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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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   10

 門の外では契約者同士の戦闘があったらしい。
 正門の内側を守っていた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は、外で激しい音や叫び声が聞こえる度に足を動かしたが、それをクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が止めた。
「メイザースさんに、ここを守ってほしいって言われたんでしょ」
「分かってる。分かってるけどな……」
 涼介はちらちらと塀の向こうに目をやる。
「兄さま、姉さま!」
「エイボンの書」が鋭く呼びかける。彼女の【ディテクトエビル】に害意のある者が反応した。
 現れたのは、一人の魔術師だった。たった一人――それだけで実力者であることが分かる。
「ふむ……三人、か。どれ、相手をしてやろう」
「させるか!」
 涼介は【禁じられた言葉】で魔力を上げた。魔術師はその隙に呪文を唱え、炎を呼び出す。
「やらせないから!」
 クレアが咄嗟に【オートバリア】を発動するが、天から落ちる巨大な火柱を完全に遮ることは出来なかった。
「きゃあ!」
「うわっ!」
「に、兄さま! 姉さま!」
 ダメージを受けながらも、「エイボンの書」が【サンダーブラスト】で攻撃。その魔術師は衝撃で吹っ飛んだ。
 その隙に、涼介はサンダーバードを召喚した。魔力が上がっているせいか、やけに元気がいい。魔術師はぎょっとする。
「エイボンの書」が【ヒール】でクレアを治療する。赤く焼けただれた皮膚が、見る見る新しいピンク色のそれに変わる。
「ありがと!」
 辛うじて立ち上がったクレアは、【ファランクス】を発動。二人を守る体制に入った。
 魔術師が呪文を詠唱し、杖を振った。【ファランクス】を通して尚、涼介たちに、衝撃が走る。
 直後、三人を守っていたものが、ふっと消えた。
「そんな! 【ファランクス】が!」
 魔法を封じる魔術――【神の審判】と同様の効果を持つらしい。しかし、愕然としたのは、クレアだけではなかった。魔術師も、
「しまった! 外れたか!!」
 サンダーバードはまだそこにいた。
 電気を帯びた巨大な鳥は、大きな口を開け――魔法協会本部に、大きな雷が落ちた。


 遡ること二時間ほど前。周防 春太(すおう・はるた)は、協会の魔術師にこう尋ねた。
「『鍵』を別の場所に移したって本当でしょうか?」
 その魔術師は驚いて訊き返した。
「それ、本当かい? どこに? いやそもそも、どこから?」
 既に協会にいる魔術師は、「封印の鍵」が「地下墓地」にあるらしいことまでは知っていたが、それがどの辺にあるのか、また何を封印しているのかまでは知らなかった。
 風間 宗助(かざま・そうすけ)は、言った。
「めいざーす殿が中庭に行かれるを見た者がござりまする」
 ……言葉遣いがおかしいのは、「外郎売の教本」を使っているからと思われる。
 しかし魔術師は、左程おかしいとは思わなかったようだ。ひょっとしたら、異世界の人間だから、と納得されたのかもしれない。
 二人はあちこちで魔術師を捉まえては、同じ話を繰り返した。
「本当に?」
と目を丸くしたのはキルツだ。「困るなあ。あそこは今度、使う予定なのに」とブツブツ文句を言っていた。
 そして今、敵が侵入したという報が本部を駆け巡った。
 正門は防いだはずだ。なのに一体なぜ、どこから?
「やはり、内通者がいるということですね」
 黒縁の眼鏡をくいと持ち上げ、宗助は言った。
「誰が内通者なんでしょうか?」
「分かりません……。僕たちが話をした誰かかもしれないし、その人から話を聞いた別の誰かかもしれないし。とにかく僕らは、敵がどう動くか待ちましょう」
 中庭に程近い場所で、二人はこっそり隠れて様子を見ていた。
 やがて、一人の魔術師が現れた。偵察ということだろうか。
 慎重そうに、周囲を伺いながら歩いて――ずぼっ!!!! と落ちた。
「やったやったやった!!」
 中央に立つ木の上から飛び降りたのは、宗助のパートナー、小鳥遊 アキラ(たかなし・あきら)だ。
 彼女は宗助と春太が情報操作をしている間、せっせと落とし穴を掘っていた。【トラッパー】を使っているので、ただの穴ではない。場合によっては、死ぬ。
 上から覗いたアキラは、面白くなさそうに指を鳴らした。
「うーん、残念! あんまりダメージないか。よーし、これならどうだっ」
 用意しておいたエステ用ローションを大量にどぼどぼと空け、魔術師が慌てふためくのをアキラはからから笑いながら見ていた。
 最後に空になった瓶を穴の傍に捨て、振り返ると、様子を伺っていた宗助と春太がやってきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。まったく、宗助も春太も、あたしがいないと何にも出来ないんだから。こんな奴、どうってことないじゃない」
「いやあ、この人多分、かなり強いはずなんですが……」
 宗助とアキラの横で四つん這いになり、春太が穴の中を覗き込んだ。落ちた衝撃と、ぬるぬるしたわけの分からない液体のせいで、魔術師はパニックを起こして、目を回している。
「なーんだ、男の人かあ」
と春太はつまらなそうに呟き、立ち上がろうとして――瓶から流れ出るローションに足を取られた。
 つるりっ、と滑った春太は、目の前にあるものを咄嗟に掴んだ。
 アキラの足だった。
 かくして春太は、アキラの下敷きになるという幸せなんだか不幸せなんだか分からない状況になったのだった。