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破滅へと至る病!?

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破滅へと至る病!?

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第5章 月極まる時、二つの大地は永遠の祝福を得るだろう


「──あの子ですよぉ」
 亜璃珠からの電話を切って、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が前方を指差した。
「あの子がぁ、黒史病のぉ、ヒントを持っているにぃ、違いありませぇん」
 普段と変わらないのんびり口調のメイベルだったが、これでも普段より幾分か早かった。
(「黒史病」、なんて恐ろしい病気でしょう……。パラミタに行くことを望む人たちがかかる、はしかのごときものなのでしょうが……)
 タシガンエリアへと続く通路を、客の人波を避けながら小走りに行く。そのほとんどは親子連れ、孫連れ、カップルや友人同士で遊びに来た若い学生たちだが……、中には見えない招待状を握りしめる自称「契約者」の姿も見える。彼らはぶつぶつ呟いてたり、突然叫び声をあげたり、傍から見れば危ない人だ。
「うえーん、あのおねーちゃんこわいよー」
「大丈夫、怖くないよー。ほら、飴あげる」
 メイベルのパートナーセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、おびえて泣き出した子供にしゃがみこんで目線を合わせた。
 それから視線のぶつかる真ん中に、パラミタランドのマスコット・ぱらみたくんペロペロキャンディを差し上げてみせた。
 ぱらみたくんは浮遊大陸パラミタをイメージして作られた、パラミタの(表面の盛り上がった下向き三角錐っぽい)形をしていて、近くの防災教室なんかのイベントに出張することもあった。
「ありがとうお姉ちゃん!」
 泣いていた男の子はぱあっと顔を輝かせる。
 セシリアは、キャンディを見せに祖母に駆け寄る男の子を、手を振って見送った。
「大活躍ですわね」
 キャンディを詰め込んだ籠を腕に下げたフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が微笑んでから、困ったように首をかしげた。
「ですけど、怖がらせるだけ、ならともかく……」
 自称「契約者」の中には、指で銃の形を作りながら戦ってる人もいるし、食品用ラップフィルムの芯を振り回してチャンバラをしている人もいる。大抵周りが見えてないから、もし子供やお年寄りにでもぶつかってけがをさせたら大変だ。彼らだって足を滑らせて頭を打ったりするかもしれない。というか、実際そんな場面に何度も出くわし、その度にメイベル達は右往左往していた。
「自分を契約者だとぉ、思い込んでいるぅ、みたいですねぇ。無茶ですよねぇ」
 ……そのうえ、百合園の本校にもそんな人たちが溢れてきているとか。
 世の中の汚れを知らない貞淑なお嬢様達が朗らかに挨拶を交わす白百合の園が、必殺技の掛け声と高笑いがこだまし、物陰に潜んでにやりと笑い合う鬼百合の園になるなんて、考えるだけで頭が痛くなってくる。駄目だ、何とかしないとこの人たち。
「何とも傍迷惑な病気だよね。ほら、所謂ネットスラングでいう厨二病、っていう。本人が後で思い出したら『黒歴史』して記憶を封印したくなるような恥ずかしいテイスト満載の設定に酔いしれるという」
「黒い本を早く燃やす必要がぁ、あるみたいですねぇ……」
「だけど、どうしてそんなヘンな病気を蔓延させるのか、理由も探らないと解決にならないよ。この辺は相手が魔導書だと判ったんだし、話せば何とかなるかも」
「ええ。できるだけ穏便に、ですわよ」
「はいですぅ」
 三人は顔を見合わせて頷き合うと、人ごみに消えていく少女の背中を急いで追った。

「遅かったか……」
 悪い予測が当たってしまった。
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は懐にしまい込んだ手紙の消印を思い出して、地球とパラミタのタイムラグに奥歯をかみしめる。
 実はエヴァルトの実家は、日本にある。この季節だと鶯の声が近くに聞こえる、静かな田舎町だ。
 実家の両親から手紙が届いたのはつい二、三日前のことだ。
 ──最近あの子の様子がちょっとおかしいの。突然叫び声をあげたかと思ったら、見張られてる! とか言い出すし……あんた心当たりない?
 当時は心当たりなんかなかったが、その後百合園女学院が出した依頼で知った黒史病とやらの症状は、両親が書いてきた症状と符合していた。
 もしやとは思ったのだが……、嬉しくない想像が当たってしまった。
「──ええい、正気に戻れ妹よ!」
 エヴァルトはチャンバララップ芯少女の前に立ちふさがった。そう、彼女が双子の妹だ。
 妹はエヴァルトによく似ていた。白い肌に銀の髪、赤い瞳。獣耳に尻尾、オッドアイなんかじゃなくても、漫画かゲームならこれだけで充分、契約者になれそうな外見だった。
 が、当の妹はといえば、そんな容姿「なのに」力がないこと、双子の一方だけが契約者になったことに長いこと鬱憤を溜めていたようだ。
「この私を襲うとは、秘密結社の人間ね? 私とやろうっていうの!?」
 ついでに妹は、本格的だった。
 目立たないようにわざわざジャケットにジーンズなんていう普段着で来たのが馬鹿馬鹿しく思えるくらいに本格的だった。
 発泡スチロールと廃材で作ったと思しき変身スーツは、決して一朝一夕で出来たものではない。
 廃材らしき金属製の胸当て(近所の自転車販売店のステッカーがこびりついていたのはご愛嬌か)と、グローブにブーツは銀と黒で格好よく塗装されている。
「絶対前から作ってただろおまえ。いや、病気になってからか?」
 エヴァルトの脳裏に、まだ幼いの日曜の朝、二人仲良く並んでテレビの前に座り、刑事系変身ヒーローものにかじりついていた思い出が蘇る。
「ええい、しゃんばらーすらっしゅー!!」
 ラップ芯を大壇上に振りかぶり、飛びかかってくる妹。
 以前からパラミタに憧れているだけあって、実は一般人にしては剣の腕が立つ。ラップ芯じゃなく竹刀や木刀だったら、間違いなく周囲の人間を怪我させていただろう。
(昔は良くチャンバラしてたな……。改造ヒーローや銀河刑事役をどっちがやるかって、喧嘩したこともあったか)
 目頭がちょっぴり熱くなるのを感じながら、エヴァルトは妹の剣を受け止めた。
 今の自分は契約者だ。あしらうなど造作もない。ただその事実が何となくせつないような気分にさせるのを、両の拳を握りこんで誤魔化した。両手にはめた疾風の覇気が拳を風に変える。
「覚悟しろ妹よ!」
 一瞬後、妹はエヴァルトが用意した縄にぐるぐる巻かれて、ミノムシになっていた。
「な、なにをするきさまー!」
「よし、これでまずは一安心だ。あとは原因を……」
 エヴァルトはじたばた抵抗する妹を肩に担ぎ上げる。
 ──と、視界の端に黒ずくめの少女が入ってきた。
「怪しいまでに黒い奴め。きっとあいつが黒い本を配布しているに違いない。簡単に逃げられると思うなよ!」
 エヴァルトは妹を担いだまま、彼女を追った。

「済みませぇん、通してくださぁいー」
 メイベル達は黒い少女を見失わないように人ごみをかいくぐって先へ先へと進んだ。
 人ごみの中でも時折患者らしい人たちを見かけたが、こちらから手を出したり、能力を見せたりしなければ、契約者ごっこに夢中で邪魔することもないようだ。
 ならばやはり一刻も早く捕まえるしかないだろう。三人は少女を追ってタシガンエリアに入る。
 タシガンエリアは紫がテーマカラーになっている。
 このエリア唯一のアトラクション「魔法の絨毯」は、座席で体験する3Dアトラクション。ャンバラ上空を駆け巡るうちにワイバーン襲われ、乱気流に巻き込まれて……、というストーリーが展開される。
 開場時間は1時間おきくらいで、数十人一斉に鑑賞可能ため、このエリアはあまり込み合うことがないのだが……。
「あら、あれは……あれが人ごみの正体のようですわ」
 フィリッパが原因を見つけると同時に、ぴんぽんぱんぽーん、という館内放送のチャイムが鳴った。
「ただ今タシガンエリアにて、シャンバラ・ロイヤルガードのサイン会及び握手会を行っております。写真撮影会は間もなく始まりますので、ご希望の方はタシガンエリアまでお越しくださいませ」
 やがて人ごみは、秩序だった長い長い行列に変化していた。変化している丁度その場所で、「最後尾」と書かれたプラカードを持った少女が列整理にいそしんでいる。
「何でじゃー! 何で我がこんなことをー!」
「どうしたんですかぁ?」
 メイベルが話しかけると、列整理の少女クタート・アクアディンゲン(くたーと・あくあでぃんげん)は空いた手を腰に当ててどうもこうもない、と憤慨したように言った。
「この素晴らしい名案の発案者は我だぞ。何で我が小僧とアリアの手伝い……しかも、整理係なんぞしなければならぬのじゃ!」
「おねーちゃん、誰のサイン会なのー?」
「うむ、ロイヤルガードの小僧のな……おお、列が乱れる」
 クタートは野次馬に来た子供にも、此処に並ぶように案内すると、ギフトショップの前にはみ出した客を整理しに、三角コーンを持って飛んで行った。
 列はうねりながら総延長三十メートルほど続いている。列の先頭には、彼女の言ったとおり、「ロイヤルガードサイン&握手会」の看板が立ち、葛葉 翔(くずのは・しょう)がにこやかな笑顔をつくって振りまいていた。
 その横で、「日シャン友好」のタスキをかけたアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)が、握手をしつつ、翔に次々とお客さんを紹介していく。
「これからもシャンバラを宜しく〜!」
「……おい」
「はーい、西シャンバラのロイヤルガードですよ〜」
「……アリア」
「ん?」
 がっちりとお客さんと握手を交わし続けるアリアに、翔が囁いた。
「ていうか、日シャンって何のことだ?」
「今さらだね。日本とシャンバラの友好、の略だよ」
 二人は「ロイヤルガードのコスプレ衣装」を着て──いや、本物がコスプレ衣装を着ているので正確にはコスプレではないのだが──先ほどから途切れることのない列に握手をし続けていた。
 ちなみにコスプレ衣装だけでは何なので、と付けたエンブレム、こっちは本物だ。
「考えてもみてよ。ここに来てくれる人はパラミタに好意的な人だよね?」
「まぁ、嫌いだったらわざわざこんなパラミタ体験ランドなんて来ないな。実際、こうやって並んでくれてるんだし……」
「ワタシ気付いたよ。これからの時代、パラミタで地球から手を差し出してくれるのを待っているだけじゃ駄目なんだ。こうやってワタシ達も手を差し出すべきなんだ。こういうイベントを定期的に開催して交流していかなきゃ」
「それは判るが、ロイヤルをガードするのがロイヤルガードの仕事なんだが……」
 アリアは何かに目覚めてしまったらしい。どこかさめている翔と違って、心から交流を楽しんでいるようだ。
 別に目立ちたい訳じゃない翔は、お客さんの憧れの熱い目線と、クタートが遠くから向けてくる恨むような目線にちょっと辟易しながら、
「そうです〜、はい、第三回の写真撮影は午後一時、もうすぐですよ〜」
 ノリノリで握手を再開するアリアに、心の中でため息をついた。
 ──自称「契約者」から一般人を護衛するには、人手に限りがある。現実的ではない。だったら一か所に集めれば護衛しやすいんじゃないか──。
 トラブル回避の上、国からのお墨付きのロイヤルガードがノーギャラで、ということもあり、パラミタランドの課長は二つ返事でクタートの提案を了解してくれた。のだが。こっちが本命でどうする。
「これって一石二鳥ってことでいいのか?」
「細かいことは気にしないのがシャンバラ流だよ! ほらほらそろそろ記念撮影だよ〜」
「皆の者、記念撮影じゃ。こちらに集うがよいぞ」
 クタートの案内で、翔を中心に笑顔の客が集まる。ランド側が用意してくれた記念撮影用アーチの前で参列に並ぶと、カメラマンが手を挙げた。
「今から撮りますよ〜。いちたすいちは〜」
「「に〜」」
 ぱしゃり。
 和気あいあいの雰囲気の中、クタートはプラカードを持ったまま、エリアの入り口をさりげなく見張っている。
 メイベル達もクタートに事情を聴き、一緒に、エリアを封鎖することにした。ここから先に契約者がやってきたら止めればいいのだ。
 ──というのも、視線の先に、黒い少女と彼女を追う契約者達が現れたからだった。