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リアクション
第3章「港湾都市ゾートランド」
西方大陸と東方大陸を結ぶ船が出発する港湾都市ゾートランド。
石造りの家が立ち並ぶこの街の裏通りを、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は急いで走っていた。
「ハァハァ……もう、しつこいなぁ。街一つ分逃げてきたのにまだ追って来るなんて」
彼と併走する形で石化させたハイラウンド町長の娘を抱えたガーゴイルが逃走を続ける。石像が石像を抱えるというなんともシュールな光景だが、こうして人々を石化させて連れ去るというのが人身売買の代理人であるマッシュのやり方だった。
「とりあえずは予定通り船で海に出るとして……あの人、ちゃんと迎えに来てくれるのかなぁ……ちょっと心配」
走りながらも当てになるか分からない『上司』を思い出す。対勇者に意気込みを見せる上司ではあるのだが、それが結果に結びつかない所が心配な相手だった。
「まぁ海に出ちゃえばこっちの物だよね。海賊もいるみたいだけど、状況次第では利用しちゃおうっと♪」
同じ頃、誘拐犯――マッシュ――を追っていた勇者達はゾートランドの入り口に着いていた。そこには一足先に追跡を行っていた織田 信長(おだ・のぶなが)と夏侯 淵(かこう・えん)の姿があった。
「来たか。大方のあらましは忍から連絡を受けておるが、本当に相手と契約を結んだのじゃな」
「今はそれが最善という事になりましたので。それで、状況は?」
「街へと入った所までは追えたのだが、そこで見失ってしまった。どうやら向こうはこの街の地理に明るいらしいな」
「仮に船を使われると厄介じゃからな。この街で片を付けたい所じゃが……」
九条 風天(くじょう・ふうてん)の質問に二人が答える。ゾートランドはその立地上陸地だけなら相手を追い込んだ形と言えるが、船の存在が加わると一転して多くの選択肢が生まれる港湾都市であった。
「どっちにしろ、ここにいても仕方ねぇ。完全に撒かれねぇうちに追った方がいいんじゃねぇか?」
大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)の指摘に皆が頷く。壬生狼の一部にこの場所を見張らせて一行が街に足を踏み入れると、それに呼応するように一人の女性が現れた。色白の女性を思わせる顔立ちだが、そこには何か違和感がある。
――というか、はっきり言ってしまうとそれはマスクだ。
あくまで表面を偽り、雰囲気や所作までを隠す物では無い為、彼女の動きがどこか違和感となって現れていたのだった。当然の如く勇者達は相手を警戒し、その言動に注意を――
「ここはゾートランドだよ」
『は?』
篁 大樹を始め、何人かの声が重なる。そんな困惑をよそに、都市の住人ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は同じ台詞を繰り返し続けた。
「ここはゾートランドだよ」
「ここはゾートランドだよ」
「ここはゾートランドだよ」
「……こ、これってまさか、ゲームでよくある村人役……!?」
「大樹さん、何かご存知なのですか?」
「いや、何て言うかまぁ……放っておいた方がいいのは間違い無いな」
「はぁ……?」
唯一外の人間としての意識がある大樹のつぶやきに風天が尋ねる。いまいち要領を得ないが、相手にしない方が良いという事だけは分かった。
「ここはゾートランドだよ」
「……」
「ここはゾートランドだよ」
「…………」
「ここはゾートランドだよ」
「………………」
(一体何人いるんだこの人……!)
「あの、大樹さん。行く先々にあの人がいるみたいなのですが」
「気のせいです」
「はぁ……」
そんなやり取りが何回か続いた頃だった。もはや競歩に近い速度で先頭を歩いていた大樹が角を曲がると、そこには古めかしい雰囲気の占い屋があった。占い屋と言っても店を構えている訳では無く、路上にビロードを張った机を置き、その置くに椅子に座った占い師がいるだけの簡素な物だ。
「おや、団体さんだねぇ。お客じゃ無さそうだが……ヒヒッ、お前さん方、随分面白い運勢をしていらっしゃる」
フードで顔を隠した占い師、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が現れた勇者達を見る。声や仕草だけだと、傍からは老婆に思えるだろう。そんな彼女が一行の中にいる和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)に目を留めた。
「ん……おやおや、この前のお嬢ちゃんもいるのかい。という事はこの子達が勇者だね」
「えぇ、予言通りにイストリアで出逢いました」
絵梨奈は以前、ここゾートランドで優梨子の占いを受けていた。その際にイストリアで勇者と出逢うという結果が出た為にあの街へと向かい、大樹達と出逢ったという訳だ。
「そうかいそうかい。ならせっかくだからまた占ってあげようかねぇ」
こちらが何かを言う間も無く、机に占いの道具である干し首を多数丁寧に転がした。串や紐、糸で結ばれた様々な干し首が思い思いの場所に散らばる。
「ふ〜む。『堅牢』に『水見』、それから『朱』ねぇ……」
散らばり方や干し首の向きから様々な事を読み取る優梨子。少しの間ぶつぶつ何かしらつぶやいていたが、勇者達に向き直り、落ち着いた声で話し始めた。
「お前さん方、何かを探しているね。そして掴んでいた手掛かりを失ったと見える」
「これは……驚いたな」
いきなり核心を突かれ、思わず相田 なぶら(あいだ・なぶら)が声を上げる。
「その探し物じゃが……まずは城へ向かえと出ておる。しかる後、流れに身を任せれば自ずと探し物の方から姿を現すじゃろう」
「……お城、あそこなの……とても大きいの」
斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が向いた方角には街のどこからでも見える尖塔があった。その麓にはこの街を治める大公が住まう城がある。
「じゃが気を付けなされ。お前さん方の行く末に血が見えるよ……注意なさるこったね」
「……で、どうする? あの婆さんの言う通りに城へ行って見るのか?」
優梨子のいた場所から立ち去ってすぐ、大樹が皆に尋ねる。皆思う所はあるようだが、提案を却下する者は誰もいなかった。
「今は手掛かりを失っているのは確かですからね。情報を集める目的も兼ねて、権力者に会うというのは悪い選択肢では無いと思います」
「俺達ゃ雇い主の意向に従うだけだ。好きにしな」
風天と鍬次郎がそれぞれの意見を口にする。結局満場一致という事で、勇者達は大公の居城、ハイヴァニア城へと歩を進めて行った。
「ここはゾートランドだよ」
「また来た!?」
ハイヴァニア城。かつてこの地方一帯に海賊達が跋扈していた頃、東方大陸との貿易を安定して行えるようにと当時の領主、ハイヴァニア1世が建築に携わった城である。
港を護るように砲台が並べられたこの城の威光はハイヴァニア本家の血が絶えた今もなお衰えず、ゾートランドに平和をもたらし続けていた。
「そなたらがイストリアの勇者達か。わらわはハイヴァニア大公、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)である」
現領主のグロリアーナが謁見の間にて勇者達を迎える。彼女は数年前に大公として即位したばかりだが、民意を反映する為の議会の設立、市場で商売を行う際の権利の拡大など様々な改革を行ってこの街に貢献していた。
その手腕は半ば軍港とも言えたゾートランドを現在のような港湾都市へと発展させた実績を持つ偉人になぞらえ『ハイヴァニア2世の再来』と呼ばれる事もある。
「まずはそなたらを歓迎しよう。この街に逃げ込んだと言う賊の行方、今家臣に調査を行わせている故、しばし待つが良い」
柔軟かつ迅速な決断をするグロリアーナは、勇者達がハイラウンドで狼藉を働いた誘拐犯を追っているという報告を聞き、すぐさま港と入り口の監視強化を行った。更に今は街の地理に明るい者達を各所に飛ばし、包囲を狭めるとともに情報を探り続けていた。
「それにしても、さすがですね。ボク達が兵の方に伝えた情報だけですぐさま動き出すとは」
「……あぁ、練度も高そうだ」
風天のつぶやきに、東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)が頷く。特に新兵衛は工作兵として情報を扱う立場にいる為に、グロリアーナの手腕を高く評価していた。
そうしているうちに家臣の一人が集まった情報を報告する。グロリアーナはその全てに目を通すと、改めて勇者達に向き直った。
「そなたらの追っている者は『石化した娘をさらった獣人の少年』であったな。どうやらその者は既に海上へと出たようだ。先刻出航した船に商人と語る少年が石像を運び入れたと港の警備が話しておる」
「海に出た後か……追いかけるには足がいるな」
鍬次郎が手段を考える。勇者達はもちろん、残念ながら壬生狼も船まではさすがに所有していない。
「ふふ、それでしたらわたくしにお手伝いさせて下さいませ」
謁見の間の扉を開き、三人の人物が入ってきた。その中央にいる女性が妖艶な笑みを浮かべる。
「アルト・インフィニティア(あると・いんふぃにっと)か。相変わらず良く嗅ぎ付けて来るものよの」
「当然ですわ大公様。それがインフィニティア家ですもの」
「それで通用させようとするのもどうかと思うが、否定は出来ぬな……勇者達よ、この者はゾートランドで最大の商家であるインフィニティア家の令嬢、アルトと言う」
「初めまして勇者様。お会い出来て光栄に思いますわ」
グロリアーナに紹介され、スカートの裾を摘みながら優雅にお辞儀をするアルト。
「わたくしの家が所有している商船がもうすぐ出航致しますの。足の速い船ですから先の船に追いつく事も不可能ではありませんわ」
「ふむ……それに便乗させて頂くのが最善のようですね」
風天が頷く。他の者達からも異論は出てこない。
「決まりですわね。そうとなれば早く参りましょう。追いかけるなら早めに出航するに越した事はありませんわ」
勇者達への援助が決まり、上機嫌なアルト。そんな彼女にグロリアーナが尋ねる。
「随分喜んでおるな。もしや……また出歩くつもりか?」
「当然ですわ。様々な土地を巡る事は将来必ず役に立つ経験となりますもの」
あくまで家業の為と主張するアルト。だが、実は彼女の狙いは別の所にあった。
――実は彼女は重度の衣服フェチで、度々勉強の為と言ってあちこちを巡ってはその地の衣装を写真に収め、観賞するばかりかそれを再現して着るほどであった。
ちなみにそんな遊行が許されるのは、後ろに控えている二人の護衛、リデル・リング・アートマン(りでるりんぐ・あーとまん)とカルネージ・メインサスペクト(かるねーじ・めいんさすぺくと)が当主であるアルトの父に篤く信頼されているからである。
「ふぅ……全く、オジョウサマはいつも仕事を増やしてくれるな。なぁ? 執事の兄ちゃん」
「……アルト様の命令は最優先です」
やれやれと言った風なリデルに対し、機械的な口調で答えるカルネージ。これもまたいつもの光景なのでリデルは大して気にはせず、勇者達に向き直った。
「そういう訳だ。悪いがお前達の旅にしばし同行させてくれ」
「わらわからも近くにいる軍艦を支援に回すよう命じておこう。勇者達よ、そなたらの行く先に幸あらん事を」
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