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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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   6

 メインストリートで陣取っていたのは、日比谷 皐月(ひびや・さつき)雨宮 七日(あめみや・なのか)、それに輝石 ライス(きせき・らいす)ミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)だ。
「途中で少し別れたみたい。十人ぐらいかなぁ、こっち来るの」
 じゃあ、後はよろしくとアスカが本部へ戻ると、ライスが右の拳を手の平に叩きつけた。
「どうせなら派手にやってやろうじゃねーか!」
「十人か……七日、いけるか?」
「既に準備は整っています」
「と、いうことだ。悪いが二人には防御を頼みたい」
「まさか、二人だけで十人を相手にするつもりか?」
と、ミリシャ。
「いいや。やるのは七日だけさ」
 見る見るうちに七日の下腕部を包み込むようにフレームが出現する。更に各パーツが召喚され、中空へと魔砲が構築されていく。
「大魔弾『クロウカシス』」――雪のように白く美しい砲身は五メートルを超すが、魔力で構築されているため見た目以上に軽い。しかし、それを両腕に備え付けている様は、まるで機晶姫のようですらある。
「なるほど、これは……」
 ミリシャがごくりと唾を飲み、前へ出た。ライスは逆に下がる。
 闇黒饗団の魔術師たちは、隠れるつもりなど毛頭ないらしく、真正面から突っ込んでくる。皐月たちの姿を認めるや否や、突き刺さるような吹雪と嵐のような炎が四人へ襲い掛かった。
「させるか!」
 皐月の【オートバリア】が発動、続いて「氷蒼白蓮」が円形の氷の盾を生成した。十立方メートルの氷壁は、氷の攻撃を受けるや否や、すぐ瓦解した。が、次から次へ生成される盾は、全ての氷術を防いでしまう。
 炎はミリシャの【ファイアプロテクト】でどうにかダメージを軽減する。
 十人の攻撃がいったんやんだその瞬間だ。
「クロウカシス」の引き金を、魔力を込めて立て続けに引く。魔術師たちに降り注いだ白く美しいそれは、彼らを瞬時に闇に閉じ込めた。
 空は青く、雲は鮮やかに白い。石畳のメインストリートは、幾何学的模様にも似てすっきりとした美しさがある。
 だが今、その一角だけが阿鼻叫喚の巷と化した。
「……防衛のはずが殲滅になってねーか?」
「いえ」
 確実に倒したと思ったが、魔術師たちの一部は素早く避けたらしい。直撃を受けたのは半分、逃げたのも半分だろうか。三人ほどは足を引きずっている。
 七日は、苛立ちを飲み込んだ。どちらにせよ、第二砲は十分経たねば撃てないし、反動を抑えるため、自身に【奈落の鉄鎖】を使用した彼女は動くことが出来ない。追撃は不可能だ。皐月もまた、そんな七日を守るために動けない。
「後は任せておきな!」
 ライスがブージを手に、駆け出す。力尽きた七日を、皐月が抱きかかえているのが目の端に映る。
 ――無駄にはしねーぜ!
 逃げ出した五人は、二手に別れた。三人は、真ん中の魔術師を支えている。
「ダメージの小さい者を狙え。弱った奴は放っておいて構わん」
 ハルバードを持ったミリシャが言った。ライスは頷き、一番スピードのある二人を追って市場へのある通りへと入った。


 グレイコートと「超霊の面」をつけた男が歩くと、木製の床がぎしぎしと音を立てた。
 この家は服屋らしく、一階には第二世界によく見られるシャツやズボン、木靴や旅用のブーツが並んでいた。魔術師たちのローブもあったが数は少ない。彼らは自前で何とかするのだろう。
 当の主とその家族は、外に出る気にならないことを、何とも思っていないらしかった。一歩外に出るか、窓から眺めれば、人の姿がないことに気づくはずだが、その考えすら浮かばないところに、この魔法の恐ろしさがあった。
 そして彼らが今どうしているかと言えば、ベッドの上で世にも恐ろしい幻を見て魘されているところだった。
 夜月 鴉(やづき・からす)は【その身を蝕む妄執】を使ったことへの申し訳程度の謝意として彼らをベッドへ運び、二階の、通りに面した窓へと向かった。
 普段なら客で賑わう通りも、今はひっそりとしている。
 暗闇教団の魔術師たちが、よたよたと走ってくる。
「……やられたか」
と、鴉は呟いた。
 その後を、ライスとミリシャが追ってくる。だが二人の前に、魔術師たちと入れ替わるよう現れたのは、「咎人の鎧」とフルメタルアーム、そしてレガースを黒く塗った上に「動物の面」を被ったアルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)だった。
「誰だ!?」
 ライスの鋭い問いに、アルティナは無言で返す。ただ、「聖剣ティルヴィング・レプリカ」を両手で構えるだけだ。
「……どうやら敵か」
 ライスとミリシャも、それぞれ武器を構える。相手がこの世界の魔術師でなければ、自動防御術式は発動しないはずだ。魔力がアップするのは、どちらも条件としては同じ。ならば、数の多い方が勝つ!
 ライスは【アルティマ・トゥーレ】を、ミリシャはそのままに切りかかる。
 と、アルティナが【バーストダッシュ】で間合いを詰め、【チェインスマイト】を繰り出した。しかしそれは、ミリシャの【ディフェンスシフト】で塞がれてしまう。
 ライスの攻撃を辛うじて【エンデュア】で避けたアルティナは、素早く距離を取った。
「逃がすか!」
 ライスが再び【アルティマ・トゥーレ】を発動する。
 その瞬間、アルティナの剣先から、爆炎が飛び出した。更にライスのブージに、雷が落ちた。二度、三度、四度……。
「ライス!!」
 ミリシャが【ヒール】を使った。だが、パートナーのダメージが回復する前に、彼女は自分の指先に感覚がないことに気づいた。
「一体……?」
 見上げると、窓に仮面をつけた男の姿があった。そしてミリシャにも【雷術】が放たれ、彼女の意識は途切れた。
「うまくいったんだよ」
 ひょいと顔を出したのは、ホワイトマントとリチュアルマスクで顔を隠したサクラ・フォーレンガルド(さくら・ふぉーれんがるど)だ。
「ああ」
と、上にいる鴉も答えた。
「新手が来るでしょうか?」
「だとしても、同じ場所でやるわけにはいかない。場所を移動しよう」
「次はどこに行く? 私はまだまだやれるんだよ」
 サクラはウィザードとしては未熟だ――だからこそ、ライスたちは死なずにすんだ――が、まだまだ魔力には余裕がありそうだった。それも、この第二世界故だろうか。
「そうだな。どこにしようか」
 呟きながら、鴉はしびれ粉の入っていた袋を窓の下へ捨てた。


 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は、街の中心である噴水を訪れていた。
「古の大魔法」などというものがあるなら、手に入れたいと思うのが人情だ。「鍵」が魔法協会の本部にあるならば、その対となるべき「鍵穴」もどこかに存在するに違いない。
 そして、考えられるような場所はただ一つ――スプリブルーネのシンボルと言うべき噴水。
 ちょうど街の散策を続けていた瓜生 コウが、【ディテクトエビル】でつかさの存在を察し、すぐに隠れた。つかさは同じ行動を取る者がいたら、【真空波】で首を狙うなり、【震える魂】を乗せた【我は射す光の閃刃】で威圧するなりを考えていたから、隠れたのは正解だった。
 コウはしばらく、つかさを観察することにした。饗団側の人間だろうか……?
 本来、噴水の周りにも屋台が出ているはずだったが、今日は全員、休みのようだ。だが、水はそんなことにもお構いなしに出続けている。自動なのか、それとも誰か魔力の強い人間が動かしているのか。
 つかさは噴水に足をかけ、しばらく考え込むと、おもむろに【氷術】を使いその水を凍らせた。右足で何度か踏み締め、割れないことを確認してから真ん中まで歩いていく。そして両手を触れ、目を閉じた。
「【サイコメトリ】か……」
 残念ながら、本人以外にその映像を見ることは出来ない。コウは見物をやめ、次の場所へ移動した。
 つかさの脳裏に、様々な映像が現れる。多くは街の光景だ。子供が笑い、転び、カップルが喧嘩をし、仲直りし、愛を語らい……。
 つかさは意識して、遡ってみることにした。もっと古い光景を――。

 一人の男が噴水を眺めている……苦々しげに……髭を生やしている……。
 その男が、噴水へ向けて杖を振るった……噴水が壊れ、男は白いローブを捨てた……。

 映像が切り替わった。

 老人が噴水を見つめている……先程の男にどこか似た……。
 何か喋っている……。
 この街を――世界を見守ってくれ――私に代わり――。
 老人の体が光る……。

 そして映像は途切れた。
 あの光は何だったのだろう?
 それから、つかさは噴水をまじまじと眺めた。一ヶ所、色が違う部分がある。先程の魔術師が壊したのだろう。あの男からは、苛立ち、嫉妬、憎悪といった感情が伝わってきた。
「面白いですね……」
 どうやらここは「鍵穴」ではなさそうだ。だが、あの髭の男はおそらく――。