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リアクション
……藤麻、藤麻
どこから、呼び声が聞こえる。
「誰だ?」
藤麻は振り返る。
すると、どこからか真っ赤な血で汚れた手が伸びて来て、藤麻の腕をつかんだ。
……こちらに来い、藤麻。この闇の中に……
「うわあ!」
悲鳴を上げて起き上がる藤麻。腕には、あの感触が生々しく残っている。
「どうしたんですか?」
天禰 薫(あまね・かおる)が駆けつけてくる。その薫にすがるようにしがみつくと、藤麻は叫んだ。
「竜胆は? 竜胆はまだか?」
「まだみたいだねえ」
薫は答える。
「もう、間もなく戻ってくると思うけどねえ」
宝玉探しを他の契約者達に託し、薫は、日下部屋敷の藤麻の傍にいた。藤麻の心身が、邪神や病に蝕まれる姿を見て、放っておけなかったのだ。
「天禰 薫殿といったな」
藤麻が言う。
「そうだよ。名前、覚えてくれたんだねえ」
「頼みがある。私を殺してくれ」
「え?」
藤麻の言葉に薫は驚いた。
「そんな事できるわけないよ」
「いいんだ。私はどうせ、もう駄目だ。この屋敷に戻ってから益々ひどくなっている。そこに、邪鬼がいるのを感じるんだ。私を捕らえようとしている」
「自分自身の事、どうせどうせって、諦めて、傷つけるの……我、よくわかるよ」
藤麻自身が傷をつけた二の腕の傷に触れながら、薫は言った。
傷に触れている手に、意識を集中させる。淡い「ヒール」の光が溢れ、傷を癒した。
「我も、我の事、どうせどうせって考えて、逃げ出して、諦めていたの。地球にいた頃」
「なん……だって?」
藤麻は薫の言葉に答えた。
「ああ、今も、たまにかな」
ふと宙を見上げて、ぽつりと呟く薫。それから、じっと藤麻の目を見つめた。
「しかもね。我、色々あって、弱気になったの。でも、何とか立ち直ったよ」
へへ、と。薫は苦笑した。
「我を受け止めてくれる人がいてくれたの。支えてくれる人がいたの。だから、頑張れたの。だから……」
きゅ、と。藤麻の手を優しく握り締める。
「諦めないで。みんな、あなたを支えて、大切に思っている。我も、ね」
「……」
「だから、殺してくれ、なんて言わないで」
「……」
「もしもの時が……出来れば起こらないのが一番だけれど」
薫の小さな手が、強く、あたたかく、優しく、藤麻の手を握る。
「その時は………我が、あなたを受け止めるから」
藤麻は、薫の手を握りかえした。
熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)は、藤麻を思い、傍にいる薫を、孝高は少し離れたところから見ていた。
藤麻と話をしている間も、薫は笑みを絶やさず、優しく見守っている。
少し前、薫は自分の弱さを痛感し、落ち込んだ。その姿は弱々しく、儚く、消えてしまいそうだった。それを傍で見守り、支え続けたのは、孝高。薫は、その時の自分と、藤麻が重なったのだろうか。だから、傍にいて、支える事を決めたのだ。
立ち直った薫の姿を見て、孝高は、安堵の息をついた。しかしそれで終わる訳にはいかない。「もしもの時」が起こった時、自分達はどうするか。口に出さず、ただただ、考えた。
その時、
「熊、何を思い詰めているんだ」
のんびりとした声が聞こえた。声がした方向を見ると、そこには後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)がいた。又兵衛は、孝高から数十cm離れた隣に座るとのんびりと喋った。
「俺は別に、藤麻ってのを死なないようにすればいいんじゃないかって思うんだがね」
「何?」
「病や邪神なんかに殺させたくないから、それだけ」
「………は? それだけって――」
「俺に出来る事はそれだけだ。それに俺、誰かがヘコむ姿を見るの、お前と天禰で最後にしたいし」
普段、寝ぼけてぼんやりとしている又兵衛の目に、強い光が宿っていた。
「だから、あんたは余計な事を考えるな。いつでも動けるようにしろ。天禰と、天禰が信じている藤麻を支える事だけを考えるんだ」
いつもなら絶対に見せない又兵衛の姿を見た孝高は、頷く事しか出来なかった。
まさに、その通りだったからだ。
※ ※ ※
一方、宝玉を手に入れた竜胆達は、一路日下部屋敷へと向かっていた。
「無事に、宝玉が手に入ってよかったわね」
緋雨が言う。
「ええ。皆さんのおかげです」
竜胆がうなずくと、緋雨が突然質問モードに入った。
「それはさておき、全てを解決した後に可愛い竜胆さんにお姉さんから質問よ♪ 竜胆さんはこの旅が始まる前は男になりたかったのよね? それじゃ、この旅が終わった今、どうなりたいか決めたかしら?」
「え?」
「私は男の娘の竜胆さんが可愛くて好きだけど〜♪ 竜胆さんが自分の意志で決めたのなら、それは何であれ竜胆さんに違いないわ。今回の件で色々と成長できたとお姉さんは思ってるから、竜胆さんの口から直接答えを聞きたいわね〜♪」
「そうですね。私としては、男に戻りたかったのですが、実は兄と再会して以来ずっとこのように女の姿をしているのです」
「どうして?」
「実は、これは兄の希望で……」
「兄というと、藤麻さんのことかしら? それとも刹那さん?」
「両方です」
「あら!」
「兄達は、私の女装姿をいたく気に入ってくださったようで、どうしても、その姿でいろというのです。藤麻兄さまにいたっては、女物の衣装まで取り寄せてくる始末で。それで、私も最近開き直って、似合う限りははこの姿でいようかと思っています。里見村にいた頃と違って、みんな私が男だっていう事を知っているし、その分、騙しているという罪悪感もないので、気も楽です。それに、みなさまに出会って一つ分かった事があるのです。男らしさというのは見かけとは関係ないという事」
「そう。良かったわねー♪ これからも可愛い竜胆さんが見られるなら、私も嬉しいわ♪」
それから、しばらくさらに歩き、そろそろ日も暮れようとする頃、一行はようやく日下部屋敷にたどり着いた。そして、表門から中に入ろうとした一行を、呼び止める声がする。
「竜胆様、竜胆様!」
そこには、蒼が立っていた。蒼は今日は変装はせず、彼本来の姿をしている。
「蒼さん」
竜胆は驚いて叫んだ。
「どうしてのです? こんなところで」
「はい。実はお渡ししたいものがあって」
「なんでしょう?」
「これです」
そういうと、蒼は珠姫の小太刀を懐から出した。
「ああ、これ……」
竜胆は小太刀を受け取ると深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。これをわざわざ届けてくれたのですか」
「はい、それから……もう一つ刹那様からの言づてが」
「刹那兄上に会って来たのですか?」
「はい。なんとか、ここへお越しいただき、みなさまのお力になってくれないかと頼んでみたのです。しかし、刹那様は修行をはじめたばかりの身で、お寺を出る事は無理だとおっしゃいました」
「しかたないでしょう。それも、兄の決めた道です」
「しかし、刹那様は藤麻様のご病気について、一つだけ重要な事を教えて下さったのです」
「藤麻兄上の病について? 一体なんでしょうか?」
「はい。ヤーヴェを切り離す時にこの珠姫の短刀があれば、一緒に藤麻に巣食う『病魔』も切り離せる。珠姫の加護と当人の強い想い。周りの人々の強い願いがあれば奇跡が起こせると……」
「本当ですか?」
竜胆の顔が輝いた。
「本当です」
蒼はうなずいた。その言葉に竜胆は涙ぐむ。
「もし、それが本当ならば、兄上は元気になられる」
「そうです。ですから、藤麻様に伝えて下さい。絶対に自分の命を無駄にしないで下さいと」
「はい。必ず兄に伝えます。きっと喜ぶことでしょう。本当にありがとうございます。どう、お礼を言って良いか……」
「お礼なんていいのです。それより、竜胆様。竜胆という名はきっと幼名なので、家を継ぐと同時に元服で改名でしょうか。私は、式には部外者なので出られませんが、ぜひ名前を教えて欲しいです」
「そうですね、名前が決まった時にはきっとお知らせします」
「きっと、お待ちしてます」
そう言うと、蒼は頭を下げて去っていった。その後ろ姿に竜胆は深々と礼をする。
「お許し下さい、竜胆様」
歩きながら蒼は思った。
実は『珠姫の短刀があれば、一緒に藤麻に巣食う『病魔』も切り離せる』というのは、刹那から伝えられた言葉ではない。エメから指示されて伝えに来た、何の根拠もない嘘だった。
もちろん、エメや蒼にも悪意があるわけではない。
単に、プラシーボ効果で藤麻を元気付ける目的だっただけだ。下手すれば竜胆達を悲しませる事になり、そんな事になれば竜胆には詫びても詫びきれない。それは、分かりきっている。そうなった時には、二人とも償いはどんな形になってもするつもりだ。
しかし
「願えば本当に奇跡が起こるかもしれないんです……。僕は、そういう場面を何度も見ているから……」
蒼は虚空に向かってつぶやいた。
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