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激闘、紳撰組!

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激闘、紳撰組!

リアクション




 雨が降ったり止んだりを繰り返している。低く飛ぶツバメが、不安定な天候と共に情勢をも運んでくるようだった。
 その頃池田屋の二階では、先日朱い牛面をつけた黒装束の者に声をかけられた南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)鯉之堀灰路が腰を下ろしていた。その正面にも、朱い牛面をつけた者が一人座っている。しかしその面には、黒い筋が一本はしっていた。よく見れば頬の所に、亀に巻き付いた蛇の意匠が小さく描かれており、その尾が続いているようだった。
「私は、朱辺虎衆四天王の一人、玄武という。先日、攘夷志士を紳撰組の魔の手から救ってくれた事、まず礼を言おう」
「俺様はただ加勢してやっただけだし、無事で良かったじゃん」
 光一郎のその声に、灰路が頷く。
「それがしはしがない町医者である。よって貴殿等の中で、困った者が居たらお声がけ願おう」
「今のところは、手が足りているが――次にまた討ち入りが在ればどうなる事か。此処や逢海屋の存在が露見するのも時間の問題かも知れない。いくら改革の為の痛みとはいえ、私は仲間が傷つく姿をこれ以上見たくないんだ」
 その声に、光一郎と灰路が顔を見合わせる。
「……なんて、勝てば良いだけだよな」
 すると玄武が頭を振って呟いた。
 そこへ甲賀 三郎(こうが・さぶろう)が声をかける。
「四天王の坐が空いてる様子、貴殿らとは旨い酒が呑めそうだが如何か?」
 別段、朱辺虎衆に入る気ではなかったが、部屋で様子を見守っていた彼は、切り口としてそう声をかけた。彼の背後では、高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)メフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)も様子をうかがっている。
 彼ら三人は、腕の良い辻斬りだ。
「そうだ、お前等と同じで、新しく朱辺虎衆に入った――それも四天王の一人になった御仁と、四天王が一人、朱雀様がそろそろいらっしゃる。首領は今日、来られない様子だったが、紹介しよう。少しここにて待っていてくれ」
 そう告げると玄武は、ふすまを開閉し、奥へと消えていった。


「どう思う? オットー」
「ここでは、鯉之堀灰路と呼んでくれ。大体貴殿こそ何を考えて――」
 鯉之堀灰路という偽名を名乗っているオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、パートナーに対して嘆息した。
「鯉くんのグラマー天狗だっけ? のアシスト」
 言葉を遮るように返した南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、それから静かに腕を組んだ。
「『梅谷暗殺』は幕府と暁津勤王党が手を結べそうな流れに楔を打ち込むに絶妙だったじゃん。だから梅谷個人だけじゃなくて組織的な意志を感じたなぁ。――これにより浪士側が過激化しそうだけど、背後関係が不透明じゃん」
 光一郎は、どこか遠い目をして、推論を語る。
「暁津藩からは浪士に対する支援、抑制ともに表立った動きが見えない。まぁ、藩論がまとまらない中だし、仕方がないのかも知れないけど、まずいじゃん。扶桑の都でうまく転がれば乗るし、失敗すれば切り捨てるべく、体よく厄介払いされている印象じゃね? よって黒幕から暁津藩は除外」
「ほう」
 顎に手を添えながら、オットーが頷いてみせる。
「そうすると、残るは2つだし。1つ、狙いは浪士の主流である暁津勤王党と、外国勢力が主流の紳撰組とを啀み合わせ双方の勢力を削ぐこと。それで、さらに状況が泥沼化して治安悪化が長びけば、暁津・葦原両藩ともに評判が落ちるだろ」
「評判を落としてどうする? その目的は?」
「ああ、二つの藩の評判を落とせば、自然と外国勢力に頼る風潮に流れるじゃん? 外国勢力を国内治安維持に使った国の多くは滅びるっていう歴史の教訓から。例えば、傀儡化されるなんて事もあるだろ。つまり、そういった危機感を喚起させると同時に幕府内を一本化させたい誰か、例えば将軍家後見職が黒幕という説。どう?」
「どうといわれても……もう一方は?」
「もう1つは瑞穂黒幕説。治安が悪化した今の都に整然と乗り込めば解放者になれる。浪士は『狡兎死して走狗烹らる』で使い捨てればいーし。さあ、どちらだ? その確認のため、まずは浪士の裏にいる朱辺虎衆に接触したいと思ってたんだけど、割とあっさり接触できたな」
 黙って聞いていたオットーは、深々と息を吐いてみせる。
「光一郎よ、梅谷黒幕・表から存在を消したいための狂言説もあるぞ。考えすぎると足元をすくわれる。考えるな!」
「えー、じゃあ次回予告でもしておくか。『敬天愛人』、どうだ! ――薔薇的な意味で」
 ちなみに敬天愛人とは、西郷隆盛が志していた言葉で、万物の源である天を敬い、自分を愛する事と同様に、他人にも慈愛注ぐ、という意味である。


 その頃、玄武が消えた部屋とは真逆の側にある部屋では、テルミ・ウィンストン(てるみ・うぃんすとん)ディアー ツバキ(でぃあー・つばき)が聞き耳を立てていた。もっともツバキはテルミに纏われた状態である。
魔鎧であるツバキは、元々は裕福な家庭に生まれ、大切に育てられてきた箱入りのお嬢様である。ただ昔、目を通した本の影響で外の世界とほんの少しの『悪』に憧れを抱いてしまったのである。するとある夜悪魔が現れた。その際頼んでパラミタに連れてきたもらい、魔鎧になったのが彼女である。パラミタに来たその日に、『休日』のテルミに出会い誘拐された事が契約のきっかけだ。ツバキ本人は何故か運命を感じ契約を申し出たものである。
 魔鎧時の姿は全身を覆う『獣形の鎧』といった形状をしている。彼女は日々、『平日』のテルミにはガッカリしているのが、正直なところだ。とはいえ、もともとは品行方正な性格をしているツバキは、たまに悪ぶってみたりするもうまくいかない事が多い。
 さて、聞き耳を立てているテルミはといえば、シャンバラ教導団の情報科に所属している。それが端緒の動機となり、彼は朱辺虎衆の謎を探る事を目的として、この不逞浪士が集まっている池田屋に顔を出していたのである。緑色の短い髪の中に、金色の瞳を浮かべた彼は、真面目そうにも不良のようにも見える。実際には、特殊部隊で訓練を受けていたという生い立ちの彼は、軍規を重んじる性格の持ち主で、時には大胆な行動にも出る。今回の潜入調査もその性格が滲み出たものだろう。
 そんな機工士であるテルミには、『休日』と『平日』で著しい差違があった。
 『平日』の彼は、柔和な表情と柔らかな物腰で、情報収集を主として教導団の任務を真面目にこなしている。だが『休日』の彼は、一気に顔つきが悪くなり『パラ実生』同様のノリで『ヒャッハー』してしまうのだ。――要するに、日々たまるストレスを発散しているのである。ツバキは要するに、この休日のテルミに運命を感じたのである。
 ――しかし奇しくも本日は、平日だ。
 毎日が日曜日の波羅蜜多実業高等学校とは異なり、シャンバラ教導団に所属しているテルミにはきちんと時間と週の概念があるのである。
「暗殺事件も気になりますが、やはり朱辺虎衆の事を調査したいですね」
 テルミがツバキだけが聴いている場所でそう呟いた。
「そうですわね。暗殺事件の方は、学校に――行っているかは存じませんが、屍さんが何とかしてくれるかも知れませんし」
 ツバキは、もう一人のパートナーである九頭 屍(くがしら・かばね)の事を思い出しながらそのように呟いた。
 彼女がそう口にした時、奥の部屋へと玄武が戻ってきた。その頃には、同室に幾人もの朱辺虎衆が訪れていた。


「紹介しよう。新しく四天王に加わった、青――黒龍様だ」
 紹介を受けた南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)鯉之堀灰路が一礼する。青龍から遺志を託された三道 六黒(みどう・むくろ)は、朱辺虎衆の四天王に上り詰めていた。両隣には、両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)戦ヶ原 無弦(いくさがはら・むげん)を従えている。その一歩後ろには、虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)がいた。
「これからはわしが、お主等を守ろうぞ」
 その力強い声音に、浪士達が拍手をする。
 六黒の狙いはマホロバにて対葦原包囲網を作る為、朱辺虎衆を掌握する事だった。


 その一つ隣の部屋では、紳撰組や扶桑見廻組とやり合い負傷した浪士が、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の手で治療を受けていた。愛称は、ロゼである。背後には座頭 桂(ざとう・かつら)九条 レオン(くじょう・れおん)が控えている。彼らは、紳撰組の諸士取調役兼監察方だ。現在は潜入調査中なのである。
 この三人、元は逢海屋を目指して行動していたのであるが、不逞浪士達の足取りを追う内に池田屋へと歩みを進める事となっていた。
 桂は、狐面の奧で盲目の瞼をなんどか瞬かせる。
 手には弦楽器である平家琵琶を携えていた。
 これは桂がいつも持ち歩いているもので、丁寧な手入れが施され新品同様であり、良く響き心地のよい音色をしている。なお、気分がのってくると桂は唄いだすが、正直邪魔、と言いたくなる程歌唱力は酷いと評判だ。
 ――何分目が見えんもんで、わたしが取得できる情報は限られてくる。
 桂はそんな事を考えていた。
 ――だから、わたしは『ろぜ』の診察中に他の不逞浪士に向けて『平家琵琶』を演奏して聴かせよう。
 そんな心境で、桂は弦をはじく。
 ――浪士の意識が『れおん』に向かないようにな。
 桂がそんな事を考えていた時、子ライオンに偽装(?)中の、獣人であるレオンはスキルである『超感覚』を駆使しながら、窓から見える逢海屋を見据えていた。
 ロゼが治療を続ける中、レオンは無邪気な調子で八重歯を見せながら笑っていた。
 ――レオンはねー大事なお仕事を任されたんだよ!
 彼は内心そんな事を考える。
 ――ふてーろーしがロゼと桂さんに話しかけている間、レオンは誰も見ていないところで『超感覚』を解いて、『隠れ身』を使いながら、おうみやの窓と扉の数を覚えておくの!
 ――それをロゼにほーこくするんだよー。
 そんなわけでレオンは頃合いを見計らうと、逢海屋へと向かったのだった。
 残ったロゼは治療を終えると、道具を片付け始める。


 その頃レオンが向かった逢海屋には、不逞浪士と呼ばれる人々と共に白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が座っていた。竜造は壁に背を預け、アユナはきちんと座している。逢海屋に到着した彼らは店内の構造をざっと観察していた。そして今、不逞浪士と言われる者達の会合場所を探しだし、部屋の隅で当該人物達の様子見を行っているのである。
 ――辻斬りの俺が特定の場所にいるってのもおかしな話だと思われるだろうが、俺はあくまで強者との闘争を求めてやってきただけだ。
 竜造は考える。
 ――そいつがある場所が『ある』っていうならそこに赴くまでよ……ただ、それにしても、殺人が起きた場所でのキナ臭い会合か。作為すら感じるが、血と臓物の修羅場を楽しめるならそいつも瑣末な事だ。
 そんな竜造の横では、『殺気看破』で警戒をしながら、何かあったらいつでも知らせられるようにアユナが周囲を見回していた。誰の目にも止まらない隅にいる彼女は、可愛らしい容姿の中で、儚げに瞳を揺らす。
 ――知りあいに、見られても困りますし……不逞浪士さん達も、怖いですし……ところで、あの人達はなんで人殺しがあった場所で、会合なんてしてるんでしょう? 
「理由が、あったりするのかな?」
「なんだって?」
ポツリと呟いたアユナの声に、竜造が視線を向ける。
「いえ、大丈夫です、何でもありません」
儚く消え入りそうな声で、アユナはそう返答する。その言葉にはやさしい色合いが滲んでいたのだった。


 そこへ朱辺虎衆四天王の一人、白虎に促されて藤村伊東 武明(いとう・たけあき)がやってきた。
武明は考えていた。
 ――どことなく幕末の日本を思い出しますが、実際の状況は大きく異なります。鬼鎧も擁している幕府は強大です。
 そんな思いと、理性が訴える――浪士たちの元へ訪れ、現在とこれからのマホロバについて語り合うことにしたい、そんな心地が、内心せめぎ合っていた。
「エリュシオン側につくというならば別ですが、そうでなければ、今は幕府と共に闘うというのが現実的な手段ではあるでしょう。ただ、従うだけ、というのでは浪士を納得させることは出来ないでしょうし、ここは有力者へ何らかの形で面会する機会を設けましょう」
 武明の声に、白虎が頷いた。
「その辺りは、朱雀が抜かりなく行っておる」
 四天王最後の一人の名を口にした白虎に対し、武明が頷き返す。
 ――思想を語り合うもよし、ただ何をするにも後ろ盾は必要でしょうしね。必要とあれば歩を紹介しようと思いましたが。
 大奥取締役代理の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の事を思い出しながら、武明は唇をなでた。


 そうしたやりとりを見守っていた藤村は、腕を組んでから腰を下ろした。
 先日までパラ実生の空大受験を手伝っていた、藤村と名乗っている藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、久方ぶりに踏んだマホロバの地で起きている面白そうな出来事に、口角をつり上げる。
「鴨さん襲撃は、今回はお休みして、首刎ね犯さんの居場所を探ってみましょうか」
 つい呟いた彼女のその声に、白虎が首を傾げた。
「なんと言った? すまぬ、聞き逃した」
「いえ、なんでもありませんよ。私はただ、国外で情勢を探っていた為、肝心の扶桑の事情に疎くなって困っていまして。さしあたり同志たちの安否を把握したいと呟いただけです」
 本心を言えば、男装している彼女は、――才太郎さんご本人がどなたかの首を奪い、なり代わった可能性が捨てきれないのですよねぇ、と考えていた。
 その為、最近になって連絡がつかなくなっている浪士がいないか、周囲に探りを入れてみようと考えていたのである。
「そうか。――我々は鬼城松風家当主の、松風堅守の暗殺を企てておる」
 応えた白虎は、雨が上がった窓の外を一瞥したのだった。


 その窓の向こう、寺崎屋近くの柳の下では。
 巡回中だった紳撰組の海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)と、オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)が対面していた。詳細な手配所から、海豹仮面は見た時すぐに、オルレアーヌの事に気がついた。
「そこでなにをしているのかねぇ。止まって下さい」
 どこか間延びした海豹仮面の声に、オルレアーヌが、身を硬直させた。
 向き直った彼女は、シャギーがかった薄い茶色の髪を揺らしながら身構える。
 対して海豹仮面もまた抜刀した。
 片手剣である女王のソードブレイカー2本、両手に構えた海豹仮面に対し、オルレアーヌは両手で銃・禍心のカーマインを構える。
 その銃声が響くよりも一歩早く、海豹村の若き村長兼新撰組六番隊組長は、刃を振るった。
 銃把で受け止めたオルレアーヌから、舞うようにして一歩間合いを取り、地を蹴って再び海豹仮面が刀を振るう。
「くっ……」
 海豹仮面の早業に息を飲んだオルレアーヌは、落ちてくる汗を手の甲で拭うと、一歩退いた。
 海豹仮面もまた、ズズズっと音を立て、靴で黄道の土を削る。
 銃声が谺するがそれを交わして、海豹仮面が前へと出た。
 素早さの分海豹仮面の方が優勢に見えたが、オルレアーヌが構える得物が、その早さと相殺する程の威力を持っていた。均衡状態と、間を見て海豹仮面が踏み込む姿が交互に繰り返されていく。

 ――丁度その時の事だった。

「六番隊組長!」
 別の路地を見廻りに出ていた黒野 奨護(くろの・しょうご)、そしてついてきていた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)徳川 家康(とくがわ・いえやす)皇 玉藻(すめらぎ・たまも)が歩みを止める。
 声をかけた奨護が、海豹仮面へと近づき、雅刀を抜刀した。
「大丈夫ですか?」
「助かったよ、有難うねぇ」
 仮面の奧に隠れている為表情はうかがえなかったが、海豹仮面が安堵するようにそう告げた。
 急な加勢に、退路を探してオルレアーヌが視線を彷徨わせる。
 その肩を、奨護と海豹仮面が斬りつけた。
 溝を刻むように彼女の左肩に逆三角形の傷が出来る。血飛沫が舞い、鉄の匂いが辺りを占拠した。しかし致命傷に至ったわけではない。だが、このままでは、そうなるのも時間の問題だろう。
 ――そこへ、とどめの一撃が海豹仮面から放たれようとした。

 その瞬間。

 ――ギンッ。
「大丈夫か?」
 海豹仮面の刃を受け止めたのは、不逞浪士たちの用心棒をしているトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だった。オルレアーヌの腕を退き、トライブが一歩さがる。すると彼のパートナーである王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)が麗しい赤い瞳を瞬かせた。
「紳撰組――久しぶりに手応えがある殺し合いが出来そうだわぁ。忠義や思想に興味は無いの、あたしが求めるのは血と殺戮と強者よ! おまえらは追い詰めたつもりだろうけど、あたしに言わせれば逆よ。ここは首切り台。執行人はあたし。さぁ、歓迎してあげるわぁ!」
「今の内に逃げろ」
 トライブにそう言われ、オルレアーヌはその場を離脱した。