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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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   5

 四人が裏門へ消えた後、パラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)の元へ、一匹のネズミが寄ってきた。
 パラケルススは床に膝をつくとネズミを救い上げ、その背に載せてあった特製スパイカメラセットを外した。パートナーのシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)から、こっそり借りた物だ。
「……ったくよぉ」
 パラケルススは、ぶつぶつ言う。
「何で俺がこんなことしなきゃならねぇんだ……」
 パラケルススはこの世界へ、新しい薬やマジックアイテムを作るための材料探しに来たのだった。それがどういうわけか、スパイのような真似をしている。
 こんなことは早く終わらせて、
「出来たら会長さんやメイザースのスリーサイズとか知りたいもんだけどな」
と思うパラケルススだった。


 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は、協会本部の屋根に陣取っていた。
 フレデリカとしては、「古の大魔法」に興味がないと言えば嘘になる。だが、問題があるからこそ封印されているわけであり、解いてどうするのか、対策があるのか分からない以上、闇黒饗団の計画は阻止しなければならないと考えていた。
 そしてこの襲撃を阻止して後、「古の大魔法」について尋ねるつもりだった。
「いつでもいらっしゃい」
 既にフレデリカはフェニックスを、ルイーザはサンダーバードを召喚する準備を整えている。後は敵が来るのを待つばかりだ。
 ふと見ると、本部から小さな黒い鳥が飛んでいくのが見えた。――いや、コウモリだ。
「コウモリが昼に飛ぶ?」
 フレデリカが呟き、ハッとルイーザが息を飲んだ。
「あれは使い魔です、きっと!」
 下にいる仲間にティ=フォンで知らせようとしたルイーザだったが、通信機器は使えず、あっという間にコウモリは飛び去ってしまった。


 路地裏の月詠 司(つくよみ・つかさ)は、飛んできたコウモリから映像の入ったメモリを受け取り、ため息をついた。
 なぜこんなことになったのか、司には全く分からなかった。
 確かパラケルススの手伝いで、薬草やマジックアイテムの材料になる物を探しに来たはずが、もう一人のパートナーであるシオン――勝手についてきた――が闇黒饗団に興味を持ち、突っ走ってしまった。
 シオン曰く、闇黒饗団に取り入るため――つまりダブルスパイということになるが、危険が増すだけで何の慰めにもならない話だ。
 しかし、トラブル好きのシオンを止めることは出来ず、こうして手伝う羽目になっている。
 司は自分の使い魔であるコウモリに、受け取ったメモリをくくりつけ、飛ばした。
 そしてまた一つ、大きなため息をついた。


 その頃、司のいる場所からそれほど離れていない路地裏で、闇黒饗団の下っ端三名が、魔法協会本部へ向かって急いでいた。
 下っ端と言っても、彼らは全員、【聖霊の力】までを会得したメイガス相当、もしくはそれ以上の力を有する。魔法協会のその他大勢よりもずっと優秀なのだ。
 その彼らが、人の気配に気づき、さっと隠れた。
 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)が路のど真ん中に立ち塞がっている。和輝はフェイタルリーバーだが、下っ端たちには分からない。ただ、魔法協会の人間でないことだけは確かだ。魔力もほとんどなさそうだった。ならば、話は早い。
 彼らは民家の屋根に上がり、和輝の後ろに回った。――と、
「ぐおおおぉぉぉ!」
「ぐえええぇぇぇ!」
「げほげほっ、がふっ!」
 三人一様に喉を押さえ、むせ、涙目になってのたうち始めた。
 それもそのはず、辺りにはえも言われぬ悪臭が漂っていた。いや、悪臭という言葉が生温いほど、魚が腐った臭い、または生ゴミを直射日光の下で数日間放置したような、はたまた……。
 箒に乗って空から【凍てつく炎】を放とうとしたクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)は、様子がおかしいので身を乗り出して顔をしかめた。臭い。とてつもなく臭い。
 仲間たちはどうしたろうと首を巡らすまでもなく、見つけた。
 三人の下っ端のすぐ近くに、和輝が、そして少し離れた曲がり角に安芸宮 稔(あきみや・みのる)が倒れていた。
 実は――、
『シュールストレミングの缶詰です』
 この世界に来る前、装備の一つとして和輝が買ったのが、これだった。
『何です、それ?』
 稔は舌を噛みそうだったので、その名前は口にしなかった。
『スウェーデンの名物、ニシンを塩漬けにして缶の中で発酵させた、「世界一臭い食べ物」ですよ』
 和輝は、にこにこと缶詰を持ち上げて見せた。
 あまりの臭さに日本では輸入がやや難しいが、さすがパラミタ、インターネットでひょいと購入できたそうだ。
 これを使って、闇黒饗団を迎え撃つ作戦だったが、缶を開けた稔は、どうやら飛んできた汁が顔にかかり、気絶したらしい。
 そして発案者の和輝も、下っ端たちと同様にダメージを受けた――と。
「あ……眩暈が……」
 臭いが昇ってきた。このままでは落ちてしまう。クレアは念のために、下っ端三名に【サンダーブラスト】を叩き込み、投網を落とすと、一先ず避難することにした。


 屋根の上のフレデリカは、遠くから魔術師らしき者たちが集団で近づいてくるのに気が付いた。驚いたことに、誰も姿を隠していない。
 不審に思ったが、とにかく他の仲間に連絡しなければならない。
 ルイーザがサンダーバードを召喚すると、それを見た師王 アスカ(しおう・あすか)が強化光翼を使って飛んで行った。
 連絡方法としては派手すぎるんじゃないかと、フレデリカはちょっと思った。