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リアクション
【3・残り38時間】
1日目 P.M.19:00
さきほどの襲撃から、しばらく警戒をしていた藩大佐であったが。
敵らしき影がもう周囲にないことを確認後、すぐにまた捜索は再開され。遅れを取り戻すため、日が沈み周囲も闇に包まれはじめた今も飛空船からのライトを頼りになななはパンダ探しに駆り出されていた。
実際ずっと飛空船につられた状態なのでなななには疲労の色が出始めていたが。
ティーカップパンダのティの字も見当たらない現状では、休息をとるという選択を大佐が取る筈もなかった。
「うーん。ここもハズレかぁ、次いかなきゃ」
岩壁の穴を覗いていたなななは、もう何度目かという空振りに肩を落とす。
どうやらアホ毛探知にもそれなりに労力を使うらしい。
「こんばんは。どうですか? 捜索ははかどっていますか?」
と、そこへ何度かすべりそうになりながら歩み寄ってきたのはアシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)。
今現在いる岩場は、足場になるでっぱりがあちこちにあるので踏み外してもそのまま落下するようなことにはならないとはいえ、ライトの灯りだけが頼りの宵闇ではどうにも危なっかしく見えた。
もっともそれを気にとめる余裕は、いまのなななにはなかったが。
「あんまり、というより全然成果はあがってません……どうも普通のティーカップパンダさえ見つからなくなってきました」
「顔色が悪いみたいですけど。だいじょうぶですか? 私にも、なにか手伝うことがあれば言ってください」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと待って……ん〜……」
そう言うと、なななは目を閉じ、耳を塞いで、精神をアホ毛にのみ集中させはじめた。
そのまましばらくダウジングの棒のごとく、反応を探り右を向き左を向きしていったかとおもうと。
アホ毛が岩壁の穴のひとつをとらえたところで、なななの身体が震えはじめた。
「どうしました? 見つかりましたか?」
「あそこ! あの中を調べてみてよ!」
言われてアシュレイはふらふらした足取りながら、なななの指差す先の壁穴まで到達し。
いざ覗きこんでみると。なにかがもぞもぞと動いている気はしたが、暗くてどうにもはっきりしない。
ヘビかなにかではと、わずかばかり恐くなるアシュレイだったが。ここはなななを信じようと思い直し。思い切って両手を穴へと入れてみると。なにやらふかふかした手ごたえと、その下には陶器のような冷たい感触がある。
これはもしや、という期待が膨らみ。ひといきにそのなにかを取り出してみれば――
「あっ! やりました、ティーカップパンダですよ!」
まさしく、ティーカップからちょこんと顔を覗かせている白と黒の毛並みの熊猫。
ティーカップパンダそのものであった。
アシュレイは目を輝かせながら、なななに差し出してあげると。なななも喜び……かけたが。ライトに照らされたその姿を見てすぐに肩を落としてしまった。
「ダメだわ。カップのカラーが白だもん。これは、繁殖期のものじゃないんだよ。残念だけど」
「えぇ? そんな……」
アシュレイもがくりと肩を落とし、ずーんという効果音が聞こえてきそうなほどだった。
『おい。落ち込む暇があったら、そのティーカップパンダをすぐにこっちに運ぶんだ。そしてすぐに捜索をつづけろ。仲間のパンダが近くにいるかもしれないからな』
そこへふたりの会話を聞いていた大佐からの辛辣な連絡が届き、なななは慌ててパンダを抱えて上昇するのだった。
そんななななの様子を遠目に眺める者がいた。
黒衣を着て仮面をかぶった奇妙な人物。それは件の龍騎士……ではなく。
「あれは、やっぱりやり過ぎですよね」
ワイルドペガサスの背に乗るクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)だった。
スキャンダルのニオイをかぎつけてきてみれば。嫌がるなななを強制労働させている、軍の大佐という構図が眼前にあり。
(これって、いわゆるパワハラじゃないですか)
と思わずにはいられなかった。
クロセルの心中に反応してか、ワイルドペガサスがブルルルと、鼻息荒くする。どうやら少なからず憤慨する気持ちらしい。
ヒーローは助けを求める者あれば、颯爽と駆けつけるもの。
という鉄則を胸に、クロセルは――自前のスマートフォンを取り出し、再びアルミ箔つきで宙ぶらりんのまま捜索しているなななを写真におさめていく。
暗いので何度か撮り直し。きちんとしたものがとれたところで、その映像データを自身のサーバにアップロードしておく。
「さて。どうでるでしょうか」
一連の作業を済ませたあとは、クロセルはワイルドペガサスから一度降りて近くのなめらかな岩に腰かけてしばし待つ。
一時間ほど経過したところで、上空の飛空船から小型飛空艇が舞い降りてきた。
結構早かったですね、と感心しながら腰をあげる。
「オマエか? あんな映像撮ってやがったのは」
「やれやれ、余計な手間をかけさせないで欲しいのですよ」
乗っていたのはふたりの人物。教導団の制服をまとった、全身が筋肉質な大男と真面目を絵に描いたような眼鏡の少女だった。
クロセルは、ふっ、と仮面のしたで笑顔を作り。さっきまで座っていた岩のうえに立ち、黒衣を無意味にバッサァとひるがえして不敵に微笑みつづける。
「ふふふ……そのとおりです。よくわかりましたね」
その姿は、怪盗やミステリーの真犯人よろしくのポーズだった。
クロセル個人としては背景に綺麗に満月がみえていて欲しかったが、あいにく雲で隠れていた。
「撮られた映像をみれば一発でわかるンだっての! ……まあ、俺の手柄じゃねーけど」
「ふふん。詳細は教えられませんが。軍に不利益な情報をいちはやく収拾し、解決するための専門のポストがあるのですよ」
少女は、くい、と眼鏡をずりあげて得意げにささやかな大きさの胸を張る。
「それなら話が早いですね。この映像を動画サイトやマスコミにリークされたくなければ、金元なななさんの待遇を改善してください」
「あン? なんだよ、オマエあいつのナンなのさ?」
「何というわけでもありませんよ。単なるモラルの問題です。せめて、すこし休ませるくらいはしてあげたほうがいいと思うんですけど」
特技の説得を用いて、優しく持ちかけてみるが。
「軍のやりかたにケチつけられても困るンだよ。悪ィけど、関係ねェ奴は引っ込んでて貰えねェかな」
筋肉男はすでにポキポキと指をならしはじめている。
「ん。力に訴えるつもりですか?」
クロセルは頭を切り替えて、今度は威圧でふたりに圧迫感を与える。
しかし男はそれに怯むどころか、むしろ触発される勢いで突っ込んできて。
次の瞬間にはふっとばされていた。
筋肉男のほうが。
「え?」
眼鏡少女は、理解がおいつかず目を丸くする。
だがそれは夢でも幻でもなく、男はなんらかの衝撃を顔面に受け目を回して倒れている。
「ふふふふふ。俺を敵に回さないほうがいいですよ」
クロセルは余裕の構えで、また黒衣バッサァしていた。
ここでタネあかしをすると。
クロセルはスキルの物質化・非物質化で隠し持っていたロケットパンチで攻撃したのである。もちろんロケットパンチは一度使えば戻ってこないので、もう次のネタは無い。なのでもうひとりの眼鏡少女が戦闘兵であれば、今度は真っ向勝負をするはめになるが。
心理学で探りを入れたかぎりでは、どうやら彼女にそんなつもりはないようで。
「しかたありません。大佐が承認するかはわかりませんが、改善を提案してみるのですよ」
むしろ得体のしれない相手に恐怖しているのか、すぐに気絶した筋肉男を小型飛空艇にのせると、はやばやと逃げ帰っていってしまった。
それを見送りつつ密かにホッと息をつきながら。
我ながら、ヒーローにあるまじき脅迫行為だったなと、今更ながら思うクロセルだった。
そのあとすぐに、本日の捜索終了が告げられた。
クロセルとしてはやけにあっさり提案が受け入れられたことに拍子抜けし。なにか裏があるのではとも思ったが、疲れていたなななを休ませられるのであればひとまずはいいかと納得しておいた。
もっとも、飛空船内に戻ってきたなななのアホ毛はまだアルミ箔に縛られたままだった。
なんの拍子で電波を拾えるかわからないということで、この状態の改善だけは認められなかったらしい。
「はぁ……どうしようかな。これから」
溜め息をつきながら、なななは飛空船の倉庫を訪れていた。
なぜそんなところへかと言えば、同じ教導団の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)に呼びつけられたからである。なにやら内密にとのことで、わずかに緊張しつつ足を踏み入れると。
「ななな殿。誰にもつけられていませんか?」
小次郎が既に待っており、物資の入ったダンボールの陰から姿を見せた。その手に、なななの付けアホ毛があることから、なんとなくなななは状況が飲み込めてきた。
「うん、だいじょうぶだけど。それで、なにをどうするつもりなの?」
「これをつけて、本物のアルミホイルをはずしてしまうんですよ。そうすればとりあえず心配事がひとつ減るでしょう」
そう言って、つけ毛にアルミホイルを巻きつけてそれをなななの頭にくっつけ。本物のほうをはがそうと試みるが。
ぺったりと張り付いており、四苦八苦しはじめる小次郎。
「んん? やけにしっかりくっついていますね、んっ、この……!」
「い、痛い痛い! いたいってば!」
「あっ。すみません」
アホ毛を押さえ、ちょっと涙目になるなななに小次郎はホールドアップする。
どうやらアキラ・セイルーンの使った接着剤がかなり協力だったらしい。
「えっと、気持ちはうれしいけど。もういいよ、万が一バレちゃったら迷惑かかっちゃうし」
「ですけど、その。宇宙の艦隊が迫っていて大変なのでしょう?」
「そうだけど、なんかヤな予感がするの。宇宙意思がさっきからそう言ってて」
「…………はあ。そうなんですか」
「まっ、心配しないで。ティーカップパンダを見つけさえすればそれでいいんだから、ね」
小次郎はどうにも不満があるようだったが、ななな自身に明るくそう言われては引き下がるしかなかった。
そんなふたりの様子を、ダンボールのなかに隠されたカメラは目撃していた。
司令室にいる藩大佐と、さきほどの眼鏡少女はそこから流れてくる映像を静かに眺めて。
「ふん。もし、アルミ箔をはずしたら、どうしてくれようかと思ったが。勘はいいらしいな」
「それこそ本当に電波のおかげかもしれないのですよ」
「だとしたら、明日は本領を発揮してもらいたいものだが」
「それにしても大佐。本当によかったのですか? 本日の捜索を打ち切ってしまって」
「疲労で探索の能率が悪くなっていたのは事実だ。そこへさきほどの男の要求があった。だから捜索を切り上げた。なにか問題があるか?」
「ですけれど。ああいった提案に、いちいち応えるというのはどうかと思うのですよ」
「交渉ごとというのはな。ただ無視しても、相手をねじ伏せても、なんの意味もない。互いの利になる道を見出してこそだ。そうした経験の場数は多く踏んでおくべきだと、私は考えている」
その思想は眼鏡少女には、あまり理解できないところであったが。
藩大佐にとっては、どうやら大事なこだわりゆえのことだと知った。
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