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【七 吸血男爵】

 パラ実風紀委員の身分でドロマエオガーデンに足を踏み入れていたのは、実は遭難者として偶然降り立ったリカインだけではない。
 恐竜騎士団の先行調査隊として派遣されていた国頭 武尊(くにがみ・たける)猫井 又吉(ねこい・またきち)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)の六人は、いずれもある使命を帯び、最初から目的を持ってこのドロマエオガーデン内に身を置いていたのである。
 その目的とは即ち、ガーデン内のどこかに存在している筈の、古代の魔働生物兵器研究施設の所在地を突き止めることにあった。
 ところが、幾つか問題が浮上した。
 まず六人とも、ガーデン内に入ってから程無くして、ものの見事に迷ってしまっていた。一応地図らしき物は事前に支給されていたのだが、そこに記されている内容が随分と良い加減で、正確性など欠片にも感じられなかったのだから、酷い話である。
 そして案の定、小一時間程度で現在地が分からなくなり、勘と経験と技能をフルに駆使して、ガーデン内を彷徨い歩かねばならなかった。
 おまけに、途中で何度も魔働生物兵器と遭遇し、その都度必死に逃げ回った為、更に位置感覚が乱れてしまうという悪循環に陥っていた。
 実際つい今の今まで、ティラノサウルスによく似ているが、幾分ほっそりとした体躯の肉食竜に追い回されていたところであり、やっとの思いで撒いたものの、またもや現在地が分からなくなってしまっていた。
「くそっ……こう何度も追いかけられてたんじゃあ、任務達成なんて夢のまた夢だぜ」
 武尊はあからさまに不機嫌そうな面持ちで、ひとりぶつぶつとぼやいている。傍らを歩く又吉も、すっかり参った様子で何度も天を仰いでいた。
 尤も、頭上は見渡すばかりの緑の天井に覆い尽くされており、陽光はほとんど遮られてしまって、天を仰ぐというより、樹の葉を仰ぐといった表現の方が正しいかも知れない。
「噂には聞いていたが、全く酷いところだな。こりゃ誰も発掘調査なんてしたくない訳だ」
 又吉の言葉には、誰もが頷きたくなるような実感が篭もっている。
 その一方で、唯斗は先程から、エクスと睡蓮が定期的に手渡してくる紙片を、大判の紙に貼り付け、何かを作ろうとしている。
 武尊が覗き込むと、お手製のガーデン内地図のようであった。
「おや、何をしてるのかと想ったら、地図なんて作ってたのか?」
「まぁね……支給されたのがあてにならないから、いっそのこと、自分達で作ってしまえ、ということで」
 成る程、と武尊は感心して頷いた。
 既存物が駄目なら、新たに作り直せば良い――実にシンプルな発想ではあったが、これが一番確実で手っ取り早いというのも確かである。
「そうはいいましても、まだ移動してきた経路を纏め上げているだけに過ぎませんけどね」
 唯斗の襟元から女性の声が響いてきた。魔鎧として唯斗の肉体に常時張りついているプラチナムが、声の中に苦笑の色を交えながら唯斗の代わりに答えてきた。
 確かに、唯斗の手の中にある大判の紙に張りつけられている紙片は、地図全体から見ても、まだ五十分の一にも満たない程度の面積しか埋められていない。
 このまま馬鹿正直に全領域を攻めようとすれば、一体何日かかるのか、まるで見当もつかなかった。

 ジャングルの中を迷いながら歩き続け、時折魔働生物兵器に見つかって追い回されては、再び現在地を見失う――ただひたすら消耗に消耗を重ねるだけの探索が、永遠に続くのではないかとさえ思われた。
 妙な話だが、武尊と唯斗達の探索行は単調さと危険とが常に隣り合わせになっており、調査活動としては酷くアンバランスな展開が延々と続いていたのである。
 ところが、そんな味も色気も無い徘徊だけの調査活動に、ようやく新たな変化が見られるようになった。
 ジャングルの中をひたすら歩きに歩いていた武尊と唯斗達六人の前に、小川のせせらぎが出現した。しかもその小川のほとりには、何故かパラ実以外のコントラクターと思しき面々が、周囲を警戒しながらも休憩しているところであった。
 そこへ不意に武尊と唯斗達が現れたものだから、件のコントラクター達は緊張に満ちた警戒感を露骨にあらわし、武尊と唯斗達の姿を、小川の周辺流域に幾つも転がっている巨岩のうちのひとつに身を隠して、じっと凝視して観察し始めていた。
 こちらが何もしていないのに、こうやってあからさまに警戒されるのは、武尊にしろ唯斗にしろ、気分の良いものではない。
 だが、ここで下手に険悪な空気を作ってしまっては、後々厄介な方向に話が転がってゆくかも知れない。
 武尊は腹の虫がおさまらないのをぐっと抑え、両手を左右に広げて攻撃の意思が無いことを示した。
「こっちにゃ戦う意志は無い。何もしねぇからさ、そう目の仇にせず、出てきてくんねぇかなぁ」
「我らはただ、故あってここの調査をしておるだけだ。誰かと戦う為に来たのではない」
「そ、その通りです……ですから、どうか出てきてくださ〜い」
 武尊に続いて、エクスと睡蓮も一歩進み出て両手を見えるところに挙げ、得物を一切手にしていないことを示す。後ろでは唯斗と又吉が、いささか呆れたように顔を見合わせ、やれやれと首を振っていた。
 すると、武尊達の説得が通じたのか、小川のほとりの岩場に身を隠していた数名のコントラクター達は、ようやくその姿を現した。尤も、未だに警戒しているのか、その表情はいささか硬いままではあったが。
「生憎だが、あんた達の言葉を額面通りには受け切れないな……あんた達、オレの記憶に間違い無けりゃ、恐竜騎士団配下のパラ実風紀委員だよな?」
 僅かに進み出てきた裏椿 理王(うらつばき・りおう)が、武尊と唯斗の顔を交互に眺めながら、静かにいい放つ。
 これには武尊と唯斗も、何となく困った表情浮かべるしかない。事実だから、否定のしようが無かった。
「まぁ見たところ、あんた達自身には攻撃の意図が無いことはよく分かったが……しかし、恐竜騎士団もここに来てるんだろ? あの連中は、どうなんだろうな」
 ノートパソコンやHCの類を大事そうに抱えている桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)が理王の隣に立ち、矢張り警戒心に満ちた視線を武尊と唯斗達に投げかけてきた。
 確かに屍鬼乃のいう通り、武尊達自身には攻撃の意図は無いものの、彼らから恐竜騎士団に理王達の情報が行き渡った時、何が起きるかまでは分からない。
 というのも、武尊と唯斗は、今回このドロマエオガーデンの調査を担当しているのが、あの怠け者男爵であることは聞いていたのだが、それとは別に、気になる情報を得ていたのである。
「……吸血男爵がくっついてきてるって噂は、口が裂けてもいえないな、こりゃ」
 又吉が唯斗に、小さく囁く。唯斗も眉間に皺を寄せるばかりで、何ともコメントのしようが無かった。

 理王と屍鬼乃に同行する形でドロマエオガーデン内を徘徊していたフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)が、デジタル一眼片手に、別の岩陰からひょっこり顔を出した。
 実は彼女、救援部隊の先遣隊として、脚部装着型フライトユニットを駆使して単身、ドロマエオガーデンに突入を試みたのだが、突入直後からすっかり気が変わってしまい、今では救出などそっちのけで、ひたすら魔働生物兵器の撮影に没頭してしまっていたのである。
「彼らのデータは……さすがに採取しても意味が無いか」
 魔鎧としてフィーアに装着されているシュバルツ・ランプンマンテル(しゅばるつ・らんぷんまんてる)が、冗談めかして笑う。一瞬口元を緩めかけたフィーアだったが、武尊達の背後に現れた幾つもの影を目にした時、その表情が一瞬で凍りついてしまった。
「う、うわっ……マジ?」
 フィーアの呆然たる呟きに、全員が一斉のその方向に視線を走らせた。
 理王や屍鬼乃は勿論、武尊と唯斗達でさえ、そこに現れた集団の正体を知った時、思わず言葉を失ってしまった。
「ほぅ……不法侵入者共を発見しておったのか。貴様ら、手柄だぞ。褒めてやる」
 恐竜騎士団の中でも、特にその好戦的且つ嗜虐的な性格で知られる人物マルセラン・ジェルキエール男爵が、大勢の従騎士達を従えて、樹々の間に悠然と佇んでいた。
 苛烈な主戦論者であり、敵をいたぶり殺すのが何にも優る幸福の瞬間だと周囲に吹聴しており、このたび締結されたシャンバラと帝国の間の和平を快く思っていない人物のひとりでもあった。
 武尊や唯斗達パラ実風紀委員の間にすら、戦慄にも似た緊張感が漂う。よもやジェルキエール男爵が配下のパラ実風紀委員に意味も無く攻撃を加えることは無いだろうが、ここで下手に、理王達を庇い立てするような言動を見せれば、粛清の名の下に、袋叩きにされてしまうかも知れない。
 ここは、時間を稼ぐしかない――武尊は相手の機嫌を損ねぬよう、最新の注意を払いながら、ジェルキエール男爵と理王達の間に割り込んだ。
「ジェルキエール男爵、確か、ここの調査を命じられたのはスキュルテイン男爵であると伺っておりますが」
「ふん……あの怠け者男爵などに任せておっては、余所者に先を越される。事実、既にそこな連中が不埒にも、帝国領たるこの地を、我が物顔で闊歩しておるではないか」
 これにはフィーアが返す言葉も無く、黙り込んでしまった。理王達は純粋に遭難者だからまだいい訳が立つとしても、フィーアの場合は自らこの地に足を運び、魔働生物兵器をファインダーに収めようとしていたのだ。
 今の彼女に、ジェルキエール男爵の吊るし上げに反論出来るだけの材料は、何ひとつ無かった。
 無論、理王達も迂闊であるといわねばなるまい。遭難者たる身でありながら誰とも連携を取らず、単独で調査活動に出ようなど、無謀のひとことに尽きるだろう。
 そして無謀な行動の末には、得てして悪い結果が伴うものである。今回の場合は、吸血男爵の異名をとるジェルキエール男爵と遭遇してしまったことだ。
「その者どもを、排除せい。ここはまだ我が国の占領地だ。如何に和平を結んだとて、このような不法行為を働く者共に容赦しなければならない理由は無い。抵抗するなら、殺しても構わん」
 こうなるともう、交渉の余地が無い。さすがの武尊も、これ以上時間を稼ぐのは無理だと諦めた。
 ジェルキエール配下の従騎士達が一斉に長剣を抜き放ち、鎧の部品が擦れ合う金属音を響かせながら、理王とフィーア達を取り囲むように素早く展開する。
 武尊と唯斗、そして理王とフィーア達がほぼ同時に、拙い、と思ったその矢先。
 突如、雷鳴を轟かせるが如きの巨大な咆哮が、薄暗い闇に覆われた樹間の湿った空気を、殷々と響かせた。
 これには流石のジェルキエール男爵も、それまでのサディスティックな笑みを消し、緊張した面持ちで周囲を見渡してしまう。
 何か、巨大な怪物がすぐ近くにまで接近してきている――そう判断するのが妥当であった。
「男爵! あれを!」
 従騎士のひとりが、ある方向を指差して叫ぶ。その指先の示す延長線上には、体高5メートル程の、ティラノサウルスによく似た体型を見せる二足歩行の肉食恐竜がのっそりと佇んでいた。
 だが、ティラノサウルスとは、幾分異なる点があるようにも見える。
「ほぅ……魔働生物兵器か。ナノティラヌスタイプと見た」
 既に理王達への興味を失ったかのように、ジェルキエール男爵は新たに出現した敵に、好戦的な光を湛える鋭い眼光を向けている。
 理王やフィーア達がこの場を離脱するには、絶好のチャンスであった。