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【空京万博】海の家ライフ

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【空京万博】海の家ライフ
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 海の家の爆発を聴き、海水浴場から去りゆく足を止めたのは、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)である。
「司馬先生……」
 知的な顔をしたアルツールが隣を行く、やや彼より背が高く、髭を生やした仲達を見る。
「わしがしたアドバイスは余計だったのだろうか?」
「いえ……ビジネス面以外にも問題があったのだろう。だからラーメンに拘るのをよせ、と言ったのに……」
 溜息をついたアルツールが、ザクッザクッと砂浜を踏みしめて歩く。
 手厳しい言葉を口にしたアルツールだが、その表情は何故か明るい。


 少し前に話は遡る。
 どうにも各学校の政治関係や背後関係がチラついて、万博のシャンバラのパビリオンに行くのには気が乗らないアルツールであったが、どこも行かないのも癪なので、魔法学校やEMUと大して関係ないセルシウス海水浴場へ、セルシウスの応援を兼ねて訪ねていた。
 何かの役に立つかと、ビジネス塾をしている仲達を伴って行ったのは、彼なりの心遣いであろう。
 海の家を訪れたアルツールと仲達は、のっけからセルシウスと小難しい話をしていた。
 しかし、講師も務めるアルツールとの会話はセルシウスにも興味深いものであり、直ぐ様海の家のテーブルに座って談義を申し出ていた。
「ここのコンセプトがよく分からん、とはどういうことだ?」
 セルシウスが「ビールでも」と言うのを、「ドイツビールは無いのだろう?」とやんわり断ったアルツールが切り出す。
「話に聞く『日本の海の家』を再現したのなら、マズイ料理を出す方が正しい、ということだ」
「ほう……貴公は今までの客達と真逆の事を言うのだな?」
 セルシウスが唸る。
「あえて『そういうもの』を求めて気分に浸る者は多いからな。寧ろ旨いラーメンでも出そうものなら、客は却って困惑する者もいるだろう」
 セルシウスがチラリと他のテーブルを見やる。
 ダリルの作った特製ラーメンは、確かに美味い。だが、客の中には「腑に落ちない」といった表情で麺をすする者もいた。
「逆に、ちゃんとした料理等を出す海の家をやりたい、というのなら、エリュシオン人である君がラーメンを出す意味が分からない」
「何故だ?」
「客を呼びたいなら、エリシュオン料理と言う自分の土俵で勝負した方が友好祈念が際立つし、店の特色も出て客が呼べる筈だ。初めてだから、まずはそのまま日本の海の家をコピーしてみたのだろうが、もう少し手を入れないと単なる『ラーメンが旨い海の家』で終わってしまうぞ?」
 アルツールの指摘に、眼を閉じたセルシウスが腕組みをしてジッと考えこむ。
「君の事だ。国に帰って海の家も事業化するのだろうが、もっとテーマを明確にさせた方が良いと思う」
 セルシウスの眉間の皺を見ていた仲達が口を開く。
「わしは、空京の商店街で社会人向けの『司馬ビジネス塾』を経営しておるが……」
と、口髭を撫で、
「随分、バイトが多い様だが、日本文化の入っているシャンバラならともかく、エリシュオンではちゃんとチップを取らせんといかんぞ? 学生バイトの多いこっちとそちらでは、事情は相当違う筈だ」
「確かに……」
「折角だからお近づきの印にもう一ついい事を教えよう。初めて来た町で店を利用する事になり、2つの店があったとする。
 A店:何度も利用した事のあるチェーン店。質や値段なども良く知っている
 B店:地元個人商店。値段も質も不明
 人は易きに流れる。こういう場合、冒険してB店を選ぶ者は稀だ。加えて、良く知ったA店があるのに、手間をかけてB店の情報収集する者もそうはいない。今の若い者は特にな」
「若者か……私も随分歳を取ったからな……バイトの若い彼らには驚かされるばかりだ」
 セルシウスが忙しく働くバイト達を見て苦笑する。
「うむ。将来、個人商店主と揉めない様、憶えておいて損はなかろう」
「お言葉だが、御仁。貴公の考えは私にもわかる。だが、私はA店とB店の両方を取り入れたC店を目標にしているのだ」
 セルシウスの言葉に、仲達とアルツールが顔を見合わせる。
「どういう意味だ?」
「既存のモノを作り、儲けに走るならば商人に任せれば良いだろう? だが、私は設計士であり建築家なのだ。新しいモノを作り、生み出す者だ。それは、かの若者達も同じであろう?」
 セルシウスの青い瞳をアルツールが見つめる。
「成程……。俺には君のテーマが今わかった」


「何故、貴公、笑みを浮かべているのだ?」
 仲達の問い掛けにアルツールが答える。
「トライアンドエラーだ」
「ん?」
「明確なテーマは確かに必要だ。だが、まだ彼や彼らはそれを探しているところなのだ。それも……若さゆえか」
 アルツールは、セルシウスとの話の中で彼が密かに掲げたテーマを知った。それは「新しいものを生み出し、より良い未来を目指す」というテーマである、と仲達に語る。
「だが、それは苦難の道のりであろう?」
「ああ。まだまだ見届けねばならんようだ」
 そう言ったアルツールの瞳が、常日頃生徒に向ける厳しい講師のそれと同じだな、と仲達は思ったが、あえて口にせず彼の傍を歩いて行くのであった。