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学院のウワサの不審者さん

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第2章 調査開始

 深夜のイコン・超能力実験棟は非常に暗かった。雰囲気ではない。物理的に暗かったのである。
 時間帯は太陽が完全に沈みこんだ深夜。その上、実験棟には明かりという明かりが存在していないのだ。電線は全て断線し、電灯も全て壊れているため、調査団には自ら明かりを確保するための技や道具が求められることとなった。
 その実験棟の玄関扉だけは奇跡的にも無事だった。多少窓ガラスが割れてはいたが、扉としての機能が失われたわけではない。しかしながらそこに鍵はかけられておらず、ピッキングを行うまでも無く力を入れれば開いてしまう。廃棄・閉鎖されたことで誰も近寄ることは無いだろうとでも考えたのだろうが、それがよもやこのような結果につながるとは……。
 集まった調査団のメンバーは約70名にもおよび、それらは順次、開いた扉から暗闇の中へと足を踏み入れていった。

 ただし中には調査ではなく、違う行動を目的とした者もいる。葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)がそうだ。
 彼女たちは実験棟の前で炊き出しを行っていたのである。
「さて、今日も炊き出しですよ、アリスっ♪」
「あらら、可憐ったら張り切っちゃって。それじゃあ私は頑張ってお手伝いかな」
「出来上がったら今日も中の人たちに配りに行きましょうね♪」
「お、いいね〜。あ、でも出来上がったら少しだけ味見させてね?」
 真夜中の実験棟の前、誰もいないその場で彼女たちは楽しそうに調理を展開させていく。主に調理を担当するのは可憐だ。
 時期が時期だけにこの場はまだ肌寒く、振舞われる料理としては体が温まるものが好まれる。そこで彼女たちはおにぎりと肉じゃが、そして旬のたらの芽の天ぷらを作ることにした。問題があるとすれば、その後で調味料だの何だのをあれやこれやと放り込んだせいで、まともなはずの料理が「謎料理」と化してしまったことくらいだろうか――しかも可憐はこれを意図的にやっていた。
「それにしても……、今日はやけに人通りが多いような気がしますねぇ」
 作られた料理を受け取り、そのまま立ち去っていく調査団のメンバーを見送りながら、可憐はそうひとりごちる。
「まあ中の人たちも毎回同じ部屋にいるっていうわけじゃありませんし……」
「……いや、これそんなレベルじゃないと思うけどねぇ」
 可憐の作ったたらの芽をこっそりかじりながら、アリスは視線を逸らした。それもそのはず、彼女たちは今回の一連の騒動に関わっているのだ。
 どちらかといえば無自覚の行動だった。彼女、特に可憐は、この実験棟内部にいる「不審者」を相手に炊き出しを行っていたのである。2人が不審者扱いされなかったのは、そもそも「表に出て動いている姿が目撃された」ため、ターゲットとして認識されていなかったのが理由である。ついでに言えば、今日は調査に来たメンバーを相手に料理を渡していたため、まさか不審者の1人であると考えられなかったのだ。
 もちろんそのような事情など彼女は知る由も無かった。それ以前に、実験棟の中にいる連中が、まさか不審者扱いされてるなどと可憐はまったく理解していなかったのだから。
「さて、一通り配り終わりましたし、今度は中に入りましょうか」
「うん……、全員に行き渡ったわけじゃないしねぇ」
 調査団全員に料理が行き渡ったわけではなく、また最初から中にいる人間にも料理を渡していないのだ。当然彼女たちとしては実験棟の中に入らざるを得なくなる。
(っていうかさ可憐……、絶対楽しんでるよね、この状況。態度とか明からさまだし、絶対楽しんでるよね? 今は運よく怪しまれてないけど、犯人グループと間違われて反省文書かされたりしても知らないよ……?)
 お互いにダークビジョンで暗闇を見通し、道行く調査団を相手に差し入れを行っている間、なんとなく自身の行為が何を意味しているのか理解しかけていたアリスは内心、気が気でなかった。調査団メンバーから「不審者騒動」について質問された際にアリスが何事かを話そうとすれば、可憐が「自分たちにはよくわからない」と口を挟みそれを止めてしまう。
「え、夜な夜な起きている怪現象ですか? さぁ、私にはよくわからないです……」
「まあそんなことよりたらの芽どうですか? 海京ではなかなか手に入らない貴重な一品ですよ」
「あ、これはまだ未完成品なんですけど、よければ召し上がりますか?」
「あ、今日も夜遅くまでお疲れ様ですよ〜」
 その言動が奇妙だったためごく一部からは怪しまれたのだが、差し出された謎料理のインパクトのおかげで、最後まで不審者の1人であると数えられなかったのは、果たして幸運か否か……。

「和葉ちゃん、暗くてよく見えないの。困ったわね」
「大丈夫。ちゃんとボクが手を引いてあげるよっ。さ、お手をどうぞ、お姫様?」
「それじゃあ……、エスコート、お願いするわね。私の王子様?」
 方や14歳程度の少年、方や外見10歳程度の妖精は、そんなのんきな会話を交わしながら仲良く手をつなぎ、暗闇を歩いていく。くすくす微笑みかける妖精の名はメープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)、エスコートを担当している王子様の少年――ではなく少女は水鏡 和葉(みかがみ・かずは)という。彼女たちともう1人、すぐ後ろからついてくるルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)を含めた3人は、探検気分でこの実験棟の調査に参加していた。
「真夜中の学校ってワクワクするよねっ? しかも旧校舎……。こう、ロマン溢れると思わないっ?」
 和葉のこの一言がルアークとメープルを誘い出す原因であった。
 和葉の目的は事件の解決には無い。彼女の目的は、不審者が現れたらしいポイントをまとめあげ「犯人一覧マップ」を作成することにあったのだ。そのために彼女は学院上層部からイコン・超能力実験棟の地図のコピーを手に入れ――最初、旧校舎の地図が欲しいと言って教官に変な顔をされたがそれはともかく――そこに噂の出所と思しき地点に印をつけ、今まさに出発したところである。
「つーかよぉ和葉、いくらあんたがダークビジョン持ちだからって、普段の迷子スキルを考えたらかなりまずいんじゃないか?」
 後ろからルアークがため息をつきながら顔をしかめる。面白そうだからとこの話に乗ったがメープルまで一緒とは考えていなかった。別に嫌いではないのだが、なんと言うか面倒なのだ。
 そんなルアークに和葉は自信満々に答えた。
「大丈夫ルアークっ! ボクだって今回はちゃんと迷子対策してきたよっ」
 和葉が「秘密兵器」と称して紹介したのは、天御柱学院に所属する新米事務員、通称「天御柱学院迷子担当員」だった。その主な仕事とは、名前の通り迷子の捜索と保護である……。
「とりあえず……、どこから出てきたの、お兄さん?」
 呆れかえるルアークに対し、その事務員は泣きながら「無理やり連れてこられた」と説明する。
「はあ、まあ、うん、なんつーか……大変だねぇ。あ〜、うん、はいはい……」
 事情の後は愚痴とクレームだと言わんばかりに事務員はルアークを相手にあれやこれやとまくし立てるが、そのルアークの方は適当にあしらうだけだった。
(っていうか、何で俺が慰めないといけないの? まあ正直メンドイのはわかるけどさぁ)
 皮肉屋&享楽主義なこの魔鎧の青年は、その状態のまま自前の暗視技術を駆使し、和葉とメープルについていくこととなった。
 3人は特に明確に目的地は定めず、噂があったらしいその場所を探して回る。だが「不審者」が毎回まったく同じ所にいるわけではなく、和葉たちはしばらくの間、犯人らしき人物とは会わないまま、実験棟内を歩きまわされることとなった。
 この3人が結局どの程度活躍するのか、それはこの後のお楽しみということになる……。