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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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第3章 兵卒「准尉はツライのよ」

「よーし、そんじゃあ始めるとするか! みんな、道具を持って適当に打ち合ってくれ!」
 修練場のほぼ中心から、レオンの開始宣言が響き渡る。
 それは楽しい1日の始まりなのか、それとも地獄行きツアーの出発宣告なのか、今の彼らにはわからなかったが、とにかくその言葉により、集まった学生たちは思い思いに羽根突きを始めることとなった。

「さて、と……。ああは言ったが、オレには誰が来るんだろうな」
「では俺がトップバッターだ! 去年やられた分を、ここで取り返す!」
 威勢よくやってきたのは袈裟と袴で正月の雰囲気を出すエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と、ヘキサポッド・ウォーカーに乗ったロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)のコンビであった。ちなみにロートラウトがヘキサポッドに乗っているのは、先日の大きな事件で下半身を負傷してしまい、まともに動けないからだそうだ。
 エヴァルトがレオンに挑戦するのには多少の理由がある。エヴァルトは日本の田舎町にて育ったが、血筋はなんとドイツ人。いわば「ドイツ系日本人」なのだ。同じくドイツが祖国であるレオンと何かしら通ずるところがあったのだろう。それでレオンを対戦相手に指名した、ということである。
「去年? ってことはお前は去年もこれをやったってことか」
「その通り。1年前は俺も新入生。で、意地を見せようと御神楽 環菜(みかぐら・かんな)前校長に挑み、そして敗北。そこまでは良かったんだが、その時にうっかりデコ校長って言ってしまって、墨じゃなく油性ペンを顔面に食らったんだよなぁ……」
 ろくりんピック最終日にとある者に暗殺され、故人となっていたその御神楽環菜は、最近、ナラカでの騒動の後に復活したという。もし彼女がここに来ていたら、エヴァルトは果たしてリベンジに向かっていただろうか。
「そいつはなんつーか……、ご愁傷様?」
「それ以上のダメージは無かったから大丈夫だったんだがな。まあそんなことよりもレオンよ、俺と勝負してもらおうか。もちろんハイブリッド羽根突きでな」
「いいぜ、受けてたってやる」
「では早速私の出番ですかね。審判を務めさせていただきます」
 レオンとエヴァルトの間に審判役のテスラ・マグメルが立つ。
 そこで、ロートラウトがヘキサポッドの上からレオンに声をかけた。
「あ〜、レオンくん。参考までに1つ忠告したいんだけど……」
「ほう、何だ?」
「いやね、ボクたちは去年のハイブリッド羽根突きの参加者だってのはわかったよね? イコール経験者ってこと。つまり去年の雰囲気を知ってるってことなんだけどさ」
「ほうほう、それで?」
「はっきり言ってね、超危険だよ」
「へ?」
「だって必殺技がこれでもかと言わんばかりに飛び出すんだよ? しかも去年は明確なルールが無かったから、もう羽根突きじゃないだろって感じで色んなものが飛び交っててさ。プラス妨害工作もありだったから、半分は命がけだったんだよ」
「……マジで?」
「マジで。しかも去年と比べて今年は新しい技やクラスが出てきてるから、より想像を絶するに違いないよ! アボミネーションで怖がらせてきたり、ヒプノシスで眠らせてきたりする人もいるだろうし、要注意だよ」
 ロートラウトのその意見は決して間違ってはいない。確かに去年はサイオニックをはじめ、様々なクラスが存在しなかった。つまりその分「技の数」も少なかったということである。だが今年はそのクラスが増え、その分、技も増えた。危険度は去年の比ではないのだ。
 レオンたちが後悔するとすれば、この「情報収集の甘さ」によるところが大きいだろう。何しろ案を出したフィリップでさえも、ハイブリッド羽根突きの恐ろしさを理解していないのだから――危険性を最も訴えていたフェンリルも、結局は参加することになっている。「知らない」ということがどれほど恐ろしいか。彼らはそれを身をもって知ることとなるだろう。
「さて、事前情報も伝わったことだし、そろそろ始めるか?」
「お、おう、いつでもいいぜ」
 開始前から少々の恐怖を植えつけられる形となったレオンだが、気を取り直して羽子板を片手に持つ。一方のエヴァルトは左右の手に羽子板を持つ――彼は両手利きなのだ。
 試合はレオンからのサーブで始まった。羽根突きそれ自体に慣れていないため、羽根は割とゆっくり飛ぶ。エヴァルトはそれを左の羽子板で難なく返す。返ってきた羽根をレオンが打ち、エヴァルトがそれを返す。しばらくそれが続くと、レオンも慣れてきたのかだんだんと強いショットを打ってくるようになる。
「お、慣れてきたか。それじゃあそろそろ、こっちも本気で行くかな」
 気合を入れるエヴァルトが打ったショットは、これまでのものよりも何倍も強い。それは彼の完成された肉体から放たれる、ドラゴンアーツを上乗せしたショットだった。
 ドラゴンアーツは、文字通りドラゴンやその幼生であるドラゴニュートに伝わる、ドラゴン特有の怪力と身のこなしを組み合わせた武術。その最大の特徴は岩をも砕く怪力を持てるということ。そしてそれはドラゴニュートとパートナー契約を結んだ地球人も扱える。
 エヴァルトはまさに今、その恩恵にあずかっていた。
 高速のショットがレオンの右脇を通り過ぎようとする。だがレオンとて簡単に負けるつもりは無い。1枚の羽子板を両手に持ち、それを野球のバッティングのように振り回す。
「飛んでけー!」
 雄たけび1つ。レオンは羽根をかっ飛ばした。飛ばされた羽根はカウンター気味にエヴァルトのはるか上を飛んでいく。落下地点を予測し、そこからまたドラゴンアーツのショットを放てば、羽根をレオンに打ち返すこともできるだろう。
 だがエヴァルトはそれをしなかった。彼は落下地点へ走らず、なんとその場で宙に浮いたのだ。これは大ジャンプではなく、魔法少女が操る「空飛ぶ魔法↑↑」によるものである。
「残念だったなレオン! おまえの負けだ!」
 叫んだエヴァルトは浮いた状態で体を捻り、彼と同じ高さにまで飛んできた羽根に、またしてもドラゴンアーツを乗せた羽子板の一撃を叩き込んだ。
 ここで彼が真下に打てば、ほぼ間違いなくレオンは打ち返せなかったであろう。追いつくことはできても、角度のついたショットを打ち返す手段はレオンには無い。だがエヴァルトはそれをしなかった。レオンが打ち返せるように、彼のいる方向に打ったのだ。
「オレに情けをかけたつもりか? だったらそいつは甘いってもんだぜ!」
 羽根が飛んでくるコースはわかる。ならば自分はそれを狙い打てばいいだけだ。シャープシューター――遠くの目標でも正確に狙い撃つ、ソルジャーの技能を彼は防御と反撃に利用する。羽子板を両手に持ち、上段に構え、正確にカウンターを入れる!
「ポイントは……、ここだ!」
 羽子板を振り下ろす。そしてそれは……、当たった。
 だがそこまでだった。レオンは確かに羽根に羽子板を当てることには成功したが、ドラゴンアーツが乗った羽根はそのままレオンの羽子板を弾き飛ばし、床に着弾した……。
「勝負あり。勝者、エヴァルト・マルトリッツ」
 微妙に「幸せの歌」が乗ったテスラのゲームセット宣言の後に、レオンの羽子板が乾いた音を立てて床に落ちた。

「なんつー強烈なショットなんだよ。まだ手がしびれてるぜ……」
「ま、これがハイブリッド羽根突きってやつだ。覚えておいて損は無いと思うぞ」
 落ちた羽子板と羽根を拾い上げ、2人は一時的な休息に入る。それと同時に、レオンが発案した「景品」という名の「バツゲーム」も始まった。
「さて景品として質問させてもらおうか」
「おう、何でも聞け」
「おまえさ、最初の、っていうか魔鎧のパートナーがいただろ? あれはどうしたんだ? パートナーに関する情報がある新入生といえば、うちの加能さんを除けばおまえくらいだろ?」
「……えっと、それ微妙に違うと思うぞ」
 エヴァルトのその認識は実は少々違う。レオンを含めた「6人の新入生」のパートナーは、実はほとんどが――公的に、ではないにしても知れ渡っているのだ。それぞれ、

加能 シズル(かのう・しずる)のパートナー、守護天使のレティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)
泉 美緒(いずみ・みお)のパートナー、魔鎧のラナ・リゼット(らな・りぜっと)
熾月 瑛菜(しづき・えいな)のパートナー、アリスのアテナ・リネア(あてな・りねあ)
フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)のパートナー、ヴァルキリーのルーレン・カプタ
フェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)のパートナー、悪魔のウェルチ・ダムデュラック

 そしてレオンのパートナーが魔鎧のアイゼンである。
「とまあこういう風に、少しずつだけど他の連中のパートナーの情報は出てきてるんだぜ?」
「な、なるほど……。で、お前のパートナーは?」
「それが、かなり言いにくいんだが……」
 そこでレオンは言いよどんだ。どう説明すればいいのか悩んでいるようだ。
「実は……、どういうわけかあんまり説明してくれないんだよな」
「は?」
「アイゼンのやつ、あんまり自分のこと喋ってくれないんだよ。わかってるのは、見たまんまの魔鎧ってことと、名前がアイゼンであること、フルネームはわからん。他に細かい情報はまだわからないっつーか……」
「おいおい、そんなパートナーで大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題無い」
 エヴァルトの疑問にレオンはきっぱりと言い切った。
「まだ多くを語れる状態じゃない、ってことなんだろうよ。ま、その内細かいところもちゃんと喋ってくれるだろうから、それまで待っててやってくれないか?」

 続いて挑戦者としてやってきたのは月島 悠(つきしま・ゆう)麻上 翼(まがみ・つばさ)の2人であった。
「あなた、教導団の新入生レオン・ダンドリオンさんだよね? 私は月島悠。教導団の機甲科仕官候補生だよ」
「あ、はい確かにレオン・ダンドリオンですが……。月島悠……? 少々お待ちを」
 言いながらレオンは制服の胸ポケットに入れてある手帳を開く。
「月島、月島……。って、第三師団の少尉じゃないですか! これはとんだ失礼を!」
 手帳をポケットにしまい込み、すぐさまレオンは敬礼する。
 悠は自身のことを「士官候補生」と名乗ったが、実際の彼女は第三師団における少尉である。

 いささか唐突ではあるが、ここでシャンバラ教導団における階級制度について少々語らせていただきたい。教導団における階級の序列は「……→准尉→士官候補生→少尉→……」であり、レオンにとって悠は2階級上の存在である。
 士官候補生とは「教導団の生徒で、パートナー契約をしており、士官として訓練を受けている者」のことであり、一方で准尉は「現場監督、専門技術職、砲兵や工兵などの専門学科に就いた生徒」をさす――レオンが准尉なのは「砲兵の専門学科に就いているから」である。また基本的に士官候補生は「士官と同等」という扱いとなり、軍人ではあるがある程度の独自行動が許される。一方で准尉は「下士官」であるため、独自行動は少々厳しくなるのだ。
 そして教導団では大抵、第一〜第四師団の軍事活動において一定の武勲をたてると、「第○師団(階級名)」という風に呼ばれるようになるのだが、実はこの階級は、どの師団でも等しく通用するのである。つまり第一師団で少尉になれば他のどの師団でも少尉扱いされ、第二師団で中尉になればどの師団でも中尉扱いされるということなのだ。

 さて話を戻そう。
 レオンから敬礼を受けた悠は軽く敬礼を返す。
「ま、今は軍事活動じゃないから、あんまり気にしなくていいよ。で、それよりもレオンさん。私とハイブリッド羽根突きで勝負してくれないかな?」
「あ、はい。喜んで勝負させていただきます」
 この試合の審判役を引き受けたのは、悠のパートナーの翼だった。
「とりあえずこの試合と、もう1つくらいはやらせてもらいます。確か、お互いに羽根を落とさずに交互に打ち合えばいいんですよね?」
「そうそう、そんな感じです」
 その他レオンからルール説明を受け、翼は内容に納得する。
「うん、打ち返す時に相手側に飛ばなかったら、打った人が負け……。大体理解しました」
 そして試合が始まる。先攻は悠である。
「あ、レオンくん。今の悠くんは『乙女モード』ですけど、ちょっと気をつけてくださいね」
「へ?」
 翼の言った「乙女モード」の意味がわからないまま、レオンは構えに入る。
 実は悠には2種類の人格――正確には人格ではなく、ある種の「スイッチ」――が存在する。彼女は教導団軍服(男性用)の制帽の有無により、目的遂行のため冷静な行動をとり、振る舞いが男性的になる「軍人モード」と、口調や仕草が女の子らしくなり、その中身も年齢相応の女の子になる「乙女モード」に分かれるのだ。ちなみに今は制帽をかぶっていないため「乙女モード」である。
「い、いくよ〜」
 少々手つきがおぼつかないようで、悠は緊張しながら羽根を高く投げ上げる。落ちてきた羽根を右手に持った羽子板で打とうとするそれは、テニスで言うところのフラットサーブの構えである。
「おいおい大丈夫かあの少尉……」
 悠の動きで逆に緊張が解けたのか、レオンは片手で羽子板を、特に力を入れずぶら下げるようにして持つ。
 後になってレオンはその行動に感謝することとなる。両手でまっすぐ構えなかったために、この後の危険から回避することができたのだ。
「そぉ〜れっ」
 フラットサーブの構えから、悠が羽根を打つ。
 そして次の瞬間、羽根が視界から消え失せ、そのコンマ1秒にも満たない時間の後、レオンの持っていた羽子板に丸い穴が開いた。
「え……?」
 何をされたのかわからない。レオンは思わず自分が持っている羽子板の穴と、その後方10メートル程のところで転がっている羽根を呆然と見つめていた。
 悠の打った羽根がレオンの羽子板を貫通し、床に着弾したのである。
 その原因は悠が使用したスキルにあった。悠が狙っていたのは「レオンの羽子板」であり、これはシャープシューターの技術とスナイプの技の、応用と組み合わせで十分に狙える。だがそれだけでは威力に欠ける。そこで彼女はドラゴンアーツ、【怪力】のヒロイックアサルト、さらに鬼神力――彼女が鬼神力を発動しても、見た目には筋力が増加したかはわかりにくい。だがその分、中身に筋増圧縮がかかる――も追加し、先ほどのエヴァルトとの試合で傷ついたレオンの羽子板に「とどめの一撃」を叩き込んだのである。
 仮にレオンが悠に対し本気でかかる構えを取っていたとしたら、彼は間違いなく羽子板が貫通されるついでに自身の肉体も貫通されていただろう。彼が目の前の「乙女モード」をなめてかかったおかげで、その生命は保証されたのである。
「はい、悠くんの勝ち」
「いやいやちょっと待ってくださいよ! 今のはどう考えても殺人技ですよ! スポ根野球マンガも裸足で逃げ出しますよ!」
「大丈夫ですよ。契約者はそう簡単に死なないようにできていますから」
「仮に死ななかったとしても重体は免れませんよ! つーかあんなの食らったら死にますから!」
「まあどっちにしてもレオンくんは悠くんのショットを打ち返せなかったので負けです」
「そりゃ向こうが先攻だったからでしょ? 俺が先攻なら――」
「カウンターで飛んできた羽根が羽子板を貫通しますよ?」
「――っ! いや、それでも打ちにくいポイントに打てばあるいは――」
「それじゃあ今度は態勢が崩れた分、悠くんのショットがレオンくんの顔面に飛んでくるかもしれませんよ?」
 どちらにせよ、レオンは悠を相手にした時点ですでに負けていたのである。むしろ被害が羽子板1枚で済んだことに感謝するべきなのだ。
「さ〜てお待ちかねのバツゲームですよ〜?」
 言うなり悠と翼はそれぞれ筆を持ち出した。悠の筆には墨が含まされているが、翼の方は何もされていない。
「い、いやちょっと、月島少尉? 顔に墨塗るのはわかるんですけど、パートナーさんは何を……?」
「あ、ボクは悠くんに便乗してちょっと筆でくすぐらせてもらおうかな〜、って」
「超嫌な予感しかしないんですけど……?」
「大丈夫だよレオンさん。そんなに酷い落書きはしないから」
「そんなに!? 今『そんなに』と言いましたか!?」
「……なんだったら、帽子かぶろうか?」
「それだけは勘弁してください!」
 それからどうなったのかあえて細かくは書かないが、少なくとも翼に筆でくすぐられた状態で悠の落書きを受けたため、非常に変な模様を顔面に刻まれたのは言うまでもない。また、破損した羽子板は処分され、新しい羽子板に取り替えたのもわざわざ言うべきことではないだろう。

「さ〜て、くすぐりも堪能したところで、次の勝負に行きましょうか」
 宣言通り、継続して審判を行う翼と、墨攻撃とくすぐり攻撃で疲労したレオンの前に、次の対戦者である宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がやってきた。
「はぁいレオン。勝負を挑みに来たわよ。……って、また顔面がえらいことになってるわね」
「うっ、宇都宮先輩ですか……。顔面は気にしないでください」
 レオンの脳裏に、先日の誘拐事件――イルミンスールの森にてハルピュイアに捕まった事件のことである――にて起きたことが思い出される。またあのような無茶な要求を突きつけられるのだろうか。
「そんな顔しないの。いくらなんでもこないだはやりすぎた、って反省してるわよ」
「は、はぁ……」
「だからまあ今回はオーソドックスに羽根突きで勝負よ。もちろん、ハイブリッドでね!」
 かくして試合は始まった。先攻は祥子である。
 最初は割と普通の打ち合いだった。3戦目ともなるとレオンも慣れたもので、自身の持つシャープシューターの技術を羽根突きに応用させ、祥子が打ち返しにくそうなポイントを狙い打つ。
 一方の祥子も負けてはいない。飛んでくる羽根は女王の加護を応用した第六感で、コースや速度を見極め、こっそりサイコキネシスを使い、羽根の動きを少々緩めてから打ち返す。この辺り、やはり祥子が一枚上手といったところだろうか。
(ふうん、結構やるじゃない。レオンがソルジャーの訓練をしてるのは知ってたけど、この精密さはちょっと想定外だったわね……)
 レオンという男は、普段は教導団員らしくアサルトカービンで戦闘に臨むが、本来彼が得意とするのは精密な射撃、すなわち「狙撃」なのだ。ソルジャーが持ちうるスキルのほとんどは銃を使うもの、あるいは事前の準備が必要なものであり、羽根突きに応用させるのは非常に難しい。だがレオンの場合は、持ち前の体力と、得意とする狙撃技術があれば、それなりに対処できるというわけである。
「なかなかやるわね! それじゃあ、こんなのはどう?」
 少々気合を入れた祥子は、打った羽根にサイコキネシスを加え、その軌道を操作する。打った羽根にスキルによる後押しが可能なのはすでに確認済みだ。
「なんのこれしき!」
 だがレオンもそう簡単にはやられない。祥子のサイコキネシスショットに何とか追いつき、狙撃術を利用してまたしても祥子が打ちにくいポイントを狙う。
 そこでレオンは一計を案じた。目の前の元教導団員は確かある女性に忠誠を誓っていたはず。これは利用する価値はあるだろう。
「あれ、あんなところにティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)が!?」
「え、どこどこ!?」
 非常に単純な手である。対戦相手の気をそらし、その隙を狙って羽根を打ち込む。ある意味ではレオンによる情報攪乱であり、自分で自分に行う言葉の弾幕援護の応用技であった。そして目の前の女性は見事に引っかかり、レオンが指差した方向――真後ろを向いていた。
「――って」
 だがさすがにそれは浅知恵にも程があった。なぜなら、あまりにも手段が古典的過ぎるからである。
「そんな古典的な手に引っかかる私じゃないわよ!」
「やっぱりぃ!?」
 真後ろに向いたのも束の間、祥子はすぐさま振り向き直し、飛んできた羽根を全力で打ち返す。そのついでにサイコキネシスによる大カーブをかけ、結果的にレオンはその羽根を打ち返せず空振りした。
「はい、祥子さんの勝ち。惜しかったですねぇレオンくん」
「いやまあ、一瞬行けるかなとは思ったんですけどね」
 そして勝利した祥子から提示されたバツゲームはこのようなものだった。
「羽根突きが終わったら、イルミンスールの学食で甘味をおごってもらうわ。後、ついでに食べさせてね」

「参ったなぁ、始まってからもう3連敗かよ……。みんなレベル高すぎ、つーか強すぎ」
「まあその内勝てる相手も出てくるんじゃないですか?」
「だといいけどなぁ……」
 翼が審判役から離れ、またテスラが審判を務めるためレオンの元にやってきていた。
 そんな彼らの前に次の挑戦者が姿を現す。天御柱学院に所属する生物教師アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)と、そのパートナーで音楽の非常勤講師ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)――愛称ヴェルである。
「はいは〜い、そこのアンタ。うちのゾディと勝負してくんない?」
「え、それは構わないけど……、そっちの彼どうしたんだ? やたら泣いてるんだけど……」
 レオンが指差す通り、たすき掛けの羽織袴姿をしたアルテッツァは目の幅ほどの涙を流していた。
 それは正月シーズンの今日、羽根突きをすると聞いたレクイエムはアルテッツァの服装を見咎めたことが発端であった。
「ちょっとゾディ、アンタその格好は何よ」
「は? 何と言われましても……普段着?」
「普段着ぃ? まさかそんな格好で羽根突きするとか言うつもりじゃあないでしょうね!?」
「……そのまさかですが、何か問題でも?」
「大アリよっ! 正月で羽根突きをするのに、そんなスーツ姿でやるバカがどこにいるってぇのよ!」
「どっちかといえば執事服、それも上質のやつなんですが――」
「どっちにしたって同じよ! というわけで、さあゾディ、参加する前にこれに着替えなさい!」
「どういうわけですか。っていうかそれ羽織袴じゃないですか。大体ボクは日本国籍じゃないんですよ? っていうかどこからそんなもの調達したんで――」
「つべこべ言ってないでさっさと着替えなさいっ!」
「うわーっ!?」
 要約すると、正月なのに羽織袴姿でないというのがレクイエムには気に入らないのだそうだ――ヴェルディー作曲のスコアノートの魔道書である以上、レクイエムも言ってみれば日本人ではないはずなのだが、どうしても彼は許せないらしい。
 そのような理由があって、無理矢理羽織袴を着せられたアルテッツァはかなりストレスがたまっていた。
「いやまあ郷に入っては郷に従えって言葉もありますしね……」
「なんつーか……、お疲れさん?」
 勝負前から諦めムードのアルテッツァに、レオンはやる気を出せそうに無かった。
 だがここでレクイエムの目が光った。レオンの服装――教導団軍服が目に留まったからである。
「っていうか今頃になって気づいたけどアンタ! 正月で羽根突きなのになんで軍服なのよっ!?」
「な、なんでって。別にいいじゃねえか軍服ぐらい――」
「お黙りっ! あたしの目が黒い内はそんなことを許しはしないわよっ! ってわけでアンタもこれに着替えなさい!」
「ええっ!?」
「大丈夫よ、ちゃんと簡易更衣室も持ってきたから」
 言うなりレクイエムはどこからともなく簡易更衣室をその場にセットした。
「いや、そういう問題じゃなくて――」
「問答無用! さっさと着替える!」
「のわーっ!?」
 流されるままにレオンも羽織袴に着替えさせられてしまった。
(えっと……、これは止めるべきだったんでしょうか……?)
 審判として、過度のセクハラ行為は止めるべきだと考えていたテスラだったが、レクイエムの勢いに乗ることができず、その場は呆然と見守るしかなかった。
 そして数秒後、完璧に着替えさせられたレオンが更衣室から出てきた。
「たすき掛けして、袖が邪魔にならないようにして、っと……。はい、これでカンペキぃ。さっ、心置きなく勝負してらっしゃい!」
 勝負する2人の姿にようやく満足したのか、レクイエムは晴れ晴れとした笑顔を見せていた。
「……やりますか」
「……そうだな」
 やる気が根本から奪われた男2人のハイブリッド羽根突きが始まった。
 先攻はレオン。小手調べとして彼は普通に打ち始める。アルテッツァも何か策があるのか、最初から全力で打つ様子は無い。
(さすがはボクの『婚約者』と同じ教導団員ですね……。滑らかではないが、だからといって荒っぽくない動きをする……。勝負を挑んだ甲斐があったというものですね)
 アルテッツァがレオンに勝負を挑んだ理由は、彼が勝手に婚約者扱いしている女性と同じ「教導団員」だから、というものだった。同じ教導団員の実力を知りたかったこと、そして「婚約者」以外の教導団員をこの世から消すのが彼の目的なのである。
 そう、アルテッツァは最初からまともな勝負などするつもりはなかったのだ。
(ダンドリオン君、君自身はいい人かもしれませんが、君のその所属がいけないんですよ)
 単なる私怨であった。しかもレクイエムに無理矢理着替えさせられたストレスもあって、アルテッツァは半ば八つ当たり気味に、隠し持っていたスイッチに手を伸ばす。
 それはレオンの足元にこっそり仕掛けておいた爆薬の爆破スイッチであった。
(まあ君が負けたら上半身裸でアイスでも食べていただきましょう。恋愛中の彼女がいるかどうかを聞くのはさすがに酷ですしね。というわけで――)
 ポチッとな、と言わんばかりにアルテッツァは起爆した。
 瞬間、レオンの足元で爆発が起きた。元々足元を崩すだけが目的の爆破であるためレオン自身にダメージは無いが、それでも驚かせる効果はあった。
「うおわっ!?」
 思わず飛び上がるレオン。その無理な体勢で羽子板を振ってしまい、羽根はアルテッツァの上方を飛んでいく。
「謀ったなアルテッツァ!」
「褒め言葉として受け取っておきましょう!」
 打たれた羽根に向かってアルテッツァが飛び上がる。そのまま大上段から羽子板を振り下ろし、羽根を擦るようにして打った。打たれた羽根は摩擦熱によって、火花を散らしながらレオンの顔面へと飛んでいく。ソルジャーが使うことを許された本来は銃を使う技「クロスファイア」を応用した必殺技である。
「そのままぶっ飛んでもらいましょう!」
 アルテッツァは確信した。勝った、と。
 だがその火花がレオンの顔を焼くことは無かった。
 羽根の進行方向上に別の羽子板が立ち塞がり、あらぬ方向へと羽根を打ち飛ばした。それはテスラのサイコキネシスによって操作された羽子板であった。
「アルテッツァ・ゾディアック、対戦相手に対する故意の攻撃行為により、反則負けとさせていただきます」
 言葉に恐れの歌を混ぜながら、テスラは厳かに告げた。
「え、反則? やだなあ、床を爆破して妨害するのは認められているでしょう?」
「アルテッツァさん、そこではありません。その後に放ったクロスファイア、あれ、明らかにレオンさんの顔を狙っていましたよね?」
「ああ、あれですか。あれはたまたま顔に向かって行っただけであって、別にわざと狙ったのでは――おう!?」
「私の目、いや私の感覚全てをごまかせるとでも思っていたんですか?」
 羽子板を床に置き、テスラはアルテッツァの頭を左手で掴んだ。そのまま笑顔でアルテッツァの頭を締め上げていく。
「確かに必殺技を打つ、ということに関しては反則ではありません。ですが技自体はともかくそのコースが明らかに危険です。大体あなた、打った瞬間に笑っていましたよね? 狙い通りと言わんばかりに。あれがわざとではないのならば慌てると思うのですが、どうでしょうか?」
「え、えっと……」
 助けを求めようとアルテッツァはレクイエムに目を向けるが、肝心のレクイエムはそっぽを向いて口笛を吹いていた。
「助けは来ないようですね」
「いや、その……」
「ちょっと、頭冷やそうか……」
 言うなりテスラは頭を掴んでいた左手を離し、サイコキネシスで羽子板を操作して、アルテッツァの顔面に高速の往復ビンタを見舞った。非力なテスラではあるが、サイコキネシスを使えば多少は人間離れした動きもこなせる。強く念を込めれば、腕を振るよりも速く、そして強い攻撃ができるのだ。
 そしてそれぞれ10回以上も殴打されたアルテッツァの両頬は大きく腫れ上がり、殴打のショックで脳を揺らされた彼は、その場で脳震盪を起こし昏倒した。あくまでも羽子板での殴打であり、アルテッツァには契約者特有の頑丈さがあるため、死に至ることは無かった。

 ちなみに破壊工作によって爆破された床だが、奇跡的にも傷1つついていなかった。床にまで張り巡らされた防護結界によるものだろう。そのためアルテッツァたちが床の修理代を請求されることはなかったという。

 ついでにレオンがこの後、普段の軍服に着替えたのは言うまでもない。