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契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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契約者の幻影 ~暗躍する者達~
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第1章「組織に与する者達」

 シャンバラ大荒野にある廃神殿。その地下二階――
 
 残された資料を鞄に詰め、あるいは焼却処分を行って忙しなく走り回っている『組織』の研究員達を見ながら、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は微かな笑みを浮かべていた。
「クスクス……もうすぐお人形さん達と遊べるの。楽しみなの……」
「どうしたお嬢? 随分と機嫌が良さそうだが」
 隣に立つ東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)がパートナーの様子を見る。この廃神殿に来る前から――そう、依頼を見た時から――ハツネは楽しそうにしていたのだ。
「そいつは仕方ねぇさ。久し振りの組織からの依頼だからな」
 新兵衛の疑問に大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が答えた。そんな彼もどこか気分が高揚しているように見える。
「久し振り? 兄貴とお嬢は組織を知っているのか? てっきり『商会』絡みの依頼かと思っていたが」
「俺とハツネは元々組織の人間よ。もっとも、ここしばらくはあいつら自体が目立った動きをしていなかったから、俺達は好きにやらせて貰ってたがな」
 鍬次郎がハツネとパートナー契約を結んだ切っ掛け。それはハツネの才能に目をつけた組織がパラミタでの活動を可能にする為に彼を寄越したからだった。
 なので二人にとって組織は今回限りの単なる雇用主という訳では無い。とりわけハツネは組織の障害になる者と『遊ぶ』事で褒めて貰っていた思い出があった。
「ハツネ……嬉しいの。クスクス……早く来て欲しいの……」
 なおも薄く笑みを浮かべるハツネ。その視線は、この最奥の部屋へと繋がる四つの扉へと向けられていた。
 
 それから少しして、奥にある隠し通路から一団が入ってきた。その集団の一人がこちらへと近づいてくる。
「失礼、貴方が鍬次郎様ですね」
「確かにそうだが、てめぇは?」
「これは失礼。私は帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)。『悪人(あくと)商会』の者です」
 悪人商会とは、文字通り自身を悪と認識する者達が所属する秘密結社である。これからは悪と言えど情報が必要という元締めの考えにより立ち上げられ、時には商会に来た『あまり表沙汰には出来ない依頼』を斡旋する事も行っていた。
 鍬次郎も悪人商会を利用しており、いわば尾瀬とは同僚とも言えた。
「なるほどな。て事ぁ後ろの奴らもか。見た事無ぇツラもいるし、随分でかくなったじゃねぇか」
「えぇ、お陰様で」
 尾瀬の後ろにいる全員が悪人商会の一員という訳では無い。中にはそのパートナー達もいる。だが、結果として今回の依頼の為に結構な人数が集まっていた。
「しかしまぁ、一つ下にこんなとこがあるとはねぇ。前に来た時にゃ全然気付かなかったぜ」
「わらわは朽ちた神殿の中になぞ興味は無いのでな。こうして新しい仕事が来たという事実のみが重要じゃ」
 その集団の中で火天 アグニ(かてん・あぐに)辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が話していた。二人は以前、廃神殿を根城にしていた盗賊達に手を貸していた為、この地に来るのは二回目となる。
「とにかく、ここに神殿の調査を行っている人達を近づけなければいいんですよね? ……リデルさん、たまには普通に依頼を――」
「ふむ、戦闘の可能性が高いか。今回もまた、開花を目前とする力を持つ者がいれば良いが」
(……やっぱり無理ですよねぇ……はぁ)
 今回が初となるカルネージ・メインサスペクト(かるねーじ・めいんさすぺくと)は依頼よりも自他の『成長』に興味を持つ悪癖があるリデル・リング・アートマン(りでるりんぐ・あーとまん)に注意を促そうとする。だが、それが意味の無い事であるのを早々に悟ってしまうのだった。
 
 組織が依頼を出した相手は悪人商会のみに留まらなかった。こういった内容を受ける事に躊躇わない者達の目の付く所に働きかけた結果、更に何人かの契約者がこの場に集まっている。
「ふむ、普段の依頼とは異なる匂いを感じたから受けてみたが……どうやらわしの勘も冴え渡っているようじゃの」
 そう言っていかにも訳ありな研究者達を見ているのはファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)。彼女の所属する『冒険屋ギルド』には善悪様々な依頼が舞い込む為、中には多くの契約者達と反目する内容も存在していた。ファタはそういった物でも自身が興味を惹かれさえすれば依頼を受けるタイプのメンバーなので、こうして今この場に立っているという訳だ。
「状況から判断すると、俺達の役目はここに来る奴らの足止めか」
「だろうな。しかし、入り口に来てるのは一介の研究者って話だが……随分物々しいな」
 完全な個人として依頼と受けたハンス・ベルンハルト(はんす・べるんはると)帆村 緑郎(ほむら・ろくろう)が冷静に観察する。研究者達を取り纏めている男の口からは、しきりに入り口に来ている研究者――ザクソン教授――の名前が飛び出していた。傍で聞いている限りはとても友好的な相手では無く、むしろこれまでにも邪魔をされた経験があるかのような憎々しさを感じる。
(まぁ報酬分の働きくらいはしてやるが、向こうとの因縁……機会があれば探ってみるのも有りか)
 依頼主には敬意を払うハンスに対し、周囲の全てを見下してる緑郎。依頼に応える点は同じながらも、そのベクトルには些かの違いを見せていた。
 
(組織、かぁ。誰かトモちゃんの事知らないかな……)
 集まった者達から少し離れた場所でアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が辺りを見回していた。彼女は『トモちゃん』なる人物を病的なまでに捜しているのだが、これまでその消息は一切掴めずにいた。
(うん、依頼で頑張ればトモちゃんの事が聞けるかも知れないし、協力して貰えるかも知れないもんね。他の人と一緒に頑張って――)
 アユナが今回集まった顔ぶれを見る。彼女にとっては何というかまぁ……
(……こ、怖いよ……! トモちゃん、私どうすればいいの……!?)
 こうなる事は当然と言えた。

(しかしまぁ、随分と『こっち側』の人間が増えたものだねぇ。おじさんが思っていたよりも広く手を出してるみたいだ)
 ガクブルと震えているアユナのそば、気配を消して潜伏している松岡 徹雄(まつおか・てつお)が彼らを見ながら心の中でつぶやく。徹雄は一月前、とある遺跡においてザクソンを暗殺する依頼を受けていた。その依頼主こそがこの組織だったのだ。
(もっとも、ここにいる奴らはあの古狸達とは違うか。研究員……それも下っ端が多そうだ)
 例外はあの取り纏めている男――主任とでも呼んでおこうか――くらいか。そう思う徹雄の視線の先に三人の男女が現れた。彼らは徹雄には気付かず、そのまま主任の下へと向かって行く。
「こちらの準備は整ったが、その実験対象はまだ用意出来ていないのか?」
 最初に口を開いたのは和泉 猛(いずみ・たける)。彼は組織の連中が足止めに用いる物の実戦データ取得の為に妹の和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)を連れてこちらへと参加していた。猛へと向き直った主任が三つのリングが繋がったような、変わった形の物を持ちながら答える。
「色々と条件があるのでな。入り口側にまたこの神殿を探索しようと人が集まり始めている。奴らが侵入して来たら――」
「地下一階の結界消滅!」
「――来たか。では始めるとしようか」
 部下からの報告を受けて主任が二つのワニ口クリップをリングに繋ぐ。そして魔力がリングを循環し始めると、高まった魔力が一箇所に向けて放射され、光が収まった時には一人の男がその場に立っていた。
「……これが、『複製体』……」
 突然現れた一人の人間を見て、絵梨奈がつぶやく。
「そうだ。近くにいる者の姿を真似、生み出すマジックアイテム……とはいえまだ色々と不安定なのでな。君達にはコレが実戦でどういった反応を見せるかのデータ取得をお願いしたい」
「なるほど。これは実に興味深いですね。ところで、先ほど付けていたコードの意味は?」
 猛達と同じく研究者の立場で協力をしている六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)が疑問をぶつける。
「あれは効果範囲を延長しただけに過ぎない。現時点では半径10m以内にいる者しか複製出来ないのでね。何とか結界そばに作った仕掛けと連動して、入り口付近をピンポイントで対象範囲に含めるようにしたという訳だ」
 先ほどの光が強烈だった為、集まった者達全員が今の説明を聞いていた。その中の一人、イェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)は炎使いである自身の異名に反するように冷たい目を複製体に向ける。
「下らんな……例えいかに強力であろうと、仮初めの人格を宿していようと、所詮は紛い物。過去を生き経験を積み、それに相応しい信念を得た者には到底敵うまい」
「ま、イェガーが相手にするにはつまらねぇモノだろうな。そういう意味じゃあ俺達ゃこっちで良かった――って、何か見た顔がいるなぁオイ」
 複製体へと近寄ってきたアグニがある人物に気付く。といっても複製体その物では無い。隣にいる猛の事だ。
「炎使い達か……確かに、立場を考えるとこうなる事は十分に考えられたか」
「オレ達は基本的にこっちだから、むしろそっちがいるとは思わなかったぜ」
「研究でな」
「そうかい」
 猛は以前に二度ほどアグニ達と対立する立場で戦場にいた事があり、そのうち一度は実際に戦った事もあった。なので本来なら色々とわだかまりも残る所だが、研究優先である猛と、あくまでイェガーが満足する戦いが出来るかどうかにこだわるアグニとでは実にあっさりとしたやり取りで済んでしまうのだった。
 そうしている間にも入り口から侵入する者達に反応しているのか、次々と複製体が生み出されて行く。その数、実に十八体。最初に生み出された物を含めれば十九体だ。
「神去りしこの神殿において、仮初めの命と共に全てを無に帰す……ふふ、破壊神様の信徒たるこの私が、新たなる救いを与えて差し上げましょう……」
 自身の信仰する神の名を冠した剣斧を握りながら伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)が微笑を浮かべる。
 数々の思惑、そして生み出された命がこの地に足を踏み入れた者達に対するべく動き出した。
(この光景、一言で言うとカオス。いや――)
 
 『Ark』(箱舟が望んだ願いは)
 『Baroque』(歪んだ思想の者達を導き)
 『Yield』(それぞれ理想の結果を待ちわびながら)
 『Sacrifice』(数多の犠牲を目的の為に作り出し)
 『StarDust』(遂には星屑に手を伸ばすだろう……)
 
(四つの部屋に分かたれた戦場、その戦いの先にあるものはABYSS……か)
 絵梨奈が心の中でつぶやく。深遠にて待つ戦いの結末。果たしてそれは如何なるものだろうか――