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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

リアクション

   9

 その時、表の書庫から声がかかった。
「メイザースさん! いらっしゃいますか!?」
「ここです!」
 メイザースの返事を聞いて、エレキギターを背負ったアルカネット・ソラリス(あるかねっと・そらりす)神威 雅人(かむい・まさと)が入ってくる。
「よかった! いた!」
「敵襲ですか?」
「そうです。すぐにこちらへ」
 メイザースは頷き、レイカたちも外へ出るよう言った。
「あの、もう少し調べものを……」
 レイカは本棚の黒い本にちらりを視線を送った。
「駄目です。ここは本来、部外者立ち入り禁止の場所。私がいれば構いませんが、あなた方を置いていくわけにはいきません。さあ」
 レイカたちは部屋の外へ追い立てられ、扉には厳重な鍵をかけられた。レイカはまだ、名残惜しそうに扉とその部屋を見つめている。
 メイザースはアルカネットと雅人と共に、書庫を出た。
「戦況は?」
「五分五分です。あちらにも契約者がいるようで……」
 雅人の言葉にメイザースは足を止め、ああ、と息をついた。
「なるほど、善意の者ばかりではない、ということですわね」
「そういうことです」
「どうします? あたしの歌で何でもフォローしますよ!」
「私のことは構わず、どうか外へ助けに行ってください」
「ええーっ? あたしたちは、メイザースさんをお守りします!」
「護衛はいりません」
 きっぱりとメイザースは言った。
「他の方にも申し上げましたが、護衛は邪魔なだけです。どうしてもと言うなら、会長を守ってください。あの方が最後の砦なのですから」
「そんなあ……」
 さっさと立ち去るメイザースの背を見送り、アルカネットは肩を落とした。
「せっかく歌えると思ったのに……」
 アルカネットはピックを見つめて、またしょんぼり呟いた。
「落ち込んでいる暇はありませんよ。音楽の力を見せつけるんでしょう? まだチャンスはいくらでもあります」
 俯いていたアルカネットは、こくり、と頷いた。
「そうだね……うん、そうだ。よし! あたしの歌で神威の魔力をアップさせるから、頑張って!」
 戦うのは俺ですかと思いつつ、アルカネットが元気を取り戻したことに、雅人は言いようのない喜びと安堵を覚えていた。


 メイザースたちが書庫から出て行ってすぐ、ふうと息を吐いた者があった。
 茅野 茉莉(ちの・まつり)ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)は扉のガラス越しに誰も戻ってこないことを確認し、額の汗を拭った。
「危なかった……」
「まったく……だからやめておけと言ったであろう」
「言ってないでしょ。むしろ、けしかけてたじゃないの」
「そうだったかな」
 空っとぼけるダミアンを、茉莉は軽く睨み付けた。
 茉莉は、弱っている己の魔力を回復させる手掛かりになるかもしれないと「古の大魔法」について調べ始めた。
 ところが協会の誰も、何も教えてくれない。ならば自力でと、エレインに「鍵」の実物を見せてくれるよう頼んだ。どんなものか分からなければ守りようがない、というもっともらしい理由がついていたが、あっさり断られてしまった。
 どれほど頼んでも「お見せすることは出来ません」の一点張りで、やむなく二人は書庫へこっそりやってきて、奥の部屋に気が付いた。
 鍵はダミアンの【ピッキング】で開けた。さすがに魔法はかかっていなかった。
 ダミアンが手当たり次第に棚の戸を開けているところへ、メイザースたちが入ってきて、二人は慌てて隠れた。茉莉は【隠れ身】を持っていないので、誰も最奥まで来なかったのは、幸いとしか言いようがない。
「でもおかげで、何を調べればいいか分かったわね」
 茉莉は真っ直ぐに黒の本の前に立った。迷うことなく引き抜き、机の上に開き、――絶句した。
「何これ……何語なの?」
 茉莉もダミアンも、この世界の基本的な文字なら読める。だが、この本に書いてある文字は、更に難しかった。
「高等魔術師が使う、専用の言語かもしれんな」
「これじゃ、調べようがないわね……」
「読み取ればよかろう」
「それしかないか」
 茉莉は表紙に手の平をかざし、目を閉じた。
 本にまつわる物語が、彼女の脳裏に鮮やかに浮かび上がる。

 一人の老人がいる……悩んでいるようだ……。どうやら会長室らしい……。
 ドアが開いて、若い男女が入ってくる……女は男より若い……。
 一人は精悍な顔つきの若者……もう一人は、銀髪の女性……どちらも、自信に満ち溢れている……。
 老人が何かを話している……。
 男の顔色が見る見る変わる……踵を返し、部屋を出て行く……女が追いかける……。
 老人がため息をつく……感じるのは迷い……後悔……?

「――どうやらこの本は、前会長の日記のようね」
「確かバリン――というたか」
「するとあの男女は、会長と――もしかしてイブリス?」
「闇黒饗団の男か。前会長の右腕と聞いているが」
「レディ・エレインとイブリスの間には、何か因縁がありそうね……」
「それで、『古の大魔法』については何か分かったか?」
 茉莉はかぶりを振った。知りたいことが分かるとは限らないのが、【サイコメトリ】の欠点だ。だが、続けていれば或いは――。