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   1

クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)、入ります!」
 シャンバラ刑務所・新棟所長、南門 纏(なんもん・まとい)の許可を得てクローラとセリオスが所長室に入ると、そこに見慣れぬ人物がいた。
「ご苦労さん。着任して三日になるけど、どうだい? 慣れたかな?」
 纏は歯切れのいい口調で尋ねた。江戸っ子だという彼女は、祭りの噂を聞いて飛び出しかけたのを、パートナーのジュリア・ホールデン(じゅりあ・ほーるでん)に止められて意気消沈していたそうだが、目の前の所長は、きっちり仕事をこなしているようだ。
「はい。ようやく所内の構造を覚えたところです」
 見慣れぬ客人に目を向けたのはほんの一瞬だった。クローラはすぐに纏へ視線を戻した。
「ところで、アイザック・ストーン(あいざっく・すとーん)ウィリアム・ニコルソン(うぃりあむ・にこるそん)の二人に興味を持っていたっけ?」
「はい」
 クローラたちが着任して真っ先に聞かされたのが、先だって空京をパニックに陥らせた爆破犯の一味、アイザックとウィリアムの二人についてだった。
 他の受刑者は刑期も定まり、作業しながら社会復帰を目指すのが普通だ。だが、アイザックやウィリアムのように、裁判がまだ終わらず、しかし共犯者の奪還の恐れがある容疑者は、所内で一日中過ごすことになっている。弁護士以外の面会は許されないが、当の二人はそれすら拒否している。
 纏は引き出しを開け、紙袋を取り出した。
「昨日まで二人が着てた服だ。あんた【サイコメトリ】が出来たよねェ? 生憎、事件当時の所持品や服は証拠品としてまだ警察にあるんだが、これでよかったら読み取ってみるかい?」
「ぜひ」
 証拠品ではないので、手袋をすることもなく、クローラは二人のTシャツを手に取った。
 キン! と頭に響くような音とイメージが走る。
 取り調べ……裁判……そういった光景に混じり、ウィリアムのTシャツからは刹那的な感情が、アイザックのTシャツからは言い表すことが難しい、暗さが伝わってきた。
「ッツ!」
 こめかみを押さえたクローラを、セリオスは手を伸ばして支えた。
「大丈夫か?」
「……ああ」
 頷いたクローラは、纏に「申し訳ありません」と前置きし、見えたものを話した。
「だろうね。既に警察でもサイコメトリはしているはずだから。時間が経っているんでひょっとしてと思ったんだけど、無理だったかァ。――ということですよ、お二人さん」
 その時になって、初めて纏が客の二人――小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に目を向けた。
「こちらはロイヤルガードのお二人だ。例の「空京爆破事件」でも爆弾探索に関わっていたそうだ」
 ああなるほど、とクローラとセリオスは納得する。
「やっぱり手掛かりはなしかあ……。爆弾は全部回収されたけど、他の共犯者は全員取り逃がしちゃったんですよね」
「判明しているだけでも、六名。それにもう一人、主犯らしき人物が。こちらは【サイコメトリ】でそれらしき姿が分かっているだけです」
 ベアトリーチェがメモを見ながら付け加えた。「そこで、先程の提案なんですが」
「共犯者を誘き出すため、あの二人を脱獄しやすい状況にするって話?」
 クローラはぎょっとした。とんでもない、と言いかけるのをセリオスが制す。
「駄目だね」
「どうして!?」
 美羽が纏に食い下がる。
「他にも受刑者がいるんだよ。いかなる理由があろうとも、どうぞ脱獄して下さい、なんて言えるわけないだろ」
「そこは犯人を捕まえるための作戦ってことで」
「捕まえるのは警察やあんたたちロイヤルガードの仕事。こっちに押し付けないでもらいたいね」
 美羽はムッとした。が、ベアトリーチェがすかさず、
「しかし、どんなに用心しても、脱獄しようという輩はいるものでしょう?」
「もちろん。うちの警備は万全だ、なんて言うつもりはないよ」
「穴がありますしね」
「ほう?」
 纏が視線を向けると、セリオスはちょいちょいと己の首を指差した。
「監視用の首輪、絶対に外せないってことはないでしょう?」
 纏は頷いた。首輪には機晶石が組み込まれており、スキルを使おうとすると【サンダークラップ】と同じ効果をもたらす。
「それなりの技術と道具があれば可能だ」
「小型爆弾とかは?」
「――怪我をしかねないが、まあ可能だろう。ただしそう容易く、持ち込めるものではないが」
 ただし、万一取り扱いを間違えれば、怪我どころか致命傷を負いかねない。
「なら僕は、爆発物探査装置を教導団より借り受けることを提案します」
 セリオスは提案し、いったん言葉を切って纏の反応を見た。纏はふむ、と顎に手を当て、ややあってそうだなと頷いた。
「普段ならともかく、この際だ、あんたの言うように要請してみよう。それで、だ。話の続きだが」
 纏は再び美羽たちを見た。
「あんたたちの作戦には同意できないが、脱獄を防ぐためなら話は別だ。この二人をつけるから、所内を見て回るといい」
 クローラとセリオスは顔を見合わせた。
「しかし所長、我々はまだ着任して日が浅いですが」
「だから逆に、穴が見えるかもしれないじゃないか。小型爆弾のことだってそうだ」
 美羽はベアトリーチェと小声で話し合った。
「どうしよっか。まさか断られるとは思ってなかったんだけど」
「物は考えようです。協力は得られないけど、外で警戒するのはこちらの勝手ということです」
「ああ、そっか!」
 美羽はぽんっと手を叩き、クローラとセリオスに笑顔を向けた。
「それじゃ、ぜひよろしく!!」
「お願いします」
 クローラは直立不動の姿勢で、
「了解しました!」
と答えた。