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最後の恋だから……

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最後の恋だから……

リアクション

★プロローグ



 春夏秋冬。今年もまた、どれ1つ欠ける事なく訪れた。
 心新たな気持ちを生む春が過ぎ、生命力溢れる暑い夏が過ぎ、心身を見つめ直す秋が過ぎた。
 そんな年明けの冬の日、一行は案内人である黒城涼華が手配した大型飛行艇に乗り込み、絶海の孤島を目指していた。
 一行とは、綾小路想子が所属する空大のサークル「恋愛研究会」が主催した「無人島で恋人と過ごす冬のバカンス」のダイレクトメールを受け取り、参加している生徒達である。
 総参加者49名のバカンスが、
 ――今、始まる。

 孤島は中心部に向かって山になっており、丁度北西と南東を半分に割った辺りの頂上から、色合いが変わっていた。
 北西部は真っ白な雪に覆われているのに対して、南西部は裸になった山肌が覗いていた。
 一行はまるで2つの世界が隔てる境界線の緩やかな山道を登りながら、宿泊施設であるホテルへ向かって足を向けていた。
 大型飛行艇から見たそのホテルは、L字型のコテージが2つ繋がり四角を成し、その中心に7階建てのホテルが建っていた。
「このホテルを中心に――」
 一行を案内するため先頭を歩いていた涼華が、歩きがてら説明を始めた。
 彼女が言うには、想子はこの孤島をリゾート地で売り出そうと計画していたらしく、ホテルもコテージも既存の建造物を取り壊して新たに作り直したものだという。
 だが、お嬢様特有の「秋の空模様」の心変わりで、計画は一時頓挫した。
「しかし、この美しい孤島を――」
 そのまま放っておくには勿体無いと進言したことで、今回の運びとなったと言う。
 確かに、孤島とバカンスという結びつきほど、人の心躍らせるものはなかった。
「皆様の満足感が想子様へ届けば――」
 思い直し、リゾート地として復活するだろうと続けた。
 その暁には、毎年、夏と冬に心行くまで過ごしていただくよう手配させていただきます、と涼華は言った。
 繋いだコテージの隙間が丁度入り口のようになっており、そこを抜けるとホテルへ辿り着いた。
「だから、打って付けの――」
 サンプルです、とウィンクを交えて言うと、それが心理学を専攻する英才涼華のジョークだと一行は笑ったのだ。
 ――ギギッ。
 木製の重たい扉を開いて、ホテルの中へ足を踏み入れた。

 広々としたエントランスは、吹き抜けで空を仰げる。
 装飾品はどれも高価そうで、リゾート地として売り出そうとした想子の心意気が窺い知れた。
 一行は感嘆の声を上げながら、待った。
 涼華以上にハマり役なボーイ達が出迎えるのを、待った。
「言い忘れておりました。この島には誰一人として従業員と呼べる者は存在しません」
 詫びる様に腰を折って涼華が言った。
「しかし、これは好都合ではありませんか」
 まるで演じるように態度を180度変え、大層な物言いをした。
「誰にも邪魔されることなく、誰にも監視されることもなく、思うがまま、制約のないバカンスを楽しめるのですから」
 そう言って、再び腰を折った。
「ホテルの部屋はご自由にお使いください。生活用品等々、必要最低限の物は揃え、きちんと清掃をしておきましたので。お食事に関しては、既に人を割き、大広間にてバイキング形式でセットしてあります。冷めても味を落とすことのない、最高の料理を最高のシェフが作りました。コテージ内の施設も全てご自由にお使いください。カジノからトレーニングジムまでございます」
 全てが整った環境を改めて言葉で証明され、一行は各々がこれから過ごす一時を思うのだ。
 自然と笑顔になり、心臓が少し鼓動を速める。
「……しかし」
 涼華は上げては落とすというような話の仕方をする。
 一種の癖のようなものだった。
「羽目を外されて、自然を破壊されてはたまりません。痴情の縺れは時として地を割り、天を割きます」
 そして大袈裟に話すのもまた、彼女が心理学を学んでいるからだ。
 ついつい、反応を窺いたくなってしまう。
 自分の言動1つ1つで、理論を証明したくなる。
「ここは太古、獅子と称された王様がいた宝島と言われております。この地を狙う各国の強者を叩き伏せた武人でもありました」
 あくまで昔話と前置きした上で、語り始めた。
「武力で敵わないと判断した国が、1人の移住者を送り込みました。そしてその者は、この地の飲み水に毒を混ぜたのです。結果、毒は島に住む全ての人間を死に至らしめ、報告を受けた使者が島に宝目当てでやってきました」
 よくある作り話です、と涼華は笑った。
「しかしその毒は地に潜り、島全体を死地と化し、大気すら汚染したのです」
 長い年月を経てようやく毒が抜けた頃に、我々は調査をしたので助かりました、と涼華は胸を撫で下ろした。
 喋り好きの執事もいたものだ、と誰かが笑うと、涼華も釣られて笑顔になった。
 好きなように孤島を使っていいが、自然を荒らさないで欲しいと、遠回しに言ったのはどうやら通じたようだ。
「何かお困りなことがありましたら、フロントにこの島について書いたメモを残しておきましたので、ご確認ください」
 涼華が手を差し出した方向には、フロントがあり、そのカウンターの上に一冊のノートが乗っているのが遠目からでも確認できた。
「それでは、約束の期日に、再びお迎えにあがります。孤島で過ごす冬のバカンス、存分にご堪能下さい」
 最後に深々と腰を折って、涼華は足音すら立てずにホテルを後にした。
 ――ギギギッ、ガッ。
 重い扉がゆっくりとしまると、孤島全てが「自分達のモノ」となった気がした。
 バカンスの始まりである。

(楽しんで下さいませ……)
 唯一の島の行き来が出来る専用の大型飛行艇に乗って孤島を後にする涼華の口元は、堪え切れずに、
 ――釣り上がっていた。