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リアクション
一方、そのころ竜胆は、藤麻の手を引いて、洞窟の中をひたすら走っていった。
……逃げなくては、逃げなくては……
うわごとのように繰り返す。
……早く、逃げなくては!
「無駄だ」
背後から藤麻のつぶやく声が聞こえる。
「どこにも、逃げられはせぬ」
「そんな事、ありません!」
竜胆は必死で答えた。しかし、振り向くのが恐ろしくて仕方なかった。振り返れば、なにか得体の知れない者がいるように思えたからだ。
「竜胆さん!」
声が聞こえた。
見ると、佐野 和輝(さの・かずき)がこちらに向かって手をふっているのが見えた。その笑顔を見て、竜胆はホッとした。
洞窟の中で火を焚き暖をとる。話によれば、この辺りでも奈落人との戦いがあったようだ。しかし、全て倒したらしい。
「とりあえず、ここは安全だと思います。今日はここで眠る事にしましょう」
という和輝の提案に、異論を唱える者はなかった。みな、戦い続けて疲れていたし、何より藤麻の具合が良くなかった。目はうつろでひどく青い顔をしている。額には汗が浮かんでいる。1日も経っていないのにひどくやつれた印象もある。
竜胆は、藤麻の汗を拭いながら言った。
「熱があるようです。無理をさせたから、病状が悪化したのかもしれません」
すると、リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)が近づいて来た。
「もし差し支えなければ、私が診察してもいいが?」
「え?」
「本来なら対価を貰うところだが、私の実験台になるのなら無料で診察してやるぞ?」
「あなたは、お医者様なのですか?』
「ああ。こう見えても【医学】【薬学】【生物学】の特技持ちの医者なのだよ」
「それでは、ぜひ兄上を診てやって下さい。お金はきっとお支払いしますから」
「いいと言っているだろうが」
リモンは竜胆の申し出をきっぱりと断ると、藤麻に近づいて行った。
「既に何人もの医者に身体を弄られて不快だろうが、我慢してもらうぞ。
何、一応だが私も美人の分類に入るらしいから、男のお前にとってもそう悪いことではあるまい?
何なら、この後に身体を重ねt……和輝、冗談だから睨むでないよ。まったく」
軽口を叩きつつも、リモンが診察する様子は真剣そのものだ。
「ほう、これは、かなり苦しかっただろうな」
リモンは触診しながら言った。
「これだけの病を気力で押さえ込んでいるのか。やはり人間は面白い」
「あの、兄上はどんな具合なんでしょう?」
竜胆は、不安げに尋ねる。
「かなり、悪い」
すると、
「うーん」
とリモンが難しい顔をした。
「あの……その後様子だと、やはりかなり悪いんですね?」
「いや。一つ尋ねるが、兄上は、確かに不治の病なのだな?」
「はい。御典医様にもはっきりと告げられました。兄の命は長くてあと1年だろうと」
「確かに、兄上の体はタチの悪い病に犯されておる。しかし……奇妙だのう」
リモンが首をかしげる。
「奇妙とは、どういう事でございますか?」
「少し難しいかもしれんが、治療可能だ。とはいえ、即完治するわけではなく長期的な治療が必要だがな」
「え?」
「確かに、兄君の病は放っておけば取り返しのつかない事になる。しかし、私の診る限りまだ、そこまで進行はしていないようだ」
「そんな、馬鹿な。確かに御典医様は……」
「理由はわからん。もしかすると、ヤーヴェが病魔とやらの力を吸収したために病が治って来たのかもしれんな」
「……でしょうか。でも、もしそうなら喜ばしい事ですが……」
「それより、竜胆。君も疲れきっているようだ。少し寝た方がいい」
「しかし、兄上が」
「兄君の事なら大丈夫だ。和輝や私たちが見ている」
「和輝さん?」
竜胆は和輝を見た。
「兄上をお願いできますか?」
「え? ああ。いいですよ」
和輝は何故か快諾してしまった……。
「ありがとう、ございます」
しばらくすると、竜胆はすやすやと寝息をたてはじめた。
「やっぱり疲れてたんだね」
そんな竜胆の寝顔を見てアニス・パラス(あにす・ぱらす)が言う。
「そうだな」
和輝はうなずいた。
しかし、内心和輝は困っていた。精神ケアなんて出来るか分からないのに、なぜか竜胆に対して親近感が沸いてしまい、つい了承してしまった。
なぜだろう? ……まさか、女装関係?……いやいやっ!?
一方の藤麻は目を開けて虚空を見つめている。
「大丈夫ですか?」
和輝は藤麻に話しかけてみた。すると、藤麻は答えた。
「殺してくれ」
「?」
「私を殺してくれ」
「何を言ってるんです?」
「そこに、ヤーヴェが来ている。私はもう、逃れられない。私さえ死ねば、全て解決するんだ……」
「……何を言ってるんだよ」
次第に和輝がイライラし始めるのがアニスには分かった。
心配になったアニスは和輝に近づいて行くと、隣にちょこんと座った。
「ああ、アニス。ちょうどいいところに来てくれたね」
アニスの登場に和輝の表情が、心なしやわらぐ。アニスは言った。
「あのね、アニス病気に効くかわからないけど藤麻さんの事魔法で、治療するよ」
「うん。それはいい考えだね。やってあげてくれないか?」
和輝の言葉にうなずくと、アニスは【清浄化】と【命のうねり】を唱えた。それを見ながら和輝は思う。……これで病状が多少でも改善されれば、マイナス思考も幾分か和らぐだろうしな……。あとはマスコット的なアニスに傍にいてもらって彼女の元気が伝染するように画策してみるか。
「アニス、藤麻になにか話でもきかせてやってくれないか?」
すると、アニスはうなずいて言った。
「じゃあ、和輝に抱っこしてもらいながら、アニスの武勇伝を利かせてあげるよ♪」
「はっ? 抱っこ?……分かった分かった、ほら」
アニスは和輝に抱っこされると、楽しげに話しはじめた。
「??そこでアニスが、“ど〜ん!”って【雷術】を強盗を使って、全員ビリビリ〜ってさせて、一網打尽にしたんだよ♪」
しかし、藤麻にはアニスの言葉が聞こえていないかのようだ。しばらくしてアニスの話が終わると、再び和輝に向かって言った。
「私を……殺してくれ」
「藤麻さん」
和輝が叫ぶ。
「何でそんな事を言うんです? リモンが言ったでしょう? あなたの病は治るかもしれないって。聖剣も手に入れないうちに、こんなところであなたを死なせるわけにはいきません」
「いいや、私は生きていてはならぬ身なのだ。今も、すぐ側でヤーヴェの言葉が聞こえる。どうやら、このナラカの地の瘴気と、魔剣の波動が邪鬼に力を貸しているらしい。私の中で奴の存在が次第に大きくなってくるのが分かるんだ。ここに来て以来、奴はずっと私の耳に囁き続けている。『お前には聖剣は手に入れられない……お前は刹那と同じ運命を辿る……こちらに来い。そうすれば今すぐ楽になる』……と。私には、これ以上逃れきる自信がない。このままでは、きっといつか竜胆も手にかけてしまいかねない……だから、殺してくれ」
ついに、和輝が怒った。
「少し乱暴な言葉を使わせてもらうが、“自分が死んでも”と思っているアンタは、大馬鹿野郎だ」
その口調のきつさに、アニスがびっくりして固まる。
「……なんだと?」
藤麻も驚いたようだ。
「お前に邪鬼を抱え込んだ私の苦痛がわかるのか?」
「そりゃ、アンタは凄い人だ。俺は出来た人間じゃないから、今のアンタが味わっている苦しみは理解できない。けど、自分の為に奮闘してる家族を見てなお、自分を卑下にする人間は最低だよ」
「勘違いするな。家族を蔑ろにしているわけではない。家族や、日下部家の者達、そして領民の幸せを常に願っている」
「だったら、格好悪くても生き延びようとしてみろ! 残される奴は、アンタと同じくらい……」
そこまで言って和輝は我に返った。そして、
「悪い、少し言い過ぎた」
と、泣きそうな顔をする。アニスは黙って和輝に抱きついた。
「和輝、大丈夫、アニスは和輝から離れたりしないよ」
「ありがとうアニス……」
和輝はアニスの手を握った。
「悪かった」
しばらくして藤麻が言った。
「確かに犠牲になるばかりが他人のためでもないだろう……。希望がある限りは耐え抜いてみよう」
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