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破滅へと至る病!?

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破滅へと至る病!?

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第3章 レールは敷かれた。地獄への道が善意で舗装されていようと、悪意の道が天国へと続く保証はない。


 背後で輝く白い光に、少年は足を止めて振り返った。
 あの方向はエントランスゾーン、空京商店街へと続く道だ。
「なんなんだよ全く……状況がさっぱりわかんないよ」
 あどけない顔に不安をほんの少し浮かべてため息をつくと、彼は再び混乱から逃げるように、奥へ奥へと歩きだした。
 向かう先はアトラクション、アトラスマウンテンコースター。アトラスの傷跡と山麓を模したコースを汽車が走り抜ける趣向のジェットコースターで、人気アトラクションのひとつだ。
「あっちに行けば何かあるのかな」
 状況の手がかりになりそうなのは、ポケットにくしゃくしゃに突っ込んだ招待状だけ。
 ……少年は、状況がいまいち呑み込めないでいた。
 招待状に呼び出されて到着したと思ったら、乱闘がはじまってしまったからである。自分が契約者という自覚もいまいちないまま。
「まぁいっか、誰かいたら聞いてみよっと」
 契約者かあ……怖い人ばっかりじゃないといいなぁ、いじめられないといいけどなぁ、と、彼は姉ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)を思い出した。度々降ってきたげんこつや槍の穂先や、先に勝手に契約者になってパラミタに行ってしまった時の敬礼や後姿を。
 そして、姉貴もきっとこんな風景の中を歩いたんだろうな……と、彼は荒涼とした山々を模した、でこぼこ床や、壁面を見て思った。ここに来たのも初めてだけど、そんな風に思えるほど、本格的な内装だった。
 やがて通路が開けると、青い空と、茶色の山々、ミニアトラスが目の前に広がった。
 コースターはその山の間を蛇のようにうねりながら走っている。これも結構なスピードだ。あちらに現れたかと思えば山陰に隠れ、こちらに現れる、起伏とうねりの激しいコースだ。
「……あれ?」
 だけど、人が乗っていない。人が乗っていないのに動かすことなんてあるんだろうか? そういえば、お客さんもこの辺にはいないし、係員もいない……。
「おーい、誰かいないかー?」
 くるくる回りを見回していると、頭上から声が降ってきた。
「──ようこそ、あたいの領域(リージョン)へ」
 少年が振り仰いだ先、高い岩肌の上には、キャストの制服を着た係員らしき女性(御弾 知恵子(みたま・ちえこ))が見下ろしていた。
「あたいはこのアトラスの傷跡の支配者(アドミニストレーター)。人呼んで双頭の火砕龍(オロチ・ザ・デュアルヘッド)
 アトラスマウンテンコースターに人払いの結界(点検中の札)をかけた張本人だ。
「えーと、しん……『深淵の暁闇』の一人だなっ?」
「そうだよ。あんたはどっちだい? ……ま、どっちでもいいや。あたいの領域(リージョン)を汚すものは、フリーの能力者連中であろうと、同じ組織の能力者であろうと、一切の容赦はしないよ……」
 ぺろり、とキャストの女性は蛇のように唇をなめて、両手を腰に伸ばし──、
「あたいの炎を喰らいな!」
 右手で左腰の、左手で右手腰の、二つの銃把を握り、ホルスターから抜いた。砲身が火を噴く。
(危ない!)
 少年は慌てて飛び退って銃弾を回避した。
(って、あれれ?)
 回避して、自分の足を見る。自分でも銃弾を回避だなんてことができるとは思わなかったが、実際にできてしまったらしい。
「……何か知らんけど、巻き込まれたらやるだけだ!」
(何だかすごく体が軽い♪ もしかして……これって契約者の力なのかな? それなら……)
 彼は手に意識を集中させた。すると、手の中に長さ二メートルほどの光の槍が現れる。
(これなら、姉貴直伝の槍術も……使える!)
 少年はすぐさまコースター入場口へと続く階段を駆けあがった。追いかけてくる銃弾が背中をかすめていく。
 階段を上りきると、跳躍。顔面に飛んでくる銃弾は槍で弾きながら、作り物の岩に飛び乗った。
 岩を次々と乗り換えて、係員へとの距離を縮めていく。
「係員のくせにお客に喧嘩売るなんて、とんでもないな! そんなのボクがやっつけちゃうよ!」
 少年の指摘はもっともだった。彼女はもともと、アトラスマウンテンコースターの乗客を案内するお姉さんだ。
 言っておきながら、少年は返答を期待していなかった。彼女も返答をしなかった。むしろ聞いてない。
「あたいの領域(リージョン)を穢した罪は重いよ……!」
 岩から、山肌に隠れて見えなかった職員用の通路に飛び降り、少年は真っ直ぐ走ってくる。それを女性はゆったりと二丁拳銃を構えて出迎えた。
 罠か、と思わないでもなかった。が、少年も引かない。
インフィニット・ランス!!」
 少年の周りの空間に、魔力で作られた無数の槍が浮き上がった。
 その一本一本は全長十メートル程はあった。もし実体であれば両手で担いで運ぶのがやっとだったろう。
「ゴー!」
 肩にのしかかる召喚の疲労に抗うように、少年が両手を振った。槍は呼応して、バリスタのごとく一斉に発射された。
 女性もまた引き金を引いた。
「どうしても立ち去らぬというなら、あたいの奥義を見せてあげるよ。そう──」
 カルネイジの銃口から、二つの魔弾が放たれる。放たれるや否や、弾丸の輪郭が揺らめいた。
 一つは漆黒。
 一つは白銀。
 輪郭は揺らめいたかと思うと燃えあがり、瞬く間に龍の姿となった。龍はその咢を大きく開き、インフィニット・ランスの穂先を飲み込んでいく。
 二匹の龍はうねり体を旋回させながら槍の全てを飲み込むと、そのまま少年の体に喰らいついた。
 罪龍を構成する黒の地獄の業火が焼き、罰龍を形作る閃光が灼く。
「──<双神龍弾・罪と罰(ドラゴンズバレット・クライム・アンド・パニッシュメント)>……をね」
 彼女が長い名前を言い終えた時には、少年は岩肌に倒れていた。
 たっぷり十秒ほど動かなくなったのを確認して、彼女は銃口を少年からついっと持ち上げた。
「フフフ……あんたもやられに来たのかい?」

「……まさか」
 いつの間にか、少年の足元に犬を抱いた少女が立っていた。制服からして、百合園の生徒であろう。
 少女の名は木之葉富子ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな))。ついでに犬の名はベステレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす))。
「私は貴方達に復讐するために来たのですよ」
「復讐? 誰にだい?」
「勿論、私から全てを奪った月極、いえ『深淵の暁闇』にです!!」
 富子の瞳が苛烈な色を帯びた。
 去年までパラミタにいた彼女が日本に戻ってきたのは他でもない。
 “あの事故”のせいだった。あの事故でパートナーを、何もかもを失ったのだ……。
「全ては“あの事故”のせいです。あれは暑い夏の日のことでした。アイスの当たり棒を交換しようと、ツァンダまでの長い旅に出たあの日──」
 富子の話は十分ほど続いたが、要約するとこうなる。
 事故に遭った富子とパートナーを襲ったのは悲劇だった。
 パートナーは死に、富子も何とか一命を取り留めたものの怪我の後遺症が重く、普通の人間以下になってしまった。富子は力を取り戻すべく、海京にて強化人間手術を受けたが、パートナーとパラミタの記憶をほとんど失ってしまう。しかも契約者の力も戻らなかった。
 しかし富子はそこで終わらなかった。悲劇に打ち勝とうとするのが人間だ。超高性能小型AIセラフィムを埋め込み、契約者の力を得ることに成功した。
 だが喜びは長く続かない。現実は嗚呼無常諸行無常。セラフィムの超演算は、事故を『深淵の暁闇』の仕業だと導き出したのだった。
 ……そう、女子高生・木之葉富子は改造人間(サイボーグ)である。彼女を改造にまで追いやった『深淵の暁闇』は世界制覇をたくらむ悪の秘密結社である。故に、彼女は人間の自由のために『深淵の暁闇』と戦うのだ!
 彼女は犬を床に下ろすと、画面の暗いままの携帯電話に向けて話しかけた。かつてパートナーと会話した時によく使っていた電話だった。今も度々使っているが。
「……セラフィム。戦闘ですので以降は音声直接入力で行きますよ」
 ぱちん、と携帯を閉じてポケットにしまう。何故かベスが頷いたように見えた。
「プログラム解凍。バトルexe実行」
 声に合わせて剣を抜く。係員の女性が二丁拳銃なら富子は二刀流だった。
 地面を蹴る。容赦なく放たれる銃弾を二本のウルクの剣で弾き飛ばしながら、富子は彼女に肉薄する。
 ぎちん、と剣と銃の金属がかみ合う、厭な音がした。
「……っつ!」
 撃ち合いなら負けない自信のある女性も、自分の身を顧みない力押しで間合いに入られれば弱い。
「リミッターカットACT1!」
 富子は笑んだ。渾身の力で剣を押し込む。女性の足がたたらを踏む。富子は崩れたところに足払いをかけ、追いかけるように剣で薙いだ。
「くそっ」
 足を払われて転ぶところを片手をついて回避。体をばねのように反らし剣を間一髪避けると、空いた右手のトリガーを引く。
 放たれた銃弾が富子の髪を一房散らせ、蛋白質の溶ける不快なにおいが鼻先をかすめた。しかしためらいなく剣を振りかぶり……、剣が、振り下ろされた。
 ──二本、三本。
 いや、三本目は──槍の穂先。
「ストップ」
 両者の目が見開かれた。顔と顔の間、その間僅か五センチ。契約者の戦いに一瞬で割って入ることはおろか、間に槍を挟み込むなど──。
 富子ははじかれるように飛びのき、剣を構え直す。

 黒いフードとマントを被った華奢な少女がそこにいた。フードから除く白いポニーテールは、覚えがある。エントランスで固まっていた『深淵の暁闇』のひとりだ。
 ベスが岩の一つに飛び乗って、富子に心配するように吠えた。彼女の表情に思いつめたものがよぎったからだろう。
 富子はセラフィムの力を借りて、能力の限界を制限するリミッターを故意に外すことができる。しかし反動として体に負担がかかる。ACT3ともなれば命に関わりかねないのだ。
 富子は一瞬、自分とそれを天秤にかけようとして、引込めた。迷ってる暇はない。手は抜けない。
「くっ、まさかこの私に匹敵する契約者がいるなんて……最後の手段、リミッターカットACT3!!」
 富子の声にセラフィムが応えた。脳に埋め込まれたセラフィムの回路が明滅し、カシャンカシャンと中で歯車が噛み合わされた。
 それはただちに富子の体に影響を及ぼした。
 ──翼が生えた。右翼が金、左翼が黒。かつてヴァルキリーだった堕天族のヴァルキリーの力が彼女に宿ったのだ。
「いきますよセラフィム!! 悪は必ず滅びますっ!!」
「ええ、今は私達は悪でしょう。でもいずれ、社会は我らを英雄として称えるでしょう。フフフ……」
 少女はフードを脱いだ。雪のように肌に紅玉の瞳が輝く、妖精のような、雪うさぎのような可愛らしい容姿の少女だった。
「私はミオス赤羽 美央(あかばね・みお))──『深淵の暁闇』<断罪の七騎士>の一人。全力でかかっていらっしゃい、組織に刃向う者には容赦しません」
「言われるまでもありませんっ!」
 皮膚の下を走る神経が研ぎ澄まされ、空気が鈍くゆるやかに感じられた。筋肉が張り詰め、極限まで引き出された力が、まるで肌を突き破りそうな錯覚と共に、二振りの剣に乗せられて超速度でミオスに殺到する。
 だが彼女の横顔を、<双神龍弾・罪と罰(ドラゴンズバレット・クライム・アンド・パニッシュメント)>が襲った。
「……っ!」
 一本の剣で受け止めようとしたものの、間に合わなかった。不意を突かれ、双龍に腕が呑まれる。
 体をひねってもう一本の剣で慌てて龍を振り払った時、今度は正面であったミオスから、槍が付きだされていた。
 槍の一撃をわざと倒れ込んで回避する。しかしその槍の軌跡を追うように、槍の先端から光が伸び──胸に吸い込まれていった。
 衝撃に富子の体が跳ね、床に打ち付けられる。
 富子の意識はたちまち遠くなっていく。
 ベスが駆け寄ってきて、心配げにちろちろと富子の頬をなめた。
「くっ……私としたことが……。 次の……新刊が……む、無念(がくっ)」
 富子が最後に思ったのは、夏の祭りのことだった。
 彼女は『下野毒電波倶楽部』の熱心なファンで、BL本を巡っての家族会議後も、同サークルの新刊本は欠かさず買っているのだった。……嗚呼、夏は遠い。

 倒れた富子を今度は見下ろして、係員の女性がミオスに駆け寄った。
「助かったよ、だけどこの領域(リージョン)は……」
「分かっています。組織は統一が取れねばなりません。組織の和を乱す者は不要です。……ですから、死んでください」
 ミオスはふいに、組織の仲間である女性の胸を、槍の石突きで突いた。
 油断を誘われて、どすん、と、彼女が仰向けに倒れる。
「組織の教えがまだ伝わっていないとは……けほんっ……んっ」
 嘆きながら、突如でてきた咳をミオスは鎮めながら彼女を見下ろした。
「敵とか味方とか、誰が言ったのでしょう。この世界はかりそめなのに……」
 ぽつりと呟くと、ミオスは周囲を見渡した。誰もいない。観客のいないコースターだけが音を立ててレールを走っていた。
 ミオスはゆっくりと歩き出した。向かうのは新たな戦場。