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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第16章 第6のドア(1)

 陽は、大分傾いてきていた。
 このゲームの刻限は夕刻。だが夕刻というのはいつだろう? 太陽が沈み始めたころと言う者もいれば、太陽が赤くなればそうだと言う者もいる。
 もう1つある。陽が沈むまで、というのは? 地平に陽が沈み始めたときか、それとも完全に沈んだときか?
 そもそも、夏と冬でも日入りは違う。そんなあやふやな決め方では困るというものだ。このことには人1人の命がかかっている。
「だが、時間で指定せず「夕刻、陽が沈むまで」と言うからには、きっとそこに何かがあるのだろうな」
 めいっぱい背をそらし、ヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)は教会を見上げた。
 中天を過ぎた斜陽のせいで、東の壁はかなり影が濃くなっている。
「あそこに上がるの?」
 隣で同じように見上げたチェリー・メーヴィス(ちぇりー・めーう゛ぃす)が、彼と同じものを見つつ、顔をしかめながらそう言った。
「すごくすべりそうなんだけど」
 いかにも気がすすまない、という声だ。
 だが彼女が心配しているのは自分の身ではない。あそこへ「正悟とヘイズが上がる」ということを案じているのだ。
 そう指摘したらきっと彼女は「だって家族だから」と素っ気なく返すに違いない。
 彼女は、自分の中に他人を思いやる優しさがあることを、あまり認めたがらない性質のようだから。
「ほら、あそこにステンドグラスがあるのが分かるか?」
「見える」
「ここからは見えないが、反対側にももう1つ、同じようなステンドグラスがある」
「多分、モレクってやつはそこから差し込む光で、時間を計っているんだ」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)と連れ立って歩いてきたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が言葉を継いだ。
「行くのか?」
「ああ」
 応じるように正悟はオイレにまたがる。
「さっき5室目の者たちが出てきた。いよいよだ」
「それで、あの女はどうした」
「――ヒプノシスで眠らせてある。そのままシャンバラへ送り返すそうだ」
 そう返す正悟の声も、表情も、あきらかに固かった。
 このことは、思い出すたび胸がむかついた。味方とばかり思っていた者による裏切り――この地では、なぜこうも起きるのか。まるでこれすらも、国家神を失った大地への滅びの呪いのようだった。
 そしてその裏切り者も、結局最後には全身に大やけどを負って放り出されてきたわけだが。
 彼女のしたことを知り「こんな者、そのまま放っておけ!」と声高に叫ぶ者は少なくなかった。
『敵・味方は関係ありません。命は尊いものです。けがをしている以上――そして助かる可能性がある以上、わたしは絶対に助けます!』
 そう宣言し、六黒たちの治療までもした加夜の信念は本物だった。
 裏切り、彼らを敗北に導いた藤乃のやけどまでも治療し、治るまでだれにも彼女に手出しはさせないと言い切ったのだ。
 その処置に不服はあれど、彼女の献身の心に対し、力ずくで逆らう者はだれもいなかった。
 それはおそらく、彼女の言葉が正しいのだと、みんな心の奥底では分かっているから…。
 先々、いつか、あのとき後悔するようなことをしなくてよかったと思う日が来るかもしれない。
 だが今、このときばかりは、とてもそこまで寛大な気持ちにはなれなかった。
(そこまで俺という人間はできちゃいない)
 4室目がアウトだった以上、なんとしても突入を成功させるしかない。
 敵のルールでばかり戦って、裏切りなんかで勝敗を決められてたまるか。ルールがなんだ。ひとの命がかかっているのに、ゲームで負けたんだから仕方ない、なんて理屈で納得できるか!
 マイルールが許されるっていうんなら、俺たちのルールでこの戦いに勝ってやる。
「さあ行くぞ。2人とも乗れ」
「……正悟、なんだかすごく不機嫌だな」
 正悟のぶっきらぼうな物言いに、オイレに乗り込みながら、ヘイズにだけ聞こえる声でこそっとチェリーはささやいた。
「ひとの心をいたぶって遊ぶようなやつが、正悟は大きらいなんだよ」
「そうか」
 それは、分かる。
 だけど…。
(……私の見ていた正悟の姿って、本当に一部分だったんだな)
 オイレを運転する正悟の厳しい横顔を見ながら、チェリーはそう思った。


「……私が先に上がるから、2人はオイレで待ってて」
 飛空艇で屋根の高さまで上昇したあと、チェリーはぱっと身軽にそちらへ飛び移った。
 聞く限りだと相手は相当根性が悪そうだから、何か罠が仕掛けられているかもしれない。そう思って、探る。屋根材の隙間、飾り、尖塔……特にステンドグラスの周辺は念入りに。
「大丈夫。もういいよ。何もないから。屋根材ですべらないよう気をつけて。
 だけどここ…」
 と、チェリーは言いよどみ、唇を噛んだ。
「どうかしたのか?」
「――さっき、ちょっとグラスから覗いたんだけど……ここ、もしかして…」
 チェリーが何を言わんとしているのか、いち早く察したトライブが突然ガントレットでステンドグラスを叩き割り始めた。
「あ、ばかっ! まだ準備が――」
「くそったれ…!!」
 トライブは耳に入れてもいない。
 ガンガン蹴りを入れ、さらに割れた箇所を大きくして、ガラスの落ちた鉛枠から下を覗く。
 中は、何の変哲もない、ただの教会だった。信徒席が並び、祭壇があり、説教壇がある。
 そしてそこにいたのは、割れたステンドガラスから吹き込む風にブラックコートをなびかせる、六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)ただ1人だった。
 彼もまた、入り口からしか侵入してはならないと書かれていなかったことから、それ以外での侵入経路を探していたのだ。
 だが、そうして窓や裏口、鐘楼塔から入ってみても、そこはただの無人の教会。
 現実世界の坂上教会でしかなかった。
「くそっ! どういうことだ!?」
 苛立ちのあまり、こぶしを鉛枠に叩きつける。振動で落ちた赤いガラスが鼎の足元で砕け散った。
 赤い、血のようなガラス片。不吉なそれを、パリンと踏み割る。
「モレクのフィールドへ入れるのは、入り口からのみということですか…」
 覗き込んでいる正悟やトライブたちを見上げつつ、つぶやいた。



*          *          *


 そのころ6室目のモレクは、目の前のドアが開くのを今か今かと待っていた。
 きっと、彼らはドアを破壊して、強引にこの部屋へ入って来ようとするだろう。
 4室目のカードがない言い訳をどうするのか?
 あるいは、どんなチートを使おうとするのか?
 わくわく、わくわく。
 おなかの上で指を組み合わせ、トントンする。彼は今みたいなときが、一番好きなのだ。
 この瞬間のために、ゲームをしていると言ってもいいかもしれない。
「ああ、来たね」
 ドアの向こうに人間たちの気配を感じる。
 さあ、どうでるか?
 楽しみに待つモレクの前、ドアはきれいに内側に開いた。
「……カードはそろってないのに?」
 思わず前のめりになってしまう。
 完全に開いたドアの向こうには、バァルが立っていた。そして彼の前で5枚のカードがくるくる回転しながら円を描き、光のラインでつながっている。
 偽物ではない、本物のカードだ。
 モレクは今、本気で驚いていた。
「なぜ?」
「俺様が部屋に入って、取ってきてやったからだよ」
 そんな声が脇からした。
 声のした方をふり仰ぐ。いつの間に入室していたのか、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が彼の玉座に肘をついて、だらしなくもたれかかっていた。
「途中入室は駄目でも、決着ついてからだったらいーんだろ」
「おまえ…」
「俺様ネルガル側だしー、ここで勝っても負けても俺様に得ねぇじゃん。アバドン側なんてどーでもいーんだよねー。
 ま、しいて言うならあんたが気に食わない? ってトコ?」
 フッ、と垂れてきた前髪を吹いて飛ばす。
「チートはどちら側にもあるんだよねぇ」
 俺様チート、と言わんばかりに胸を張った。
 もちろんゲドーとしてはそればかりではない。うまくいけばこれでモレクは退場、アバドンは部下の失敗という恥をかいて失脚し、ネルガル右腕というポストがあくかもしれない、ついでにコントラクター側もここでやられてくれれば一石二鳥、という打算があってこそだ。
「ま、うまくやんなよね〜」
 部屋に入ってくるコントラクターたちと入れ替わりに、ゲドーは手をひらひらさせながらドアから出て行った。
「――ククッ……ああ、そうきたかぁ〜」
 モレクは肩を震わせて笑いながら、どこか楽しそうにつぶやいた。


「やぁバァル。はじめまして、今の東カナン領主サマ」
 緊張感のかけらもない、だらけた格好で玉座に横座りし、組んだ腕に顎を乗せている。そこにいたのは、20歳そこそこの細身の青年だった。
 見るからに軽薄そうな笑みを浮かべた中、前髪から覗く金の瞳だけが強い光を放っている。
 これが魔女モレク。セテカに呪いの黒矢を撃ち込んだ張本人。
 とうとうこの時がきた。
「モレク…!」
「待ってください、バァルさん」
 眼前の敵に、前に出ようとしたバァルを緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が制する。
「まず遙遠に話させてください」
「――キミは?」
 モレクの問いには答えず、遙遠は毅然と半歩前に出た。
「まず最初にルールを決めましょう。われわれがどうすれば解毒剤をもらえるのか。それが提示されないのはフェアじゃないですよね?」
「ふゥん……キミ、賢いね。それに気づいたんだ」
 モレクはちょっと考え込むフリをする。
 そして何かを思いついたように持ち上げられた手が、さっと左に振られた。
「じゃあ彼らを倒せたら、あげるよ」
 振り切られた手の先に、突如現れた10人の影。それは――
 ネクロマンサー、フェイタルリーパー、フェルブレイド、ウィザード、ナイト……ペアとなった各部屋の者たちだった。


 現れた新たな敵を見て、全員が一瞬で戦闘体勢をとった。
 何か不審な動きがあれば即座に対応できるよう、それぞれ得物を抜く。
 そんな彼らを見て、モレクはけらけら笑った。
「そんな驚くことかなぁ。ラスボスの前にエクストラステージで中ボスと再戦っていうのは、ゲームの定番でしょ」
 組んだ足をぶらぶらさせ、さらにずるずると玉座ですべる。
「きさま……わたしと戦ったらどうだ! わたしが目的なのだろう! なぜセテカを……彼らを巻き込む!?」
「なぜ? 分かってないなぁ。キミをやったって面白くもなんともないからだよ。なんでそんなつまんないことを僕がやらなくちゃなんないのサ」
 ああ、やだやだ、と顔をしかめて首を振る。
「あのさぁ、ネルガルがなんで愛する者を差し出せと言ったと思ってんの? アバドン様がエリヤを渡せってさ。今度のセテカもしかり。その方がよっぽどキミが苦しむからだよ。それこそ、立ち直れないくらいにね…。
 そんなキミなんかに愛されて、あの2人もほんっとお気の毒だよねー」
「……なんだと…?」
「ククッ、エリヤといえばさぁ、あれ、ほんと見ものだったよね。キミ、知らないでしょ、あの場には僕もいたんだよ。もう笑いたいの我慢するの大変だったんだから。あんな、簡単に騙されちゃって。石化刑で本当に延命できると考えてたの? とことんおめでたいね、キミは。教えてあげる。ああなることはアバドン様だって、ちゃーんとご存じだったのさ。
 もつわけないんだよ。大体、人間なんかが生死のことわりを破ろうなんて、何様のつもり?
 そんな愚か者の末路は、ああなって当然だったのさ。ま、たしかにもうちょっともつかとは思ったけどね。あと1年ぐらいは。でも、やっぱりもろいな、人間の子どもは」
「……抑えてください、バァルさん」
 自分を押しやり、前に出ようとするバァルを、遙遠は全身で止めた。
「ああ、でもちょっと見たかったなぁ。石のまま命が尽きてたら……きっと、パックリ割れてただろうな。それとも、グシャグシャに壊れてたかな?」
 あ、これ僕の予想ね。
 その光景を想像しているのか、腹を抱えてくつくつ笑うモレクの姿に、ぷつりとバァルの中で糸が切れた。
「バァルさん!」
 ふっ、と遙遠の隣からバァルの姿が消える。
 次の瞬間にはもう、バァルは玉座のモレクに向かい、バスタードソードで走り込んでいた。
 許せなかった。あの子の……エリヤの死を嗤う者など。その死を想像して、嗤う者は、存在すら許せない。
「モレクーッ!!」
 怒りの赤いもやに支配され、ただ1人、モレクしか見えなくなる。
 そんなバァルの前をふさぐように、フェイタルリーパーが飛び込んだ。ギィイイィィン……と音を立て、剣と剣が火花を散らしてぶつかり合う。
「……そこをどけえっ!!」
 激しい剣げきの音が数度響いたあと、バァルはフェイタルリーパーを蹴り飛ばした。
 1人になった彼に向け、ウィザードがファイアストームを放つ。
「危ない、バァルさん!!」
 遙遠がバーストダッシュでタックルをかけた。彼を燃え盛る火炎の進路からはじき飛ばしつつ、ブリザードで相殺を狙う。だが距離がなさすぎた。ブリザードとファイアストームがぶつかり合った余波を受け、壁近くまで吹き飛ばされる。
「遙遠っ!!」
 紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)があわてて横に駆けつけた。
「無事か…」
 彼が柱にぶつかった瞬間、ガツンという音を聞いたバァルが横から手を伸ばす。
 遙遠は激痛の走った肩に手をそえつつ、バァルを見た。
「バァルさん……エリヤ君の名前を出されたり、セテカさんのことを引き合いに出されて、動揺するのは分かります。まったく動じるなとは言いませんが、それで頭に血がのぼって手が鈍ってしまうようでは、負けてしまいますよ」
「だが、わたしは……わたしのせいで――」
 ぎゅっと床の上でこぶしをつくる。
 エリヤがあんな死に方をしなければいけなかったのは、自分のせいだ。本当ならもっと、元気に動けるはずだった。石化したせいでエリヤはますます悪化し、その機会を失ってしまった。
 セテカがあんな呪矢を受けたのも自分のせい。ネルガルたちが今さらセテカを苦しめるいわれはなかったのだから。
 そして東カナンに何のゆかりもない彼らをこの戦いに巻き込んでしまったのも、やはり自分のせいなのだ。
 呼ぶべきではなかった。最初から。追い詰められ、出口が見出せない中、反乱の芝居を計画したとき、彼らはただの「シャンバラ人」だった。マルドゥークがそれで成功しているのだから自分たちも手を借りればいい……単純なことだった。あのときは。だが違う。彼は「遙遠」で……とにかく「シャンバラ人」ではないのだ。みんな、みんな。だれ1人、ただ都合がいいからと、利用していい存在ではない。もうそんな目で見られない。
 だから二度と彼らの手を借りる気はなかった。
 これはカナンの戦いなのだから。彼らは関係ない。東カナンのために戦って、傷つく必要なんかない。
 そう思っていたのに。
 なのにまた、こうして巻き込んでしまった。自分が愚かなせいで…。
「バァルさんのせいではありません――と言っても、無理でしょうね」
 うなだれたまま、面を上げようとしないバァルを、遙遠は静かにさとした。
「あなたはそういう人です。全てを自分のことのように抱え込もうとする…。
 ひとは、万全でなくても立ち向かわなければいけないときがある、というのも分かります。今がバァルさんにとってそのときだというのも。
 でも、それならそれで……もっと遙遠達を受け入れてください」
 すっ…と小さな手が、気遣うようにバァルの肩に伸びた。
 その手に促されるように顔を上げる。ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)だった。
「あのね、反乱軍として一緒に行動していたとき、ボクたちよくお話をしたの。セテカさんね、バァルさんのことを話すとき、すっごく楽しそうだった。とても優しい目をしてた。だから今、バァルさんもセテカさんのことが同じくらい好きなんだって知ることができて、すごくうれしい。ボクもセテカさんのこと、大好きだから。
 だから……だからボク、あのセテカさんを取り戻したいから、がんばるの。辛い気持ちでいっぱいだと思うけど、負けないで……一緒に、セテカさんを取り戻そ?」
 ミシェルの向ける花のような笑顔にバァルはわななき、両手をついて頭を下げた。
「――頼む。セテカを助けたいんだ……手を貸してくれ…」
「一緒、ですよ、バァルさん。セテカさんを思う気持ちはあなたもここにいるみんなも一緒です。だから僕たちは一緒に、セテカさんを助けるんです」
 声を振り絞るバァルの前に、矢野 佑一(やの・ゆういち)が手を差し出す。
「……ありがとう」
 その手をとって、バァルは立ち上がった。



 6室目で、最後の戦いが繰り広げられていた。
 激しい剣技でもってフェイタルリーパーと戦っているのは七刀 切(しちとう・きり)。フェイタルリーパーの操る大剣に対し、彼の持つ大太刀は細く、頼りなげで、数度も打ち合えば破砕してしまうかのように見えたが、それはただの刀にあらず、光の刃を持つ光条兵器である。
 切がふるうたび、衝撃波が周囲に風を起こし、大剣と噛み合えばギィィィンと低周波の音をたて、鋼を穿つ。折れそうなのはむしろ、フェイタルリーパーの大剣の方だった。
「ワイはさぁ、怒ってるんよ。バァルをあんなに苦しめちゃってくれたこともあるけどさ。この教会建てるの、ワイも微力ながらお手伝いしたりしたんだよね。そこをこんな、万魔殿みたいにしてくれてさぁ。これから人をたくさん呼ぼうっていうときに、こんなになったりしたら、だれも寄りつかなくなるかもしれんでしょ?」
 ギリギリとつばぜり合いをしたあと、突然横にすり流し、体勢が崩れたところで背中に回し蹴りを入れた。
 体勢を崩し、床を転がっていくフェイタルリーパーに、追撃をかける。
「その風評被害の責任をとってくれる気あるの? ないの? ないんだよねぇ、きっと。自分たちも、あの魔女サンもさ。やるだけやっといて、あとはヨロシクって、そりゃないよねぇ」
 フェイタルリーパーもモレクも、そんな話は今までこれっぽっちも聞いていないし、返事もしてはいないのだが。切の想像はどんどん勝手にふくらんで、もはや決定事項となってさっさと結論へまっしぐらしているようである。
 そしてそんな切の前、フェイタルリーパーが身を低く構えた。大剣が一閃し、なぎ払いがくる。
「ひょっ!」
 しゃがみ込んでかわした彼の顔面に、すかさず大剣の突きがきた。
「させませんわ!」
 リゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)が真横から最古の銃を放った。狙うは剣を持つ手。微妙に揺れて角度を変えた剣先は、避けた切の頬をかすめて背後の柱に突き刺さる。
 プッと遅れて血が吹き出したが、すぐリジェネレーションの効果で消えてしまった。
 そして大剣が柱に刺さっている今がチャンスと、リゼッタはさらに彼の機動力を奪うべく、背中に向かって銃弾をありったけ叩き込む。
 鎧の上からとはいえ、同じ所を集中的に狙われて、フェイタルリーパーは衝撃にがくりと足をついた。そしてついに弾が貫通し、「LOST」の青い点滅と交代するように消える。
「……容赦ないねぇ」
「なに言ってるんですか。こういう格闘ゲームというのは勝つか負けるか2つに1つしかないんですよ? デッド・オア・アライブなんです」
 ちゃきっ。銃口を上に上げ、ポーズをとる。
「さあ切君、まだまだ敵はいますよ。第2ラウンド開始ですねっ。ゲームクリア目指して頑張りましょう!」
 そう告げるリゼッタの表情は、なぜかいつも以上に生き生きと輝いていた。
「あー、うん」
 応じて立ち上がった直後、それまで切のいた位置にドカンとジェットハンマーが振り下ろされた。
「うわおっ」
「……ちぃっ。ちょこまかと動きおって」
 天津 麻羅(あまつ・まら)が歯噛みする。もちろん、彼女が見ているのは切ではない。後ろのウィザードだ。
「わしは葦原明倫館の天津 麻羅じゃ! 天目一箇神の名において今一度問おう……汝らに、この場に立つ信念はあるのかっ! わしら以上の義・忠・仁をもってそこな魔女に肩入れをするのか!
 恥ずべき心が一片でもあるならば、退け! 退かぬならばもはや容赦はせぬ! おぬしはわしらの敵じゃ!!」
 警告を発し、ウィザードが身を固くしたところへ再びジェットハンマーを抱えて突っ込む。
 一歩遅れたものの、彼女に向かって冷静にアシッドミストで対処しようとしたウィザードに、後ろに回った櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)がサンダークラップをぶつけた。
 パキン、と音がして、ウィザードのスキル封じに成功する。
「いまです、麻羅さん!」
 霧散したアシッドミストにとまどいながらもウィザードは新たにあらわれた櫛名田に対処しようとエンシャントワンドを振り回す。それを避けて櫛名田が後ろに飛んだ直後。
「うおおおっ!!」
 麻羅のジェットハンマーが炸裂した。
「義の心も持たぬやからなぞ、いかほどのものでもないわ」
 浮かび上がった「LOST」の青い点滅を見下ろし、ふん、と鼻を鳴らす。その横で、ぱっと櫛名田が頬に手をあてた。
「緋雨さんっ! ――麻羅さん、行きましょう! 緋雨さんがフェルブレイドで苦闘しているようです」
 テレパシーを受けた櫛名田が、混戦となった室内の中、的確に水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)のいる場所を指し示す。
 ちらちらと人の隙間から見えた緋雨は、苦痛に顔をゆがめながらフェルブレイドの剣を受けていた。
「よし、助力に向かうぞ」
「はい」
 と、そこで切とリゼッタを振り返った。先の折り、気づいていなかったわけではないらしい。
「そこでぼーっとしておるぐらいならおぬしも来いっ。全然手が足りておらんわ」
「……いや、ぼーっとしてたわけじゃないんけどねぇ」
 走っていく背中を見ながらつぶやく。
「行きましょう、切くん。ワタシ、まだまだやれますわよっ」
 やる気満々のリゼッタに促されたからではないが、切もまた、大太刀を担いでそちらに走った。