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ビターなチョコは甘くない

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ビターなチョコは甘くない

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第4章


 やや時間が経って、ロマンスの時間は夜。

「わぁ……キレイ」
 四葉 恋歌は高台から街の夜景を眺めて呟いた。
 隣にはまだ恋人未満の男の子がいる。目下のところ恋歌が片思い中のクラスメートだ。
 ひょんなことから学校帰りに出会った彼は、友達と待ち合わせがある恋歌を送って行ってくれると申し出たのだ。
 恋歌は降って湧いたようなラッキータイムにどきどきしながらも、待ち合わせの約束があるこの高台の公園に立ち寄った、というわけだ。
 ところで、恋歌の鞄には先日の騒動にもめげずどうにか作り上げた手作りチョコが入っている。
 どうしよう、この場で渡してしまうべきだろうか。しかしバレンタインにはまだ早い。でもよく考えたらチョコ作りに夢中でどうやって渡すのかは考えてなかった。そうだ今渡してみて上手く行ったら当日はバレンタインデートとかどうだろう、それはいい考えだ、よし決めた。

「あ、あの……これ……!!」
 ごそごそと鞄から手作りチョコを取りだした恋歌。
 ありったけの乙女の勇気とほんのちょっとの計算と共に差し出されたチョコレートを、恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに受け取る彼。


「チョコレイト・ビーム!!!」
 そして当然のようにそこに襲いかかる木崎 光とウィルネスト・アーカイブス!!!


 しかもチョコレイト・ビームと叫んでおいて光が放ったのは爆炎波だ。
「のわぁぁぁーっ!?」
 特に契約者でもない一般生徒である彼にその爆炎波はかわせない。一瞬にして黒コゲになった彼に追い討ちとばかりにウィルネストのファイアストームが炸裂する!
「ぎょえわぁぁぁーっ!?」
 火だるまになりながらも一応恋歌をかばう形で突き飛ばして遠ざけた彼は天晴れだったというべきだろう。辛うじて恋歌は近くの茂みに押し飛ばされて見えなくなった。

 だが、恋歌のチョコレートはその場に落ち、光とウィルネストの手に渡った。
 光は変熊からの追跡を撒き、ウィルネストはヴァルや葵、クロセル一行との戦闘はチョコ怪人と評議会のメンバーに任せて別な場所で次々とカップルを襲撃していたのだ。
「ほい戦利品」
 光は恋歌のチョコのラッピングをその場でバリバリと破いて半分に割り、ウィルネストに手渡した。
「お、おう」
 外見上は男の子にしか見えない光だが、実は女子であることはクルセイダーに参加した時に知っている。まあ、本人にしてみれば戦利品の分配でしかないのだが、これはこれで女子から貰ったチョコレートということになるのだろうか、とウィルネストは少しだけ嬉しかった。

 そこに更に登場したのがゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)である。パートナーのジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)俺様の秘密ノート タンポポ(おれさまのひみつのーと・たんぽぽ)も同行している。

「だぁ~はっはっはっは! キサマらはいつもそうだ! 本命だのギリだの友チョコだのと下らない思惑でチョコレイトを醜く利用する! チョコレイトはおいしくもありがたく食すものであり、告白のための小道具ではないというのにッッ!! 我々はキサマらのような連中から全てのチョコレイトを救済するために立ち上がっぽぁっ!?」
 いつかの独身男爵のセリフをもろにパクるゲドーの横腹にタンポポが突っ込んだ。
「そんなどっかで聞いたような御託並べてやがらないで、素直にバレンタインが嫌いって言いやがれですこの語彙貧乏」
 げほげほと咳き込みながらゲドーは言い直した。
「うっせぇよ、余計な突っ込み入れんじゃねえよ! ったく、俺様はゲドー・ジャドウ!バレンタインという名の幸福を不幸に塗り替えてってげふぅっ!?」
 そこの反対側の横腹にジェンドが突っ込んだ。
「やだなあゲドーさん、さっきと言ってることが違いますよ? 自分の発言にはちゃんと責任を持たないと♪」
 更に追い討ちをかけるタンポポ。
「何を言い直してやがるですか! 心にもないウソをつくと偽証罪に問われやがるです。それに男なら言いかけたことはキチンと言いやがれですこの嘘八百野郎!」
 味方を得たり、とばかりにジェンドは畳みかけた。
「そうですよ、今ゲドーさんはチョコレイト・クルセイダーという組織に属しているんですから、どういう立場で行動しているのか宣言しておかないと♪」

 矢継ぎ早に突っ込まれまくったゲドーはややキレ気味だ。
「う〜る〜せぇ〜っ! こまけぇことはい〜んだよどうだって! どっちにしたってやるこたぁ一緒! 一緒なの!! 俺様手段のためなら目的は選ばねぇんだよ、わかったか!!」
 やや、というか完全な逆ギレだ。

 ジェンドとタンポポは二人揃って呆れ顔を見せた。
「それだから毎回ダメなんですよ、ゲドーさんは」
「まったくです。ダメダメすぎやがるです」


 ともあれ、ここにチョコレイト・クルセイダーが三人揃ったことになる。こうなれば、最早やることは一つであった。
「おい……次のターゲットだぜ」
 と、光は公園を一人歩いて来る女性――リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)を指差した。

「ふんふ〜ん♪ ちょっと遅くなっちゃったから早く帰らないとね〜♪」
 リースはツァンダの街でちょっとショッピングを楽しんでいた。少し前に愛しの男性と結婚した彼女は、友達とついつい長話をした帰りである。ついでに良さそうなチョコレートも入手した彼女は一刻も早く家に帰りたいのであった。

「お〜っと、そこまでだぜお嬢ちゃ〜ん」
 まさに悪役顔でその進路を塞いだのがゲドーである。
 両脇を光とウィルネストが固め、後ろはゲドー配下のチョコレートで作られたアンデッド――バレンタインアンデッドが固めた。

 ウィルネストが手元の『ときめきセンサー』を見ると、確かに反応が出ている。
「ふっふっふ、ときめいてるときめいてるなぁーっ! さあ、その袋のチョコを渡して貰うおうか!」
 リースは後ろ手にデパートの紙袋を隠すと、数歩後ずさりした。
「い、イヤですよ……ていうか何なんですか、あなたたちは!」
 その一言を受け、光は笑った。
「知らずば言って聞かせよう! 近くに寄ってしかと見よ! 憎きバレンタインを潰すため集まった我らこそが正義の勇士!」
 あっけにとられるリース。
「俺が! 俺たちが!! チョコレイト・クルセイダーだぁっ!!!」

 盛大な名乗りを上げたところで、リースの後ろに回ったバレンタインアンデッドが手に持った紙袋を奪い取った。
「あ! 私のチョコが!!」
 そのままアンデッドはゲドーに紙袋を渡す。
「げ〜へっへっへ! やっぱりチョコなんじゃね〜か!」
 このままでは愛する旦那様のために買ったチョコレートを奪われてしまう。可憐な乙女、リースは目に涙を溜めて懇願した。
「お、お願い! それは大事なチョコレートなの、返して、返してよぅ……」
 うるうると瞳を潤ませる美少女。だが、ゲドーはそんな様子に心を動かされたりはしない。
「へっ! イ・ヤ・だ・ね。大体このチョコは誰にあげるつもりだったんだ〜? 素直に答えたら考えなくもないぞ〜?」
 すると、リースはポッと顔を赤らめて、答えた。
「そ、それは……愛する旦那様に決まってるじゃないですか……バレンタインまでまだ日があるけどいいチョコ見つけたから……当日までにまたいいのがあったら何回でもバレンタインしちゃおっかなって……えへへ♪」
 のの字を書きながら全力で惚気るリースに、ゲドーはもう砂を吐こうかへドを吐こうかという状態だ。


「ぜってー返さねぇ! 俺たちで喰う!! 今すぐに喰うぞこの色ボケ女がーっ!!!」
 どうやら毒を吐くことにしたらしい。まあ気持ちは分かる。


「へぇ……返す気がないですって……」
 ここでゲドーとしてはリースがわんわん泣きだすのを期待していたのだが、どうも空気が少し違っている。
 可憐な美少女のオーラはどこへやら、リースはやや黒い笑いを浮かべてただでさえ赤い瞳を真紅に光らせていた。
「仕方ないよね……大人しく返していれば穏便に済まそうと思ってたのに……私と旦那様のいちゃいちゃと邪魔しようっていうんだから……もう逝きたいとしか思えないよね……」
 ブツブツと呟きを漏らすリースに違和感を覚えたゲドーは、周囲を囲むバレンタインアンデッドに命じた。
「やっちまえ!!」
 わー、とリースに襲いかかるバレンタインアンデッド。
 だが。

「――ッ!!」
 その攻撃をちょっと身を捻るだけでかわすリース。歴戦の防御術だ。さらに手近な一体の頭を掴むと、その頭部がどろりと溶けた。凍てつく炎の熱でチョレートを溶かしたのだ。


「返さないならその命で代償を払ってもらいましょうかーーーっっっ!!!」


 思わぬ強敵の出現に蹴散らされていくチョコレートアンデッドとゲドーだった。
 ちなみに紙袋の中身を見た光とウィルネスト。

「『チョコレート湯豆腐セット』? 何これ?」
「……美味いのか、これ? チョコも女もハズレの匂いしかしないんだが。別に襲わなくても良かったかな」
 二人は、リースにボッコッボコにされるゲドーを眺めながら、呟いた。ジェンドはその隙にタンポポを抱えてとっくに逃げ出している。
「運の悪い奴ってのはいるもんだなぁ……」


                              ☆


「待てぇい! そこまでにしてもらおうかっっ!!!」
 ゲドーがリースにボコボコにされている間に、物陰から飛び出してきたのが北郷 鬱姫(きたごう・うつき)とそのパートナー、パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)である。
 特にパルフェリアはノリノリだ。
 とりあえずゲドーはリースが全力で成敗中なので、光とウィルネスト、その他のクルセイダーとチョコ怪人が相手である。
 パルフェリアはクルセイダーたちをビシっと指差した。
「モテない独り者ども、いい加減にしておくのだっ!!」
 その一言にカチンと来たクルセイダーたちが二人に向き直る。パルフェリアは続けた。
「自分らがモテないことをチョコのせいにして人の恋路を邪魔するなど……人それを無粋と言うのだっ!!」
 そして、その後ろからこっそりと鬱姫が付け加えた。
「そうですよ、モテないからって、チョコレートなんて一個も貰えないからって、誰にも相手にされない一人身だからって、他人を襲うなんてヒドいですよ!!」

 悪気がない分、鬱姫の方がタチが悪いと思うのは気のせいだろうか。

「うるせぇっ!」
 激昂したクルセイダーのうち何人かが襲いかかった。だが、パルフェリアは華麗な動きでその攻撃をかわしていく。
「はっはっは! ザコじゃ相手にならないよ! 怪人を出しなさい怪人を!!」
 鬱姫を庇うというよりは、妙に敵を挑発するように前に出るパルフェリア。鬱姫は少し後方で置いてけぼりを食らった格好だ。
「パ……パルフェ?」
 何か変だ、と鬱姫は思った。それともパルフェリアには何か考えがあるのだろうか。
 その時、パルフェの呼びかけに応じてチョコレート怪人、チョコレイトマンが現れた。
 それを見たパルフェリアの顔がキラキラと輝く。
「現れたな怪人、さあ、かかってきなさい!!」
 チョコレイトマンと睨み合うパルフェリア。チョコレトマンは唸り声を上げた。
「おのれ、貴様何者だ……! 名を名乗れっ!」
 だが、パルフェは言い返した。
「悪党に名乗る名などない! さあ撃ってみろ、チョコレイトビームとやらを!」
 妙な期待を込めてチョコレイトマンを見つめるパルフェには、実はひとつの狙いがあった。

 それは『自らチョコレイトビームを受けてチョコ彫像にされて鬱姫に食べて貰おう大作戦』である!!
 まあ、内容については語る必要もあるまいが、実はこの作戦には大きな誤算があった。
「ぐぬぬぬ……名乗らないだと……!!」
「?」
 悔しそうに歯噛みするチョコレイトマン。そこに、鬱姫がこっそりと呟いた。


「まさか……名乗ってる間じゃないと撃てないんじゃ……」


「……」
「我が名はパルフェリア・シオ――」


「名乗っている間にチョコレイトビームッ!!!」


 たぶん満面の笑みを浮かべてチョコレイトビームを放つチョコレイトマン。
「あーーーれーーー!」
「どうして弱点が分かってるのに名乗るんですかパルフェーーーっっっ!?」
 見る見るうちにこちらもイイ顔をしたチョコ彫像にされていくパルフェリア。
 そのまま鬱姫の方へと駆け寄り、本懐を遂げようとした。


「さあ鬱姫! 食べて! このまま食べてーーーっ!」


「――アホですかーっ!」
 思わずその手に持ったマジカルステッキでパルフェリアをぶん殴ってしまう鬱姫。
「えー。何で食べてくれないのー……」
 そのまま鬱姫はクルセイダーと戦闘を続け、パルフェリアは頭にでっかいコブを作ったままチョコ彫像にされてしまったのだった。


                              ☆


「おかしいですねぇ……電話に出ないなんてぇ」
 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)は呟きながら夜の公園を歩いていた。
 友人である四葉 恋歌が変態に襲われてチョコレートの材料を取られたというので、今夜は恋歌と待ち合わせをして囮捜査に乗り出すつもりだったのだ。
 そのエサとして『いかにも本命のためにチョコを手作りしますよ』という風情でチョコの材料も用意した。
 具体的には大した化粧もせずにエプロン姿で、確かにちょっとチョコを手作りしていたが上手く行かず、足りなくなった材料を急いで買いに来た少女に見えなくもない。

 ところが、一緒に見回り捜査をする予定であった恋歌が待ち合わせの時間に現れないのだ。連絡もなしに時間に送れるような娘ではないが、携帯に電話をしてみても出ない。

「……何かあったんでしょうかぁ……」
 と、公園内をとりあえずうろうろして恋歌の姿を探すルーシェリアだった。
 携帯から視線を上げると、自分よりちょっと年下だろうか、同じように周囲をキョロキョロしながら歩く人物を見つけた。
 自分は囮捜査のために来ているのだからともかくとして、その水鏡 和葉(みかがみ・かずは)は背も低く、あまり腕っ節が強いようにも見えない。

「ねえ、ちょっとあなた……」
 気になったルーシェリアは思い切って声をかけてみた。もう暗い時間だし、この辺りはチョコレイト・クルセイダーが出没する可能性があるのだ、ひょっとしたら戦闘行為に巻き込んでしまうかもしれない。
「ん、なあに?」
 和葉は陽気に声を返した。ルーシェリアはとりあえず事情を説明する。
「この辺りは最近、女の子のチョコを狙った変態が出没していて危険なんです、TVやラジオでも結構放送していましたけどぉ……」
 だが、和葉はキョトンとした顔をした。
「え、知ってるけど……それツァンダの話だよね?」
 今度はルーシェリアがキョトンとする番だ。確か今自分がいるここはツァンダの街の公園だと思ったが、何か間違っているのだろうか。
 何となく自分が立っている場所がぐにゃりと歪んだような錯覚を感じながら、ルーシェリアは言った。
「え、ええ……ここは、ツァンダの街、ですよ〜?」

「え……ここ、ツァンダ……?」
 やや呆然とした表情で、和葉はそう呟いた。それを受けたルーシェリアもまた、ぼそりと呟いた。
「……まさか……迷子……? しかも街単位で……?」
 それを聞いた和葉は、ビクゥと身体を硬直させ、壊れた機械のように首を横に振り続けた。
「ま、まままま迷子じゃないよ! ボクはちょっと夜のお散歩に出掛けただけなんだよっ!? ほら、いつもと雰囲気が違ってワクワクするじゃない!? 迷子じゃないよ!? お散歩なんだよ!?」

 何かを必死に弁明する和葉の格好をもう一度見たルーシェリアはあることに気付いた。
「……そういえば、それ。天御柱学院の制服ですよねぇ……あの、まさか学校帰り、とかー……?」
 完全に固まった和葉。喉の奥から絞り出すような声が出た。
「……お散歩なんだよ……なんだけど……家は……家はどこ……」


 迷子じゃないか! しかもなんというスケールの大きな迷子!!


 あまりにもスケールの大きな迷子を前にどうしたものか思案するルーシェリア。その時、公園の奥の方から何事かの騒音が聞こえた。

「? あれは!?」
 とりあえず騒音のするほうに掛け出すルーシェリア。和葉もそれに続いた。


                              ☆


「我が名は仮面雄狩る(おすかる)! 選定鋏に選ばれし者どもよ、おとなしくその身をシャンバラの未来に捧げるがいい!」
 タキシードとシルクハットに身を包み、美しい金髪をたなびかせたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)――だがその顔面にはナラカの仮面が装着されており、本来の彼女とはまた別な人格が現れているようだ。
 彼女は大きな剪定鋏を構え、クルセイダー達を狙って追い回している。
 たまらないのはクルセイダー達だ。リースがゲドーをボコボコにしている最中、突然やってきたリカインに襲われたのだから。しかも、その目的たるや――

「フフフ、その嫉妬に狂うエネルギー。この選定鋏に選ばれるということは光栄なことなのだ、覚悟を決めろ!!」
 リカインが狙っているのは、主にクルセイダーの股間だ。
 彼女はクルセイダー達の股間の一物を鋏で切り取って宦官にしてしまおうというのだから、なんとも背筋が寒くなる話だ。


「またお前かバカ女―っっっ!!!」


 そこに現れたのがリカインのパートナー、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)だ。小型飛空艇オイレでクルセイダーを警戒してパトロールしていた彼だが、騒ぎを聞きつけてやって来てみればまさか騒ぎの元が自分のパートナーだとは。
「何やってんだこのバカ! 大体その仮面は前に壊した筈だろうがーっ!!」
 だが、リカインは事も無げに答えた。
「フフフ……この仮面はリアジュウシネの思念がある限り何度でも蘇る……貴様にはこの選定鋏が動かない、去るがいい」

「むぅ! いかん、いかんぞ!! クルセイダーなどに手を貸す義理はないが、宦官となってしまっては未来を担う若者の希望が!! シャンバラの出生率が!!」
 その傍らでいささかズレた心配をしているのがもう一人のパートナー、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)である。見た目は喋る魔本の河馬吸虎は、日頃から世間を自らの欲望で満たそうと日々活動中だ。
「クルセイダーなどしょせんは一過性の事件! だが宦官となってしまっては一生その傷を負う! 何より生まれたままの美しい姿を汚すなど許すわけにはいかん!! ようし、クルセイダーの諸君、俺様は貴様らを応援するぞ!!」

 オイレを飛び出す河馬吸虎。アストライトも仮面雄狩る――リカインの前に立ち、光条兵器であるブレードトンファーを取り出した。
「へっ、そんなら何度でもぶち壊してやるよ……何なら仮面といわず、本体ごと真っ二つにしてやらぁ!!」


「――何、これぇー?」
 現場に駆けつけたルーシェリアは呆然とした。てっきり別な被害者がクルセイダーに襲われているものと思ってみれば、逆にリースやリカインといった面々がクルセイダーを追い回しているではないか。それに、リカインのパートナーである筈のアストライトと河馬吸虎はクルセイダーに味方しているようにすら見える。
 他にも何人か囮捜査に乗り出していた者がいたのか、公園の一角で戦闘を続けている様子もあった。
「あっ!」
 その一角に見知った顔を見つけた和葉は走り出した。

「ルアーク! 探したよーっ!!」
 そこにいたのは和葉のパートナー、ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)である。
 言うまでもないが探していたのはルアークの方。学校から自宅まで30分と離れていないのに一向に帰って来ない和葉に痺れを切らして迎えに来たのだ。
 契約者同士の繋がりで大体の居場所は分かるとしても、今回はなかなか遠かった。
「まったく、よくこんなところまで迷子で来られるよねー? こっから家までどんだけ離れてると思ってるわけー?」
 クルセイダーに向けて最古の銃を撃ちながらも、ルアークは呆れ顔をしてみせた。それを聞いた和葉はちょっとふくれ面をして見せる。
「迷子じゃないよ……お散歩だよ……」
 あくまで言い張る和葉。だが、ルアーク自身はそんなことはお構いなしだ。
「ま、俺としては面白いからいいけどねー。っと!!」

 突然、茶色いボール状の物体が次々と飛来してルアークを襲う。和葉を庇うように身を翻したルアークは、軽くジャンプして距離を取った。
「チョコボンバーっ!!」
 そこに現れたのは、チョコ怪人『チョコボンバー』だった。両手が大きい筒状になっていて、そこから無数のチョレートボールを撃ち出すのだ。
 だが、ルアークはいつになく真面目な顔で応戦する。
「俺ってばチョコレートなんて大っ嫌いなんだよねー! 変態と遊ぶのも悪くないけど、和葉に当ったらどうすんだよっ!!」
 ルアークの銃から大きな炎がほとばしった。爆炎波だ。
「チョコーッ!?」
 ルアークの炎はそのまま打ち出されたチョコレートボールごとチョコボンバーを焼き尽くす。周囲にチョコレートが焼け焦げる甘ったるい匂いが充満した。
「……ち、気分の悪く匂いだよねー? こんなもの食う奴の気が知れねーよ」
 と、甘いものが苦手なルアークは文句をこぼすのだった。


「どうやら迷子さんもお知り合いが見つかったみたいで良かったですー」
 と、ルーシェリアは胸を撫で下ろした。自身も火術を駆使して戦いながら様子を見ると、公園の入り口から誰かがもの凄い勢いで走ってくるのを見つけた。
 変熊 仮面とにゃんくま 仮面だ。
 いつもと違って今日は素顔で制服姿なので、道を歩いているだけで通報されることはない。息を切らせた変熊は戦闘の様子を見ている木崎 光の姿を発見した。

「見つけたぞ!! 貴様、俺様から奪ったチョコレートを返すんだ!!」
 それに気付いた光は傍らのウィルネストから紙袋を受け取る。
「あ? さっきの奴か。残念だったな、さっきもうみんなで分けて食っちまったよ!!」
 光はヒラヒラと空の紙袋を振った。
「な……なんだと……」
 絶望感に崩れ落ちる変熊。にゃんくまはそんな光をビシっと指差して抗議する。
「にゃんということを! あれは見ず知らずの女までもがわざわざ師匠に手渡していたモテモテチョコだというのに!!」
 ――いくら何でも見ず知らずの女の子はそうそうチョコ渡さないよね?
「しかも『ありがとうございました、またご利用下さい』という愛の告白までつけてにゃあーっ!!」
 ――違う、それ愛の告白違う。
「さらに師匠のサインまでねだっていたのに! そのチョコを奪うとはひどい奴らだにゃーっ!!」
 ――それクレジットカードのサインだよね。


 木崎 光の出した結論。
「だーっはっはっは!! コイツ、チョコ貰えないからって自分で買ってモテモテなフリしてやがったのかーっっっ!!!」


 紙袋の底を探ると、出てきたのは一枚のレシート。
「やめてーっ! 見ないでーっ!!」
 変熊の叫びももはや遠い。
「バッカでー! こんな大金使ってやんの!! 確かにどれも高級チョコだった! うん、うまかった!! ごちそうさん!!!」
 光は両手をパンと合わせて打ちひしがれる変熊を拝むと、その場をクルセイダー達に任せてウィルネストと共に走り去っていった。

「おおおぉぉぉ……」
 泣き崩れる変熊。そこに、一人の女性が現れた。アストライトによりナラカの仮面を割られて正気を取り戻したリカイン・フェルマータだ。
「あの……変熊さん……」
 涙に濡れた顔を上げると、そこにひとつのチョコが差し出された。
「いつかは……その、ごめんなさい。これを食べて元気を出して下さい」
 それは、鋏の形をしたチョコレートだった。リカインは仮面雄狩るとして、つい変熊の一物をちょん切ってしまったことがあった。幸いにしてソレは奇跡的に復活したものの、リカインとしては不本意なことだったので謝罪の機会を探していたのだ。
 

「お、おお……こ、これは、チョコレートじゃないか!! やった、義理とはいえチョレートを貰えたぞーーーっっっ!!!」


 不幸な過去は水に流しつつ、とりあえずチョコを貰えたという事実に歓喜する変熊だった。
 よかったね、変熊さん!!