空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

リアクション公開中!

大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~ 大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

リアクション

 
 第8章
 
 
「うわあ……」
 神殿に入って1つ目の部屋。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)に渡された滑らない靴を履きライトを持ったファーシーは、空飛ぶ魔法↑↑をかけてもらって宙に浮いた。初めてで慣れない感覚に、物珍しげだが嬉しそうだ。
「こういう遺跡は、足元注意なんだよ」
 ケガしたら施術に耐える体力がなくなるかもしれない。そう考え、ルカルカは警護として探索に同行した。ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も一緒だ。
「ふはははっ、アルカディアにわし降臨! てか、随分と大層な名前だのぅ。神殿ってそんなもんか?」
 彼女達がそれぞれふよふよと探索準備をしていると、そこで南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)琳 鳳明(りん・ほうめい)藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)を連れてやってきた。堂々とした仁王立ちで室内を見回す。わくわくと、何だかとても楽しそうだ。
「こういう遺跡探索ってのも久しぶりだな。スペランカーとしての血も騒ぐというもの! ここはわしの実力でお主らをサクっと『智恵の実』とやらの所へ導いてやろうではないか!」
「ヒラニィちゃん、まずは遭難者が先だよ。智恵の実はそのあと」
「ん? ……まぁ硬いこと言うなよ」
 さて鳳明の言葉をどこまで聞き入れたのか、ヒラニィは少し落としたテンションをっものの数秒で復活させて宣言した。
「神殿という建物は大体様式立って作られておるもんだ。わしの知識で概ね推測できる!」
 ああ、聞いたことがある、の文字通り、その神殿知識は聞いたことがある程度のあやふやなものだったがもう自信満々だ。
 その中でアクアと強盗鳥、狼が室内に現れる。動物達はミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)の友達で、強盗鳥はぴちこ、狼はフルールという名前を持っている。ミアは他に、ぷるりんしろまりっちガレッツを連れていた。彼女達の後から、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)も入ってくる。
 フルールが冷静に室内を観察している中、アクアはぴちこのつやつやで大きな身体を挟んだ状態で優斗に言った。
「……どうしてまた、貴方が居るんですか」
「僕ですか?」
 優斗はきょとんと自分を指差し、すぐに笑顔になる。
「どうしても何も、仲間を助けるのは当然ですよ」
「仲間……?」
「優斗さん、それは誰の事を言っているのですか?」
「えっ!? で、ですから仲間というのは勿論ライナスさんやアクアさん……み、みなさんの事ですよ!」
 ミアとテレサに迫力を伴うジト目で見られ、優斗は慌てて弁解する。身の安全がかかっているので、説得力が……いやあまり無いかもしれないが、冒険の始まりという事もあって何とか彼女達は納得した。
(この3人の関係……、ミア達のどちらかと付き合えば折り合いがつくのでしょうか? そうすれば……)
 何かある度にこの遣り取りを見ずに済むのだろうか。しかし、それも――
 複雑な思いで難しく理屈っぽく考え事をしていると、そこでルイ・フリード(るい・ふりーど)リア・リム(りあ・りむ)がやってきた。ルイはその体に元気を漲らせ、いつものように満面の笑顔だ。
「ファーシーさんの行動力も相変わらずですが、それに付いていくアクアさん、意外と世話焼きな正確? 可愛いですね〜」
「…………」
 アクアの眉がぴくりと動く。殊更に無表情に、決してルイを見ないようにと無視を決め込むつもりだったのだが――
「無事ライナスさん達を救出して施術に臨みましょう! あ、ちなみにアクアさんは子供に興味はお有りで?」
「……! ありません、何ですか突然……!」
 反射的に答えてからしまったと思うが遅く、その試みは非達成に終わった。不機嫌になるとは予想していなかったのかルイはおや、と目を瞬かせた。無表情に戻ったアクアを実ながら、リアは彼女と、もっと砕けた会話が出来るほどに打ち解けたいと思っていた。そして、頼ってもらえるような存在で在りたいと思っていた。
 ――目覚めたばかりで何も知らなかった僕にルイが優しく接してくれたように。僕も誰かの為に……今、この場ではアクアの為に行動したいな。
「だけど、ガジェット……お前は駄目だ」
 そう言うリアの視線の先には、桃色な空気を撒き散らすノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)がいた。
「マイスウィートハニ〜♪ ア〜クア〜殿〜♪ 貴方のノール・ガジェットここに参上である!」
 丸く光る目をキリッ、と半月形にしてノールはビシッ、とアクアを見上げる。
「…………」
「未来の伴侶が危険な場所へ行くのならばこのガジェット! 例え火の中、水の中、草の中、森の中、あの子のスカートの中であろうと全力で……あ……」
 だが、口上はアクアの冷凍視線に射抜かれ中断された。転がったがジェットの目はハートになっている。アクアは『スカートの中』に反応したのではない。まあある意味そうなのだが。
「確信犯のようですが……著作権には気をつけてくださいね?」
「はい……」
 未だ通常モードに戻らないガジェットを完全放置し、ルイは話を探索へと切り替えた。
「古い遺跡……、またライナスさん達が『戻れない』事から罠がありそうですね。その辺りは……」
「罠だとっ? 発動する前に通り過ぎれば問題ないっ!」
 しかしそこで、全てを言う前にヒラニィが秘伝の加速薬を飲んで走り出した。通路を猪突猛進的な速さで走り、カチッ。カチッ。という音を響かせながら見えなくなっていく。加速薬は30秒しか保たないがその間に奥に辿り着けるのか――ちなみに踏まれた罠は、遅まきながら1つずつ発動していっているようだ。
「ガジェットさんが張り切っているから大丈夫だと思いましたが……」
「……丸い球体以外にも張り切っているのがいたのだ」
 ルイとリアは最初からガジェットを罠除去装置としか思っていなかったが、今ので罠はあらかた視認可能になったかもしれな……カチッ。
 ――何か妙な音がした。
「さぁ、早速進むのである〜」
 いつの間にか起き上がったガジェットがいつの間にかもう一方の通路を進み、罠を踏んだらしい。ごいん! と古代のトゲつきタライが直撃する。しかし何事も無かったように進む丸い球体。
「我輩の経験上初めてで怪しい洞窟は……」
 カチッ。……落とし穴に、落ちた。

 そこらでカチカチカチカチ音がしまくっていた頃。
「『アルカディア』……、名前とは裏腹に危険な場所みたいですね」
 衿栖はヒラニィの通っていった罠だらけの通路を見遣り、そしてアクアを振り返る。
「親友が冒険好きだとアクアも大変ね」
 何気なく言われ、アクアは「!」と一瞬硬直した。すぐさま早口で反論する。
「何を言うんですか。そんなものではありません」
「照れなくっても良いんですよ〜」
「!! ……違います。私はただ……」
「もちろん、私もアクアのことを親友と思ってますよ」
 にっこりと、いい笑顔で。“誤解を解こう”としていたアクアはそれで完全に言葉を失った。そこで、ファーシーがこちらに飛んで来る。
「あれ? 今、何か落ちなかった?」
「!? 何のことです? 落ちてません落ちてません!」
「……? 何慌ててるの? アクアさん」
 彼女の態度を不思議に思いつつ、ファーシーは通路の先に首を伸ばす。集まった皆に隠れてよく見えなかったが、何かが落ちたと思ったのは間違いではなくそれは紛れもないガジェットである。ルイとリアが笑顔で言う。
「気のせいですよ! ファーシーさん」
「気のせいなのだ」
「え、そ……そう?」
「そろそろ行くか。道は2つ。ある程度罠が見えているこちら側から進もう」
 銃型HCを持ったレオンがヒラニィの通った道を選択し、皆もそれに続く。何か忘れている気がするが、気のせいだろう。

「ダンジョンですの、遺跡、探検ですの」
 エイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)はわーい、と頭につけたくなるようなはしゃぎっぷりで皆の先頭を行っていた。未知なる物となれば興味が湧くようで、ダンジョンで遺跡で探検だが慎重さは無く、のびのびと四方をきょろきょろしている。
「これは何ですの?」
 聞いている時にはもう持っている。発動したが対象が居ずに悲しい結果になった矢を拾い、少し歩いて今度はあからさまに怪しく飛び出たボタンを押す。ぽち。
 ――回転盤だった。
「きゃーーーーーー、ですの」『…………!!!』
 矢を持ったままの高速回転はまことに危ない。皆が後退して見守る中、ぐるぐるぐるぐる。止まったところでラスが矢を取り上げた。エイムは目を回し、ぺたんと座り込む。
「きゃーじゃねーだろきゃー、じゃ! 既に表に出てる罠をわざわざ触るな!」
「ごめんなさいですの」
 立ち上がると、エイムはまた楽しそうに歩き出す。
「反省してないな、あれ……」
 何考えてんだ? とラスは矢をもてあそびながら呟く。その横では、神代 明日香(かみしろ・あすか)は神殿を観察していた。
「こんな廃墟がアルカディアなんですか?」
 理想郷のりの字もなさそうな雰囲気だが。
「そうですよ、ここがアルカディアです」
 感想だか疑問だかというその言葉に、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が自信ありげに回答する。ノルニルは、明日香達の後を歩いて地道にマッピングを行っていた。
「あれノルンちゃん、来た事あるんですか〜?」
「知識ならあります。こう見えても長生きしてますから。契約するまではイルミンスールの大図書室の奥の禁書保管エリアで軟禁されていましたけど」
 それから、誇らしげに胸を張る。子供にしか見えないが、改めて言われると実は結構すごい魔道書なのかもしれない。
「確か、アルカディアには極上のブランデーアイスがあったはずです」
「…………」
 実の正体が分かっていないにしろ現実味のない説明だ。明日香とラスは彼女をまじまじと見て――
「食いたいんだな……」
「食べたいんですね〜」
 と、結論を出した。
「帰ってから買ってあげますよ。そんなにとんでもない値段でもないでしょうし〜」
 そう言ってから、明日香は思い出したように「そうそう〜」とラスを見上げた。
「口座番号の件ですけど〜、本当に良いんですか?」
「……良いって?」
「節約生活辛かったんじゃないですか? お金に困ってませんのでノルンちゃんが私くらいの大きさになるくらいまでで本当に良かったんですよ?」
「……それじゃあ俺がすっきりしねーから。元々、借金するのは嫌いなんだよ」
 第一、ノルニルは全く成長しないんじゃなかったか。ラスはそれが『成長すると仮定した場合の期間』なのか『成長しないから無期限に返さなくていい』という意味のどちらなのか未だに判断しかねていた。……どちらにしろ、やる事は変わらないのだが。
「そうですか〜。……んー、実際に返せる返せないは別として、返そうと思う気持ちと返すための努力をするなら認めないわけにはいきませんね〜」
「……そりゃどうも」
「ピノちゃんの結婚資金に手を出したりしてません?」
「! 何言って……あるかんなもん!」
「無いんですか?」
 明日香はあれ、という風に何気ない視線で見上げてくる。無いも何も、未来永劫用意するつもりは無いが――ちょっと待て。
「……あ、何でもないです。秘密です」
「何か知ってんのか!? まさか、ピノにお……おと……」
「***銀行のツァンダ支店、×&×$×○〜」
 男がいるかどうかを答える代わり、というように明日香は銀行の口座番号を空んじる。
「……ツァンダ……? お前、それ俺の番号じゃねーか、どこで……!」
「あらあら〜」
「あらあらって……」
「……じゃなくて、エイムちゃんが転びました」
 前方を見ると、随分先まで行っていたエイムが床に突っ伏している。普通に段差で転んだらしい。起き上がったエイムは振り返り、2人の所まで戻ってきた。ワンピースの裾を摘んでいる。
「明日香様、痛いですの」
 スカートをかなり上まで捲りあげ、擦りむいた膝を見せる。ちらちらと絶対領域が絶対ではなくなっているが気にしていない。と、そこで彼女と、「…………」と言葉を失っているラスの目が合った。
「何ですの?」
「…………」
 スカートをたくしあげたまま不思議そうにされても困る。非常に困る。何でこう自分の周りは無防備な女が多いんだ? 見たいとは思っていない。が、やはり目の端ではアブない場所を捉えてしまうわけで。
「……スカートを元に戻せ」
「痛いですの」
「誰かに治療してもらって速やかに戻せ。ヒール持ちの1人や2人いるだろが!」
「へんたいだーーーーーっ!!!」「へんたいだよっ!」
 真菜華とピノのダブルキックを食らったのは――まあ、当然の報いといえるだろう。
 がぅがぅがぅ!
 その時、後方から獣系のあまり聞きたくない類の声が聞こえた。探索メンバー越しに見るとスタート地点側から、どの方向から見ても襲う気満々です、という感じの魔物がもの凄いスピードで追いかけてきていた。
「……来るぞ」
 ダリルが注意を促し、ファーシー達を囲む皆が迎え撃とうと緊張を高める。そこで、エースが威嚇するように炎の聖霊を出した。本能的に炎を恐れるのか、魔物達は慌てたように急ブレーキをかけた。聖霊が消えていく中、エースは言う。
「ゴーレム系じゃないなら、殺さないようにした方がいいよね」
「殺らないとこっちが殺られるぞ?」
「動物は殺しちゃだめだよ!」
 ダブルキックから復活したラスにピノがそう主張する。蛇を飼い始めてから動物好きが進行しているピノは、殺生が嫌らしい。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃ……」
「でも、殺して種絶滅なんて事になったら大変ですよ。こういった魔物はなるべく追い払いましょう。それでも襲ってくるようなら気絶させる方向で」
 エオリアが言い――その言葉を合図に戦闘が始まった。

「……ったくよ、花琳も朔ッチもスカ吉も人使い荒いぜ」
 最後の1匹を鳳凰の拳でぼこぼこに殴り倒し、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)は自分を引っ張ってきた鬼崎 朔(きざき・さく)達を見遣る。そこには、憂いのない笑顔を見せるファーシーがいて、カリンは彼女達の後に続きながらひとりごちた。
「まあ、ダチの心配するのは当然、か」
 その中で自分のやれる事をやっていく。戦闘もその1つだが、もう1つ。
 殺気看破で警戒を続けつつ、カリンは持参した荷物の中から甘い匂いのするものを取り出した。

「うん、今のところ問題なく進んでるわね!」
「……問題ない、か?」
 背後を振り返り、隼人は思わず突っ込んだ。そこでは、彼等が通った道筋を示すように魔物達がノビている。自分がファーシーのゲームコントローラー経由で倒したものもいれば、ルイが拳でぶっとばしたもの、カリンが沈黙させたものなど等、とにかく沢山だ。
「事前に情報が上がってきてた機械人形はいなかったな。出現地帯が決まってるのか?」
「機械人形かあ。機晶姫とは違うのかな? お話とか出来ないのかなあ……」
「話は難しいだろうな。ここの機械人形は、本当にただの人形らしい」
「そっか、人形……仲良くはなれない、か」
 事前に情報を探し当てていたレオンが言い、ファーシーは少し残念そうだ。
「おい、ドーナツとあんパン作ったぜ。これでも食えよ」
 カリンが手作り菓子を差し出したのは、そんな時。2人の機晶姫は砂糖のまぶされたそれを見て顔を見合わせた。それからの反応は両極端で、ファーシーは「うわあ、ありがとう!」と素直に受け取ってぱくりと食べ、アクアはドーナツとご対面したまま疑問を呈した。
「……魔物の多い遺跡で、お菓子ですか?」
「……言っとくが、別にピクニック気分で作った訳じゃねぇ。糖分は考えるのに必要な栄養素だからな。精々、頑張ってこの神殿の攻略法でも考えてくれ」
 怪訝な顔には仏頂面、というようにカリンは説明する。だがそこで――
「待て、そこは……」“カチッ”
 慎重にトラップに目を配って解除するようにしていた朔の制止と、最早お馴染みとなった“カチッ”は同時だった。
 ザバーッ、と、頭上から水が降ってくる。ただの水ではなかったらしく、ドーナツとあんぱんは瞬く間にふやけてくさった。
「「…………」」
 カリンは水の直撃を受け、彼女と対話していたアクアも完全には被害を免れなかった。
「「…………」」
 2人で同じだけの沈黙をした後、カリンは一言、「けっ」と言って、横を向いた。
「アクア先輩も気ぃつけろよ。敵や罠から護ってやるにも限度があるしな」
 絶賛食事中のファーシーは、ぽたぽたと水滴を落とす2人を見て目を丸くする。
「だ、大丈夫?」
「ええ。腐る効果はパンに対してだけのようですね」
「ファーシー様……」
 そこでスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が、心配そうな表情を彼女に向ける。
「無理はしないで欲しいであります。もうファーシー様1人のお体ではないのでありますから……」
「え? う、うん……」
 戸惑いながらも、ファーシーは頷いた。脳裏に浮かぶのは、かつて立会いを経験した時の事。この神殿から出たら、わたしも――
(ポーリアさん達……元気かな?)
 初めての、自分の身体を使った冒険だからだろうか。ライナス達を助けるという目的での探索に関わらず、2人は無事と信じているのか随分と楽天的に見える。その彼女を、朔は暖かい目で見つめていた。
(全く……ファーシーにも困ったものだ。だが……護ればいい事さ、大切な友人だもんな。理由なんてそれで足りる)
 同時に、朔が気に掛けていたのはスカサハの事。彼女は今、ファーシーの後ろを歩くアクアにこっそりと話しかけていた。
「アクア様も無理してはダメであります。大事なお友達なのでありますから……」
「…………?」
 いつもならば“お友達”などと言われれば目を逸らして無言になったり反論したりするのだが、アクアはスカサハの様子がいつもと違うように感じ、気付いたら声を掛けていた。
「どうしたのです? 何か……」
 言いかけて自然と口を噤む。彼女の表情は――
「大丈夫ですよ」
 何も知らない。何も聞かないし自ら訊ねる気にはならない。だが、その表情がどういう種類のものなのか、何となくわかった気がした。
「私は、一度身体を大破させました。貴女と出会った頃の構成素材は、今は殆どありません。機晶石も壊れかけました。でも、生きています。その私が、簡単に死ぬと思いますか?」
「アクア様……」
「ファーシーも、同じですよ」
 話に出した本人の方は見ずに、アクアは話を続ける。
「私達は死んでいて当然。今、生きている方が不思議な存在なのです。だから、今更消えたりはしません。それも、こんな朽ちかけたような場所で。……それで、では何故ついてきたのかと問われても困りますが」
 ファーシーが絶対安全なら留守番していればよかったわけで。
「? アクアさん達、どうしたの? いつの間にか後ろの方に行っちゃって……」
 話をしているうちに遅れてしまったようだ。振り向いて引き返してくるファーシーに、アクアは珍しくからかい混じりの口調で言った。
「緊張感無さすぎでファーシーが心配ですね、という話をしていたのです」
「わたしが?」
 自分を指差し、ファーシーは目を瞬いた。少し、申し訳なさそうに首を縮める。
「やっぱり……心配?」
「……まあ、心配じゃない……と言えば、嘘になる」
 静かに後を歩いていた朔が、そこで口を開く。
「それはここに居る皆同じ気持ちだろうさ。だから、皆ここに居る」
 そして優しげな微笑を浮かべ、ファーシーにこう言った。
「ファーシー、君を見護る為にね」

「皆、引き続き慎重に行動しよう。何のトラップがあるか分からない。充分に気をつけて……。ただ、花琳が連れてる蒼い鳥の反応が気になる。罠も全部解除しないで、反応があった罠には敢えて掛かってみるのもいいかもしれない」
 朔はそう皆に言うと通路を数メートル先行し、露出した罠や皆が踏む前の罠を探して解除し始めた。全ては見つけられないだろうが、ファーシーの友人として、これから幸せになる彼女に万が一の事が無いように万全を尽くしたい――そう、思って。
「…………」
 また、彼女達のやや後方で強化人間の藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)もまた罠に対処していた。こちらは解除するというよりはフラワシを出し、露出した罠を発動させて無効化させていくというスタイルだ。フラワシの持つ幾つかの能力を、罠の種類によって使い分けている。
(……ヒラニィ、たくさん踏んでいったんだな……)
 そんな感想を抱きながら皆についていく。何となくといった感じの茫洋な雰囲気を醸し出す天樹の視線は、だが、アクアへと向けられていた。余り他人に興味を持たない彼にしては、珍しい。
 アクアの背に、天樹は無言で問いかける。否、これはまだひとりごと。アクアについて知った時に考えた、ひとりごと。
(……僕は超能力を得た代償に身体能力を……戦う力の大半を失った。……そしてアクアは、ファーシーへの憎しみと一緒に戦う力の大半を捨てることになったって聞いた。
 戦う力を失った失望を経て、僕は鳳明と契約して今ここにいるのだけど……。アクアはどうなのかな? 今までの自分を……変える事ができたの?)
 以前、アクアがどんな空気を纏っていたのかは知らない。だけど、今の彼女はどこか肩の力を抜いているようで――彼女の考えを聞いてみたい、と天樹は思った。
(あれ? 天樹ちゃん?)
 遭難者の関係者として依頼に同行してきたアクア。その彼女を見つめる天樹の様子に、鳳明はびびっ、と何かを感じ取った。いつも、後ろからついて来るだけだったのに――
 ――天樹ちゃんに……天樹ちゃんにとうとう春がやってきた!?
 ……雰囲気から届いた電波が正しいとは限らない。勘違いしたまま超高速で色々と察し、テンションを上げる。しかし天樹は、見た感じ特に話しかけるようでもない。筆談用のホワイトボードは白紙のままだ。
 ――よし、ここは鳳明お姉さんが動く時だねっ。みんなとのやり取りを聞いてる限り、いい人みたいだしっ。天樹ちゃんの恋を応援せざるを得ないよね!
「アクアさんっ、何話してるのっ?」
「……!」
 すると、アクアは驚いたように肩をぴくりとさせて鳳明を見た。初めて話す相手から突然話しかけられると、まだ身体が少し固まってしまう。これはもう、人見知りといってもいいかもしれない。
「ま、またゼロ距離攻撃ですか……!?」
「ゼロ距離攻撃? なになにっ? この近くに罠でもあるの?」
 鳳明はきょろきょろとし、それからあれ、と思った。“誰か”足りない。
「ヒラニィちゃんはどこ行ったの!?」
 そんな彼女達の進む先。そこは、何段かの無骨な階段となっていて――

「うう、この程度の罠、いつもなら普通に回避できるものを……」
 罠というか階段である。加速薬を使っていたヒラニィは、段差前で止まれずに足を踏み外し、力尽きていた。スペランカーにおける加速薬。それは、指テクがあるなら有効な手段だが、指テクが無ければ自殺行為な代物だったりもする。
「ここはどこなのだ……?」
 一気に走っていたため現在地も分からない。寂しくて、スペランカー魂も使わずに皆が追いついてくるのをひたすらに待つ。
 目元がうるうる、となってきた頃。
「あっ、ヒラニィちゃん!」
 鳳明の声を聞いて、ヒラニィはぱっ、と明るい顔になった。すぐさまスペランカー魂で復活する。
「遅いぞ鳳明! さあ、智恵の実に向けて一直線に進むのだ!」

              ◇◇◇◇◇◇

「このように罠がある故、しっかりと足元を確認しつつ……」
 その頃、もう1体の忘れられた存在ガジェットは、落とし穴から自力で上がってアクア達を先導しよう、と歩き始めていた。アクアやルイ達がとっくに別ルートで行ってしまったことには、まだ気付いていない。その歩みは、堂々としている。
 カチッ。……ぶぉん! とトゲつき鎖鉄球が飛んで来た。ちょっと、こわれた。
「……壁にも……注意を……」
 カチッ。……どこからか魔物がやってきてリンチされた。よろよろ。
「と、特に……無闇やたらに……」
 カチッ。……バナナの皮を踏んで、滑った。
「落ちている……物には要☆注意」
 カチッ。……壁から眠りガスが噴出してきた。
「あ、もう無理……」
 ぐーーーーーーーー…………。
 そして爆睡するガジェットを囲む、黒い影が――

 一方、神殿の外。嵐から始まったこの日は小雨になり曇天になり、いつの間にか晴れ間さえ見えるようになっていた。外周を歩きながら、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)はくたびれた様子で言う。
「この神殿広すぎますよー。小型飛空艇何個分あるんですかー?」
「それは、速さの単位です」
 冷静に突っ込みを入れつつ、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は注意深く壁を調べていく。「うう、知ってますー」という答えが後ろから返ってくる中。メティスは前方の壁が動くのを見た。
「……隠れましょう」
 外壁の都合よく突き出ていた部分に隠れ、レン・オズワルド(れん・おずわるど)ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)と4人でこっそりと顔を出す。傍目には、壁から4人分の顔が縦に並んで見えている感じだ。下から3番目のレンが言う。
「何か出て来るな」
 一見ただの壁だがそこは歴とした裏口らしく、サルとカモノハシを足して2で割った感じの動物が3匹、協力して何かを運び出している。
「何だ? ありゃあ……」
 1番下のザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)が目を凝らす。“何か”。それは丸い球体だった。「zzz……」と擬音が聞こえてきそうな、手足の生えた丸い球体がぺいっ、と、動物――サルカモに投げ捨てられる。丸腰だ。サルカモはそのまま、神殿の中へと戻っていった。
「間違いない、裏口だ。あそこから入るぞ」
 レンはサルカモ達の消えた外壁に近付いてスライドさせる。ぽっかりと開いた入口を覗くと。少々天井が低めのその通路にはごちゃごちゃとした掃除用具と、機械人形と思われる人型が数体置かれているのが見えた。動かない人形達の前を通り、ひんやりとした通路を進む。突き当たりには石扉があり、レンは一旦、そこで足を止めた。扉を開ける前に、真面目な表情でメティス達に言う。
「……ミイラ取りがミイラになる展開じゃ笑えない。何があったのか確認出来るまでは慎重に事を運ぼう」
 3人が頷くのを確認してから扉を開ける。そこは作業部屋のようだった。壁沿い一方の棚には薬品らしきものが幾つか置いてあり、残りの三方は監視モニターで埋め尽くされていた。操作コンソールと、その前にはやけに座り心地の良さそうな椅子もある。そして、中央の石テーブルでは――
『…………!!!!!』
 驚愕の表情で6匹のサルカモ達がこちらを凝視していた。それぞれの手にはバナナがあり、それを加える直前で停止している。思わず、休憩中にすみませんでしたと戸を閉めたくなる勢いだ。しかし、レン達はそうしなかった。サルカモ達が、バナナを持ったまま両足同時ジャンプ蹴りを放ってきたからだ。うおりゃああ! という掛け声が聞こえてきそうである。
 が。
 !!!!!!!!!!!!
 時計の針が2度ほど仕事をする間に、状況は一変していた。床にはザミエルの攻撃を食らったかわいそうなバナナが落ちていて、サルカモ達は目を見開いてぶるぶると震えていた。2匹抱き合っている者もいる。
「とにかく、さっさと迷子を回収して帰ろうや。じゃないとメインイベントに出遅れちまうぜ?」
 ザミエルはレン達に自信に裏打ちされた笑顔を向ける。一仕事終えた、という感だ。
「……そうだな」
 暗にファーシーの施術の件を言っているのだと察し、レンは頷く。
「情報のある場所までこの……生き物達に案内させよう」
 地の文ではともかく、この生き物達の名前は不明なままだった。