川の声に、綺雲は答えない。
「菜織様! 気力を使い果たしましたか。見事な闘いぶりでした。後は、私が!」
失神した綺雲をサイコキネシスで持ち上げてシートに寝かせながら、有栖川は【ファング】を海上へと浮上させていく。
ちゅどーん!
海底から、沈んでいったゴーストイコンの身体が爆発する音が聞こえてきた。
「それにしても、マイナスエネルギーの『核』がゴーストイコンの首に存在しただなんて! もしかして、カノンさんが大鉈で首を斬り落とす戦法を推奨したのは、超感覚でこのことを察していたから!? もしそうなら、すごいことですね」
有栖川は首を傾げた。
ゴーストイコン八将軍の6機目を撃墜! 残り二の将軍はいずこに?
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