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リアクション
「ほらほら、もっと美しく踊ってみなさい!」
先程魔術で不意打ちをくらって苛立っているのだろう、セレナはいつも以上に積極的に攻撃を仕掛けていた。
耳を、頬を、肩を、腕を、太ももを、足を。決してまともには当てず肌をかするようにして、陰湿で執拗な攻撃を続けていた。
高く結い上げた黒髪からこぼれた一筋が、清楚なセーラー服の襟が、スカーフが、スカートの切れ端が、靴下が、千切れて飛んだ。
彼女九條院マリアは、頬を赤く染めた。
御園女学園に入学したばかり、蝶よ花よと育てられてきたお嬢様は、こんな屈辱など味わったことがなかった。
──いや、かつて二度ほど味わったことがある。
一度目は、ただの庶民、執事の娘というだけの沢渡 真言(さわたり・まこと)が「三笠家の関係者」として御園に入学した時。
二度目は、その真言が契約者となってパラミタに渡った時。
だが、二度目については、自分が契約者になることで見返すことができたのだ。
「わたくしに、これ以上の屈辱を与えるなど……許せませんわ」
マリアはセレナをきっとにらんだ。
「そう、どうやって許さないっていうの?」
セレナがランスを突き出し、マリアが退く。
「もっともっといい声で哭いてごらんなさい。私を楽しませて!」
追いつめられたネズミをい甚振って甚振って、甚振り尽くし、死の淵に立たせて、ようやく止めを刺す殺す残酷な猫。それが彼女の戦い方だ。
いや、もし、彼女だけであればマリアの敵ではなかっただろう。
しかし──ひゅん、と風を切って弾丸が飛来する。反撃も防御も逃亡も、その先を読まれて阻まれ、動きを制限、誘導さえされていた。
弾丸を避けて体をひねった先に槍があり、槍を避けては足元を撃たれバランスを崩した。
「ほらほら、私が怖いの? さっさとかかって来なさいよ」
マリアが挑発されて、物陰に潜むセレンの方に向かおうとすると、セレナのランスが邪魔をする。
二人で一人を翻弄し、挑発し、責め立て、焦って見せた腹を一気に食い破るのが、彼女達の作戦。といっても、作戦とわざわざ呼ぶこともないのかもしれない。作戦よりも趣味嗜好の色が濃かったから。つまりは二人ともサディストだった。
マリアはぎりりと拳を握りしめた。
「怖い、ですって? わたくしに怖いものなどありませんわ! あるとしたら、それは……」
──敗北。
(他の者に負けるなど、我慢ならなくてよ。わたくしでないのなら、誰が勝利者になるというの?)
「いいえ、ありませんわ! 調子に乗るのもいい加減になさいっ!」
マリアは思った。みじめなのは今の姿じゃない。みっともなく敗北することだ。
彼女は息を一つ吐き、手にしたファイアーウィップでぴしりと床を打つと、その音に気を取られた彼女の不意を衝いて、側に飾ってあるぱらみたくん人形──遮蔽物の影へと体を滑り込ませた。
本当はこそこそ逃げ回るような戦い方は好みではないが、この際仕方ない。一人ずつ倒そう。
──と、彼女が思った時だった。
「──マリアお姉様、お待ちください!」
「ミチルさん、危険ですわ!」
銃弾を掻い潜ってぱたぱたと彼女の元へと駆けて来たのは、旧知の鳥飼ミチルだった。
彼女と同じ御園女学園の黒いセーラー服の裾をひるがえし、黒い長い髪を見出し、息を弾ませて。
その清楚な可愛らしい姿は、奇しくも契約者志位 大地(しい・だいち)のパートナーにして魔導書・メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)と瓜二つだった。
普段から真面目そうなその顔立ちに決意を秘めて、真っ直ぐにマリアの元へ走る。
マリアはミチルの肩を抱きとめた。その表情からは高飛車なところが消え去っていた。
「かわいそうに、こんなに震えて……」
「いいえお姉様。お姉様の願いを叶えることが、私の願いなんです! お姉様はこの戦いを勝ち抜いて、パラミタへ行かれるのでしょう?」
「勿論よ」
「だから、お傍に居させてください。私も……これでも契約者の一人です。お役に立てます」
「ミチル……ありがとう、わたくしのことをそこまで……」
「お姉様……」
二人は見つめ合った。周囲からはまだセレンの弾丸が浴びせかけられていたが、今だけはこの上なく安全で、二人の間には清らかなものが流れているような気がした。
「そうね、共に戦いましょう。でも、危なくなったらわたくしに言うのよ」
「はい、お姉様」
マリアはミチルを連れて物陰から出た。
“妹”に見られていたら、恥ずかしい戦いはできない。そして背中は彼女が守ってくれる、その信頼があった。マリアは不敵に微笑む。
「深淵なる力は、わたくしにこそ相応しいのですわ……!」
掌から火球を喚び出すと、セレナに放った。
セレナは軽々と飛び退いて火球を避けた……が、それはただの牽制だった。炎を纏わり付かせた鞭が彼女の着地点を薙いだ。
セレナは咄嗟に槍を床に突き、反動を利用して数メートル先に膝から着地する。
「また炎使い……忌々しい」
「さっさと決着を付けて差し上げますわ。<天使の慈悲〜セラフィム・ケセド〜>──!」
鞭が唸った。炎の息吹をあげる鞭が螺旋となってセレナに襲いかかる。
セレナは立ち上がると、ランスの穂先を天井に向けて掲げた。
「<霧氷凍牙(フロストバイト)>」
槍の先端に集った霧のごとく細かい氷が金属の表面を覆い始める。見る間にランスは、牙を生やす氷槍と化した。
「てやああああっ!!」
完成した氷槍は、炎の螺旋の中央部に吸い込まれていった。
どちらが敵に達するのが早いか、両者固唾をのんで見守る──槍から溶けた霧氷による蒸気が上がった。
お互い視界が遮られる。
が、それも一瞬。
蒸気が晴れた時、ランスチャージは空を切っていた。半身を傾けて回避する、マリアの手が翻って、しなやかな鞭がセレナの背に襲いかかった。炎が彼女の背中で踊る。そしてマリアはすかさず、セレナは傷を負って、両者、弾け飛んだ。適切な間合いには近すぎる。
「……!」
セレンの口から、声にならない悲鳴があがった。彼女もただ見ている訳ではない。アサルトカービンの狙いをマリアの頭部に定める。
「お姉様!」
間に合わない、と思った時には、ミチルは銃の引き金を引いていた。
弾丸が彼女の肩で爆ぜ、マリアへの弾丸の軌道を反らす。そのままミチルはマリアに、傷つき転んだセレナにセレンが駆け寄った。
セレンはセレナを抱き起そうとしたが、力なく伏したままぐったりとして動かない。セレンは瞬時に判断した。セレナを抱えようとした両手を離し、アサルトカービンに再び持ち替える。
「<エクストリーム・ファイア>!!」
銃弾が躍った。セレナは二丁のアサルトカービンの引き金を引きっぱなしにして、弾丸を二人に浴びせかけた。充分に弾薬をばらまいたところで射線をクロスさせ、十字砲火(クロスファイア)に切り替える。その間、まさに瞬きを数回の出来事だった。
咄嗟には回避できない二匹のネズミに両腕の爪が伸びた。猫は咽喉を食いちぎろうと首を伸ばす──。絶え間ない弾丸の最後の雨がマリアの額に吸い込まれていった。
「始めましょう、わたくしたちのプレリュードを……」
「はい、お姉様」
二人は手を取り指を絡め、どちらからともなく肩を寄せ合った。
マリアが口を開く。「祖の眼に映るは断罪の鏡像」
ミチルがマリアの声を追いかける。「此の手に握るは贖罪の偶像」
讃美歌を謳うかの如き魔術詠唱に応じ、天から祝福の光が舞い降りて二人の姿を照らしだした。
「天より堕ちる煉獄の翼」
「地より昇る閃光の翼」
光は詠唱が進むごとに彼女たちの頭上に強く輝きを増し、やがて光を背負って一人の天使が翼を広げた。
白く清らかな光の粒子が彼女たちと世界を祝福するように舞い踊る。よく見れば粒子の一粒一粒の発光は、それ自身も燃え上がっているのだった。
『今、ひとつに……響け! ミカエル・コンチェルト!』
二つの声が一つに唱和した時、天使は空中で大きく旋回する。勢いのままに二人の暗殺者に向けて滑空し、羽根に灯る浄化の炎が、彼女たちを焼き尽くした──。
「……よ、良かったです、これで……」
「ミ、ミチルさん?」
先程の銃撃で酷い怪我を負っていたらしい。ミカエル・コンチェルトを解き放つなり、がくりと床に膝をつくミチルを、慌ててマリアが覗き込んだ。
何故言ってくれなかったのか、我慢していたのか、マリアは言いたいことを堪えて、彼女の肩をそっと支えた。
「お姉様…。わたし、お姉様にとっての蒼い鳥になりたくて。でも、ごめんなさい」
ぽろぽろと、埃だらけの頬に真珠の涙がこぼれた。
「ミチルさん………蒼い鳥は近くにいるものですわよ。これからも一緒にいてくださるのでしょう?」
「ええ、お姉様、きっと……」
微笑み、ミチルは目を閉じた。
「このまま貴方を放っておくわけにはいきませんわ。──深淵の力なんていつでも手に入りますわ!」
強がりを言って、マリアは彼女を背負った。もうマリアにとって深淵の力は二の次になっていた。尽くしてくれた彼女をできるだけ早く、安全な場所に連れて行きたかった。
だが、彼女は忘れていたのだ。まだ『深淵の暁闇』がここにいたこと、それを見過ごすミオスではないことを。
「組織の精鋭がやられるとは……」
彼女は二人を眺め渡すと、決意を固めたように、手の槍を取った。
「もはや躊躇はありません。組織に刃向う者は、この飛龍の槍のサビにしてあげましょう」
マリアとミチルに槍を向けるミオス。
最早絶体絶命かと思われた時、彼女たちの間に割り込んだ影があった。
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