リアクション
■エンディング
アガデの都・東カナン領主の居城――
「それで、薬は手に入ったの?」
『ああ。今、淵がそっちへ全力で飛んでいる。あと数分じゃないかな』
「そう。よかった…。ありがとう、エース」
エースとのテレパシーで、ルカルカはほっと胸をなでおろした。
セテカ治療者のための臨時の休憩室として用意された部屋で、フランス窓によりかかり、西日に目を向ける。
セテカはまだ目覚めていない。太陽は落ち切っていない。これでセテカは助かるのだ。
先までとは違い、安心した思いで、今は太陽を見ることができた。
「エース君は何て?」
そわつくリカインに、ルカルカは笑顔で力強く頷いて見せる。
「もうじき薬が到着するわ。部屋の窓へ直接来るつもりのようだから、私たちも部屋へ戻って待ちましょう」
その言葉を聞いて、リカインが表情を明るくしたとき。
何の前触れもなく、突然巨大な爆発が城内で起きた。
「きゃあっ…!!」
激しい振動に立っておれず、思わず膝をつく。爆発は、彼女たちのいる休憩室のすぐ近くで起きたようだった。廊下に飛び出した彼女たちの前、奥の廊下を黒煙がゆっくりと右に流れていく。
「あれは……セテカ君の部屋のある方角じゃない!?」
「――まさか…」
2人は一瞬にして血の気の失せた顔で互いを見合い、同時に駆け出した。
爆発があったのは、やはりセテカの部屋だった。片方の扉が吹き飛んで、向かい側の壁にぶつかっている。残った方も変形して、くの字型に折れていた。
部屋の中から流れ出た黒煙が、朝もやのように廊下を這い、広がっていく…。
――違う。黒煙ではない。これは闇だ。
「ダリル! みんな無事!?」
闇を蹴散らし、部屋に飛び込んだ彼女たちの前、室内ではさながら台風のごとく闇が荒れ狂っていた。
南向きの出窓があったはずの壁が一面全て消滅し、そこから闇が吹き込んでいる。あの爆発音は、これだったのか。
調度品が宙を舞い、壁にぶつかっては破壊され、さらにその破片が舞ってカーテンや天蓋を切り刻む。両手で顔をかばいつつ、2人は必死に室内に目を走らせた。
ダリルやアルツール、カルキノスたちは床に昏倒してしまっている。
そして――セテカが、ベッドで身を起こしていた。
「そんな……セテカ君!!」
リカインの悲痛な声に反応して、セテカが彼女をちらと見た。
一瞬、2人の視線が交差する。
しかしすぐにセテカは彼女たちが来る前から見つめていた宙へと視線を戻してしまう。その視線の先でひときわ濃い闇が渦巻いて、モレクとなった。
「……ふーん。おまえ、全然苦しんでるようじゃないね?」
てっきり闇の侵食に苦しんでいるとばかり思っていたのに。
セテカが思いのほか普通であることに、モレクは興味を持ったようだった。
「俺に被虐趣味はないからな。苦悩することに意味があるのか? どうせすぐ死ぬのだろう」
セテカは淡々と、まるで他人事のように答える。
その答えに、モレクはにこにこと笑った。
「ああ、知ってるんだね」
「自分の体のことは分かるさ」
「ふーんふーんふーん。……いいな、おまえ。いいよ、面白い。あの方がおまえを射ろと言ったのがなぜか、分かる気がするなぁ」
頬杖をつき、まるで骨董品でも値踏みするようにためつすがめつセテカを見る。
そんなモレクを、セテカも無言で見返していた。
「セテカ君から離れなさい!!」
リカインが猛々しく叫ぶ間もモレクはセテカを見て、何か考え込んでいるようだった。攻撃を仕掛けようとするリカインとルカルカには目もくれず、ただ手のひと振りで純粋な闇をぶつける。
「!!」
暗黒は容赦なく彼女たちを飲み込み、蝕み、侵食した。その穢れた爪で彼女たちが内側に築いていた防御全てをはぎ落とし、引き裂き、踏み砕く。一片の慈悲も見せず、粉々に、最後の欠片までも足下に敷いた。
頭と心を蹂躙され、2人は悲鳴すら上げられず、アルツールたちのように床に倒れ伏す。
「おまえ、来る? 来ても元に戻る薬はあげないけどね。ついて来たいなら連れてってあげるよ。おまえにとっても居心地のいい、闇へ」
モレクが手を差し出すのが、暗く沈みかけたリカインの視界に入った。
「……駄目……セテカ……く…」
つぶやいたのか、それとも心で思っただけか。
部屋に渦巻く闇が消えたあと、ベッドの上からセテカの姿は消え去っていた。
* * *
だれか、自分の名前を呼んでいる気がする…。
それに応じようと目を開くと、自分を覗き込む淵やダリル、カルキノスたちの心配そうな顔があった。
「よかった、目が覚めたか」
「わたし…」
ルカルカはベッドに寝かされていた。
まるで十分睡眠をとったあとのように、頭の中がすっきりとしている。心身ともに力にあふれ、穏やかで満ち足りた気分だ。この気分には覚えがある。清浄化を受けたのだと分かった。
「――そうだわ、リカインさん!」
昏倒する直前の記憶がよみがえり、ルカルカはパッと身を起こす。
「私はここよ。あなたが一番最後だったの」
いたわるように、リカインがそっと手を握った。
ルカルカは順繰りに自分のベッドの周りに集まった者を見る。
その中、足元の正面位置にバァルがいるのを見て、ルカルカはあわてて頭を下げた。
「バァルさん……ごめんなさい。セテカさんを連れ去られてしまったわ」
自分からすすんでついて行ったらしい、というのは、とても言えなかった。
モレクが現れる前、一瞬だけれど自分たちの方を見たセテカ。その目は、見知らぬ他人を見る程度の感情すら浮かんでいなかった。他人に対する興味も、感情も、一切が欠落しているかのようだった。
まるで虫でも見るような、冷たい青灰色の瞳…。
そのことに、ぞっとした。セテカと同じ姿をしていながら、セテカでないということに。それで、とっさに動くことができなかった…。
「ごめんなさい…」
謝罪の言葉を繰り返すルカルカに、バァルは首を振った。
「――あいつの居場所は分かっている。気に病まなくていい」
北カナン、ネルガルやアバドンの元だ。
あの地にセテカはいるに違いない。あの魔女とともに…。
「それに、やつは元に戻る薬があると言ったのだろう?」
「ええ、それは」
「私もたしかに聞いたわ」
リカインが、ルカルカの手を握る指に力を込めた。励まし、力づけようとするかのように、笑みを見せる。
「なら、それを手に入れるまでだ。あいつをきっと、元に戻してみせる」
バァルは窓に近づき、北の空を見上げ……そしてみんなを振り返った。
今朝、この城を出て行ったときの彼と、あきらかに今の彼は違っていた。
エリヤに続き、セテカを失うことにおびえ、追い詰められた思いで暗く沈んでいた瞳。取り乱すまいと、必死に自分を律していた彼とは違い、今、そこにあるのは静けさだ。
セテカを失えば、彼はきっと立ち直れないほどの衝撃を受けると思っていたのに。
「バァルさん……本当に大丈夫なの? 無理してない?」
そっと腕に触れてきたミシェルの手に手を重ねて、バァルは小さく笑んだ。
「大丈夫、無理はしていない。今の自分には、自分でも驚いている。きっと取り乱すだろうと自分でも思っていたんだが。
ただ……あいつを本当に失った気がしないんだ。そうならないのは……多分、きみたちがいてくれるからだ。きみたちがいれば、きっとあいつを取り戻せると、今は信じられる」
静かな光をたたえた青灰色の瞳が、1人1人順々に映していく。
「きみたちの力が必要だ。手を貸してくれないか」
「あたりまえだ、バァル!」
「絶対セテカを取り戻そう!」
「必ずセテカさんを元に戻してみせます! 彼は私たちにとっても大切な友達です!」
「一緒に、ですよ。バァルさん」
遙遠が手を差し伸べる。
「……ああ。一緒に、みんなでセテカを助けよう」
バァルはしっかりとその手を掴んだ。
こんにちは、またははじめまして、寺岡です。
「【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド」この話にて、東カナンメインストーリーは本当に完了しました。
わたしのわがままで1作余分に書かせていただきました。
運営様のご厚意と、そしてご参加いただきました皆さんに、深く感謝いたします。
なお、今回の結果は、グランドシナリオに反映されます。
今回モレク側として参加されました方々は、明確な途中逃亡のアクションがなかったため、強制退室後治療を受け、捕まってシャンバラに強制送還されています。その上でのアクションがけをお願いします。
それでは、ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
次回何になるかはまだ未定ですが、そちらでもお会いできたらとてもうれしいです。
もちろん、まだ一度もお会いできていない方ともお会いできたらいいなぁ、と思います。
それでは。また。
PS 今回本当に時間がなくて、個別コメントがいつも以上に書けていません。申し訳ありません…。