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リアクション
第7章 デュエリストたちよ、戦慄のカードゲームの覇者となれ
私の名前は神無月秋子(五月葉 終夏(さつきば・おりが))。
百合園女学院の近くの中学校に通う、
何の取り柄もない地味な眼鏡の14歳……“だった”。
だけど今は違う。私は「契約者」になったんだ。
ふふふ……あはははは……!
ああ、世界の、大地の祝福の音色が聞こえる……!
「……ん? あ、あれは! あれは“奴”が撒いた闇の片鱗! すぐに浄化しないと大変な事になる!」
──神無月秋子は、きらりと眼鏡を光らせて、ソレに飛びついた。
「く……ええい!」
指先が唸って、秋子の手が“闇の片鱗”をつまみ上げる。と思うと、それはシャープな放物線を描いて、側に設置された“封印装置”へと投げ込まれた。
「危ないところだった……。これは舞踏会を楽しむ暇はないかもしれないな……」
自称「契約者」と本物の契約者が死闘を繰り広げている間。いや、自称契約者たちがパラミタランドに集まってからこの方、秋子はずっと闇の片鱗を封印し続けていた。
舞踏会を勝ち抜き、「深淵なる力」を手に入れ、“トクベツ”な存在に近づく──筈が、息をつく暇もない。道は想像以上に険しいようだ。
「ああ、あんなところにも……!」
視線の先にまたソレを落ちているのを見つけて、慌てて秋子は拾い上げた。今度の片鱗はカサカサとして軽く、投げ込めそうにない。仕方なく、“封印装置”まで持って行って、上から突っ込んだ。
秋子の額には汗がにじんでいる。
(恐ろしい。恐ろしすぎる。このような場所で舞踏会を開催するとは……他の契約者は気にならないのか!?
いや、もしやこれらを苦にもしない契約者ばかりなのだろうか。なんという……)
こんなことをしていたら、いつまでたっても舞踏会にたどり着けないシンデレラだ。放っておこうか、と秋子はちらりと思った。が、首を振って考えを打ち消す。
放っておいたら、闇の片鱗は通りかかる契約者や一般人に害を及ぼすどころか、秋子の愛する大地は汚れてしまうだろう。
(もしや、“奴”が近いのか……?)
秋子は油断なく周囲に視線を走らせた。
すると、決定的な瞬間を見つけたのである。
普段はショーが行われるステージの、その横。占いコーナーの手前で、今まさに、一人の少女が闇の片鱗を振りまいているのを。──おそらく“奴”に違いない。
「君だな、闇の片鱗をばらまいて、大地を汚すのは──!」
秋子は指先から雷を呼び出すと、少女の足元を狙って撃った。彼女はそれをステップで避けると、秋子の方を振り向いた。
秋子は急いで、振りまかれた闇の片鱗を拾い上げた。闇の片鱗──黒にも紫にも見えるそれは、中に赤や銀色の煌めきを散らしながら、きらきらと輝いている。
(パラミタランドやコンビニでも売っているカードゲームのパッケージだった──そう、秋子がやっているのはただのゴミ拾いであった。ゴミ拾いなので、職員の人には訝しがられながらもとがめられなかったわけである。一度ならずスタッフがしますが、と言ったのだが、彼女は危険だから自分がやると言い張っていた)
秋子の怒りは天から降り注ぐ光となった。光の雨は矢へと変幻し、少女に降り注いだ。
「<天光別つ運命(シックザール・ブリッツ)>!!」
「そこの方、占いなどいかがですか?」
山元紅葉(佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう))は背中からかかった声に振り向いた。
そこには、テーマパークやショッピングセンターでよく見かける、占いコーナーが設置されていた。星模様のパーテーションに区切られたいくつかのスペースで、数人の占い師が未来を観、あるいは客を静かに待っている。
占いコーナーの側には、休憩中なのか、黒いフードをすっぽりとかぶった人物が立っていた。
その人物は振り向いた紅葉に、再び声をかけた。
「──それとも、ダンスの方がお好みですか?」
フードから望む口元が、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
手が閃いてカードがかざされる。『星』が描かれたタロットカード。それと共に紅葉の頭上から、細かい流星が降り注いだ。
身軽にバック転して回避する紅葉を見て、その占い師(ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす))は再び笑みを浮かべた。
先ほどまで彼がいた場所にはもはや何もなかったが、石畳の床は浅くえぐれてしまっている。
「君は、組織の追っ手か……」
紅葉はかつて『深淵の暁闇』の諜報部に所属していた。
抜けるつもりが初めからあったわけではない。スパイ活動を続けていたある日、組織の暗部の中の暗部・とある澱粉の違法取引を知ってしまったのだ。
人を狂わせる澱粉は主義に反すると、許せずに警察にリークした紅葉だったが、生憎というべきか組織の巨大さからして当然と言うべきか、警察内部には紅葉も知らぬスパイがおり、組織に追われる身となってしまったのだった。
「追っ手、ということは組織を抜けられたということでしょうか? ……そうですね、そうとも言えるかもしれません。組織が招待状を送ったということは、その意図があったのでしょう」
「まぁどちらでもいいさ。追っ手は狩るのみ。で、ワタシを知らないということは、お互い能力についても知らないということだな?」
占い師は満足そうにうなずいた。経緯は問題ではない、結末は既に決まっている。契約者が集まった時点で、既に。
哀れなものだ。誰も彼も、運命という名の糸に操られ、踊らされるだけの哀れな“操り人形達(マリオネット)“に過ぎないということにも気付かずに……。
「自己紹介致しましょう。私は組織の契約者……通称“運命を識る者(フォーチュン・テラー)”」
占い師はタロット・カードの大アルカナの束を手で切ると、細い指先で一枚引き抜いた。──『隠者』のカード。
刹那、占い師の姿はふっと掻き消えた。
「貴方が私に敗れる運命も、既に決まっているのですよ」
「タロット使いか……!」
紅葉は奇妙な偶然を感じながら、ポケットから自身のカードを抜いた。
まだ未開封のスペシャル・ブースターパック。いつものデッキでは対応できないと本能が感じていた。パッケージを破り、包みを放り投げる。
矢の雨が紅葉の頭上に降り注ごうとしていた。
「すみませーん。ちょっとお話いいですか?」
必殺技を放つべく全神経を集中させていた秋子の、集中を解いたのはそんな声だった。
「インタビューをしてるんですけどー」
マイクにメモ帳を携えて現れたのは、パラミタの百合園に通うレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だった。
秋子は一瞬鼻白むと、一転して頬を膨らませてレキに怒鳴った。
「……私の邪魔をするな! 大変な事になるぞ!」
「何が大変なことになるんですか?」
「決まっている、闇の片鱗が大地を覆い尽くすと、水は毒と化し、植物は枯れ、それから沼が瘴気を放ってだな、真っ黒い気味の悪い植物が生えて……」
「それは大変ですね。それを知ったのってもしかして、黒い本を読んだからですか?」
レキの誘導尋問に乗せられて、秋子はすっかり、邪魔されたことなんて忘れてしまった。
「そういえばそうだったような気がするな。それから私は契約者として真理を知ったのだ」
「すぐにですか? その不思議な本は何処にあるんですか?」
「い、いや……読んだら、そんなことどうでも良くなってな。気が付いたら消えていたし」
「ふんふん……」
レキはメモに要点を書き込む。今朝買ったばかりの薄いメモ帳は、インタビューしてきた多くの契約者の話で、半分以上埋まっていた。
「あ、良かったらその力を見せてもらえませんかー?」
「いいだろう。トクベツだからな!」
秋子はさっきと同じように、雷を呼び出して見せた。
「ふふん、スゴいだろう。ほかにあんなことやこんなこともできるぞ! ああいやいや、闇の片鱗を回収するという大事な使命が私にはあるのだ」
「すごいですねー、大変ですねー」
とか相槌を打ちながらも、病気にかかっていないレキには格好いいポーズを決めている人にしか見えていなかった。
(きっと正気に戻ったら、頭抱えて布団の上でゴロゴロしちゃうんだろうなぁ。早く治してあげたいけど……)
実はこの様子は、ばっちり、ビデオ撮影されている。光学迷彩で、パートナーのゆる族チムチム・リー(ちむちむ・りー)が隠し撮りをしている。
(この病気の実態を記録しておくのって必要だもんね。ごめんね)
レキはひとしきり彼女の行動をメモとビデオに収めと、黒い本が出たという騒がしい方向に向けて走っていった。
「ちっ……不発か」
空から降り注ぐ光の矢は紅葉だけではなく、占い師まで巻き込もうとしていた──しかし、術者の集中が途切れたことで、矢はいいところで霧散してしまった。
「『月極』が互いに潰し合うチャンスかとおもったんだがな! そう、奴らなどに深淵の力などは勿体ない」
ステージ上から二人の能力者を見下ろして、ククククク、とくぐもった笑みを浮かべたのは、蛇堂外道(ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう))。
彼は名前通りワルそうな顔で色々妄想した末、その笑いを遂に堪えきれなくなった。
「だ〜ひゃっはっは! 定礎グループこそが世界を統べる存在なのだ!!」
大声に、二人は外道を振り仰いだ。
「定礎……!」「定礎ですって……!?」
『定礎』グループ。日本に住んでその名を知らぬ者はいないだろう。
定礎とは、そもそもの建築物に必要な土台となる意思を定めることである。が、近年はビル等の建築物が増え、竣工年月などを刻む定礎版と呼ばれるもの埋め込むに留まっている。
──というのは表向きの事情。
日本最大の不動産会社・株式会社定礎、それが正体であった。
月極と同じく企業としての顔の他、巨大な暗部を持ち、月極と裏社会の覇を争っている。
外道は召喚術士としての能力を買われ、『定礎』グループの傭兵として生きてきた(ということになっている、ただのカードゲーム好きの学生である)。
「死の舞踏会とは丁度いい。 キサマらの魂を生贄に、我が神を呼んでやろう……!」
ひゃはははは、と悪役笑いを響かせる外道に、彼に付き従う男女がおずおずと声をかけた。彼らは外道によって召喚されたザナドゥの住人である。
「あの〜、作戦とか立てなくていいの?」とローザ(ローゼ・シアメール(ろーぜ・しあめーる))。
「うむ、それに簡単にいけにえになるとも思えぬが」とシオン(シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ))。
「作戦? 小細工など必要ない!」
まぁ、確かに堂々とステージ中央に立ち、スポットライトを浴びて大声を張り上げている以上、コソコソとか不意打ちとか隠れて、とかの作戦とは全く無関係だ。
「それから一つ勘違いをしているぞ。イケニエになるのはキサマらだ!」
びしっと外道が指を突き付けたのは、召喚された二人に対してであった。
「だが喜ぶがいいぞ! 死ぬのではない、神復活の礎となるのだ! そして、俺様が神と融合する、つまり永遠に生き続けるという訳だ! そしてその時、定礎グループ、いや俺様こそが唯一! 絶対の支配者となるのだ〜!!」
絶句する二人をよそに、外道は早速フラワシをぴぴったんぴったん、二人のおでこに貼り付けた。
「二人の血を捧げてやる。さあ、大いなる神よ、邪堂外道の名のもとに命じる! 今こそその異界へと繋がる扉を押し開き、現世に降臨するがいい──!!」
天が裂けたかと思うと、天から“神”は振ってきた。
それは邪神にして蛇神、人々の目に容易には明らかにされぬ神秘の神だった。
鱗に包まれた全身は鎚に似ていた。胴が膨れたその怪物は、短い尾を立てて体をうねらせたかと思うと、「チー!」と鳴く。
そして外道の緑色をした頭髪の草むらに、ぴたりと収まった。
「JYASINツチノコ様のご光臨だ! これでずっと俺様のターンだぜぇぇぇ!!」
「ずっと俺のターン、ですって……?」
勝ち誇ったようにひゃはひゃは笑う外道に、紅葉はぴくりと眉を上げた。
「真なるカードの力を見せてあげましょう」
「いくぜえええ!」
ツチノコは、そのずんぐりむっくりとした外見とは裏腹に、非常に素早い生き物として知られる。ステージから「飛翔」し飛びかかってきた外道の動きは、人の限界を遥か超越していた。
「ひゃっはー、これで終わりだ!」
邪道が振りかぶった杖は彼女を打ったかに見えた。しかし……手ごたえはない。
「何だとぉっ!?」
邪道は自分の手を見つめた。それから打った筈の彼女を見つめた。だが、そこには誰もいなかった。
慌てて紅葉の姿を探す。そして再び何だとぉっ!? と繰り返した。
紅葉が数人に増えていた──幻影だった。“ミラージュ”による幻影が、あちらにこちらに、彼女の姿を作り出したのだ。
「ザッピングスター!」
紅葉は彼があっけにとられている隙を見て、先程、ブースターを混ぜて完成させた手持ちのデッキから一枚を抜き取った。
それは、トレーディング・カードの能力を扱うデュエリストの特別製デッキ。
「アンコモン──『生贄の仔羊』!」
「なにっ……!?」
幻影を一体一体屠ろうとした外道は、振るうべき武器を何処に向ければいいのか判らぬまま、立ち竦んだ。
(忘れていた過去……ずっと、忘れようとしていた過去が……!)
脈絡もなく意味もなく、トラウマが彼の心に蘇って迫ってきた。
何度デッキを買っても、ブースターパックを買ってもレアが出なかった過去。デュエルで負けてカードを失い続けた過去。
カード交換で価値を知らなかったあの頃、うまく巻き上げられた過去……。
(何だ、何だこれはあああっ!?)
紅葉の必殺技・ザッピングスターは、トレーディング・カードの力によって、テレパシーを相手の脳内に送りつけるというものだ。
だが、一枚引いて次に仕掛けられるまでの空白の時間は三分。外道が正体を探り当てるには充分な時間だろう。
脳内に流れ込んできた幻覚から立ち直った外道は次々に幻影を杖で突き破っていく。
「ドロー、……レアカード『セイレーンの歌声』!」
再びミラージュを発動し、時に殴られそうになりながら彼女はカードを引き続ける。
今度は、外道の苦手なものが次々と立体として現れた。ホイップクリーム、十字架、聖書、白いドレスに百合の花。とにかく清らかそうなもの全部。
(大丈夫だ、ツキはこちらにある……!)
外道の攻撃は、本体の紅葉を外し続けていた。カードデュエルに必要なものは、知識、経験、そして何よりも、運。運を味方に引き寄せた者が勝者になる。
物陰に身を潜め、飛び出し、幻影を出現させ、息をひそめれば。
──ただそれは、こちらの体力も精神力も疲弊させた。神と合体した外道の体力は無尽蔵なまでだった。
時間稼ぎなら、彼の勝ちだ。遂に拳が彼に伸び、紅葉の腹に埋もれた。
紅葉の細い体躯は跳ね飛ばされて、近くの占いスペースの机に激突し、ベルベットの布を巻き込みながら横転した。
ふぅ、と細い息を吐く外道。
轟音。
外道は背後を振り返った。
目に入ったのは、『星』と『審判』のカードが空に舞い上がり、くるくると回転しながら円柱を描く様子だった。
「<無慈悲なる星の裁き(スターダスト・ジャッジメント)>──!」
占い師の声に呼応し、天井で遮られて見えないはずの天の星が輝いたのがはっきりと分かった。
その星々はきらきらと輝いたかと思うと、地上に向けて軌跡を描きながら真っ直ぐに降り注ぐ。
外道は、まだ恐怖が残り震える足を、何とか踏み出した。
星の裁きが彼の魂を神ごと焼き尽くすその瞬間、ツチノコの大きく開いた咢が、占い師を頭から飲み込んだ。
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