リアクション
● 「あまり進んで着たいもんじゃないよな」 「……わがままも言ってられませんよ」 ケーニッヒたちの持ってきた洗濯物を掴んで、ラルクと加夜はそんなことを口にした。まあ、誰しも他人の洗濯物を着たいとは思わぬであろう。しかし、これも潜入という任務のもとでは有効な手段であることには間違いない。 幸い、夜ということもあって視界が暗いせいか、女性陣は軽く離れた場所で砂丘に隠れて着替えてくる。男性陣は門の前で素っ裸だ。 「あれ? シャムスは? どこ行った?」 「オレはここだ」 「早っ!? 着替えるの早!?」 すでに兵士の格好に着替えていたシャムスは、少しだけムスっとしたように壁にもたれかかっていた。どうやら、あまり黒騎士の鎧を脱ぎたくなかったらしい。トレードマークのようなものだから……か? それにしては結構しぶっていたような気もするが。 さて、とはいえ女性陣も揃って準備は万全だ。 「あ、皆さん、これも持っていってください」 「無線機?」 砦に侵入する前に、その場に残るリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は仲間たちへと小型の無線機を手渡した。砂漠では電波が悪くて使えなかったが、砦内であれば、それで連絡を取ることもできるだろう。電波が上手く繋がれば、外にいるリーンと連絡を取ることも。 「もしものときの備え。じゃ、頑張ってね」 無線機をそれぞれが懐に入れて、リーンと別れて砦へと入り込むシャムスたち。 手引きはケーニッヒだ。彼を先頭にして、城内へとようやく侵入した。それまでの夜気の雰囲気は一変し、石造りの壁の無機質な空気が漂う。 すると、そこで別れることを提案したのは 緋山 政敏(ひやま・まさとし)だった。 「最悪、こっちが内部で暴れれば陽動にもなるだろ?」 それに――大人数で動くよりは少数で動いたほうが何かとやりやすいということもあった。それは理解できるが、シャムスとしては仲間と別れるのはなにかと後ろ髪引かれる思いもある。 「本当に大丈夫か?」 「安心しろって。大丈夫だよ。俺だけじゃない。カチェアも一緒だ」 「しかし……」 兵士の兜の奥で、シャムスの戸惑いの声が漏れる。 「んじゃ、約束だ。無事に帰ってきたら、顔ぐらい見せろよな」 政敏は冗談めいた声でそう言った。シャムスはそれを聞いて、ほほ笑んでみせる。それ以上、彼を引きとめることはしなかった。 「この仮面を取る時は、オレが死んだときだ」 その声にわずかに哀しみの色があったことを、政敏は自然と感じ取っていた。 ● 「まったく……じっと監視してるだけなんて、地味なお仕事です」 「まあまあ、そんなこと言わないでください。これも立派なお仕事ですよ」 砦の外――岩陰に隠れて双眼鏡を覗きこむソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)の愚痴を、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は実に丁寧な物腰でそれをなだめた。 彼女たちの仕事は、砦に潜入した仲間たちのために連絡係となって待機すること。もちろん、砦で何か異常事態が起こったときも考えて監視は怠らない。 地元の民が着込むような砂漠のローブを纏っているため、そうそう怪しまれることはあるまい。ただ――双眼鏡を覗きこんでいるところはあまり見られたくないところだが。 「はぁ……ところでカルキノスさんはどこに行ったんです? まさか一人だけ潜入班に混ざったなんて……!?」 「まさか。ほら、あそこですよ」 エオリアはジーっとビデオカメラの撮影機能を回しながらソフィアに方角を示した。彼の指をたどった先は砦の城壁。カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は何やら槍を片手に城壁にガスガスと刃先をぶつけているようだ。 「あれは……何をやってるんですか?」 「なんでも、窪みを作って火薬を詰めているそうですよ。おや……光学モザイクでしょうか。見張りの兵士が補充されたようですね」 ビデオカメラの画面に映ったのは、城壁の外を見回る警備兵がカルキノスに近づいてくる様子だった。即座にその場を離れたカルキノスは、光学モザイクによって周りの景色に同化する。敵兵は、お手本のようにそれをスルーして通り過ぎていった。 「見事なものですね」 「敵兵さんも気が緩んでるんじゃないですか? ほら、またあくびをしてますし」 「時間も時間ですしね。こちらが敵兵に見つかったときはどうしましょうか?」 「女の武器でしだれかかれば、男なんか一発です」 「…………」 エオリアの顔がいかにも微妙そうに歪んだ。実に機晶姫らしからぬ古典的手法である。 「そこ、胸がないとか言わないでください!」 別に誰も言っていないのだが……まあ、それほど気にしているということか。 「あれ? 私どんどん悪女になってないですか? ……私の清純なイメージが〜!!」 とりあえず勝手に一人で悶えるソフィアは放っておいて、エオリアはビデオカメラを回し続けた。砦だけでなく、その周辺まで怠らず資料とするところは、さすがに彼らしいと言える。 そこに、カルキノスから連絡が入った。ある程度距離が近く、夜であることが電波を上手く受信してくれたようだ。 『おう、エオリア。これからそっちに戻るぜ』 「分かりました。気をつけてくださいね」 ブツっと無線機の音が消えたのを確認して、エオリアはふと呟いた。 「何事もなければいいのですが……」 カメラの奥の砦は不気味なほどに静かで、それが逆に不安を誘うようだった。 「私のイメ〜ジ〜〜〜」 「…………」 ● |
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