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激闘、紳撰組!

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激闘、紳撰組!

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 その頃、池田屋からほど近い場所にある逢海屋では、テルミ・ウィンストン(てるみ・うぃんすとん)に『来なくて良い』と言われた九頭 屍(くがしら・かばね)が一人、右往左往していた。マホロバ人である屍は、黒い髪をポニーテールにした美少年である。
 髪と同色の黒い瞳を、前方に連なる階段へと向けながら、一歩一歩進んでいった。その度に、飴色の地が軋む。彼は、『平日』にテルミに出会い、いい機会だと人生をやり直すために契約したのだが、それが運のツキだった。
「人生を変えられると思ったのだがな……フゥ」
 無実の罪を着せられ各地を放浪していた彼は、それまでの間、生きるために何でもしてきたが、本当は平穏に暮らしたいとずっと願っていたものである。
 ただでさえ現在のマホロバの情勢は、平穏とは言えない。
 その為、いくら『来なくて良い』と言われようとも、彼もまた朱辺虎衆について探りたいと感じ、こうして逢海屋へとやってきたのだった。テルミ達が不逞浪士に接触する事を通して、その裏に居るであろう相手について探るというのであれば、自分は正面からその姿を追ってみようというのが正直なところである。
「何か手がかりが在れば……」
 彼がそう呟いた時、追い越すように階段を勢いよく原田 左之助(はらだ・さのすけ)が駆け上がっていった。


「待ってよ、兄さん」
 慌てるように後ろから椎名 真(しいな・まこと)が走っていく。
「なんで兄さんあんなに必死なんだろう?」
 踊り場の所で彼が一息つきながら呟くと、追ってきた井上 源三郎(いのうえ・げんざぶろう)が肩を叩いた。
「原田君は昔から喧嘩っぱやいからな――それに今回の件は、嫌な記憶を呼び起こさせる」
「嫌な記憶?」
 パートナーの声に、追いついてきたクロス・クロノス(くろす・くろのす)が首を傾げた。
「生前の話しだ。梅谷ではないが……それこそよく似た才谷梅太郎と名乗っていた坂本龍馬という男が、暗殺された事件があったんだ。真っ先に疑われたのは新撰組でな。現場には原田君の刀の鞘と、私達がひいきにしていた店の下駄が落ちていたんだよ。伊東さんの証言もあった――犯人は、新撰組だという、な。原田君も大石君も疑われた」
「え、兄さんが犯人って疑われた? 大石さんも? それいったのが伊東さん……?」
 そんな事を話しながら、三人は佐之助の元に追いついた。
 耳に入っていたのか、佐之助が振り返る。
「ご丁寧に再現した奴が許せねぇ」
 生前の記憶がよぎっているようで、心中穏やかでない様子の彼は腕を組んだ。
「原田君、落ち着け。冷静になるんだ」
「……疑われる身にもなってみやがれ。それがどういう亀裂を生みだしたか、知っててやってんだろ犯人はよ」
「そんなに大変だったの?」
 真の声に、佐之助が目を細めた。
「真、もう少し歴史勉強しとけ……そういや、俺と同じく疑われた奴がいたな……」
 ふと佐之助は、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)の姿を思い出しながら、暗殺事件が起こった部屋の正面へと立った。
「源さん、源さんの私的な見解でいいんですけど、梅谷は生きてると思いますか?」
 クロスが尋ねると、源三郎が思案するように瞳を揺らす。
 ――梅谷暗殺の件は胡散臭すぎる。私的な見解だが、梅谷は死んでいないのではないか。
「クロス君はどう思っているのかな?」
「私? 私は偽装した死だと思います。首がないからだけだと断定出来ませんし。腕輪は身代わりの遺体に付けちゃえばいいんですし」
 二人がそんなやりとりをしている正面で、佐之助が暗殺現場の扉を開けた。
 そこにはいち早く、暗殺事件解決に動き出し、現場を訪れていた人々の姿があった。


「わたくしとしてはこの事件に何か有るような気がするので調べてみたいと思います。まず幕末に発生した本物の坂本龍馬暗殺事件との違い。それは遺体から首が切断され、持ち去られている事だわ」
 ユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)のそんな声が響いてくる。彼女は切りそろえられた前髪を揺らしながら、金色の長い髪を指先で撫でていた。
「幕末のものも不明なことが多い事件でしたが、この度の事件もまた不明なことが多いわ」
 彼女のそんな声にシンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)が、大きく頷いた。
「俺も、何分にも梅谷の死についてはユーナ同様色々と疑問点があるんだよね」
 彼女は些か乱暴な口調をしている美少女だ。
「史実においては、坂本龍馬の死には各勢力にそれぞれ思惑の元に手を下した説がとなえられているけどな、今回の場合、紳撰組、扶桑見回組、瑞穂藩、葦原藩、暁津藩……他にもあるか」
 するとその声を受けて、山田 朝右衛門(やまだ・あさえもん)が周囲を見渡した。
「自分が思うに、暁津藩や朱辺虎衆からも妨害するに足る存在と見られ何らかの働きかけがある可能性にも注意すべきだと思います」
 その声の朱辺虎衆という声を聞きつけて、九頭 屍(くがしら・かばね)もまたその部屋に顔を出した。
 それには構わずユーナが続ける。
「死体が梅谷才太郎氏である証明はただ白い皮の腕輪のみ。逆に言えばそれ以外証明する手立てが無く、それさえ欺瞞であった場合は……」
 しっかりと遺体は調査されているのか、言外にそう述べながらユーナは首を傾げてみせた。
「また、その側に紳撰組局長、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)さんの刀の鞘が落ちていたと聞いたわ」
「紳撰組局長の刀の鞘が落ちていたのはあからさまに、彼らが下手人に仕立て上げられたというべきだよ」
 ユーナの声に、シンシアが呟く。
 すると室内を検分していた草薙 武尊(くさなぎ・たける)が視線を向けた。
「仲があまり良いとは言えなかったとはいえ、このような犯行に及ぶとは思えないよ。それに噂に聞く近藤 勇理(こんどう・ゆうり)さんの気性からすると、闇討ちの類をするような人とは到底思えないからです」
「それは我が保証しよう」
 ユーナの言葉に対し、武尊が応えた。彼は先日一時期、紳撰組に身を寄せていた事があり、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)の人となりを相応に知っていたのである。
「戦うなら正々堂々、正面から当たっていくと思うのよ」
 二度首を縦に振りながら、ユーナが武尊へ視線を返した。
「まずは現場周辺を聞き込み、事件当日の様子を中心に調べるのはどうだ?」
 それを見守っていたシンシアが言うと、屍が声を上げる。
「手伝うよ」
 ――そこから、朱辺虎衆に繋がる事もあるかも知れない。
 彼はそう考えたのだった。
「助かるな。不審な人物が居なかったか、それに大きな荷物の運搬が無かったか。他にも調べる事は沢山あるから」
 シンシアが微笑んで応えると、屍が力強く頷き返した。彼女は続ける。
「些細なことでも良いから調べることが重要だよね」
 そう告げたシンシアに対して、朝右衛門が深々と頷いてみせる。
「今後の事態を左右することになるやも知れませんからね」
 ――ただ自分達にしてみれば、法秩序のためというより、個人的な興味のためというべきですからね。扶桑の都も乱においては秩序もままならぬ状態とは言え、何かが動き始めている気がする以上、興味だけにはとどまらない多くの者の協力も必要でしょう。


 冷静にそう考えた彼の視界に、その時黒いドレスが入ってきた。
 それまで黙々と調査をしていた中願寺 飛鳥(ちゅうがんじ・あすか)が憑依した中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)に纏われていた漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)の姿である。
「話しはもっともだけどな」
 綾瀬の口を借りて、飛鳥が皆に声をかけた。
「とりあえずは、犯人の人物像を探らなくちゃ何も始まらないよ」
「犯人像か」
 やりとりを見守っていた原田 左之助(はらだ・さのすけ)が、闇雲な疑いは良くないなと考えながらも、そんな呟きを舌に載せた。
「マホロバ改革を恐れてか、近藤――紳撰組を失脚させるための手段か……な〜んか、きな臭い雰囲気が漂ってるねぇ」
 ドレスが体を舞わせながら、口を挟んだ。その裾を摘みながら綾瀬が意識の奥深くで微笑む。ドレスは、事件に関係する新しい情報が入る毎に情報を整理しなおし、常に多方面の可能性を考えている様子である。それには構わず飛鳥が続けた。
「――と言う訳で、逢海屋の従業員はもちろん、周辺で働いている人や出入りの業者にも当日何か異変が無かったか、怪しい人物を見なかったかと聞いてみよう」
「分かった、そうしてみよう」
 シンシアと意図を同じくする具体的な提案に、屍が頷いた。
 頷き返しながら、飛鳥が続ける。
「逢海屋の女将に、当日の来店客の名簿を見せてもらえないか頼んでみようぜ」
 彼は、体を借りている綾瀬の両手を組みながら、細く息をついた。
「それに、無実を証明するためにも近藤側にも当日何をしていたのか、及びそれを証明出来る物を提示してもらいに行くべきだな。逢海屋、近藤側双方の資料を付き合わせれば、無実が証明できるかも知れない」
「それには我も協力しよう」
 紳撰組の隊士と面識がある武尊がそう声をかけた。すると飛鳥が言う。
「真犯人までたどり着ければ一番だけどな――とりあえずは近藤の無実を証明する事が出来れば良いか」
 こうして逢海屋の暗殺現場に集まった面々は、まず証拠収集から始める事にしたのだった。






「死体に首が無い以外に何か気が付いた事が無いか?」
 寺崎屋からほど近い宵保野亭という店で、その日八神 誠一(やがみ・せいいち)は、詩歌と向き合いながら蕎麦を食べていた。詩歌は、寺崎屋への討ち入りを、集まっていた攘夷志士達に教えてくれた女性である。
 どうやら当日、奇しくも彼女もまた逢海屋にいたようで、事件の現場を実際に目撃した一人が彼女であるようだった。
「白い腕輪がはまっておった事は、分かります――ありゃあ梅谷さんがぎっちり身につけとった物やか……ああ、失礼しました。お国言葉が……」
「気にしないで。同郷だったの?」
「そうやかけんど、地元での面識はありませんでした。都に家族と出てきてから知り合って、お母さんが病気になったときに、お金を工面してもらおった。その縁じゃ――結局亡くなって……ばっさりいったがじゃけんど。私達のような下々のものがかかることが出来ないようなお医者様に見てもらえたのは、梅谷さんのおかげじゃった」
「僕も直接話しをした事があるんだ。だけどそうか――良い人だったんだね」
「死人を悪く言う者は居ません。ただそうでなくとも、私達には良い人じゃった……治る見込みのない父の様子も、あしげく見に来てくれました」
「お父様、病気なの?」
「……そうです。梅谷さんは、この扶桑、マホロバの攘夷が成功すれば、私らのような者も、皆等しくお医者様にかかる事ができると言うておった。だから私はあの夜、知らせなきゃならないと思ったんです」
 感情を吐露するように強く言った詩歌に対し、誠一は頷いて見せた。
「そうなるといいね」
「ええ。本当に。今でも信じられません、梅谷さんがまさか……」
「梅谷の死体からなぜ首が無くなったんだと思う?」
「おっとろしやことやか。嗚呼、怖い。魍魎の所行ではないでしょうか」
「うーん、僕には分からないけれど……そうだ。生きているならば、隠れそうな場所に心当たりはある?」
「この辺りで、ですか? そうじゃのおし、トウダイモトクラシと梅谷さんは言っておったから、逢海屋か……攘夷志士が最近のねぐらとしている池田屋か……あるいは、暁津藩のお侍さん方の家かもしれません。嗚呼、梅谷さんが生きていたら金銀屋からの取り立ても……家を立ち退かなくて済むかも知れないのに……」
「だけど脱藩したんだよねぇ、梅谷は」
「暁津藩は、勤王党とそれ以外のお方がおられますし、もちろん何にも属さず藩の運営に注力していらっしゃる方もおられるようですからね。将軍家の信頼も厚いんですよね?」
「なるほどねぇ……難しいな、有難う」


 二人がそうして話す宵保野亭の正面を、その時『叢雲の月亭』に依頼を出した紳撰組の隊士が一人笠を目深に被り、歩いていった。隊士が裏路地へと足を進めた時だった。
「楠さん」
 そんな声がかかり、楠都子が大きく息を飲んだ。
 現れたのは久坂 玄瑞(くさか・げんずい)だった。
 眞田藤庵という偽名を用いて、医療活動をしていた彼は、都子が一人になる時機をうかがっていたのである。
「紳撰組への内偵の件、忘れてもらっては困ります」
「止めて下さい、誰かに見られたら――」
 笠を少し上に上げ、都子が唇を尖らせた。焦燥感に駆られるように、彼女は周囲を逡巡している。
「維新の志を忘れてはなりません」
 玄瑞はと言えば、実のところ誰かに見られても構わないと考えていた。見られて疑いをかけられた都子が紳撰組に居辛くなる事も計算済みだったのである。
「忘れてはいません。ただ、私にはあの人以上に大切だと感じる、新たな場所が出来たのです。それは罪でしょうか」
「我々の側は居場所ではないと?」
「……私は……」
「楠さん。何故その方は逝ってしまわれたのでしたか?」
「それは……幕府が……」
「では何故貴方は、その幕府の犬である紳撰組に居場所を求めるのですか」
「……っ」
「一雨きそうですね。わたくしは先に戻ります」
 玄瑞はそう告げると歩き始めた。
 暫く考え込むように俯いていた都子は、それから何度か首を振り、意を決したように歩みを再開する。手の甲で、笠の内側に隠された目元を拭った彼女は、一人唇を噛みしめて 角を曲がった。曲がりながら、笠を取る。


「あら、都子さん」
 するとそこへ声がかかった。
 そこにいたのは待ち合わせをしていた橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)、そして金 仙姫(きむ・そに)カルラ・パウエル(かるら・ぱうえる)だった。彼女達は、これから逢海屋へと出かける予定なのである。
「遺体の腕に腕輪を長期間付けていた跡があるか調べるのよ」
 ブリジットがそう述べると、都子が驚いたように顔を上げた。
「絶対に真犯人を見つけて真相を突き止めましょう」
 舞がそう続けると、ブリジットが大きく頷いた。
「貴方が犯人じゃないのならね」
 ビシッとブリジットが都子を指さす。すると舞が嘆息した。
「ブリジット今回はちょっと酷すぎます。迷推理どころじゃないですよ。才太郎さんを殺害したのが都子さんて、あんまりです。それに勇理さんは女性ですし……これは他の人の前では言えないですけど。世の中には女性同士でってこともありますけど、都子さんが勇理さんに向けている想いは違うと思います」
 舞のその声にブリジットが息を飲む。
「確かに都子さんなら勇理さんの鞘を持ち出すことは容易かもしれないですけど、鞘が本物かどうかもわからないですよね。きっと誰かの嫌がらせですよ。でも、このままだと勇理さんだけじゃなくて都子さんの立場も悪くなってしまいかねないです。大体、ブリジットも最初は、首なし死体を腕輪だけで身元特定するなんて初歩的な捜査ミスだって言ってましたよね……?」
「そ、それは兎も角――」
 あたふたとして見せるブリジットを前に、舞が続けた。
「だから私、思ったんです。遺体の身元を証明しているのが腕輪なら、腕輪が偽物だったら、遺体が才太郎さんじゃないってことです。本物が偽物の腕輪つけている訳ないです。と言う訳で、都子さんに一緒に来て欲しかったんです。私だけだと遺品見せてもらえないでしょうし」
「腕輪の真贋とかどうやんのよ」
 ブリジットが尋ねると、都子が腕を組んだ。
「確か奉行所ではなくて、扶桑見廻組が遺体や遺品を回収したと聴いています」
 豊満な胸元が制服の上からでもよく分かる。
「行ってみましょうか」
 魔鎧の形態で、カルラが呟くと、思案するように仙姫が虚空を見据えた。
「才太郎は生きておるのだろう。少なくとも遺骸は才太郎ではない可能性が高い。頭部を切断して持ち去ってしまえば、誰の遺体なのか疑義が生じる。暗殺を実行した者が自分の功績を疑問視されるような真似もすまい。暗殺計画を逆手にとった才太郎の自作自演か、もっと複雑な背後があるのか……」
 その声に都子が、真剣な瞳で唇を指で撫でた。
「鞘は……後から誰かが置いた偽物じゃろうな。とりあえず、舞、日差しもきつくなってきておるし、外に出る時は日焼けクリームを塗った方が良い。腕時計の跡とか変に日焼けしたら格好悪い」
「なるほど、首が無くても遺体の手首を検分すれば、何かが分かるかも知れないんですね」
都子が嬉しそうにそう告げると、舞が穏やかに笑った。
「まずは、逢海屋へとでかけてみましょうか」
 その頃逆に、それまで逢海屋にいた面々は、それぞれが帰路につきつつ別の対象者への聞き込みを開始したところだった。

 そうした一行と舞達、そして――オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)がすれ違った。

 顔色の悪い彼女は、白い塗り壁に手をつきながら、進んでいく。
 そして裏路地の一角を過ぎ、柳を過ぎた辺りで、ついに頽れて地に膝をついた。
 効き手のひらが、木造の裏門へと触れていた。
 そこは誰かの武家屋敷の様子である。
 ――誰のお屋敷でしょう?
 そう考えたのを最後に、彼女は意識を失った。






 朱辺虎衆の一員となった南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が出かけて数刻ばかり後の事。
 不意に曇天が、雨雫を降らせ始めた。
 あわてて光一郎が、久我内屋の軒下に避難すると、そこには先に避難してきていた黒崎 天音(くろさき・あまね)の姿があった。どちらも傘を持ってはおらず、扶桑の都にあわせた和服の布は水に透けて身体を露骨に強調させている。
 天音の鎖骨が、和装の合間からのぞいたのを、光一郎が見て取った時、曇天の街では鳥たちが逃げる場所を探していた。そんな鳥の姿を目で追った彼は、角から紳撰組の隊士がやってくる事実を把握する。
「ちっ、紳撰組が来ちまった。最悪じゃん」
 その声に、足音を意識しながら、天音が振り返る。成る程、確かにそこには紳撰組の隊士達の姿があった。――仕方ないなぁ。
 そう思い口角をつり上げた天音は、光一郎の肩を掴んで、壁へと押しつけた。
「?」
「やりすごしたいんでしょう?」
 そんな言葉と共に、天音の唇が光一郎のそれへと降ってくる。甘い舌と舌との交わりに、紳撰組の隊士達は、見て見ぬふりをして通り過ぎていった。
「いきなりなにするんだよ」
 光一郎が抗議の声を上げると、天音が余裕在る表情で肩をすくめた。
「逃がしてあげたんだよ」
「いつもこんなことしてんのか? 襲われるぞ」
「なんだい、それは。襲いたいって言う意思表示? 冗談じゃない」
 気位の高い猫のように笑って見せた天音は、肩をすくめて光一郎から視線を逸らした。
「その格好、朱辺虎衆だっけ? 最近何人かが聴いて廻ってる忍びの装束だよね」
「ああ、そうだ」
「――死んだら許さないよ」
「なんだよそれ、誰が死ぬか」
「それなら良いけど」
「……心配してくれてるのか?」
「まさか。単純に同校の生徒が減るのが嫌なだけさ。つまらなくなる」

 そんな二人を見ている者は誰もいない――かのように思われたが。

 パシャリ、そのような音が響き、陰から二人の様子は東條 葵(とうじょう・あおい)によって携帯電話の内蔵カメラで写真に撮られていた。
 ――逢瀬やら、面白い事象があれば逐一知らせる事にしよう。
 そう決意していた葵は、東條 カガチ(とうじょう・かがち)宛にメールを打った。
 ――携帯で写真も撮ってつけよう。
 そんな意図で、直ぐ潜めばバレないだろうと考えた彼は、送った情報は直ぐに削除した。
 『椎名くんにも転送しておくね』
 するとすぐに返信がある。
「削除、と」
 カガチから返ってきたメールも同様である。
「なにをしている?」
 誰にも見られては居ないかの様子だった葵だったが、その時背後から声をかけられた。
 天音のパートナーであるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が気づいて視線を向けたのである。
「別に何も」
 余裕ある表情で首を振って見せた葵に対し、ブルーズは嘆息しながら天音達へと視線を向けた。
「別に我々は、朱辺虎衆の協力者ではないぞ」
「そうなんだ」
「ただ天音は少し気まぐれなところがあってな」
 苦労性の様子のドラゴニュートに対し、葵が笑ってみせる。
 そんな二人のいる場所からは、微川亭がよく見えた。


 その頃、当該の小料理屋には、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の姿があった。リセという女傑が仕切っている店で、店員として詩歌が働いている店だ。この日のオススメメニューは揚げ茄子と鶉の卵串、それから各種の炉端焼きだった。
 ――お酒を交えながらの方が口を滑らせてくれますかね……。
 そんな事を考えた遙遠こと、ハルカが天狗の面を卓上へ遠く。
「ん……? なんだこれ、本当に水か?」
 舌が焼け付くような感覚に、正悟が目を細める。
「え? これは甘いお水ですよ。きっと氷砂糖が入っているから、そう感じるんですよ」
 訝る正悟の前で飲み干して見せたハルカは、それから猪口を置き、両肘を卓に付いた。
 面識あるの正悟に対して、逢海屋側の情報を流して調査状況等の現状や今後の方策を聞き出す事がハルカの狙いだった。
「水が猪口に入ってるとは斬新な店だな。氷砂糖は徳利の中か?」
 ぶつぶつと不満を言いながら、形だけ猪口を手にした正悟は、女将であるリセが通りかかった時、白雪姫という名のノンアルコールカクテルを頼んだ。実際この店は斬新な店で、地上は日本の料理を多く提供している事でも有名である。
「ヨウエンはちょっと逢海屋を見に行ってきたんですが」
 その声に、勢いよく正悟がカクテルを吹き出した。
「奉行所の皆さんや、扶桑見廻組、紳撰組がたむろしているのかと思いきや、通常営業でした。どうなってるんですか?」
「下手人扱いされてるコチラは動けないんだ。それに暗殺対象が梅谷だからな……奉行所の与力じゃなく、扶桑見廻組がかり出されたんだろうが……下手に居座っても営業妨害で逆に騒ぎ立てられるんだろう。店側からしたら、早々に遺体を引き上げてもらいたかったって言うのが本音何じゃないか」
「それで、紳撰組はこれからどのように動くんですか?」
「お前さんは?」
「ヨウエンのやりたいようにやらせて頂きます」
「自由で良いな。俺たちは……諸士取調役兼監察方が色々と動いて居るみたいだからな……それに従う、いや、勇理の、局長の判断に従う」
 こうして微川亭での夜が更けて行くに従い、雨は強さを増していった。
 二人の隣席では、本日のオススメメニューを詩歌から受け取りながら、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が雨をしのいでいる。アキラの額には、肉と書かれていた。


 その頃、寺崎屋のそばにある柳の下では。
 甲賀 三郎(こうが・さぶろう)高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)、そしてメフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)が見廻りをしていた紳撰組隊士二人を柳の幹にくくりつけていた。彼らの周囲では、警戒するようにパトラッシュという名の犬が目を光らせている。
 彼らは、以前に比べて警戒と巡回のレベルが引き上げられていると考え、身包み剥がし褌で吊るす行為は止めて、髷を落として落ち武者にして放置プレイをするという、社会的抹殺方式の辻斬りへと手法を変えていた。
「三郎、暁津藩の家老の一人である継井様が、甲賀衆に話しがあるとの事であります」
 その声に三郎とメフィスが顔を見合わせる。
 こうしてパトラッシュを連れた三人は、甚九郎が普段下働きをしている暁津藩の人間の元へと出かける事にしたのだった。