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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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   12

 久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、魔鎧であるウィンディ・ウィンディ(うぃんでぃ・うぃんでぃ)を纏って二階を歩いていた。
 あちこちで破壊音が聞こえることから、闇黒饗団が内部に侵入したことは既に分かっている。
 だが沙幸は、どこか呑気な風であった。
「だってウェンディがいるもん」
 信頼されるのは嬉しいが、少しは緊張感を持ってほしいものだと、ウェンディは内心、苦笑する。
「少しでも不穏な動きがあれば、知らせるぞよ」
と、鎧姿のウェンディが言った。
「うん。そうしたらすぐ監視するもん」
「監視? 捕まえぬのか?」
「だってその人が内通者だって証拠がなかったら、逆に私が疑われちゃうじゃない?」
「なるほど……」
「後、もし敵が隠れていたら、【さーちあんどですとろい】で捕まえるもん」
 沙幸は「栄光の刀」――魔法少女には似つかわしくない得物だが――を振るった。と、切っ先から炎が迸る。
「あれ?」
 沙幸はぽかんとして、「栄光の刀」と飛び出して行った炎を見比べた。
「沙幸! おぬし、【さーちあんどですとろい】を使ったな!」
「そうみたい。てへっ」
 沙幸は拳をこつんと、己の額に当てた。
「てへっ、じゃないじゃろう、てへっ、じゃ。もし人がいたらどうす――」
「ぎゃああ!」
 ウェンディは――鎧なので顔がないが――青ざめた。
「誰かなんか言った?」
「い、いかん! 誰かいたようじゃぞ!」
 ウェンディに突き動かされて、沙幸は廊下の真ん中まで小走りで駆け付けた。ちょうど階段の前だ。そこに、一人の男が倒れていた。黒いローブを着た、何だか魔法使いみたいな若い男である。
「……ウェンディ、この人、もしかして」
「息はあるか?」
「うん」
「だったらいいチャンスじゃ。脱がせてしまえ」
「ええっ?」
「饗団員なら、何か目印のようなものがあるじゃろう。タトゥーとか。それを確認しておけば、次から見つけやすかろう」
「あ、そっか。ウェンディ、頭いいね」
 沙幸はしゃがみ込んで男のローブを脱がせようとしたが、いかんせん、ワンピースにフードの付いたような服のため、一人でやるのは骨が折れた。
 どこが袖でどこが穴で、どこに何を通せばいいんだろうと迷っていると、次第に頭の片側がじんじんと痛んできた。
「なんか……気持ち悪いもん」
「沙幸、沙幸、しっかりせい!」
 沙幸の顔は完全に血の気を失っていた。階段にしゃがみ込み、息を深く吐くことで、吐き気を逃がそうとする。
 コツコツと足音が近づいてきた。
「――やあ」
 薄い笑みを浮かべ、この状況がまるで普段と変わらぬかのように挨拶をしたのは、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)だ。
「具合が悪いのかい?」
「う、うん。そうなんだもん……」
「困ったねえ」
「私に出来ることはありますか?」
 ニコの後ろから声をかけたのは、ユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)だ。
「無茶言っちゃ駄目だよ。【ヒール】じゃ、これは治せないんだから」
「そ、それはそうですが……」
「ねえ」
と、ニコは沙幸の隣に腰かけた。
 ウェンディは気が付いた。この少年は危険だと。逃げるよう、沙幸に声をかけたかったが、今の彼女の体調で下手な動きを見せるのは、得策とは言えなかった。
「キミも魔術師なんだろう?」
「魔法少女なんだもん……」
「まあ、似たようなもんだよね」
 面倒なので沙幸は答えなかった。
「だったらさ、大いなるものとか封印とか古の大魔法とか、興味あるよね?」
「そんなあぶないもの……ないもん……」
「嘘だあ。魔術師だったらあるはずだよ。これだけ混乱してるんだ、 少しくらい自分の気持ちに素直になっても平気だよ。キミの本音が正しくて、実は最善の結果をもたらすのかも知れない」
 くふふ、とニコは笑った。
「僕は闇黒饗団の味方じゃないよ。ただ、僕は僕の知的好奇心を満足させたいだけ……」
 ニコは立ち上がり、うーんと伸びをすると、首だけを巡らせて沙幸を見た。
「お大事に」
 そして一階へ降りて行った。
 ユーノは、そっと沙幸の額に手を当て、低い声で言った。
「ニコさんが何の意味もなくこんなことをするはずがないんです。これにはきっと何か深いわけが……。信じてください。お願いします」
 それは沙幸にではなく、己へ言い聞かせているようでもあった。
 沙幸はそっと目を閉じた。ユーノが撫でてくれたところから、痛みが引いていくような気がした。


 ニコが【エンドレス・ナイトメア】と【アボミネーション】を交互に使いながら歩いた結果、本部内はパニックに襲われた。
 運よくニコが通り過ぎた後を辿ることになったリブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)は、会長室のドアが開いていることに気づき、そっと中を覗いた。
 すると暖炉の前で、誰かが屈んでいるのが見えた。
 その暖炉の形が妙だった。斜めに見える。――いや、開いている。まるで扉のように。
「動くな!」
 アサルトカービンを突きつけて会長室に飛び込むと、その人物は三十センチほど飛び上がり、慌てて振り返った。
「な、何もしていません! していませんよ!!」
 キルツだった。
「貴様、何をしている?」
「何もしていません! ただ、ただ――」
 リブロはキルツの背後に目をやった。暖炉が開き、その向こうからゴウゴウという風音が聞こえてくる。
「抜け穴……」
「ああ、ああ、黙っていてください! これは他に知っている人はいないんです! わ、私はただ、急に怖くなって、それで……」
「――逃げようと思った?」
「そ、そうなんです」
「一緒に来てもらおう」
 リブロはキルツの腕を取った。
「ゆ、許してください、私は……みんなを見捨ててなど……」
「言い訳なら、会長の前でするんだな」
 半開きになった暖炉を閉め、リブロはキルツ共々、エレインのいる会議室へ向かった。


「世界が俺サマの登場を待っていたぜ……暗黒が……」
 ぶつぶつ呟く仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)の傍らで、平 清景(たいらの・きよかげ)は嘆息した。
「いい加減、現実を見たほうがいいでござるよ」
 ぴくっ、と明彦の肩が揺れた。
「それは俺が……俺に詩の才能がないってことか……?」
「そうではなく、はぐれた、ということでござる」
 初めてこの世界に来た日、明彦は高らかに歌い上げたのであるが、パラミタ同様誰からも見向きされなかった。
 日が暮れて、しょんぼり座り込んでいる二人の前を通りかかったのがイブリスとネイラである。その独特なセリフを聴いた明彦は、一目惚れ――いや、一聴き惚れをした。
 これこそが今の俺に必要なものだ! と思い立った明彦は、二人の前で土下座をし、入団を希望したのである。
「響団って言ったら、オーケストラだろ……。ぜひとも俺を末席に加えてくれ! そして解読不能な難解で極悪な歌詞の作り方を教えてくれ!」
 後になって、字が違うことが判明するのだが、そんなことはどーでもよかったりする。
 イブリスも――或いはネイラかもしれないが――何を考えたのか、二人を仲間に引き入れ、ここまで一緒に来たまではよかったのだが、気が付けば明彦と清景は、他のメンバーとはぐれてしまっていた。
 で、それを忘れようと、階段に座り込んで一心不乱に歌詞作りに没頭していたわけである。
「だったら、どうしろって言うんだよ! 俺には歌しかねぇんだぜ!? よし、新曲を披露するか!」
「そんなことをしたら、敵に見つかるでござる!」
 などと喚いていたら、
「闇黒饗団の方か?」
と声をかけられた。
 すわ敵かと身構えた清景だったが、
「キルツが怪我をしたので、私が代わりに来た」
 何だか友好的である。キルツというのが誰だか分からなかったが、取り敢えず「うむ」と重々しく頷いてみた。
「契約者の意向で、作戦が変わってな。安全なルートを教えるので、他の方々にも伝えてほしい」
 明彦と清景は顔を見合わせ、ひそひそと話した。
「他の連中たって、どこにいるか分からねぇぜ?」
「適当に話を合わせるでござる。――あー、他の仲間は既にその話を聞いて、先に行ったでござる」
 レノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)は眉を寄せた。それではこの作戦は成り立たない。偽情報を流して、一気にイブリスごと叩くはずだったが……。
 ――まあ、いい。せめてこの二人だけでも捕えるとしよう。
「では、こちらへ」
 レノアはどこからどう見てもこの世界の人間ではなかったが、明彦も清景も気づいていないらしかった。それよりも、
「俺の新曲、聴かねェか?」
とエレキギターを構えたが、電気がなかったのでうんともすんとも言わないのだった。
 もちろん、二人の行き先は会議室、エレインの前である。