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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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第4章 動き始める思惑 4


 時代を切り開くのは発想と発明である。かつて地球で鉄砲を織田信長が使用したように、ときに人は発想によって状況を逆転させることが出来る。それに準じて――というわけではないだろうが、フラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)もまた一つの発想力の持ち主であった。
「せーの! 一気に持ち上げてー! オーエスーエス! そうそう、その調子……きたああぁ!」
 フランのさながら応援団的な指示に従って、居城に残る兵士たちは巨大なマストを持ち上げた。それがやがて立ち上がったとき、彼らの作る新たな兵器が明らかになる。
 ――砂上帆船。砂の上を走る船であった。全長30メートルはあろうかという巨大な帆船は、ただの船とは訳が違う。飛空艇と動力的には似ているが、機晶石を利用しているのだ。そして、砂漠に特有の風もまた動力に一役買うだろう。
「フランさん! 搭載火器テスト、いきます!」
「おっけー! 重機関銃発射!」
 フランの号令に従って、帆船に搭載された重機関銃が火を噴いた。壁のテスト用金属にべこべことめり込んでゆくのを見ると、その威力は一目瞭然である。人であればひとたまりもないだろう。
 その威力を見て、兵士の中でも上級位に属する壮年兵がフランに感嘆の声をあげた。
「まさか砂漠で海軍を作るとは……素晴らしいですな」
「ふっふー、発想の転換ですよ。ボクはあくまで海軍兵ですので、どうにか軍備編成に役立てないかなーと思って」
 自慢げに胸を張りつつも、照れ臭そうに彼女は笑う。いや、しかし……本当に見事なものだった。
「でも、ボクたちもビックリしました。まさかあれだけ兵員の力が整ってるなんて……」
 フランは帆船の横で訓練に努める兵士たちを見やって声を漏らした。そこでは、彼女のパートナーであるアンリ・ド・ロレーヌ(あんり・どろれーぬ)が久々の兵員訓練に熱意をあげている。
「この俺が、まずはひと槍くれてやろう! かかってこい!」
「はっ……! 参ります!」
 教官となったアンリの厳しい激が飛ぶが、それに呼応する兵士たちの動きはそれにしても素晴らしいものがあった。一人一人がアンリと模擬戦闘を行うが、その動きは素晴らしいものがある。
 正直、予想以上だ。
 今度は、フランではなく壮年兵が胸を張る番だった。
「たとえ数は減ろうとも、我ら南カナン兵の誇りは忘れておりません。戦いはいついかなる時に起こるか分からぬもの。訓練に無駄はないのです」
「……その心意気、素晴らしいです!」
 南カナンの軍事力が高い水準を誇る所以はそういった心理的な部分にもあるのだろう。
 槍と槍のぶつかる音が響き、帆船を作る技術員たちも人員は少ないながらに奔走していた。
 それだけ、皆が南カナンを、ひいてはカナンを征服王から取り戻すために必死なのだ。自分も、その気持ちに応えなくては。
「まだまだ! 腰が甘いぞ!」
「はっ!」
 アンリの厳しい声が響き渡る。
 ニヌア臨時砂上海軍――フラン・ロレーヌたちの戦いは、まだ始まったばかりだった。



 『神聖都の砦』にほど近い北の地にて、荒野を駆けるのは一群の兵士たちであった。砦への補給物資を運ぶべく、小隊を編成して向かっているのだ。南に比べると幾分かはマシな荒野の大地を、馬に乗って列を成して突き進んでいる。
 その先は砂漠であるが、その地にて小隊を監視する軍人がいた。
 育ちは海軍軍人であるが、今はパラミタラクダに乗って砂の地に居座る娘。長いセミロングの髪を、砂の風がふきつけた。
「宵も更けてきましたわ」
 沙 鈴(しゃ・りん)は呟くと、敵の小隊が動き始めた理由がそこにあると思った。恐らく、夜間の間に運び込んでしまおうと思っているのだろう。
「少数精鋭ね。この一週間で二度の往復。頻繁過ぎませんか?」
 双眼鏡を覗きこんでいた綺羅 瑠璃(きら・るー)が、顔を持ち上げて、鈴に疑問を訊ねた。
「向こうはこっちと違ってホームですもの。見つかろうと見つかりまいと、関係ないのでしょう。ただ、こちらの行動にうすうす感づいているのかもしれませんわね」
「だからこんな時間に……?」
 念を入れているということか。こちらも気をつけねばなるまい。
「おぅい」
 瑠璃が気合を入れ直したそのとき、秦 良玉(しん・りょうぎょく)の声が聞こえてきた。ラクダに乗った元気な老女が、見た目からは想像できない身軽さでざっと地に降りる。
「そろそろ戻る頃あいかのう? 食事の準備は整っとるぞ」
「ん……お姉さま、戻ります?」
「そうですわね。腹が減っては戦はできぬではないですが……休息は必要ですわ」
 鈴がそう言うのを合図に、彼女たちはそれぞれラクダに乗りこんだ。瑠璃は鈴の後ろだが、良玉は己のラクダを再度またぐ。
「良玉殿。この戦い、どう見られますか?」
「そうじゃのう。……いかんせん、嫌な予感はぬぐえぬわ。星が味方をしてくれば良いが」
 帰り際、鈴の言葉に良玉は星を見上げてそんなことを言った。輝き始めた星の瞬きは、戦況を動かす旗のようであった。