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リアクション
■第14章 第5のドア(1)
「さて。いい暇つぶしになるかと5室に志願したはいいですが……相手はどのような者たちでしょうか」
風の吹き渡る小高い丘の上に立ち、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は周囲を見渡した。
青い空、白い雲、緑の草原。これが部屋の中とはとても思えないリアルさである。胸いっぱいに吸い込むと、青臭い草と土のにおいが肺に満ちる。髪をふるわせる風――だが作り物は作り物でしかない。その証拠に、いくら風が吹いても雲は流れず、草はあっても鳥や虫の声の気配はしない。そして最大の違和感を発しているのは、空と地面の境にあるドアだ。あそこをくぐって敵が現れ、もうじきここは戦場となる。
ただのジオラマの中に立っているのだ。――そう思うと、小人にでもなった気がした。
「早く来ていただかないと、退屈で困ります」
ふと思いついたばかなことを振り切るように、頭を振りつつ後ろを振り返る。
少しくだった丘の下では、ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)が5人のナイトを相手に、戦略会議の真っ最中だった。
「――いいか? 常にファランクス体勢を崩すんじゃねーぞ。円陣を組んで、死角を作るな。常に防御が優先だ。やつらはここからこうして来る。攻める隙が見つかりゃ攻撃に転じてもいいが、深追いはするんじゃねぇ」
しゃがみ込み、どこから拾ってきたのか、木の棒で地面に円や矢印を描いて、まるで学校の先生のようだ。よほど部下ができたことがうれしいのだろう。たとえそれが、にわかなものでも。
5人のナイトたちも、ドゥムカの言うことを全て吸収しようとするかのように、じっと見つめ、話に聞き入っている。
雄軒は押し殺せないくすくす笑いを手で隠しつつ、それを見守っていた。
「ここが5室か」
先頭きってドアをくぐって早々、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は周囲を見渡し、索敵した。どこにだれが潜んでいるかも分からない。戦闘態勢をとる前に不意打ちをくらうのは一番避けたいことだった。
「で、いつ戦闘開始なんだろうな?」
あとに続いてのそのそとドアをくぐったケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が、頭を掻きつつうーんと唸る。
「そうねぇ……特にないんじゃないかしら?」
「いいかげんだなぁ」
神矢 美悠(かみや・みゆう)からの言葉に、肩をすくめててのひらを上げた。
「全員が部屋に入ってから、というのが順当なところでしょうか」
ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)もまた、クレーメックのように周囲に油断なく目を配し――地形も頭に入れながら、眉をしかめる。ナイトの姿がどこにもない。自分たちがドアをくぐって入ってくることは、当然彼らも知っているだろう。自分たちは知られていて、相手はどこにいるか分からない、というのは不利だ。
「とにかく、あの丘を目指そう。丘の上からなら何か見えるかもしれない」
クレーメックがそう指示を出し、GA【ローテンブルク】の全員がゆるやかな斜面を上り始めたときだった。
「だーっはっはっは! そうはいかねェぜ!」
得意がる笑い声がして、ドゥムカの姿が丘の上に現れた。
「ここは俺とナイトたちがもらったァ!」
ドゥムカがそう言った直後、効果的に5人のナイトたちが彼の後ろに現れた。まるで戦隊物ヒーローの登場シーンのようだ。――丘はなだらかで崖ではなかったが。
「お初な者も何人かいるようだから、自己紹介しよう。俺はドゥムカ・ウェムカだ。そんで後ろのやつが、右から順にカフ、ギメル、ラメド、メム、サメフ。へへっ、カワイコちゃんがいるだろー?」
「……何? これ。あのノリ」
幾分呆然としながら三田 麗子(みた・れいこ)がつぶやく。
まだちょっと展開についていけない。
「さあ…」
クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が素っ気なく肩をすくめる。
「でもこれが敵のなんらかの策である可能性は否めませんから。十分注意した方がいいでしょうね」
「ヴァルナの言うとおりだ。全員気を引き締めていけ。戦闘開始だ!」
「おう!」
丘の上の者に対してすぐ真下からでは効率が悪い。彼らは十分丘の上に円陣を組んだナイトたちが見えて、なおかつ距離もそれほど離れていない、低地に自陣を構えた。
「地形的にはわれわれが不利だが、この程度であれば不利すぎるほどではない。これによって戦術を変える必要もないだろう。前もっての打ち合わせどおりにいく。
隊列を組め! 準備が整い次第、仕掛ける!」
クレーメックの指示が飛び、それに応えるように各自が防御魔法を発動させた。
島本 優子(しまもと・ゆうこ)がオートガード、ディフェンスシフト、オートバリアを、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は庇護者を、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)はディフェンスシフトを、天津 亜衣(あまつ・あい)はオートガード、ディフェンスシフトを、それぞれかけ合い、味方全員の防御力と魔法防御力を強化する。
「うっは。すっげぇな、ありゃ」
丘の上からその様子を見下ろして、ドゥムカは舌打ちをもらした。
何重にも重なり合った魔法は相乗効果でさらに強度を増し、彼らの陣そのものが虹色に発光しているように見える。
「……ありゃあダンナも相当苦労しそうだなぁ」
そうつぶやく間にも、敵陣から5人が飛び出してくるのが見える。
「おっと。おいでなすった。
さあこっちも防御を固めるぜぇ。それが相手の専売特許じゃねェってとこを見せてやろうや」
あらかじめ打ち合わせていたとおり、ナイトは円陣隊形を組み、エンデュア、ディフェンスシフト、アイスプロテクト、ファイアプロテクトと、やはりこちらもかけ合わせの相乗効果による魔法の輝きに包まれる。
ドゥムカ自身、オートガード、ライトニングランスをかけ、巨大な盾・ラスターエスクードを構え持つ。
(さあダンナ。さんざ注意はこっちにひきつけてやったからよォ。よろしく頼むぜェ)
きっとあの低地のどこかにいるに違いない、雄軒を思ってぐるっと見やってから、ドゥムカは背を向けた。
「いいか、1人ずつだ。展開したら、目の前の1体のナイトにだけ集中しろ!」
丘に向かって走りながら、マーゼンが言う。
「それはいいけど……でも、あのでかぶつはどうするの?」
すぐ横を走る優子が、しごくもっともなことを返す。
彼らの立てた計画にはナイトへの対策はあったが、それ以外の者のことはなかった。
「計算外として無視するには、ちょっと巨大すぎない? あの機晶姫」
「しかしのぅ。ナイトを相手にしつつあの機晶姫もとすれば、二兎追う者状態じゃ。反対にやられかねんぞ?」
天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)の言うことももっともで。
うーーーーん…。
全員が、ちょっと頭を抱えてしまったとき。
「あのドゥムカというやつは、私達に任せろ!!」
軍人らしい、きびきびとした張りのある声が、左手方向から聞こえてきた。
相沢 洋(あいざわ・ひろし)である。クレーメックの指揮下ではなかったが、彼もまた【ローテンブルク】の一員だった。
「よっしゃ! 任せたぜ!!」
ハインリヒが、これ幸いとばかりに叫び返す。
「え? いいのっ?」
「いーって、いーって。相手してくれるって言うんならしてもらえばいいさ」
(それで本当にいいのかなぁ?)
優子は一抹の不安を感じずにはいられなかった。
「みと、ギャザリングヘキサは飲んだな?」
ハインリヒの言葉に上機嫌で胸を張りながら、洋は隣にしゃがみ込んでいる乃木坂 みと(のぎさか・みと)に声をかけた。
「はい、ギャザリングヘクスで魔力と元気は全開です。いつでもどこでも制圧してみせますわ」
にっこり洋にほほ笑みかけるが、洋は目もくれない。彼の目は戦場を前にしていきいきと輝き、それ以外のことは全て瑣末なこととして脇に放られているようだ。
それでもみとは懸命に、ひたすら彼が自分の方を向いてくれる一瞬を期待して、彼の横顔を見つめている。
「俺たちの敵はモレク側につく馬鹿達だ。ナイトの方はジーベックがいれば安心だが、数も多いし、目立っているからな。もしもってこともある。あちらも気にしつつ、やっていこう」
「了解しました、洋さま」
「よし。そろそろ始まるぞ。砲撃準備!」
「はい、洋さま」
みとは洋に指示されるまま、転経杖をくるくる回す。
彼の言う「砲撃」とはサンダーブラストのこと。つまりは範囲攻撃魔法を意味していた。――それでいいのか? 本当に。
「狙いを定めて全力砲撃だ。撃て!!」
「はいっ!!」
ヴェーゼルたちが敵陣にたどり着くと同時に、転経杖とギャザリングヘクスで強化されたサンダーブラストを、みとは放った。
「うわっ! うわっ! うわっ!!」
今まさにナイトへ掴みかからんとしたときだった。
サンダーブラストの白光が天より降り注ぎ、彼らを無差別攻撃する。
ナイトやドゥムカにも当たったが、彼らにも当たった。
「ちょっと待て! 洋!! 何やってんだコラー!!」
「……ほらね。嫌な予感って当たるんだから…」
魔法防御力上げてて本当によかった――両手を地面につきながら、優子は心の底からそう思った。
「みと! 何をやっている!」
ハインリヒたちにも当たっているのを見て、ようやく自分の指示間違いに気づいた洋だったが、みとを叱りつけた。
「はいっ、申し訳ありませんっ!」
しゃきん! と背を伸ばし、ぺこぺこ頭を下げる。
(全力砲撃だと言われたから、一番強力な魔法を使ったのですが…)
と、ちょっと思ったが、口には出さない。
「友軍への攻撃はこれを厳禁! 雷術を使え! 急げ!」
「はいっ」
みとは再び転経杖をくるくる回し始めた。
「――ったー、まさかサンダーブラストでくるとはよォ」
むくっと起き上がり、ドゥムカはナイトたちを見た。
ナイトは物理攻撃には強い防御力を誇るが魔法には弱い。そのため防御魔法をかけていたものの、彼らの防御魔法では雷撃系は防げなかった。
「こればっかりは回復で対処するしかねぇか」
ドゥムカはリカバリをかけた。
「みと、いまだ! やれ!」
ドゥムカが立ち上がったのを見て、洋が再び指示を出した。
だが返事が返ってこない。
雷術も飛ばない。
「みと?」
不審に思って隣を見る。洋の目に入ったのは、くぅくぅ寝ているみとの姿だった。
「なっ!?」
なぜ寝る!? この戦場で! しかもいきなりっ?
「あなたもゆっくりと、お眠りなさい」
そんな言葉が真後ろから聞こえてきたと思った次の瞬間。洋はあらがいがたい強烈な睡魔に襲われ、前のめりに倒れた。
彼は、頬に草の感触を感じるよりも早く、ヒプノシスの眠りに落ちていた。
戦闘不能となった彼らの上に「LOST」の赤い点滅が浮かび、2人の姿が消えていく。
「なるほど。こうなるわけですね。たしかにこれはゲームです」
雄軒は忍び笑い、そっとその場を離れた。
洋たちからの援護がなくなったことを不審に思う者はいなかった。無差別雷攻撃がなくなったのはいいことだというのもあるが、前衛5人にそこまで考える余裕はなかったのだ。
もともと物理攻撃に強いナイトに、さらにライトニングランスがかかっている。その上ファランクスの構えでほぼ受身に回られているため、まさに鉄壁だ。
「……一体、これに何の意味があるのよ?」
肩で息をしながら、優子はつぶやいた。ブライトグラディウスを握った手で額の汗をぬぐう。
「防御を固めた上で攻撃をしてくるというのなら分かるんじゃがの。防戦一方とはどういうことじゃ」
幻舟も首をひねる。レナ・ブランド(れな・ぶらんど)のパワーブレスで増強された腕力でも、そうそうナイトの守りは突き崩せない。轟雷閃を発動させ、攻撃したが、すぐにドゥムカがリカバリをかけてしまった。
武器を持つ者たちでさえそうなのだから、やはり同じく早見 涼子(はやみ・りょうこ)のパワーブレスを受けているとはいえ素手で戦っているマーゼンなどはほぼ不可能に近い。
「やはりあっちを先にやるべきか…」
ドゥムカをちらりと見た。
今、巨大な機晶姫はジーベックが放つR&D付きの銃弾やゴットリープの轟雷閃を帯びたコクマーの矢、ギャザリングヘクスで増強させたアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)やアム・ブランド(あむ・ぶらんど)、綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)、クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)の雷術と、これらを一手に引き受けて防御している。オートガード、フォーティテュード、エンデュア、歴戦の防御術と防御系スキルを発動させ、リカバリで回復をかけているとはいえ、すさまじい防御力だ。
しかしそのため、5人に攻撃をかける余裕はないらしい。
「そんなナマクラじゃあ、俺らの防御は崩せんぜェ!」
と、高笑ってはいたが、口ばかりで手は一向に出てこなかった。
「やってみるかの」
幻舟が動いた。
ドゥムカの背中に向け、轟雷閃で斬りかかる。やはり無防備なまま、振り返ろうともしない。
やれる。そう思った瞬間、真横からナイトが飛び出しチェインスマイトを発動させた。
「なにっ!?」
防戦しかしないと思っていた相手が横から攻撃をしかけてきたのだ。かろうじてスウェーで回避した幻舟だったが、次の一刹那ののち、彼女は忘却の槍によって刺し貫かれていた。
「ケケッ。油断大敵、ってね」
ドゥムカが意地の悪い声であざ笑う。
「幻舟!!」
幻舟は驚きの表情を浮かべたまま、消えていった。
ケーニッヒたちは「LOST」の赤い点滅を、目を見開いて見続けるしかなかった。